極楽戦争 - End of End

著・富士見永人

第一章「極楽地獄」



11
「素晴らしい戦いだった。まさに白虎学園の頂点に君臨する君たちに相応しい、美しく芸術的な試合ファイトだったよ。撮影班に撮らせて私のコレクションに加えたかったくらいだ。が、そこまでだ。貴重な学園の戦力である君たちに勝手に潰しあいなどされては、我々司令部も困るのでね」
 白虎学園の支配者・帝陽輝みかどはるき膠着こうちゃくした麗那先輩と要玄人に歩み寄ると、周囲の取り巻きたちも一斉に行進を始めた。統率の取れた、まさに軍隊と呼ぶに相応しい完璧な動きだった。中にはあの下北沢もいた。 
「さあ、彼を放すんだ。紅さん」
 帝陽輝がそう命ずると、麗那先輩は不承不承、要玄人の首を締めつけていた腕を解放した。お楽しみを邪魔されて心底機嫌が悪そうだ。しかし、いくら彼女が一騎当千の猛者と呼ばれていても、精鋭ぞろいの帝の軍隊全員を相手に勝てるはずもない。ましてや、彼女は今、要玄人との戦いで疲弊ひへいしきっている。
「あのさ。お坊ちゃん」
 麗那先輩が、低く威圧するような声で言った。
「今いいとこだったんだけど。私、戦いの邪魔をされるのって、すっごいむかつくん……」
 ぐしゃ。
 ぜんぶしゃべり終える前に、麗那先輩の顔面に要玄人の靴が、めりこんでいた。
 思ってもみなかった襲撃に、麗那先輩は先ほどのぼくや響ちゃんのように派手にふっ飛ばされ、地面を転げ回った。いくら反射神経がよくても、完全に虚を突かれれば無意味である。
 帝陽輝はやれやれ、と苦笑し、右腕をL字状に肩の高さまで上げた。
 何人かの生徒が即座にライフルを発砲した。たたたたたあん、と、幾重もの撃発音のシンフォニーが奏でられ、要玄人の体のあちこちに恐らくは麻酔弾と思われる、ダーツの矢のようなものが突き刺さった。
「ち」
 彼はすぐそれを払い落とそうとしたが、やがて意識を失ったのか、地面に倒れこんだ。麻酔が効いたのだろう。
「まったく。レディに対して失礼な男だな。野蛮にも程がある。大丈夫かな、紅さん」
 帝陽輝は地面に寝転がった麗那先輩に手を差しのべたが、うっとうしそうに払いのけられた。よかった。麗那先輩、まだ元気そうだ。
「怒らせてしまったかな」
 彼は苦笑いしながら肩をすくめたが、すぐに何か思いついたのか、「よし、ではこうしよう」と言って、顔をほころばせた。

「君のために、反乱軍との全面戦争、という特大の晴れ舞台を用意しようではないか」

 麗那先輩は、その大きな眼をさらに大きく見開かせた。ぼくは一瞬、彼が何を言っているのか理解できずに思考が停止してしまった。何だ? 今、何と言ったんだ? この男は。
「本当?」と、麗那先輩が心なしか眼を輝かせて訊いた。いやいや、どう考えても何かよからぬことを企んでるでしょ、これ。
 帝陽輝は御曹司らしく上品に微笑み、「私は、嘘は嫌いでね」と、言った。嘘だろうけれど。さすが大物政治家の息子。呼吸をするように嘘をつく。
「そういうことなら、いいよ。許してあげる」
 麗那先輩はあっさりと、いや、嬉しそうにそう言った。まったく、この人の戦好きは病気ですらあると思う。もっとも、そんな面も含めてぼくは貴女を好きになったんですがね。
「ありがとう。君には《切込きりこみ隊長》をやってもらおうと思う。もしかしたら、あの《殺し屋》や《首刈り》と戦えるかもしれないね」
「へ、へえ」麗那先輩は精神のたかぶりを押さえきれてない、嬉しそうな表情をしていた。本当に純粋な人だ。完全に帝のてのひらもてあそばれてますよ、麗那先輩。
「そうと決まれば、まずは戦に備えてその怪我けがを治さなければいけないな。やるからには万全の状態で挑みたいだろう? 軍病院の、最新設備の整った集中治療室で、一日でも早く治そう。私が話をつけておくよ」
 帝はそう言って、ふたたび麗那先輩に手を差し伸べた。麗那先輩は、今度はあっさりその手を掴み、しかし平気と言わんばかりに、すばやく立ちあがった。
「まあ、こんな怪我、放っとけば治るけどね」
「無理はいけないよ。頭部の怪我は、後から症状が出てくることもよくあるからね。ほら、こんなに血が出ているじゃないか。脳内出血がないか、頭蓋骨に異常はないか、念のために検査させるよ」
 帝陽輝はそう言って、なかば強引に麗那先輩の手を引っぱって連れ去った。親衛隊も、彼と一緒に消えていった。下北沢が一瞬ぼくの方を向いて、見下したような眼で「ふん」と、鼻でわらった。いいざまだな、とでも言っているようで、ぼくはムカッときた。ぼろ雑巾のようにされたぼくや響ちゃんは、放置か。
 全身の痛みに耐えながら、ぼくは立ちあがった。幸いどこも骨は折れていないようだった。そしてそのまま響ちゃんのところまで千鳥足ちどりあしで歩み寄り、手を差しだした。
「大丈夫? ごめんね、巻きこんで」
 響ちゃんはぼくに微笑み返し、手を取って立ちあがった。
「大丈夫です。私もまだまだ、修業不足ですね」
「まあ、あれはさすがにね。不意打ちだったしさ」
 戦場だったら何でもありだけどね。
「あっ」
 肩を貸して一緒に歩き出したとき、響ちゃんが足元の小石につまずいてバランスを崩し、ぼくは咄嗟とっさに彼女を支えた。が、ぼくの方も体が言うことをきかなかった。響ちゃんをかばったため、ぼくは彼女の下敷きになる形で、一緒に地面に倒れこんだ。ぼくの腕に響ちゃんの柔らかい胸の感触が伝わり、首筋からは汗と一緒に石鹸せっけんのような香りがただよってきた。ぼくは歳上のお姉さんが好みなのだけれど、若い娘もいいなあ、と、よわい十七にしてそんな年寄りじみたことを心の中でつぶやいた。グッジョブ、小石。
「ご、ごめんなさい。大丈夫ですか?」響ちゃんは顔を赤らめながら言った。かわいい。
「うん。響ちゃんは、怪我はないかな?」
 今度はぼくが響ちゃんの手に捕まり、よろよろと要介護の老人のようにゆっくりと立ちあがった。その後はふたたび保健室へ行き、ちょうど仕事を終えて職員寮に戻ろうとしていた江口先生に手当をしてもらった。残業させてしまってすいません、江口先生。今度ワイヤーラーメンおごります。

 
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