極楽戦争 - End of End 著・富士見永人

 序章「天上天下」

   10

 日曜日の朝。玄関扉の郵便箱を漁ると二通の手紙が出てきた。
 一通めは学園の作戦司令部からきた、仰々ぎょうぎょうしい虎の挿絵と「親展」「重要」の印。
 いわゆる、《赤紙》だった。
 やはり来たかと中を確認すると案の定反乱軍と《赤》の掃討作戦の召集令状だった。酉野先生の予言通りだ。何となくこうなるんじゃないかというような予感はしていた。だから結局あの後ぼくは麗那先輩の誘いに乗ることにした。自分から志願するのは気が重かったからある意味気が楽になった。どっちにしろ地獄行きなら彼女と一緒の方がいい。もっとも彼女なら閻魔えんま大王すら叩き伏せて地獄の女王になりそうなものだが。決行は明日の午前十時、集合時刻はその二時間前とのこと。
 もう一通の手紙には差出人の名前がなかった。へたくそな字で《円藤緑人様》と宛名が書いてあるのみ。
 みどりと……? ぼくの名前は縁人だ。
 日光に透かして見たところ、中は手紙のようだった。毒物や剃刀かみそりの類は入ってないようだ。ぼくは封をあけて手紙を見た。
『拝敬。円藤緑人様。お前の母親は預かった。無事返してほしくば、極楽市平和町に一人で来られたし』
 この国語力のなさで、ぼくは手紙の送り主が誰だか想像がついた。
『追信。たまには母ちゃんに顔みせろ!』
 正体を隠す気はさらさらないようだった。昨日いろいろとありすぎて疲れていたから今日は一日中布団の上でごろごろしてようと思ったのだけれど。
 しかし明日死ぬかもしれないし、久しぶりに親の顔が見たかったというのもあるので(父はすでに故人となってしまったので、母だけだ)、ぼくは学生寮を出て平和町に行くことにした。この白虎学園の学生は司令部が生徒の動きを常に把握しておくため、私用で学園の敷地外へ出るときには許可が必要になる。窮屈な仕組みだが、軍事施設である以上誰でも自由に出入りというわけにはいかない。
 ぼくは食堂で朝食をすませた後、学舎内の事務所で手続きをすませ、久しぶりに外出することにした。午後五時までという縛りがあるのであまり長居はできない。一分でも遅れると貢献点数が大きく減点され、下手をすると懲罰房に入れられてしまう。
 学園の敷地内は厳重な警備体制によって治安が守られているが、門を一歩出たらそこはもう無法地帯だ。本来なら誰かと一緒に行くのが望ましいのだが、今回はひとりで行かねばならない事情があった。上着の下に防弾ベストを着こみ、戦用の鋼鉄製トンファーを巾着きんちゃく袋に入れ、徒歩で町まで行くことにした。
 ぼくの母が住まう平和町は極楽市の中でも治安の悪いスラム街として有名だ。昼間からごろつきどもが徘徊はいかいし、暴行や略奪が日常茶飯事というどうしようもない町である。いかに軍事学校で格闘教練を受けた人間であろうと集団で襲われればひとたまりもない。長期にわたる戦乱で明日も食えぬ浮浪者が大量に増え、警察も手に負えずなかば放任状態だ(しかも政府軍の兵力不足から警官が予備役の兵士として徴集されることもあるので、警官の存在しない無人交番が多数ある)。本来ならぼくの母がひとりで生きていくには平和町はあまりにも苛酷かこくな環境だが、彼女が今日まで無事生存して来れたのには理由がある。

