極楽戦争 - End of End

著・富士見永人

第一章「極楽地獄」



 包帯を使ってとりあえず神楽先輩の腹の傷を応急的に圧迫止血した上で、二、三分ほどして到着した増援部隊の車にぼくらは乗り、軍病院にたどり着いた頃には神楽先輩の顔は石膏せっこう人形のようにまっ白になっていた。幸いだったのは、夢葉が機転を利かせて救護班も一緒に手配していたことだ。彼らがいなかったら、今ごろ神楽先輩は死体安置所にいるだろう。鈴子も腕を切断されてからかなり時間が経過しており、傷口から細菌が侵入したのか発熱を起こしていたので敗血症の疑いありと診断され軍病院で治療を受けることになった。切断された腕を一応持って帰っておいたが、元通りにくっつくかどうかはわからない。
 比較的軽傷だったぼくは、学舎の保健室で江口先生による手当を受けた。《首刈り》から受けた全身の裂傷と《坊主》から受けた足の傷(幸い骨や神経は無事だった)があったが、どの傷も戦場では軽傷の部類だった。とはいえ、足の怪我は機動力に影響する。機動力は作戦遂行能力に直結する重要な要素だ。足の負傷が原因で敵兵から逃げきれずに殺されるというケースはよくある。間合いもうまく取れなくなるし、足の怪我は腕以上に厄介だった。江口先生は「しばらくお休みね」なんてことを言っていたが、命令があればけが人といえど戦地へ行かなければならない。それが軍隊というものである。
 ぼくの隣では、同じく討伐任務から帰ってきた響ちゃんが傷の手当を受けていた。彼女は左腕に浅めの裂傷を負っていた以外はまったく無事のようだった。一年生なのに大したものだ。
 結論から言うと、作戦は半分成功した。
 響ちゃんの話によると、ぼくら一班が襲撃されていた間に響ちゃんのいた二班は目的地の赤鳳砦せきほうとりでに先に到着し、そこで出くわした反乱軍の連中とやりあったらしい。麗那先輩や玄人先輩、響ちゃんをはじめとする学園上位で構成された二班に、反乱軍連中は手も足も出せず、砦を捨てて逃げていったという話である。
くれない先輩が多くの敵を倒してくれたので、実を言うと私、あまり仕事してません」
 響ちゃんは苦笑して言った。彼女の話を一言で乱暴にまとめてしまうと、《紅麗那くれないれいなのオン・ステージ》だったそうだ。初めからぼくらは必要なかったんじゃないかと思えてきた。いや、反乱軍の主力がこっちに向かってきただけで、向こうは手薄だった可能性もあるか。あの《人割り》や《首刈り》や《殺し屋》を相手にすれば、いくら麗那先輩や玄人先輩といえど無事では済まなかったはずだ。
 今回の任務で不可解な点はふたつ。ひとつめは戦力面で劣る一班にピンポイントであの化物三人をぶつけてきたこと。そしてもうひとつ……
 夢葉が、最初から反乱軍の《標的》とされていたことだ。
 赤月瑠璃は、最初から装甲車に夢葉が乗っていたことを知っていたかのようなことを言った(『時間がありません。天音さんは《標的》の確保を優先してください』)。そして夢葉を確保した後は無理にぼくらを殲滅せんめつしようとせず、増援がくる前に離脱した。
 彼女はこの作戦に夢葉が参加していることを、そして二班ではなく一班の装甲車に乗っていたことを、どうやって知った?
 東陽夢葉を生け捕りにする動機自体はわかる。身代金、捕虜の解放、作戦遂行のための盾など、白虎学園に強い影響力を持つ東陽財閥の娘の利用価値は計り知れない。あるいは拷問にでもかけられて、こちらの情報を根掘り葉掘り吐かされているかもしれない(もっとも彼女は特権でありながら司令部の人間ではないので、突っこんだ情報までは持っていないはずだ。だからこそ逆にどんなひどい拷問を受けているか気がかりなところ)。

 一体、誰が夢葉を反乱軍に売った……?

