極楽戦争 - End of End

著・富士見永人

第一章「極楽地獄」



 まさに、紙一重だった。
 ナイフが鈴子に到達する直前に、刺客の胸元から、銀色の刃が突き出していた。
「夢葉さん! 亜蓮さんをお願いします!」
 鈴子の危機を救った神楽先輩は、刺客に刺さったサーベルをすばやく引き抜き、そして茫然ぼうぜんと立ち尽くしていた鈴子の両肩をつかみ、強引に装甲車の中に引きこんだ。
 鈴子は完全に戦意を失っていた。
 まずい……
 鈴子が戦闘不能になったということは、寿が危険だ。二人がかりでこの惨状なのに、一人であの《首刈り》を相手にするのは、荷が重すぎる。
「人の心配してる場合かよ」
 両手にナイフを持ったチンピラ風の、名も知らぬ坊主頭の男子学生が、ぼくに切りかかってきた。
 ぼくは彼の一撃をかわし、そして、精一杯顔の筋肉をコントロールし、嫌味ったらしい笑顔を作って言った。
 にやあっとね。
「悪いけど、モブにかまってる暇はないんだ」
 八木師匠が好んで使っていた手だ。師いわく、『戦場に礼など不要。ありとあらゆる手を使って敵の精神をかき乱せ』。
 敵の《坊主》は顔をゆがめ、取り乱しはしなかったものの、頭に血がのぼったのがはっきりとわかった。ぼくもそうだが、いくら軍学校に通っているといっても、彼らはまだ経験の浅い学生なのだ。揺さぶるのはたやすい。頭に血がのぼると力は湧いてくるが、冷静な判断力はおろそかになる。『戦場では常に冷静であれ』、これも師匠の教えである。
 案の定《坊主》は、ぼくを突き殺そうと積極的かつ嗜虐しぎゃく的にナイフをぶんぶん振り回してきた。
 足元がお留守だよ。
 ぼくは、敵の足を思いきりかかとで踏みつけた。
 《坊主》は一瞬顔をこわばらせた。意識が足元へ向いたのが、ぼくにはハッキリとわかった。
 ごん。
 次の瞬間、ぼくはトンファーの柄の部分を使って、空手の回し打ちの要領で、死角から敵の後頭部をぐように、殴打した。完全に虚を突いたのか、《坊主》は前のめりに倒れこんだ。殴った後頭部が血に染まり、たこ焼きのようになっていた。
 ぼくはすぐに寿の加勢に回った。寿は棍棒で赤月瑠璃の頭部を狙い、ぼくもそれに合わせるように背後から彼女の後頭部めがけてトンファーをくり出した。

 ぞわっ。

 ……急に悪寒おかんが走り、ぼくは踏みとどまった。
 そしてほぼ同時に、首に鋭い痛みを感じた。
 後ろ向きのままくり出された《首刈り》の刃が、正確に、ぼくの首の肉を切り裂いていたのだ。
「縁人!」
 寿が叫んだ。
 首に手を当ててみると、べっとりと血にまみれていた。背筋にまた寒気が走った。
 大丈夫だ。出血量は大したことない。
 おそらく、もう一歩踏みこんでいたら……いな、あとほんの何ミリ秒か反応が遅れていたら、ぼくは、頸動脈けいどうみゃくを切断されていただろう。いや、そこに転がってる田代のように、打ち首にされていたかもしれない。
 完全に油断していた。
 戦闘中に背後から襲いかかれば、いかに《首刈り》といえど、仕留しとめられると、思いこんでいた。だが恐るべきことに彼女は、一瞬たりともこちらを見ずに、正確に、ぼくの首を狙ってきた。
 これが、《首刈り》の実力……
 彼女の背中には第三の眼でもついているってのか?
 ならば、今度は正面から襲いかかるつもりで。
 寿は《首刈り》相手によく敢闘していた。防戦一方だったが、棍棒のリーチと手数を活かして赤月瑠璃を間合いに入れないようにしてなんとかしのいでいるようだった。寿の全身をよく見ると、無数の細かい傷がついている。あのままではジリひんだ。ぼくが加勢しなければならない。
 赤月瑠璃は寿と打ちあいながら、酉野先生と戦っていた終零路と蒼天音に指示を出した。
「時間がありません。天音さんは《標的》の確保を優先してください。零路さん。その女を足止めできますか」
 標的……?
「なめんな!」
 烈火のごとく激昂し、怒涛どとうの攻撃に出る寿。
 しかし寿の嵐のような猛攻を、赤月瑠璃はなんなくなしていた。そしていったん離脱して距離をとり、逆手に持った小太刀をくるりと回して順手へと持ちかえ、胸の前で柄尻つかじり同士をあわせた。片方の柄についていたかぎ状のフックが回り、接合される二本の小太刀。そして、舟のオールを彷彿ほうふつとさせる、両端に刃を備えた一本の長刀ができあがった。珍しい武器だったが、ぼくは一度だけ博物館で見たことがある。たしか両切刀りょうぎりとうという武器だ(さすがに二つの小太刀を連結させるというギミックはなかったようだが)。
 ひゅんひゅん。
 赤月瑠璃は、その一対の刃を、航空機のプロペラのように両手でぐるぐる回しはじめた。
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