極楽戦争 - End of End 著・富士見永人

 第一章「極楽地獄」

   7

 日はすっかり西の空に沈み、新たに訪れた藍色の夜空のスクリーンに、炎のように紅い残照に染まった層積雲が美しいコントラストをなしていた。授業も終わり、生徒は今ごろ学生寮一階の学食で夕食をとっているか、大浴場で一日の疲れを癒している頃だろう。
 そしてぼくは、要組の連中によって人気のない校舎裏に連れ出されていた。奇しくも下北沢ら夢葉親衛隊に暴行を受けたのと同じ場所だった。行き着いた先には三人の男の影。左側の男は海外の女優のように長い金髪を左右に分けた気障きざったらしい細身の男で腰にはレイピアをぶら下げており、右側の男は亜麻色あまいろの髪のオールバックが印象的な中背の男で首元から覗く花柄の入墨、そして真ん中には、荒れ狂う炎のごとく逆立つ黒髪と氷のように冷たい眼光、白虎学園ではその名を知らぬ者はいない泣く子も黙る《要組》のボス・要玄人が、アメリカンタイプの大型バイク(一昔前のカワサキ・バルカン1500と思われる)の上に腰かけていた。
「おら、さっさと歩け」
 後ろにいた《リーゼント》に尻を蹴られ、ぼくは玄人先輩のところまで小走りした。《レイピア》と《オールバック》が、こちらに鋭い視線を向けてきた。
 最後にこちらを見た玄人先輩が「来たか」と言うと、レイピアとオールバックのふたりがぼくの前に立ち、背後のぼくを連れ出したリーゼントと五分刈りのふたりが退路をさえぎるように立ち塞がった。まさに前門の虎・後門の狼という状態だった。全員明らかに友好的な雰囲気ではなく、ぼくは緊張のあまり唾を飲みこんだ。
 玄人先輩は静かな、しかしよく通るドスのきいた声で言った。
「そう固くなるな。何もてめえを取って食おうってわけじゃねえ。てめえに聞きてえことがあるだけだ。容疑が晴れたら帰してやる」
 容疑……? ぼくには、何が何だかさっぱりわからなかった。
「円藤っつったか。てめえは俺らと同じ《赤》の討伐作戦に参加していたな」
「ええ、まあ」
 そう、先の任務には玄人先輩も参加していた。ついでにいうと、横にいる亜麻色オールバックの友納とものうという男も参加していたはずだ。ぼくの記憶が正しければ。彼らは、麗那先輩と同じ二班に配属されていた。
「一班は大変だったそうだな。《人割り》と《首刈り》と《殺し屋》をいっぺんに相手したそうじゃねえか。俺たちが代わってやりたかったくらいだ」
「そうですね。ぜひともそうしてほしかったです」
「寿の最期はどうだった」
 一瞬ぼくは言葉に詰まったが、「最後まで男らしく勇敢に戦いました」と、無難な言葉でお茶をにごしておいた。下手なことを言って彼らの神経を逆なでしない方がいいと、ぼくの全身の血が警鐘を鳴らしていた。
 とにかく、一刻も早く話を終わらせて、この場を離れたい。
「あの。ぼくに聞きたいことってなんですか」
「俺たち二班は拍子抜けだったぜ。あの化物がひとりで大暴れして敵を蹴散らしちまったから、正直退屈だった」
 ぼくの言葉を無視して、玄人先輩は喋り続けた。そう、玄人先輩はいつも麗那先輩を《化物》などと、おおよそ女子にとってはありがたくないニックネームで呼んでいる。しかし畏怖いふのようなものではなく、どちらかと言えば皮肉まじりに呼んでいるという印象だった。そのまま続けた。
「なあ、円藤。例の反乱軍の三人組が一班を襲撃した件、お前はどう見てる」
「正直、出来すぎてますね。夢葉がさらわれたことといい、こっちの情報が反乱軍にれていたとしか思えないです」
「だよな」
 その答えを待っていた、というかのように、玄人先輩は口元にわずかな笑みを浮かべた。
「ところで話は変わるが、円藤。お前、任務の前日どこで何をしてた」
 いきなり尋問され、ぼくはすべてを把握した。彼らは、ぼくが反乱軍に情報を流したスパイだと、間接的に寿や鈴子を殺した憎むべき敵の内通者であると、疑っているのだ。わざわざこんな人目につかないところまで連れだしてきて、一体どうするつもりだろう。彼らはどこまで、何を知っている……?
 どう答えるべきか数瞬考えたが、ぼくが平和町へ行った記録は学園に残っているし、目撃者がいないとも限らない。ここは正直に言っておくか。動揺を悟られぬよう、平静を装って、ぼくは答えた。
「その日は平和町へ出かけてました」
「何をしに行った」
「久しぶりに母に会いに行ってました」
「それを誰か証明できるか?」
「学園に記録が残っていると思います」
「そうじゃねえ。誰かと一緒に行ったかって聞いてんだ」
「いえ。ひとりで行ったので」
 いきなりだった。前にいた金髪レイピアの男(たしか天草あまくさという名だったと思う。今思い出した)が、ぼくの顔めがけて蹴りを放ってきた。ぼくはとっさに両腕を上げてそれをガードしたが、すかさず隣にいた友納に腹を殴られた。鳩尾みぞおちを鋭い痛みが襲い、思わず意識が下へ向いたところを、後ろにいたリーゼントに頭をわしづかみにされてそのまま地面に叩きつけられた。
「ぐう」
