極楽戦争 - End of End 著・富士見永人

 第一章「極楽地獄」

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 赤鳳隊及び反乱軍掃討作戦当日。
 ところどころ崩落した林の中の悪路あくろを、二台の装甲車が走っていた。途中の岐路きろで、装甲車は予定通り二手に別れていった。
 町の方へと向かった二号車には、麗那れいな先輩や玄人くろと先輩、響ちゃんといった錚々そうそうたるメンバーが乗っている。こちらにも酉野とりの先生や神楽かぐら先輩がいるとはいえ、総合的な戦力はあちらの方が上だろう。それもそのはずで、あちらは敵の正面を攻める陽動の役、こちらはすきを突いて裏から襲撃する奇襲役だ。
 ぼくの乗っている一号車は、さらに鬱蒼うっそうとした山路に入っていった。少し回り道になるが、ここを抜けると祖母江そぼえ町の赤鳳隊せきほうたいのアジトとおぼしき集合住宅跡地《赤鳳砦せきほうとりで》の裏に出る。ガタゴトと揺れる車内の天井に、ボール型電球のだいだいの光が薄暗く辺りを照らしていた。
 運転席にはハンドルをにぎる酉野先生の後ろ姿が見えた。彼女が今掃討作戦部隊の隊長だ。こないだあれだけのことがあったというのに、早くも次の任務(しかも今度は掃討作戦だ)を指揮せねばならないというのはいささか酷ではないかとぼくは思った。昨今は軍も人手不足のせいか、作戦失敗したリーダーには懲罰的な連続出撃を強要する向きがあるらしい。
 車内は、まるで嵐の前の静けさ然と静まりかえっていた。スモークのかかった窓の下には二つのロングシート、車輛しゃりょうの進行方向にすき間なく並んで座り、向きあう面々。ぼくの右隣には鈴子りんこ、左隣には寿ことぶきが座っている。そして反対側の座席はぼくの正面に夢葉ゆめは、その左隣には神楽先輩、右隣には親衛隊の田代が座っている。
 鈴子は向かい側に座っている夢葉や神楽先輩、田代とにらみあっていた。隣にいた寿が「何かあったのか?」と聞いてきたが、ぼくは曖昧あいまいな返事しかできなかった。
 夢葉が今回の掃討作戦に参加すると言い出したとき、正直ぼくは司令部が夢葉の参戦なんて認めやしないだろうと高をくくっていた。が、司令部は何を考えているのか、あっさりと夢葉の参戦を認めた。彼女の身に何かあったら東陽家が黙ってないだろうに、ぼくにはそれが不思議でならなかった。夢葉が何か根回しでもしたのだろうか?
 出発前、酉野先生はこっそりと夢葉以外の全員を集め、「任務よりも東陽の護衛を優先しろ」と言い出した。おそらく上から、隊員の命に代えてでも東陽夢葉を守れとか何とか、無茶を言われたのだろう(その後、酉野先生は「東陽のために死ねとは言わん。だが気にかけておいてくれ」とも付け加えた。先生も大変だ)。
 今回の任務の志願者は三人。麗那先輩、夢葉、そして神楽先輩だ。あとは全員赤紙による徴集である。どうやら夢葉が神楽先輩に掃討作戦に参加することを話したらしく、神楽先輩は夢葉を守るために志願したらしい。親衛隊の田代は、どうやら赤紙で徴集されたようだった。夢葉は親衛隊の連中に今回の参戦のことを話していないのか。
 鈴子は薄ら笑いを浮かべ、夢葉に言った。
「逃げずにちゃんと来れたか」
「当たり前です。昨日の発言、すべて取り消していただきますから」
「ぼくが東陽さんをお守りしますよ。ご安心ください」と、田代が言った。
 夢葉は優しく微笑み、「ありがとうございます。田代さん。でも、決して無茶はなさらないでくださいね。まずはご自身の命を大切にしてください」と言った。
