極楽戦争 - End of End 著・富士見永人

 第一章「極楽地獄」

   8

 八木師匠から聞いたことがある。打撃拳法の達人は衝撃を加える場所を自在に操れる、と。たとえば背中から前面の内蔵に衝撃を加えるとか。
「悪い予感がしたので、こっそり後をつけてきたら、案の定でした」
「んだ、このガキ」
 ぼくを踏みつけていた三人の不良が、一斉に響ちゃんをにらみつけた。むき出しの殺気に響ちゃんは一瞬たじろいだが、そのまま口を開いた。
「あの。縁人先輩が何をしたのかは知りませんけど、こんな、寄ってたかってひとりをいじめるなんて、戦場ならともかく、ええと、よ、よくないと思います」
 不良相手におくしたというより、転校生が見れぬ生徒たちの前でいきなり自己紹介を強いられ、どう話したらいいか必死に探りながら話している様子に、それは似ていた。そう、小学生の頃のぼくです。
 天草(金髪レイピア)が、やや困惑した顔で要玄人の方を見た。要玄人は小蠅こばえでも払うように、心底うっとうしそうに手を振った。ようするに「邪魔だ、消せ」と言っているのだろう。とまどう天草を尻目に、五分刈りの男が響ちゃんに詰め寄った。
「いけないなあ。女の子がひとりでこんなとこ歩いてちゃ」
 リーゼントがやられた直後だというのに、相手が小柄な女の子というだけで油断していた五分刈りもまた、響ちゃんの拳の洗礼を受けることになった。彼女の肩に手を置こうとした瞬間、ぼこ、という音を立てて、五分刈りの鳩尾みぞおちに響ちゃんの拳がすっぽりとめりこんだ。彼は自分の腹に埋まった響ちゃんの拳を一瞬不思議そうに見つめ、「うげっえ」とのどの奥からり出すようにうめき、口から胃液を吐きながら地面に崩れ落ち、団子虫のように丸くなってもがき、苦しみ、そして失神した。
「油断するからだ。馬鹿」
 亜麻色オールバックの男、友納とものうが、首をごきごき鳴らしながら、響ちゃんに対峙たいじした。響ちゃんの顔に緊張が走った。通称《鬼の友納》。要玄人が白虎学園の不良連中を仕切るようになる以前は彼が学園の不良たちを支配しており、今でも名実共に要組ナンバー2の猛者として、学園では恐れられている。その実力は、一騎当千の称号を持つ要玄人に匹敵するとも言われているくらいだ。響ちゃんは、先の掃討作戦で彼の実力を目の当たりにしているはず。
 ぼこぼこにされながらも、ぼくは冷静に戦況を分析していた。
 いくら響ちゃんが強いといっても、要組のナンバー1と2を相手に勝つのは難しいだろう。すでに満身創痍まんしんそういのぼくが加勢したところで、それは変わらない。彼女が友納を引きつけているうちに何とか天草だけでも倒して、響ちゃんを連れて逃げるべきだ、と、ぼくは考えていた。勝ち目のない戦をしてはならない。
 友納は空手の達人で、十八歳にしてすでに三段を持つ強者だ。戦場では寿同様棍棒を使うが、武器なしでも充分すぎるほどに強いだろう。ぼくも徒手格闘には自信があるが、彼に勝てる自信は正直ない。
 だが、響ちゃんはそんな友納相手に互角以上の戦いをしてみせた。
 体重で言えば二、三十キロの差があるはずだが、友納の攻撃はすべて彼女にかわされ、あるいは吸収されていた。格闘教練で響ちゃんのこの身の軽さにさんざん苦しめられたのを、ぼくは思い出していた。

 やはり、彼女は強い。
 いくら友納の打撃が強烈でも、当たらなければ意味はないのだ。ざまあみろ。
 しかし敵もさる者。響ちゃんの攻撃もまた、友納にはうまく入らなかった。彼が空手の達人だと悟った響ちゃんは、関節技や投げも視野に入れながら動いていたようだが、なかなか技がかからない。友納も単なる空手馬鹿ではないらしい。
 だが、そんな響ちゃんの敢闘も、《彼》の圧倒的な暴力によって、無にすることとなった。
「響ちゃん!」