 平和町の雰囲気は学園敷地内とは対照的にひどく暗澹あんたんとしていた。昨日の快晴とはうってかわって空の支配者ぜんとしたぶ厚い雲が、その雰囲気にさらに拍車をかけていた。ところどころひび割れた道路、辺りに散乱するごみと瓦礫がれきの数々。民家にはところどころ亀裂や弾痕、そしてどす黒い奇妙な染みなどが見られ、かつてこの地で行われた戦の激しさを物語っていた。犬と猫とからすと人間が共に残飯あさりをしている。ぼくの姿を見るなり物乞いがお恵みを求めてきたが、ぼくは無視して足早に目的地へと向かった。白虎学園屈指の貧乏人であるぼくでさえ、ここでは施しを下さる金持ちになるらしい。何年も同じ服を使いまわしているが、ここの浮浪者がまとっているぼろきれに比べれば数段ましだった。こんな場所に母をひとり置いてきた自分に罪悪感すら感じたが、もし仮に引っ越しを検討しても他に選択肢はなかっただろう。ある程度治安のしっかりしている地域はどこもかしこも移住するのにまとまった金が必要であり、もはや貧乏人に安全は買えない時代となってしまった。寿や鈴子の家族が暮らしている祖母江そぼえ町も、ここと大差ない居住環境であると聞いている。
 ぼくは町の外れにある古びた石造りの集合住宅に入っていった。ベランダには色とりどりの洗濯物が干してあり、雑多な生活感をかもし出していた。
 母の住まう三〇三号室の前に立ち、ドアの脇についてるインターフォンのボタンを押したが反応がない。そういえば壊れてたんだっけ。
「動くな」
 ふいに背後から声をかけられ、頭に銃器を思わせるひんやりとしたものが当てられた。ぼくは両手をあげてゆっくりと振り向いた。聞き覚えのある声だった。
「よくきたな。ごろつきどもに襲われなかったか?」
けんさん」
 マガジンの外れた銃を収めほがらかな笑顔で迎えてくれたのは、かつてぼくが世話になった《元》白虎学園三年生の犬井乾一いぬいけんいちだった。
 ……現在急速に勢力を拡大しつつある、《赤鳳隊》の若き切り込み隊長だ。
「ま、中に入れよ。母ちゃん首長くして待ってたんだぜ」

 六畳の和室に裸電球、中央にはちゃぶ台。窓ガラスはガムテープで補修されており、障子やふすまはところどころ破れている。脇の砂壁には得体のしれない不気味な黒い染み(幽霊を信じている人が来たら間違いなく夜は眠れないだろう、幸いぼくも母もそういった類のものは信じないから大丈夫だけれど)。これがこの極楽市平和町の一般的な住居である。築十年と経っていない白虎学園の学生寮に比べるとその差は歴然だった。まるで数世紀前の世界にタイムスリップしてきたかのような錯覚に陥ってしまう。母がぼくを白虎学園に入れた代償として考えると胸が痛くなった。
「おかえり。縁人。元気にしていたかしら?」
「ただいま。母さん」
 母は玄関口でぼくを出迎えてくれた。以前会ったときよりも幾分か頬がけていた。ぼくが靴を脱いで部屋へ上がろうとすると、母は視線をぼくの靴へと動かした。
「靴底がはがれているわね。ちょっと貸しなさい」
 もう二年近く同じものを使っていた。さすがにそろそろ限界がきたか。
「いいよ。自分で直すから。母さん内職忙しいんだろ。手伝うよ」
「大丈夫よ。今日分のノルマは昨日もう終わらせておいたから。けんちゃんも手伝ってくれたしね」
 乾ちゃんこと乾さんは小学生時代からの友人。いわゆる幼なじみである。歳はぼくより二つ上の十九歳。ぼくが白虎学園一年生だった頃、彼は三年で切込み隊長としてバリバリ活躍していたものの反乱軍討伐の任務に失敗して逃走。学園では任務に失敗して死んだことになっているが、実は生き延びて流離さすらいのミュージシャンとして生計を立てている……と母は思いこんでいる。乾さんが赤鳳隊の人間だということを彼女は知らないし、実はぼくも最近知った。
 母は父の遺産の大部分をはたいてぼくを学費の高い白虎学園に入れ、自分は危険を冒して治安の悪い平和町(まったく皮肉な名前だ)への移住を選択した。なんせ東陽や帝といった大金持ちの子息が通うような名門だ、一般人が無理なく通えるはずもなかった。母の決断はほとんど勢いのようなものだったが、餓死者すら出るような経済情勢の今の日本で一生涯食えるまともな職といえば、政府側の軍人くらいのものだった。ぼくの父はもともと政府軍の士官で収入もそこそこあり、堅実に貯金する人だったので白虎学園の全学費を払ってもおつりが来たが、その後も母が一生涯暮らしていけるような金額かといえばそうでもなかった。だから無理をしてでもぼくを名門といわれる白虎学園に入学させて政府軍の要職に就かせようと思ったのだろう。それに他の学校に入れたところで、悪夢の《少年徴兵制》により大抵軍事カリキュラムは組まれているので、それなら名門と呼ばれる強豪校に入れた方がまだ安全というものだ。噂程度できいた話だが、反乱軍管轄の学校、ことに白虎学園と敵対している青龍せいりゅう学園は人権を無視した苛酷な訓練と劣悪な環境で命を落とす生徒もいると聞く。無理して白虎学園にぼくを入れてくれた母には感謝しなければならなかった。だからぼくはなるべく好成績高得点で白虎学園を卒業して政府軍の要職につき、母に(それと今は亡き父にも)恩返しをしなければならない。幸い白虎学園では貢献点数制度によって下層でも軍に貢献しさえすればある程度の地位は約束される。上層の永久シード権という理不尽はあるが、成りあがるチャンスがあるだけましだ。
 母は現在包装の内職をしているがノルマの量に対して報酬は安く、ひとりで生計を立てていくには厳しい額だ。ぼくは短い間ではあったが母の仕事を手伝った。明日の分のノルマまで片づけて少しでも母に楽をさせたかったのだ。しかし不器用さは父ゆずりなのか、なかなか進まなかった。母はすでにぼくの靴の補修を終えてきれいに磨いていた(彼女は以前靴みがきの仕事をやっていた。プロの職人技だ)。
「縁人。学校の方はどう?」
「ぼちぼちだよ。母さん。貢献点数も悪くないし、座学も実技も学年上位二十位以内を維持してる」
 ぼくがそう言うと、母はにっこり笑ってうなずいた。
「他には? 恋人とかはできた?」
 母の眼が心なしか輝きを増したように見えた。毎回会いにくる度に聞かれる。言っちゃ悪いが、若い子にちょっかい出す恋ばな好きのおばちゃんみたいだった。いや、その通りなのか。
「そうだね……好きな人はいるにはいるんだけど。なかなか振り向いてもらえないんだ」
「あなたお父さんに似ていい男なんだから、どうにでもなるわよ。お母さんが保証するわ」
 そう言って母は、磨き終わった靴を玄関に戻した。経年劣化でところどころ破れていたところも、多少強引にではあるがつぎはぎで補修されていた。明日は任務があるので新しい靴を買って無理に履くより、履き慣れたこの靴を使い回したいと考えていたのでちょうど良かった。
「早く恋人を作って紹介しなさいな。お父さんのように立派な軍人になって結婚して、私が死ぬ前に孫の顔を見せてちょうだい」
「縁起でもないことを言わないでくれ」ぼくは苦笑して言った。
 麗那先輩を振り向かせるには、彼女を超えるという偉業をなし得なければならない。果たしてぼくが彼女と結婚し、母に孫の顔を見せられる日は訪れるのだろうか。子供は何人作ろうか。麗那先輩に似た可愛らしい娘がほしいな。ぼくと彼女の名前をとって『縁那えんな』という名前にしよう。式場は……なるべくお金のかからないところがいいけれど、一生に一度の晴れ舞台だし……
 ……などということを考えていたら、母がぼくを見つめながらにやけていた。どうやら顔に出ていたらしい。
「必要なものがあったら何でも言ってね。お父さんが残してくれたお金、たくさんとは言えないけれどまだあるから」
 スラム街でこんなギリギリの生活を送っている母に、何かがほしいなどとは口が裂けても言えそうになかった。

