極楽戦争 - End of End 著・富士見永人

 第一章「極楽地獄」

   13

 神楽先輩が眼を(ましたらしい。夢葉救出部隊に選出されてから二日後の木曜日放課後、ぼくは軍病院へ行った。神楽先輩のいる三〇三号室にたどり着いたぼくは、目の前の光景に唖然あぜんとした。
 ベッドの上に……否、神楽先輩の上に、誰かいる。
 一命は取り留めたとはいえ、まだ瀕死の重傷であるはずの神楽先輩の上に、馬乗りのような形で中背の学生服の男が鎮座ちんざしていた。
「そない死にたいんやったら、わいが今すぐここで殺したるでえ」
 男は、神楽先輩を見おろしながら、ドスのきいた関西弁でそう言った。ぼくはすぐにその男を神楽先輩から引きはがそうとしたが、別の患者が通報したのか、何人もの看護婦が駆けつけ、彼を引きずり下ろした。
 肩までかかる真ん中分けの茶髪、右眼を覆う眼帯、印象的なたれ目の隻眼。そう、彼の顔には見憶えがあった。水無月飛鳥みなづきあすか。要玄人、麗那先輩と並ぶ学園三強の一角。神楽先輩と一緒にいるところを何度か目撃している。
「何をやってるんだ、あんたは!」ぼくは叫んだ。すぐ看護婦のひとりに静かにするよう促された。
 水無月飛鳥はぼくを一瞥いちべつした後、看護婦に言った。「姉ちゃんら、こいつのことロープかなんかで縛っとかんと、脱走するで」
 神楽先輩は昨日まで生死の境をさまよっていた重傷患者だ。何をばかな、と、ぼくも看護婦たちも口をそろえて言ったが、水無月飛鳥をにらみつける神楽先輩の眼が、ぼくの前言を撤回させた。
「私は……夢葉さんを守ることができなかった。私がこうしてベッドの上で悠長ゆうちょうに休んでいる間にも、彼女は反乱軍の基地でどんな拷問を受けているか、わからないんですよ」
 神楽先輩は、ぼくの方を見た。その瞳には、まるで今すぐ一緒に反乱軍の基地まで行って夢葉を助け出しましょう、と言わんばかりの強い意志と覚悟のようなものが、宿っていた。そして事実、彼女は自力で起き上がり、ベットから降りようとして、看護婦のひとりに押さえつけられた。看護婦はあわてて叫んだ。「鎮静剤を持ってきて、早く!」
 水無月飛鳥が抑揚のとぼしい声で言った。「看護婦ひとりどうにもできんやつが、どうやって反乱軍から夢葉ちゃん連れ戻すんや」
 事実を突きつけられて心が折れてしまったのか、神楽先輩の目尻から、涙がこぼれ落ちた。
「私のせいで、夢葉さんが……」
 先日の鈴子の弱々しい姿が、ぼくの脳裏に蘇った。戦場で雄々おおしく戦っていた勇猛な女剣士・秋月神楽の姿はもはやそこにはなく、希望を絶たれ、もはや何もすがるものを失ってしまった四面楚歌しめんそか五里霧中ごりむちゅうの状況の中、精神を病んだ思春期の孤独な少女のように、もろく、はかなく、崩れ落ちた。
「ぼくが夢葉を……」
「わいが夢葉ちゃん助け出したる」
 ぼくの言葉をさえぎって、水無月飛鳥は言った。
「やから、大人しく寝とれ」
 神楽先輩はうつむいたまま、しばらく沈黙していた。
「神楽先輩。ぼくも夢葉救出作戦に参加してきます。夢葉が戻ってきたら、今度こそ三人で学食行きましょう。それまでに怪我を治してください。カレーおごりますので」
「兄ちゃん兄ちゃん。わいも忘れてもらっちゃ困るで」水無月飛鳥が、先ほどのおごそかな顔とはうってかわって、屈託のない笑みを浮かべて言った。
「では、四人で行きましょうか」
 神楽先輩は相変わらずうつむいたままだったが、彼女の口角がわずかに上がったのをぼくは見逃さなかった。
「特盛サイズですよ。私のカレーは」
 震えながらも、先ほどよりやや明るい声色で、神楽先輩は言った。
 そして、ぼくと水無月飛鳥に向かって頭を下げた。
「夢葉さんを……お願いします」
「おう。任しとき」
 そう言って水無月飛鳥は、病室を去った。
「縁人さん。どうかご無事で」
「もちろんですよ」
 振り返らずに親指を立て、ぼくは病室を後にした。

