極楽戦争 - End of End 著・富士見永人

 序章「天上天下」

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 午後の授業は選択実習で、ぼくは武道館での合同格闘教練だった。一般部隊の生徒は剣や槍などを得意とする格闘歩兵と、射撃や狙撃などを得意とする射撃兵、爆弾やロケット砲などを使う兵士もいる。最低限の護身術は他の授業でも教わるし、選択実習は座学と違って必要単位などはなく、バランスよく格闘教練と射撃教練の両方を受講する生徒もいる。ぼくはどうにも射撃の才能がないようなので、もっぱら格闘教練であった。
 一般に銃器は近接武器に比べて強力だが、何しろ全国各地で戦があるので需要に比べて供給が少なく、ぼくのような貧乏人にとっては高価で手が出なかったし、弾切れを起こせば無用の長物となる。しかも昨今の格闘歩兵の中には銃弾をかわす者もいる(格闘教練でもゴム弾を使って弾避けの訓練を行うが、実際に習得できる人間は二割にも満たない)ので、やはり最後に物をいうのは近接と思う次第である。
 合同格闘教練では木製の得物えものに布を巻きつけて試合が行われる。格闘歩兵には様々な武器を扱う者がいて、メジャーな剣や槍、ナイフなどから、鎖鎌や鞭剣なんて代物を操る者までいる。中には得物を使わずに己の肉体のみを武器として戦うという猛者もいるようであるが、ぼくはまだお目にかかったことはない。
 ちなみに、ぼくの武器はトンファーである。下腕ぐらいの長さの棒に、持ち手を垂直に取りつけたT字状の近接打撃武器。むかし故郷の小さな道場で五年ほどある古式武術を習っていたときに武器術もいくつか教えてもらい、その中でも一番得意だったのがこのトンファーだった。トンファーの使い手もまた、ぼく以外に見たことはない。実戦では鋼鉄製のものを使うが、当たれば当然骨が砕け散り、当たりどころによっては死に到る。
「三十二人か。よし、四人ずつでグループを作れ」
 合同格闘教練の教官であり、ぼくの所属する二年G組の担任でもある酉野新子とりのしんこ先生が、よく通る低めのアルトボイスで叫んだ。
「おし、俺たちで一緒にやろうぜ。縁人」
 派手な金髪頭と龍の刺繍ししゅうのジャージ姿が印象的な、ヤンキー風の少年が声をかけてきた。
「寿……鈴子も一緒か」
 そう、彼は一年の頃からぼくの友人。名は林寿はやしことぶき。彼もまたぼくと同じ格闘歩兵で、両端にタオルを巻いた自分の身の丈ほどの木製の棒を持っていた。彼の得意武器は棍棒こんぼうだ。座学が壊滅的にだめな男だが、戦場では鋼鉄の棍棒を自在に操り何人もの敵を殴り殺している。
 そしてその隣にいる、寿と同じく派手な金髪頭でやたらと眼つきの悪い女。ぼくと同じ二年G組所属で、名は亜蓮鈴子あれんりんこという。彼女は短い木製のバトンのような物を握っていた。彼女の得意武器はナイフだったが、本業は実は毒使いで、かすっただけで死に到る猛毒を操るという話だった(もっともぼくはまだ彼女と実戦に出たことはない)。
 彼ら二人は学内で《要組かなめぐみ》と呼ばれる悪名高い不良グループに属していて、よく暴力事件を起こす問題児として有名だったりする。しかし実際に話してみると面白いというかまっすぐな連中だった。ぼくと同じく空気も読まずに思ったことをずけずけと口に出す、よく言えば正直、悪く言えば図々ずうずうしい連中だ。ぼくは彼らのようにあちこちに喧嘩をふっかけているわけではないが、裏表のない彼らとはすぐに打ち解けることができた。今では二人とも下の名前で呼びあう仲だ。ときどき彼らのグループに勧誘されるのだが、群れるのはどうも性に合わないので断っている。
 これで三人。
「あと一人、誰かいないかな」ぼくは周囲を見回した。
「あのコとか、いいんじゃない?」鈴子が指さした先には、一人の女生徒がいた。
 左脚だけが露出した一風変わった改造ジャージを穿いていた、妙な出立いでたちの少女だった。他に組む相手がいないのか、その場に立ちつくして空きのある班を探しているようだ。茶髪のおかっぱ頭と直立不動の姿勢が、何だか小芥子こけしのようだった。
 ぼくは彼女に声をかけた。
「よかったら、ぼくらと組みませんか?」
「あ、はい!」
 声をかけると《小芥子》は、すばやく反応した。いい反射神経をしているなと思った。たぶん出来る、この子。
