極楽戦争 - End of End 著・富士見永人

 第一章「極楽地獄」

   4

 肉厚のアーミーナイフがぼくの左足を貫き、地面に突き立てられていた。
「人の心配をしてる場合ですかあ」
 先ほど倒したはずの《坊主》が、這いずりながらも、ぼくの足にナイフを突き立てていたのだ。
 ぐしゃ。
 ぼくは、《坊主》の頭を、足で地面に叩きつけた。
 何度も何度も、叩きつけた。
 坊主頭を中心に、ゆっくりとまっ赤な血が広がっていき、いびつな日の丸を描いた。ぼくがトンファーの柄で殴った傷の血の染みと相まって、ソースをかけすぎてべとべとぐちゃぐちゃになったたこ焼きのようだった。
 くそ。油断した。
 寿がやられて動揺したのか。
 おちつけ、おちつけ、おちつけ。
 冷静さを欠いたら、待っているのは死だぞ。
 ぼくは、自分にそう言い聞かせた。
 だが、言い聞かせれば言い聞かせるほど、冷静さが失われていくような気がした。ザルで水をすくっているような、そんな感じ。
 ……そうだ、《首刈り》は?
 寿を倒した彼女は、今どこに……?

 すぐ背後に、静かな殺気を感じた。
 振り向くと、そこには両切刀を構えた、《首刈り》の姿が……

「縁人さん!」
 がきん! と、いう金属音と共に、ぼくの首の前でだいだいの火花が散った。
 神楽先輩がサーベルで両切刀をはじき飛ばし、赤月瑠璃を蹴飛ばした。
 一体、ぼくは何度、死にかけるのか。
 激痛に歯噛みしつつ、ぼくは即座に、足から舫杭もやいぐいのように突き出ている太いアーミーナイフを、渾身の力で一気に引き抜いた。
「……!」
 ぼくの足の周りに、赤い血のサークルが広がった。
 なんの。
 こんな傷、腕を切断された鈴子や殺された二人に比べれば、全然大したことはない。
 神楽先輩は《首刈り》の嵐のような斬撃を、サーベルとさやの両方を使って防いでいた。しかし先ほどの寿と同様、連綿と続く猛攻に反撃の機を見出せず、防戦一方だった。
 装甲車の方を見た。神楽先輩が仕留めたと思われる死体が二つ。新たな刺客が狙っている気配はない、どうやら打ち止めのようだ。
 ぼくは足の痛みに耐えて駆け、赤月瑠璃を背後から奇襲した。
 案の定彼女は振り向きもせずにぼくの気配を察知し、両切刀の一端を、ぼくの心臓めがけて正確に突き出してきた。
 そう。正確。ゆえに読みやすい。
 ぼくは左半身になり、紙一重のところでその一撃をよけた。
 ぷつん、と、切っ先が触れたのか、ぼくの制服の胸ボタンが弾け飛んだ(第二ボタン。君にはあげないよ、売約済みなので)。
 そして……
 両切刀のもう一端が戻ってくるよりも速く、電光石火の勢いで突き出される、神楽先輩の銀色のサーベル。
 ぼくが稼いだ一瞬の隙を、神楽先輩が見逃すわけがない。
 赤月瑠璃はとっさに反応して半身になったが、かわしきれず、神楽先輩のサーベルに右腕を切り裂かれた。
「うっ」
 傷を負った赤月瑠璃の顔が苦痛にゆがみ、あせりの色が浮かんだ。
 このチャンス逃すべからずと、ぼくはすかさず彼女の頭部めがけてトンファーを一閃したが、こちらはとっさに身をかがめられ、かわされた。そして赤月瑠璃は、一旦離脱して距離をとった。
 彼女は腕の傷をおさえながら、顔をゆがめ、まるで手負いの獣が威嚇いかくするように、こちらをにらみつけた。これまで終始人形のように無表情だった彼女が、初めて感情をあらわにした瞬間だった。
 いける。
 ぼくと神楽先輩の二人で戦えば、勝てる。