 日が西に傾いてきた。一緒に昼食をとった後、母に学園の門限のことを告げると彼女は少し残念そうではあったが笑顔でがんばってねとエールを送ってくれた。
「縁人。少し話、いいか?」
 部屋の外で待っていた乾さんが、先ほどとは打って変わって真剣そうな面持ちで話しかけてきた。
「いいですよ」
 ぼくらは集合住宅の屋上へと出た。どんよりとした曇り空がこれからやってくる《嵐》の到来を予言しているかのようにぼくには思えた。掃討作戦は明日決行される、運が悪ければぼくの人生は明日で終幕だ。もちろん素直に死んでやる気など毛頭ないが。
 さびだらけのフェンスごしに白虎学園の敷地、帝ビルや白虎学園学生寮をはじめとした巨大建造物がそびえ立っているのが見える。もっと手前までくると、平和町や祖母江町などといった貧民街のすすにまみれた小さく古びた建物が密集しており、この国の支配者が誰なのかを物語っていた。
 乾さんは母のすぐ隣の部屋に住んでいていつも母のことを気にかけてくれていた。母が生活必需品などを買いに行く時は無償で護衛を引き受けてくれている。乾さんがいなかったら、母は今ごろどこかの路地裏で略奪にでも遭って野垂れ死にしていてもおかしくはない。いったい母は、この無法地帯でどうやって生きていくつもりだったのだろうか。
 乾さんはぼくに訊ねた。
「なあ、縁人。例の件は、考えてくれたか?」
 彼の眼は、ぼくの眼をまっすぐ見ていた。
 例の件というのは、白虎学園をやめて赤鳳隊に入らないか、という話のことだった……
 

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