極楽戦争 - End of End 著・富士見永人

 第一章「極楽地獄」

   2

 装甲車の扉がどかっと勢いよく開けられた。
 ぼくは先頭に立ち、横転した装甲車の壁ごしに顔を半分だけ出した。銃弾の類は飛んでこなかった。鋼鉄トンファーを両手に握り、外へ出た。
 山路やまじをはさむ林の両脇に人の気配があった。数は……そう多くはない。ざっと見て十人前後といったところか。敵は反乱軍か、それとも……
「ひゅー、当ったりい!」
 場違いに軽い声が聞こえてきた。学ランに身を包んだ中背の男が林の奥から姿を現した。日本人形を思わせるような、しかし色素のうすいおかっぱ頭。背中には身の丈ほどもある大きな刀(いわゆる斬馬刀)、右手には先ほど装甲車を撃ったと思われるロケット弾の発射器。ラッパを思わせるその兵器の発射口から、黒っぽい煙が立ちのぼっていた。次弾を装填そうてんする気配はなさそうだった。
 酉野先生が運転席の扉を蹴り開け、拳銃でおかっぱ頭の男に向けて数回発砲した。《おかっぱ》はすばやく木の後ろに隠れた。酉野先生はそのまま銃を何発か撃った後、装甲車の中から外へ出た。彼女は弾切れの銃を捨て、腰に下げたポシェットからぶ厚い指抜きのガントレットのような鋼拳を装着した。
「東陽は装甲車の中にいろ。秋月、東陽の護衛を頼んだぞ」
「はい」神楽先輩は右手で装甲車のアシストグリップを掴み、反対の腕で夢葉を抱きかかえていた。
「神楽さん、血が」夢葉は神楽先輩の額の出血を見て心配そうに言った。装甲車が横転した際、夢葉をかばってどこかにぶつけたのだろう。
「大丈夫、かすり傷です」神楽先輩は涼しげな笑みを浮かべた。
 ひとまず、夢葉は神楽先輩に任せておこう。ぼくは装甲車の周囲を……

「縁人!」

 いきなり背後から寿の叫び声が聞こえ、ぼくは振り向いた。
 あとコンマ数秒反応が遅れていたら、ぼくは死んでいただろう。
 交差する、鋼と鋼。
 ぼくの首もとでかん高い金属音とともに、火花が散った。
「ち」
 いつの間にか気配を殺して接近してきた刺客の刀が、ぼくの首を斬り落とそうと迫っていたのだ。
 ぼくはとっさにトンファーでそれを受け、刺客を蹴りとばした。
「助かったよ。寿」
「ぼさっとしてんな!」
 寿が叫び、ぼくに背中を合わせるようにして立つ。
 ぼくを襲った刺客は、黒いセーラー服を着た女生徒だった。風になびく青みがかった長いツインテールの黒髪が印象的で、背がぼくと同じくらい高かった。あの制服は反乱軍直轄の軍学校《青龍せいりゅう学院》のものだ。敵はどうやら反乱軍らしい。ぼくはひそかに安堵あんどした。
 ぐしゃ、ぼきっ、と骨肉がつぶれるような音が響きわたった。
 酉野先生のところにも黒服の刺客が二人ほど襲いかかり、彼女の鋼拳の洗礼を受けていた。殴られた二人はそのまま動かなくなった。
「なに見つかってんだよ。ブス」
 ぼくを襲撃した《ツインテール》を、《おかっぱ》がなじった。彼の着ている学ランも、青龍学院のものだった。
 そして林の奥、《おかっぱ》の背後から、彼よりも頭一個くらい背の低い小柄な女生徒が現れた。
「惜しかったですね。ほぼ完璧な奇襲でしたのに」
 見かけからしてまだ中学生、いや、下手をすると小学生高学年くらいにも見える。が、ツインテール女と同じ制服に身を包み、髪が老人のようにまっ白だった。
 酉野先生が苦笑して言った。
「おいおい……これはまた、ずいぶん豪勢なお出迎えだな」
 そう、おかっぱ頭の男も、ぼくを襲ったツインテールの女も、そしてこの《白髪小学生》の顔にも見憶えがあった。三人とも反乱軍要注意人物リスト(通称ブラックリスト)に名を連ねる猛者もさばかりだったのだ。

 《人割ひとわり》に《首刈り》に《殺し屋》……

 白虎学園なら、間違いなく一騎当千と呼ばれるような最強クラスの生徒たちだろう。
 おかっぱ頭の男は、青龍学院二年の終零路おわりれいじ。男にしては風変わりなおかっぱ頭と背中の大きな斬馬刀が印象的なこの男は、《人割り》と呼ばれ、恐れられている。通り名の由来はよくわからないが、人間ばなれした怪力らしい。
 その隣にいる、小柄な白髪の少女。同じく青龍学院二年の赤月瑠璃あかつきるりだ。彼女は敵の首をよく切り落とすことから《首刈り》と呼ばれている。戦闘能力もさることながら、二年にしてすでに生徒会副会長と部隊長を務める、かなりの策士でもあるらしい。
 そしてぼくを襲ったツインテール女は、同じく青龍学院三年の蒼天音あおいあまねという。彼女は《殺し屋》と呼ばれ、一番の要注意人物とされている。《青龍学院史上最も多く人を斬り殺した女》。
 酉野先生が、ため息まじりに言った。
「まさか、ここでこんな連中をぶつけてくるとはな。やはり反乱軍は赤鳳隊とつながっているのか」
「さあ、どうでしょうね」《首刈り》こと赤月瑠璃は、無表情のまま腰に差していた二本の小太刀を抜いた。
 同時に《人割り》こと終零路も、ロケット弾発射器を捨てて背中の大きな刀を抜いた。
「さーて、食後の運動といくかー」
 終零路がこちらに向かって飛びかかると、赤月瑠璃と蒼天音は左右に散った。周りにいた他の生徒もそれぞれ追従した。統率のとれた完璧な動きだった。名は知らないが、こいつらもかなりの腕前だろう。
「ここから先へは行かさんぞ」
 田代が抜刀し、終零路と対峙たいじした。
「へへ。まずひとり」
 終零路は両手で握った斬馬刀を上段に構え、田代の頭めがけて振りおろした。
 酉野先生が叫んだ。
「受けるな! よけろー!」
 田代は、酉野の言葉に一瞬反応したものの、そのまま刀で斬馬刀の一撃を受け……
 次の瞬間、ぼくは眼を疑った。