 酉野先生は、反乱軍が赤鳳隊とつながっている可能性を示唆しさしたが、実は政府軍の中、それも今回の作戦を立案した司令部の中に、反乱軍のスパイが紛れこんでいるんじゃないのか? いや、夢葉だけじゃない。そいつが敵に流した情報のおかげで寿と田代は殺され、鈴子は腕を失い、神楽先輩は生死の境をさまよっている。許せない。必ず見つけだして、この手でぶち殺してやる!
「東陽さんのことが気になりますか。縁人先輩」
 響ちゃんがぼくの心を見透かしたかのように、顔を覗きこんで言った。いきなり図星を突かれたせいか、ぼくは返事ができなかった。響ちゃんは続きを言おうか言うまいか一瞬とまどった後、口を開いた。
「あの、大丈夫ですよ。こう言ったらなんですけど、あの人にはいろいろ利用価値がありますし、反乱軍もそのためにさらったんでしょうから、そう簡単に殺すとは思えません。すぐに彼女の救出作戦が発令されるはずです。私たちにできることは、彼女の無事を信じて、彼女を助け出すチャンスが来るのを待つことですよ」
 そう。響ちゃんの言っていることは正しかった。そして後輩に気を遣わせてしまった自分が少し情けなく思えたが、友人が目の前で殺され、危うく自分も殺されかけた直後で冷静でいるというのもなかなか難しいものだ。ぼくは今まで何度か任務を経験してきたが、掃討作戦も劣勢での戦いも、今回が初めてだった。
 今まで一緒に飯を食い、馬鹿話で盛りあがり、厳しい訓練をともに耐えぬき、戦場では背中を預け、時には殴りあいの喧嘩もした友が、もういない。そしてぼくは彼の死をいたむよりも、あろうことか、自分の命が助かってよかったなどと思っている。頭で否定しようが、心のどこかで安堵あんどしている自分の存在がわかるのだ。なんだか自己嫌悪で吐き気がしてきた。
 そしてまた、こうも思った。『力がほしい』と。
 あの時ぼくに《首刈り》を単独で仕留めるだけの、そう、麗那先輩のように圧倒的な力があれば、寿は死なずに済んだんじゃないか。鈴子は腕を失わず、神楽先輩も集中治療室で生死の境をさまようことなく、今ごろ夢葉と仲よく学食でカレーでも食べているはずだ。
 ぼくは、なぜこんなに弱いんだ?
 寿が腹を切られて苦しんでいた時、ぼくは何をしていた? たかだか足にナイフを突き立てられたくらいで立ち往生して。その気になれば、足をちぎってでも《首刈り》を叩きに行っていれば、もしかしたら彼の首が落ちるのを阻止できたんじゃないか? お前は、我が身かわいさに、友達を見殺しにしたんじゃないのか?
 悲しさと悔しさと自責の念が同時にこみあげ、ぼくは反射的に手に力を込めた。思いきり握ったせいか、ぷつ、と爪が手のひらに食いこんだのがわかった。
「円藤くん」
 響ちゃんの手当を終えた江口先生がぼくの眼前にしゃがみ、そのままぼくを抱きしめた。彼女の髪からフローラル系の香水の甘い香りがただよってきた。
「辛かったでしょう。あなたはよく戦ったわ。悪いのは全部、この戦争。理想やきれいごとばかり並べ立てて、子供たちまで戦争に駆り出す、この世界そのものが間違ってるのよ」
「先生……」
 せきを切ったように眼から涙があふれ、頬を伝わり、嗚咽おえつれた。男として女性の前で号泣ごうきゅうするのはいささか恥ずかしいとも思ったが、もはやそんなことはどうでもよかった。響ちゃんがつられて涙ぐんだのか、眼をこすりながら困ったようにおろおろしていた。