 目の前で突如、《交通事故》が起きた。

 恐らくは衝撃を受け流しきれなかったのだろうか、響ちゃんの体は、あの時の鈴子のように、いや、あの時以上の勢いで、そらを飛んだ。食堂での乱闘騒ぎに終止符を打った、要玄人の圧倒的な暴力が、響ちゃんの技を丸ごと飲みこんでしまったである。
 蹴り飛ばされた響ちゃんは、受け身も満足に取れず、思いきり鉄筋コンクリートの壁に叩きつけられた。
「さっさと終わらせろ。うぜえ」
 要玄人に一瞥いちべつされた友納は、ばつが悪そうにそっぽを向き、「ちっ」と舌打ちした。
 そして要玄人はそのまま横向きに倒れている響ちゃんに歩み寄り、サッカーボールでも蹴るかのように、思いきり彼女の腹に蹴りを入れた。
「あっ……げぼぉ」
 響ちゃんは苦しそうに腹を押さえ、口から胃液を吐き出した。もうどう見ても勝負はついていたが、要玄人の暴力が止む気配はなかった。地面に這いつくばる響ちゃんを無情に、そして執拗しつように、蹴飛ばし、踏みつけ、蹂躙じゅうりんし続けていた。文字通り、踏んだり蹴ったりだった。大人と子供ほどの体格差も手伝って、まるで娘を虐待するDV親父のように見えた。そう、これはもはや戦いではない。
 まずい。あのままでは、響ちゃんが死んでしまう。
 ぼくを踏みつけていた天草も軽く引いてしまうほどの暴虐ぶりだった。
 すきあり!
 茫然ぼうぜんと目の前のDVショーに目を奪われ、敵への注意をおろそかにした代償は大きい。ぼくは天草のがら空きになった股間に向けててのひらを思いきりはえたたきのように、ぱあん、と叩きつけた。完全にきょを突かれた天草は、激痛で飛びあがり転倒、胎児のように背を丸め、もだえ苦しんでいた。
 響ちゃんを助けなければ。
 その一心でぼくはすぐ脇にあった釘バットを拾い、ひとりときの声をあげて全力で要玄人に突撃した。
「うおおおおおおお」
 無抵抗の女の子を痛めつける悪魔をめっするため、全身全霊全体重を釘バットに乗せ、渾身こんしんの力で、上から下へ。そう、これは天誅。神に代わって、ぼくがお前を裁く!

 ばきゃ。

 会心の一撃! と、思わずナレーションしたくなるほどに見事な当たりだった。釘バットは根元からへし折れ、弾け飛んだ先端は遥か彼方かなたへ。
 命中……した?
 てっきり要玄人のことだから避けるか、ガードするかと思っていたのに、響ちゃんを痛めつけることに集中していたのか、まったくの無防備だった。彼の頭から、おびただしい量の鮮血が、ゆるゆると流れ落ちた。
 まずい、もしかして殺してしまったか……?
 しかし次の瞬間、そんなぼくの不安をかき消すように、要玄人の強烈な前蹴りが、ぼくの腹部に埋没していた。
 鈴子、響ちゃんと続き、ぼくは《交通事故》の三人目の犠牲者となった。
 ジェットコースターに乗った時のような奇妙な浮遊感、目まぐるしく動き回る世界。そして一瞬の後、ぼくの顔面と右肩を強い衝撃が襲った。それから、ぐるぐると高速かつ規則的に、世界が回った。他人の眼からは、ぼくが《交通事故》にあって放物線を描いてふっとび、地面に墜落してそのまま何メートルも転がったように見えたであろう。
「おげえ」
 のどに焼けつくような痛みが走り、ぼくは地面に大量の胃液をぶちまけた。午前中から何も口にしていなかったので、食物の類いは出てこなかった。
「今、何かしたか。カス」
 そしてターゲットを変えた要玄人の圧倒的暴力が、ぼくをボロ雑巾に変えてゆく。
「気が変わった。てめえが反乱軍のスパイかどうかはもうどうでもいい。怪しいやつをひとりひとりぶち殺していけばそれで済む話だ。てめえは、この場で殺す。この頭を見せりゃ、正当防衛も成り立つだろうぜ」
 要玄人は地面に倒れたぼくの頭をぐりぐりと踏みにじりながら、冷たく言った。このまま彼が全体重をかけて、ぼくの頭をコンクリートの地面に叩きつければ、たぶんぼくは死ぬだろう。先の戦いでぼくが殺したあの《坊主》のように、地べたにいびつな日の丸を描いて。反乱軍ならともかく政府軍側の人間に殺されるとは思わなかったが、これも因果応報いんがおうほうというものか。あるいは死んだ坊主の呪いか。
 ぼくの予想通り、要玄人はぼくの頭を踏みつけていた足を上げた。このまま踏み砕くつもりだろう。
 ぼくは、死を覚悟した。

「その辺にしときなよ」

 ふいに、聞き覚えのある、女性にしても高めのソプラノボイスが聞こえてきた。

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