「らちがあかねえ、さっさと行けブス!」

 終零路が叫んだ。
「ババアは俺に任せろ!」
 蒼天音は無言でうなずくと、酉野先生の様子をうかがいつつも、装甲車に向かって走りだした。
「行かせるか!」
 酉野先生は彼女を追ったが、終零路が立ちふさがった。
 轟音とともに酉野先生の殺人パンチが襲いかかる。
 左拳での初撃は斬馬刀で受け止められたものの、すかさず次の右拳が終零路の側頭部に命中した。いくら一騎当千の猛者とはいえ、相手は白虎学園の鬼教官・酉野新子だ。教師と生徒では戦いの年季がちがう。
 しかし……
「効いてなあーい」
 終零路は何事もなかったかのように、へらへらと笑っていた。彼の側頭部、限りなく白に近い色素のうすい髪が、血で赤く染まっていたにもかかわらず。
 何なんだ、あいつは。
 酉野先生の足元に転がっている撲殺死体、鋼鉄のハンマーで思いきり殴られたかのように、ある者は顔面がつぶれ、ある者は頭部が変形し、ある者は内臓が口から飛び出している。同じ人類であるはずの彼が、無事でいられる理由がわからない。あの男は本当に人間なのか?
「く!」
 神楽先輩は装甲車に向かって駆け、蒼天音の前に立ちふさがった。
 《殺し屋》の、眼にも止まらぬ高速の居合が、神楽先輩に襲いかかる。
 がきいん。
 神楽先輩は鞘で居合いの一撃を受け、サーベルによる突きの連撃をくり出したが、蒼天音はすべて紙一重のところでかわしていた。
「くそ、どけ! この化物が!」
 酉野先生は終零路と打ちあっていた。鋼の拳で何度殴っても彼は倒れず、それどころかけたけた笑いながら持ち前の怪力で巨大な斬馬刀を振り回していた。
 酉野先生の顔に焦りが見えはじめていた。もしかしたら前回の任務の悪夢が、彼女の頭の中によぎっているのかもしれない。酉野先生が前回率いた隊の生徒は、ほぼ全員が戦死したか重傷を負わされたかのどちらかだった。増援が遅れていたら全滅していたかもしれないというひどい有様だったらしい。本来ならトラウマになっていてもおかしくはないのだ。しかし……
 焦っちゃだめだ、先生!
 あの斬馬刀の一撃を一度でもまともに《受け》たら、死が待っている。
 さっき田代がまるでまき割りの薪のようにあっさりと《割られた》のを、ぼくは思い出し、吐き気が戻ってきた。彼は身をもって《人割り》の恐ろしさを教えてくれたのだ。最初に狙われたのがぼくだったらと思うと、ぞっとする。
 神楽先輩は、蒼天音と装甲車の前で打ちあっていた。蒼天音は刀を鞘に収めては抜刀し、二、三度切りつけてから距離をとってまた抜刀、というヒットアンドアウェー戦術をとっていた。
 神楽先輩の肩とももが血に染まっていた。先ほどまでは無傷だったから、蒼天音にやられたのだろう。サーベルと鞘を駆使して蒼天音の猛攻を防いでいるようだったが、神楽先輩は装甲車の前から動けなかった。中には重傷を負った鈴子と、ほぼ非戦闘員の夢葉がいる。蒼天音の侵入を許せば、二人は確実に殺される。
 まさに背水の陣だった。
 反面、蒼天音は自由に間合いをコントロールできる。明らかに神楽先輩が不利だ。
「何をぶつぶつと」
 そして、ぼくはひとりで、あの《首刈り》の相手をしていた。
 手負いとは思えないほど絶え間なく吹き荒れる嵐のような斬撃を、ぼくは防ぎきれず、全身に裂傷れっしょうが増えていく。
 寿。おまえ、こんなの相手に戦ってたんだな。
 できることなら今すぐにでも《首刈り》を倒して神楽先輩に加勢したいが、そんなことは彼我ひがの実力差からして不可能。ぼく程度の実力では敵を知り己を知ったところで百戦危ういが、これまでもかろうじて生き残ってこれたのは、自他の力量差を見抜く能力に長けていたからだと思っている。今ぼくにできる唯一の役目は、ここでこの《首刈り》を引きつけておくことだ。
 ぼくがここで死ぬことは、全滅を意味する。
 ぼくを殺した赤月瑠璃は、蒼天音に加勢して神楽先輩を殺すだろう。装甲車の中の夢葉と鈴子も殺す。そして酉野先生を三人がかりで殺す。
 《首刈り》のそばから離れず、防御に徹しろ。
 酉野先生があの化物を倒すか、増援の到着まで持ちこたえられればいい。神楽先輩も恐らく同じことを考えているはずだ。
 だが、状況はさらに悪化の一途を辿たどる。

「神楽先ぱ……」
 ぼくは神楽先輩の方を見て、目を見開いた。
 蒼天音の、《殺し屋》の刀が、神楽先輩の腹部を貫いていたのだ。
「ごぶ」
 神楽先輩の口から血があふれ出した。力を失った彼女の両手から、サーベルと鞘が、それぞれカシャン、という音を立てて地に落ちた。
 まずい。
 蒼天音は無言で刀を引き抜き、神楽先輩は膝をついて地面に力なく崩れ落ちていく。
 そして……
「死ね」
 その血染めの刀で、神楽先輩の心臓をひと突きに……

 ぱあん。

 突然乾いた音が響き、蒼天音はとっさに身を低くした。
「か、彼女から離れなさい!」
 夢葉の握っている自動拳銃から、硝煙しょうえんがあがっていた。
「貴様」
 夢葉はびくっと身をふるわせた。明らかに怯えている。それはそうだろう、阿修羅のような顔の女が、血に濡れた刀を持ってこちらをにらんでいるのだから。
「こ、こないで」
 ぱん、と乾いた音がふたたび響きわたったが、蒼天音は微動だにしなかった。
「そんな及び腰で当たると思ってるの?」
 じりじりと詰め寄る《殺し屋》の殺気に当てられた夢葉は、とうとう腰を抜かし、地べたに座りこんだ。
「あ、あ……」
 だめだ。
 もう終わりだ。
 夢葉も、鈴子も、神楽先輩も殺される。
 そしてぼくも、酉野先生も、全員殺される。
 極楽戦争、これにて終幕。
 

BACK <<    >> NEXT
 

Copyright (C) Enin (Eito Fujimi) 2006-2017 All Rights Reserved.
http://enin-world.sakura.ne.jp/