「本当はね。軍人なんて……いいえ、私たち医療職もそうだけど、暇すぎて廃業してしまうくらいでいいの。戦争なんて本当にくだらない。この国がどうあるべきだとか上の人は言うけれど、年端もいかない子供たちまで戦場に放りこんでおいて、自分たちは口ばかりで何もしようとしない。ううん、それだけじゃない。軍需産業や製薬会社、ようするに戦争で大儲けしている人々は、この戦争をあおってさえいるって話もある。子供たちを殺しあわせて私腹を肥やすなんて、本当に最低」
 江口先生は心の底から憎々しげに言った。軍学校の教諭として、彼女の発言は誰かに聞かれたら問題になりそうなものだったが、彼女はぼくの……いや、恐らくこの学園の大多数の気持ちを代弁してくれた。白虎学園の生徒の多くはイデオロギーのために戦っているのではなく、はたまた麗那先輩のように戦いが好きというわけでもなく、ただ貧しくて食っていけそうにないから仕方なくというネガティブな動機で軍に入った者が多いと聞いている。本当はみんな、この地獄の戦争の終結を望んでいるはずなんだ。ごく一部の例外を除いては。
「ほーんと、なんかこう、御仕置人おしおきにんみたいな人が現れて、悪いやつみーんな、やっつけてくれたらいいのにね」
 御仕置人とは、毎週土曜の夜に日本帝国テレビにて放映されている、江戸時代を舞台とした勧善懲悪型の時代劇《必殺・御仕置人》のことである。貧乏長屋で整体師を営む主人公の中村土門どもんが裏稼業として、民を苦しめる悪代官や無法者たちを懲らしめていくというシンプルなストーリーだ。だがフィクションの世界ならともかく、現実にそんな都合のいいやつがいるはずがない。この日本帝国で政府に楯突く者は容赦なく消される。政府軍に属していても上の意向に逆らえば、抗命罪で消される。
『俺たちの目的は、あくまでこの戦を終わらせることだ』という乾さんの言葉を、ぼくは思い出した。あるいは彼ら赤鳳隊こそ、現代の必殺・御仕置人のような存在なのかもしれない。
 江口先生はさらに続けた。
「それで、戦争が無事終結したら、暇をもてあますようになった私は、ここをやめるの。そして誰かいい男を捕まえて、憧れの専業主婦になって、毎日テレビを見てごろごろしたり、おいしい物を食べ歩いたり、近所のマダムたちと自分の子供の自慢話でもしながら、平穏に暮らすのよ。いつまでもこんなところであくせく働いてたら、婚期を逃しちゃう。売れ残りのオールドミスになっちゃうわ」
「何言ってるんですか。先生ならまだあと二十年はいけますよ。ぼくが保証します」
「うふふ。ありがと、円藤くん。お世辞でもうれしいわ」
 お世辞ではなくて本心なんですが。最近は三十代、四十代でもきれいな人はいるし、江口先生なら二十年後でもあまり変わってなさそうな気がする。ぼくのストライクゾーンが広いというわけではなく。
 ぼくに冗談を言う元気が戻ったと察したのか、江口先生はぼくから離れて救急セットの片づけを始めた。彼女のおかげで、少し気が楽になった。寿には申しわけないが、今は落ちこんでいる場合じゃない。夢葉が反乱軍に拉致されたと知れれば、司令部はすぐにでも救出作戦に出るだろう。それに備えなくてはならない。死んでしまった友より、生きている友を無事に連れ戻すことが先決である。

 がらがら、ぴしゃ!

 ふいに、保健室の扉が乱暴に開けられた。
「邪魔するぜ」
 がらの悪いリーゼント頭の大男と、五分刈りでスポーツマン風の小男が、保健室に闖入ちんにゅうしてきた。そしてリーゼントの男が、その傷だらけのごつい手をぼくの肩に置き、言った。
「二年の円藤だな。ちょっと顔貸せ。玄人さんがお前を呼んでる」
 そう、彼らは泣く子も黙る白虎学園不良グループ《要組》の組員だった。
 
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