極楽戦争 - End of End 著・富士見永人

 第一章「極楽地獄」

   10

 無敵の麗那先輩が初めて見せた、苦悶くもんの表情。
 要玄人は麗那先輩の首を掴んだまま、ふたたび片手で高く持ちあげた。彼女のあかい髪が、出血によりやや黒っぽく染まっていた。
 ぐしゃ。
 麗那先輩は、ふたたび頭から地面に叩きつけられた。
 頭を打ちつけられたせいか、それとも首を絞めあげられて酸欠状態になっているのか、麗那先輩の顔には先ほどまで戦を楽しんでいた嗜虐しぎゃく的な笑顔はなく、茫然ぼうぜんとした表情で、眼は要玄人ではなく空を、うつろに見つめていた。
 あの麗那先輩が……負ける?
 刃物や銃弾が飛び交う戦場において、超人的な身体能力と反射神経を持つ麗那先輩は比類なき強さを発揮する。だが、武器も何もない素手での殴りあい(殺しあいと言った方が正しいかもしれない)において、要玄人の異常なまでのパワーと頑強さの前では、麗那先輩でさえも、ただひとりの女に過ぎなかったということなのか。何という圧倒的暴力。この学園で要玄人の暴走を止められる者は、もはや誰もいないのか。
 要玄人はそのまま麗那先輩の上に馬乗りとなり、全体重をこめて、両手で彼女の首を絞めた。
 あの野郎。麗那先輩を絞め殺す気か。
 もはやこれは喧嘩ではない、殺しあいだ。そう、ぼくは腹をくくった。
 そして、麗那先輩が倒した天草の腰のレイピアが、ぼくの視界に入ってきた。
 殺してやる。
 殺人罪で軍事裁判にかけられようが、知ったことではない。要玄人を殺し、ぼくが麗那先輩を助ける。
 すらっ、と、ぼくは天草の腰のレイピアを引き抜いた。銀色の細い鋼鉄の針が、夕日に照らされ黄金色にきらめいた。扱ったことのない武器だが、膠着こうちゃく状態となっている今なら楽に殺せるはず。さあ、殺してやる! 心臓を串刺しにしてやるぞ、この野郎!
 想い人を傷つけられたせいか、ぼくはもう正気ではなかったと思う。すぐ横で倒れていた響ちゃんが何かを叫んだような気がしたが、もはやぼくの耳には届いていなかった。
 突撃。死ね、要玄人!
 ずぶぶ。
 うす気味悪い音とともに、レイピアを持った右手に、肉を貫く気色の悪い感触が伝わってきた。人を刺したのはこれが初めてだった。

いてえじゃねえか。こら」

 まるでホラー映画のようだった。
 何ごともなかったかのようにこちらを睨みつける、要玄人の冷徹なるその瞳。目の前で起きた信じがたいその光景に、ぼくは絶句した。いや、心の底では絶叫していた。そんな馬鹿な、たしかにレイピアは要玄人の心臓を……
 混乱の最中さなか、ぼくの顔面をハンマーで殴られたような衝撃が襲ってきた。要玄人の裏拳が、ぼくの顔面をえぐり、歯が何本かへし折れた。そのまま地面に倒れたぼくは、串刺しになりながらも平然と動いていた要玄人を刮眼かつがんし、改めてわが眼を疑った。
 よく見るとレイピアは心臓をれ、左胸の端の方から突き出ていた。響ちゃんが叫んだせいか、それともぼくの殺気が伝わったのか、どうやら要玄人は直前で体をひねらせ、心臓への直撃を避けたようだ。
 そして彼は背中から生えたレイピアの柄を掴み、あろうことか、自分でそのまま引き抜いた。胸の前後に空いた《穴》から血がぼたぼたと滴り落ちた。
「くそが」
 要玄人はレイピアの尖端せんたんを地面に押しあて、へし折った。そして、生まれたての子鹿のようによろよろと立ちあがりつつあるぼくを、相変わらずの冷たい眼光でにらみつけた。
「殺してやる」
 何ごともなかったかのように平然と歩み寄る、ゾンビのような要玄人の姿に、ぼくは戦慄せんりつした。酉野先生にさんざん殴られて平然としていたあの終零路おわりれいじといい、世の中には人間の常識が通用しない人種が存在するらしい。あるいは人の皮をかぶった妖怪変化の一種なのか。麗那先輩を化物などとののしっていたが、彼の方がよっぽど人間の常識を外れた化物のように思えた。が、しかし……
 それでも、戦の女神は要玄人にではなく、ぼくに微笑ほほえんだ。
「ナーイスアシスト、縁人くうーん」
 要玄人が振り向く間もなく、その首に麗那先輩の腕が、巻きついた。

「で、め、え」と、要玄人はれた声を出した。
 麗那先輩の顔にはあのサディスティックな笑みが戻っており、ぼくは安堵あんどのため息をついた。それでこそ、ぼくの麗那先輩です。
「卑怯とは言わないよねー。これでも五対三なんだしさあ」
 要玄人の表情は相変わらず仏頂面ぶっちょうづらだったが、顔がだんだんうっ血していくのが、ぼくにはわかった。麗那先輩はああ見えて、実はぼくよりも腕力があったりする(以前腕相撲を挑まれたことがあったが、相手になりませんでした)。
 要玄人は背後から組みつく麗那先輩に肘打ちなどをおみまいし、抵抗していたが、麗那先輩は平然と玄人先輩を締め続ける。ぼくがとどめを刺そうかと、折れたレイピアの先を拾いあげたが、麗那先輩がかぶりを振ったのでやめておいた。お楽しみの最中でしたか。すいませんでした。
 麗那先輩を背負ったまま、要玄人は近くの学舎の鉄筋コンクリートの壁に向かって突然走りだした。肋骨が折れて内臓を損傷し、胸をレイピアで貫かれた男の動きとは思えない、ものすごい勢いだった。
 そして、衝突寸前に体を反転させ、麗那先輩を壁に叩きつけた。
 百キロ近くありそうな巨体と、コンクリートの壁によるサンドイッチ。だが麗那先輩は、彼の首に絡ませた腕を離さない。そのまま要玄人は反対側の壁へ向かって走り、また麗那先輩をサンドイッチにした。麗那先輩の頭から血が滴り落ちていた。ぼくはまたも加勢を考えたが、麗那先輩がやけに楽しそうに見えたのでやめといた。後で恨まれたくない。
 しばらくすると、要玄人の顔はうっ血して紫色に変色し、口端から白っぽい泡を吹き出しはじめた。麗那先輩を壁に叩きつける力も弱まってきた。いける。このままいけば、麗那先輩が勝つ。

「トレビアァーン!」

 ぱちぱちぱち、という拍手音と共に、流暢な発音のフランス語が聞こえてきた。
 振り向くとそこには、いつの間にか多数の生徒が立ち並んでおり、ぼくらを包囲していた。
 真ん中で拍手していた長身の男は、天草のようにブリーチで脱色したばさばさのそれとは違う、本物の、夕日に照らされ黄金色に輝く金髪をたなびかせ、こちらに歩み寄ってきた。
 そう、彼こそが、学園の全生徒を総括し、最大派閥である《帝派》を束ねるリーダー……
 白虎学園生徒会長、帝陽輝みかどはるきだった。
 

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