「一年D組の伊賀野響いがのひびきと申します。よろしいお願いします!」
「伊賀野……?」寿が反応した。
「知ってるのか、寿」ぼくは彼に聞いた。
「……ああ、いや。どっかで聞いたような気がしたんだが」
 どこだったっけな、と彼は必死に頭の引き出しを探っているようだったが、結局思い出せなかったのか、考えるのをやめた。有名人なのだろうか、彼女。よく見ると露出した左脚に何かの紋章のような刺青タトゥーが入っていた。何を表しているのかはわからない。家紋か何かかな、とぼくは思った。
「よし、全員そろったな。では各班、一対一で交互に試合をしてもらう。相手に有効打を与えた時点で試合終了だ。わかっているとは思うが、負けても減点や罰ゲームなどはないから適度に加減するように。有効打かどうかは待機している二人で判定しろ。二人とも有効打と認めた時点で試合終了だ」
 そして戦いが加熱しすぎた時は殺しあいになる前に止めろ、と酉野先生は冗談まじりに言った。軽い木製の得物(しかもクッション付き)とはいえ、全力で打ちあえば双方無事ではすまない。昔は訓練の精度を上げるために罰ゲームがあったらしいが、けが人が続出したためすぐに中止になったとか。当然といえば当然か。
 ぼくたちが最後の班だったらしく、「では、始めろ!」という酉野先生の凛とした声が響きわたる。
 うちの班は、まずぼくと伊賀野で試合をすることになった。
「よろしくお願いします!」伊賀野は律儀にもぼくに一礼した。
 別に一礼する規則があるわけではないが、ぼくも握った右拳を左手で覆い隠すようにして礼を返した(むかし習っていた古式武術の作法で、左右逆にすると相手に対する殺意を示すらしい)。
 ぼくは脇に挟んだ木製トンファーを両手に持ち、胸の前に突き出すように構えた。
「君、武器は?」と、ぼくは伊賀野に聞いた。
 伊賀野は見たところ武器を持っていないようだった。もっとも、暗器使いで何かを隠し持っているという可能性もあるので油断は禁物だ。
「私、武器は使わないんです」彼女は無邪気に笑ってこたえた。別にぼくらを舐めているわけではなく、戦場でも素手で戦う戦闘スタイルということらしい。
「へえ」
 ぼくは胸が高鳴るのを感じた。
 徒手格闘の達人と拳を交えるのは、いつの日以来だろう。入学したてのころ酉野先生にぼこぼこにされた以来かな。いや、あれは一方的な暴力だったので、子供のころ古式武術をやっていた時以来か。
 ぼくはトンファーを捨てた。ぼくも元々素手戦う武術をやっていたので、純粋に対等な条件で力比べをしてみたくなったのだ。
「あの、遠慮しなくていいですよ。私、戦場でも素手で戦うスタイルなので……」伊賀野は気遣って言ったのだろうが、ぼくにとっては逆効果だった。そう言われると、ますます素手で戦ってみたくなってしまう。
「ぼくもむかし武術をやっていてね。それに実際の戦場では、いつでも得意な武器が使えるとは限らない。これも訓練だよ」例えば相手に捕まって武器を奪われたとき、だろうか。
 実際に戦ってみるとわかるが、武器を持っているのか否かの差は想像以上に大きいものだ。ぼくもむかし道場で武器対素手の教練を受けたことがあるが、達人が相手となるとまず懐に入れてもらえない。リーチの差が勝敗に(戦場では生死に)、かなり影響してくる。剣道三倍段といって丸腰で刀を持った人間に勝つには相手の三倍の実力が要るという話もあるくらいだ。まして戦場でもっとリーチの長い武器や銃火器相手に素手で戦って生き残っているということは、相当の腕前なのだろう。
 ぼくは左拳を中段に置き、虚歩の姿勢で重心を低めにとった。刃物を持っている敵を相手にする場合、頭よりも胴体の保護が重要になる。相手は素手だが、戦場ではナイフを隠し持っているかもしれない。丸腰とわかった上で「よーいどん」で始める試合など、実戦からはほど遠いものである。また、相手が投げ技を使う場合、腰高に構えていると簡単に倒されてしまう。
 彼女はぼくとは対照的に右半身で右拳を低く突き出し、やや高めの重心で構えた。構えや体つきから、打撃重視の武術の使い手のように思えた。
 どうぞ、と響が言った。
 では遠慮なく。
 

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