極楽戦争 - End of End

著・富士見永人

序章「天上天下」



 鈴子を倒した襲撃者は夢葉よりいくぶん背が高く、赤茶色の髪を部分的に後ろに束ねており、装飾が施された金と赤銅色のコントラストが印象的な高価たかそうなサーベルを腰から下げていた。燕尾えんび服に似た変わった制服を着ていたが、体つきからして女性のようだった(この白虎学園は幾度もの吸収合併をくり返してしており、制服の統合などは行われなかったので、さまざまな制服の生徒がいる)。
 右手には、カレーライス。まだできたてほやほやで白い湯気を立てていたそれを、彼女はカウンターの上にそっと置き、夢葉を守るように鈴子の前に立ちふさがった。その姿はさしずめ姫をお守りするナイトという感じだった。
「んだ、てめえは」
 鈴子が低い声で言った。
 大勢の眼の前でかされ、激昂げっこうした鈴子は、ヘッドスプリングの要領ですばやく跳ね起きた。ミニスカートが逆さにめくれあがりパンティが丸見えになったが、気にする様子はなかった。服についたほこりを払い落とし、ふたたびナイト様を睨みつけた。
「おい、あいつ秋月だぞ。秋月神楽あきつきかぐら。三年の」
「まじかよ」
 有名人らしかった。
「どっちが勝つと思う?」
「秋月に三千円」
「亜蓮に五千」
 周囲で勝手に博奕ばくちが始まった。こっちは男性自身に深刻なダメージを受け、地獄の苦しみを味わっているというのに暢気のんきな連中である。もちろんご法度だがバレなければ合法というのもまた事実。
 幾度となく修羅場をくぐり抜けてきた猛者というのは、対峙たいじしただけで相手の実力がわかるという。先ほどまで怒りに任せて弱者を蹂躙じゅうりんするだけの暴君だった鈴子は、相手の強さを悟ったのか、いくぶん冷静さを取り戻したようだった。
 しばらく鈴子と秋月は睨みあい、微動だにしなかった。
 …………
 数瞬の静寂せいじゃくの後、先に動いたのは鈴子の方だった。彼女はすぐ近くにあった、ぼくの食べかけの《ワイヤーラーメン》のどんぶりをつかみ、秋月に投げつけた。ラーメンが! ぼくの神の味が!
 秋月は避けずに、丼を蹴り返した。
 しかし慣性の法則で汁と麺までは避けられず、秋月は熱いラーメンのシャワーを浴びた。おそらく夢葉をかばったのだろう。
 蹴り返した丼は、まっすぐ鈴子めがけて飛んでいったが(サッカー部顔負けのコントロールだ)、彼女はそれを難なくかわし……
 秋月に、嵐のごときローリングソバットを食らわせた。
 バランスを崩していた秋月は、突風でなぎ倒される木のように派手に転倒し、傍にあったテーブルに背中から突っ込んだ。
「神楽さん!」
 夢葉が悲鳴をあげて彼女に駆け寄り、しかし秋月は平気と言わんばかりに手で夢葉を制止し、素早く立ちあがった。
「ふん」
 秋月は何事もなかったかのように、涼しい顔で服についたごみを払い落とした。
「制服汚れちゃいましたね。クリーニング代、払ってくださいね」
「はっ」鈴子は攻撃的な笑みを浮かべた。
「あたしに勝てたら考えてやってもいいぜ。勝てたらな」
 強烈な一撃を食らわせて余裕ができたのか、鈴子は尊大な笑みを浮かべて言う。
 鈴子は傍にある椅子を掴み、秋月めがけて思いきり蹴飛ばした。
 ……が、同じような手が通用する相手ではなかった。
 秋月は向かってきた椅子を、さらに強い力で蹴り返した。
 ばき、という破砕はさい音とともに、椅子の背もたれ部分が砕け散った。
「うわ!」
 まさに倍返し、というものすごい勢いで、椅子は鈴子めがけて飛んでいった。
 鈴子はかろうじてそれを避けたが、完全に体制を崩した。そして……
 目の前には、すでに秋月の姿があった。
 どすっ。
 次の瞬間、秋月の右脚が鈴子の下腹部に埋没していた。
 鈴子はぐえっとうめき、体をくの字に折りまげ、急加速し、離陸し、そして、リノリウムの床に不時着した。
 あわや死、というほどのぶっとび方だった。
 というのも、すぐ隣にはコンクリート製の大きな角柱があったからだ。ぼくも含め、観客一同ひやりとした。あの勢いであの柱に衝突してたら、危なかったはずだ。秋月がそこまで配慮して鈴子を蹴とばしたかまではわからなかったが。
「くそ、てめえ。やりやがったな……」
 鈴子は鬼のような形相で、しかし、ゆっくりと立ちあがった。さすがに効いたのか、足もとがおぼつかない様子だった。何せ走り幅跳びならギネス級も夢ではないというぶっとび方をしたのだ。
 そして……
「殺してやる」
 そう叫び、鈴子は腰に挿していた軍用のサバイバルナイフに手をかけた。戦争にいくわけではないので毒が塗られているわけではないだろうが、ぼくも、そして秋月も含め一同にふたたび緊張が走った。
「やめなさい。怪我だけでは済まなくなりますよ」
 秋月も、腰に挿しているサーベルの柄に触れた。しかし、鈴子は構わずナイフをゆっくりと、抜いた。秋月の顔がこわばった。
「や、やめてください。二人とも。だ、だれか」
 夢葉は泣きそうな顔で、おろおろしながら喚いていた。
「うるせえ! ぶっ殺してやる!」
 鈴子は、眼を血走らせて叫んだ。完全に怒りで我を忘れているようだった。
 そのまま鈴子が秋月に飛びかかり、夢葉が顔を手で覆い、悲鳴をあげた。
 
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