 思わず、ぐうの音が出た。
 玄人先輩がバイクの上から語りかけた。何だか妙に優しい声だった。
「なあ、円藤。てめえは平和町で母親に会ってきた。本当にそれだけか?」
「な、何を言って……」
「平和町で反乱軍や赤の連中に会ってきたんじゃねえのかって聞いてんだよ。みなまで言わせんなよ」オールバックの男、友納がいきなり威圧的な声を出した。
 玄人先輩が地べたにキスしたぼくの前髪をつかんでひっぱり、強引に上を向かせた。ぐき、という嫌な音とともに首に鈍い痛みが走った。
「一班で無事だったのはてめえと酉野だけだ。酉野は馬鹿みてえに強いから生きてんのはわかる。が、寿や鈴子、そしてあの秋月をやった連中相手に戦っててめえが無事でいられたのもに落ちねえ。が、実はてめえが反乱軍や赤とつながってたってんなら、全部話が通る。それとも何だ、寿や鈴子がやられた時にひとり尻尾を巻いて逃げまわってたのか?」
 てっきり乾さんと一緒にいるところを偶然どこかの誰かに見られていたのかなどと思っていたのだが、どうやら単なる憶測のようだった。むちゃくちゃだ。自分に向けられた理不尽な濡れ衣と暴力に、ぼくは言葉が出なかった。これが要組、これが要玄人か。寿や鈴子はこんなやつの傘下にいたのか。しかし、安っぽいピカレスク映画ならともかく、現実の不良生徒なんてこんなものなのかもしれない。
 要玄人は、ぼくの頭をふたたび地面に叩きつけた。
「東陽家のオジョーがどうなろうが知ったことじゃねえ。だが、どっかのカスが反乱軍に情報を流したせいで鈴子は腕を失い、寿は殺された。許せねえ。必ず見つけだして、殺す」
 要玄人の眼の奥に、燃えさかる復讐の炎を見た。落ち着いているように見えるが、彼は完全に頭にきている。そして最悪なことに、その怒りの矛先は今、ぼくの方に向けられているのだ。彼らに慈悲や常識の類は期待できそうにない。疑わしきは罰するなんて、まるで腐敗した帝国政府のやり口そのものじゃないか。
 現代の魔女狩りだ、とぼくは心の中で悪態をついた。が、寿が死に、鈴子が病床に伏している今、ぼくと要組の間をとりなすパイプ役は誰もいない。このままぼくが口を閉ざしていれば、いくらなんでも全殺しはないだろうが、半殺しにされて病院送りにされることは十分に考えられる。身の潔白を証明しなければ、このまま狩られるだけ。しかしやったことを証明するよりも、やっていないということを証明する方がはるかに難しいものである。何せあの日、平和町に行った時のぼくのアリバイを証明できる人間なんて母とけんさんくらいのものだ。いや、乾さんは赤報隊の人間だからアウトか。ていうか、ぼく、乾さんにばっちり情報流してたし。弁明のしようもない。どうしましょう。誰か助けてください。
 どす、と、鈍い衝撃がぼくの胃のあたりに伝わった。横隔膜がやられ、しばらく息ができなかった。
「何とか言えや、こら!」
 ぼくの容疑が彼らの中でさらに濃厚になったのか、地べたに這いつくばった無力なぼくを、無慈悲なストンピングの嵐が襲った。要玄人は、相変わらず冷たい眼でバイクの上からぼくを見おろしているだけだった。このまま無抵抗のぼくを病院送りにすれば、彼らの気は晴れるのだろうか。寿が生き返るわけでもないのに。
 そして、こんな理不尽な仕打ちに対しても反撃のひとつもできない非力な自分に、ぼくはまた激しい自己嫌悪を覚えた。自分の身ひとつ守れずに、誰かを守るなんてことができるのか。
「沈黙は肯定、てことでいいんか?」
 後ろにいたリーゼントが、釘を大量に打ちつけて殺傷力を強化した木製バットを手にして言った。あんなもので頭を殴られたら、死ぬんじゃないか? 先の戦いで酉野先生に殴られて変形した、名も知らぬ反乱軍学生の頭部が脳裏をよぎった。ぼくはあんな風に脳漿のうしょうをぶちまけて死ぬのか。こんなことなら、いっそ《首刈り》にでもきれいに首を切り落としてもらった方が楽に死ねたんじゃないか、と、ぼくは場違いなジョークを頭の中でつぶやいた。
 リーゼントが薪割りのようなかんじで思いきり釘バットを振りあげ、いやらしい笑みを浮かべた。
「自白すんなら今のうちだぞお? ぼくは反乱軍に情報を流したスパイですって、素直に白状すりゃ勘弁してやるよ。死刑台行き決定だがなあ」
 相変わらず言ってることやってることがむちゃくちゃだったが、要玄人は微動だにせず、相変わらずぼくを冷たい眼で見おろしているだけだった。わかっているのか。語り部であるぼくを殺すということは、この物語の終結を意味するのだということを。馬鹿だからわからないかな。
 しかし、意外なことにぼくの頭を打ち砕くはずだった釘バットは、かすかにれて地面をえぐった。
「ぐ」
 釘バットを持ったリーゼントが、突然苦しそうに、腹を押さえてうめきだし、そのまま膝をついて地面に倒れこんだ。
「響ちゃ……」
 リーゼントの後ろで、響ちゃんが、右のてのひらを水平に伸ばしたまま立っていた。
 

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