「東陽さん……もったいないお言葉……ありがたき幸せ……!」
 感極まったのか、田代は大粒の涙をぼろぼろ流しながら号泣しはじめた。
「おーんおん。あふっ、うわあああ」
 親衛隊の連中って、みんなこんな感じなのだろうか?
「さーすが、東陽のお姫さまには頼もしいナイトがいてうらやましいな」鈴子が肩をすくめ、嘲笑ちょうしょうした。
 神楽先輩が鈴子を鋭い眼でにらみ、「貴女あなたですか。夢葉さんをけしかけたのは」と、怒気のこもった声で言った。
 鈴子は意地悪そうに笑って返した。「人聞きの悪いこと言うなよ。あたしはこいつに任務に参加しろなんてひとっ言も言ってねーぜ」
「あなたが侮辱ぶじょくしたんでしょう!」神楽先輩は激昂げっこうして叫んだ。一同の視線が彼女に集まった。「夢葉さんはまだ実戦訓練を受けてないんですよ! 彼女を殺す気ですか!」
 鈴子も負けじと叫んだ。「うるせーんだよババア!」
「ばっ……失礼な! 私はまだ二十歳はたちです」
「あたしより三歳もババアじゃねーか!」
「なにをこの……」
 運転席の酉野先生が、仕切りの窓ガラス(防弾仕様)を乱暴にがつんと一撃した。
「うるさいぞ! 静かにしろ!」
 車内は静まり返った。
「まあまあ神楽先輩。ぼくはどちらかといえば、大人のお姉さんの方が好みですよ」
 そう言ってぼくは、神楽先輩にウインクしてみせた。神楽先輩は反応に困ったように「はあ」とだけつぶやき、席に座った。
 ぼくの横にいた寿が、「おまえそんなキャラだったっけ」という突っこみを入れた。自分でも自分がよくわからなくなった。
 夢葉が取り澄ました顔で言った。
「神楽さん。いいんです。任務に志願したのは私の意志です。元はと言えば、私がみんなと同じように実戦訓練を受けてこなかったのが悪いのですから」
 彼女の、この妙な落ち着きぶりはどこからくるのだろう。死が怖くないのだろうか。それとも単に、戦を知らないだけなのか。
「はっ。たいした余裕じゃねーか。戦場で地獄見ても同じことが言えたらほめてやるよ。ま、生きて帰れればの話だがな」
 そう言って鈴子がげらげらと大声で下品に笑い、神楽先輩と田代が睥睨へいげいの集中砲火を浴びせた。
 田代が低い声で言った。「調子に乗るなよ、アバズレ女。この任務が終わったら東陽さんを侮辱した罪、身をもって償わせてやる。先日の礼も兼ねてな」
「手も足も出なかったくせに、威勢だけは一丁前だな。雑魚ざこ
「あの時は油断しただけだ」
「戦場だったらお陀仏だぶつだぜ」
「なんだと!」
 田代が憤然ふんぜんと立ちあがり、天井にがん、と頭をぶつけた。鈴子と寿が彼を指さして爆笑した。
 がつん、と酉野先生がまた窓を叩き、夢葉の制止もあって田代は怒りを鎮め、着席した。
 車内にふたたび沈黙が戻った。

 運転席側の窓を覗くと、薄暗い曇り空の下、ところどころ崩壊した祖母江そぼえ町の建物群が見えてきた。平和町と大差のない、ごろつきの徘徊はいかいする貧民街である。寿と鈴子の家族もここで暮らしている。寿の父はギャング団のボス、鈴子の父はスリ師、どちらも母親は娼婦をやっているそうだ。
「つかまれ!」
 山路の出口に差しかかったとき、酉野先生が突然叫び、急にハンドルを切った。
 車内が大きく揺れた。
 ぼくは天井についていたグリップを掴んだ。

 ばあん!

 次の瞬間、すさまじい衝撃音が響きわたった。
 同時に強い衝撃が加わると、装甲車はそのまま大きく横に傾き、横転した。
 

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