 ばき。

 田代の刀がへし折れ……
 彼の、《右半分》が、宙を舞った。
「ち。外したか」
 終零路は不満げに舌打ちした。
「きれいに半分にならなかったぜ」
 田代は、右の肩口から肝臓あたりを経由して右脇腹にかけて、切断されていた。
 鮮血が飛び散り、彼の血と臓物が、地面に赤黒い花を咲かせた。
「田代お!」
「ごぼがぼ」
 田代はうつろな表情で口から血の泡を噴いていた。もう、どう見ても助からなかった。
介錯かいしゃくします」
 次の瞬間、田代の背後から文字通り《飛んで》きた赤月瑠璃が、逆手に持った二本の小太刀で田代の首を切り落とした。
 首を失った田代の半身は、膝からくずおれ、地面に倒れてそのまま動かなくなった。
 無表情のまま赤月瑠璃は言った。「むやみに苦しめてはだめですよ。零路さん。すぐにとどめを刺しましょう」
「武士の情けってかあ? 敵にそんなもんかけてやる必要があるのかね」
 終零路はやれやれと肩をすくめた。彼の《人割り》は、読んで字のごとくそのまま人を割るという意味だった。
 田代は決して弱くはなかった。東陽夢葉親衛隊の中ではむしろ腕の立つ方で、リーダーの下北沢とよく行動を共にしていたし、鈴子にいいようにぼこられていたのも不意打ちを受けたからだ(もっとも戦において敵に先手を許すのは致命的だが)。その彼を、まるで小動物のように簡単に殺してのけた。もはや、勝負といえる戦いではなかった。生き物としての規格が完全に違う。ぼくらの相手は人を超えた怪物か何かなのかもしれない。少なくともぼくにはそう思えた。
示威じい効果は充分にあったようですね」
 赤月瑠璃の言う通り、ぼくらは眼の前で起きた殺戮さつりくショーに、言葉を失っていた。
 田代のあまりにむごたらしい死体を見て、ぼくは吐き気を覚えた。
「さっさと終わらせて帰りましょう。私は早く《ワイヤーラーメン》が食べたいのです」
 赤月瑠璃は寿の方を向いて、逆手に持った小太刀こだちを構えた。寿の顔がぐっとこわばった。
 反乱軍にもワイヤーラーメン好きがいた、だと……
まれるな!」
 酉野先生は、自分に襲いかかる刺客の顔面を鋼の拳で叩きつぶし、叫んだ。それでぼくは我に返った。
「私が《人割り》と《殺し屋》の相手をする。《首刈り》には林と亜蓮あれんの二人でかかれ。円藤と秋月は、装甲車に近寄る敵を排除しろ。東陽は無線で応援を呼べ」
 劣勢にも関わらず、酉野先生は冷静だった。さすがは百戦錬磨の格闘教官だ。
「敵を恐れる必要はない。手強てごわい連中だが、お前たちも充分に強い。いつも教えている通りに戦えば、勝てない戦じゃない」
「おもしれえ。おれたち二人に勝てるつもりかよババア」
 終零路は不敵に笑い、酉野先生に正面から飛びかかった。蒼天音が脇から攻める。
「なめるなよ。小僧」
 酉野先生は零路の斬馬刀の一撃を鋼拳で横からはじき、もう片方の鋼拳で天音の刀を受け止めた。
 そして終零路の腹に、鋼拳の一撃を叩きこんだ。
 同時に蒼天音にも中段後ろ蹴りをくり出したが、こちらはかわされた。
 すごい、本当にあの二人を相手に戦っている。
「いってえ」
 終零路は、酉野先生の殺人パンチを腹に受けたにもかかわらずピンピンしていた。
 ぼくは神楽先輩と二人で、装甲車に迫る刺客を相手していた。あのブラックリストの三人以外は何とか相手にできそうだった。酉野先生のようにすぐ片づけるのは難しいが、応援が来るまで装甲車を防衛するくらいならなんとか……

「鈴子お!」

 寿の叫び声だ。
 寿と二人で赤月瑠璃の相手をしていた鈴子は、自分の左腕を見て茫然ぼうぜんとしていた。
 彼女の左手は、ナイフをにぎったまま硬直していた。
 ……ただし、《本体》から遠く離れたところに転がっていた。
 切り口から流れ出た血が地面に赤い道を作っており、まるでロケットパンチでも発射したかのように見えた。
「ああああああ、ああ、あたしの腕えええええええ!」
 鈴子はようやく起こった事態に思考が追いついたのか、パニックを起こして金切り声をあげた。
「縁人!」
 寿がぼくに向かって叫んだ。何を言わんとしているかは、すぐにわかった。
 鈴子の背後に、ナイフを持った反乱軍の刺客が迫っていた。
 ぼくは、急いで鈴子のもとへ駆けつける。
 だめだ……間にあわない!

 とすっ。

 無情にも突き刺さる、銀色の刃。
 噴き出した赤い飛沫しぶきが、地を染めた。
 

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