 神楽先輩を見舞った後、ぼくは隣の三〇二号室の鈴子を訪ねた。
「契約成立ですね。それでは、この書類にサインをいただけますか」
「おう」
 鈴子の目の前に、背の低い黒髪の男子生徒がいた。ぶ厚いレトロなラウンドメガネが印象的なその男は先日、帝とゆかいな仲間たちが要玄人らを鎮圧した際に見かけた。ぼくの記憶が正しければ、たしか生徒会メンバーの三星みほしという男だ。親は有名な投資家で、帝、東陽に匹敵する財力を持つと言われている。帝陽輝の側近にして参謀。容姿が某国ファンタジー映画の主人公に似ていることから、影では《フリー・ポッター》と呼ばれている。
「ご契約ありがとうございます。《商品》は、後日こちらに持ってまいります。では、また」
 上流階級の御曹司らしく深々と鈴子に頭を下げ、三星は去っていった。
「なに話してたんだ。帝派のやつだろ」ぼくは鈴子に聞いてみることにした。
「ああ、いい義肢職人を知ってるって言うんでな。紹介してもらったんだ。利き手が死んだままじゃ、戦場でお荷物になるだけだからな」
「義肢って……金は大丈夫なのか?」
 ぼくはストレートに疑問をぶつけてみた。鈴子の家は、ぼくの母同様食っていくだけで精一杯の貧困家庭だ。どう考えても高い義肢装具を買えるようなご身分ではない。
「金は大丈夫さ。スポンサーが」鈴子はうっかり口を滑らせた、といった態度で口をつぐんだ。
「スポンサー?」
「まあ、大した話じゃない。戦場に戻れなきゃよくて留年、下手すりゃ退学だからな。うちの親に一年余計に学費を出す余裕もないし、あたしにはこうするしかないんだ」
 ぼくは何だかもどかしい気分になった。おそらくあの《魔法少年》に高い義肢装具を売りつけられてローンの契約でもしたのか、あるいは何らかの取引をしたのだろう。いずれにせよ、下層は家畜と見下している特権連中(夢葉は例外)のこと、ろくな条件じゃないはずだ。けれど、鈴子には金を無心できるような親族や友人はいない。ぼくがいいとこのお坊ちゃんだったら、無条件で貸してやるのに。友達ひとり救えない貧しい自分に、嫌気がさした。
「心配すんなって。考えはある」鈴子は、朗らかな笑みを浮かべた。歯並びのいい前歯が、日光を反射して白く光って見えた。
「明日退院するんだっけ?」
「ああ。さすがに義肢も間に合わねーし、次のお嬢さま救出作戦には参加できそうにないけどな。縁人は参加するんだよな」
 ぼくは肩をすくめて、「まあね」と言った。
 しばらく沈黙した後、鈴子は顔を曇らせてうつむいた。
「元はと言えば、あたしがあいつをあおっちまったのが原因なんだよな。それなのに、結局あんたに全部押しつけるようなことになっちまって……」伏目がちに、そう言った。そして聞こえるかどうかという小さな声で、「その、なんつうか……悪かったな」と謝った。
「ぼくよりも、夢葉に謝った方がいい。あれは言いすぎだった」
「わかってるよ」鈴子はくもった顔で言った。そして弁明するように、続けて言った。
「なんつうかさ。つい、かっとなっちまったんだ。もともと特権の連中はいけ好かなかったし。ましてや、あの女は親衛隊にちやほやされて、ふんぞり返ってるような感じがしてさ。だから、戦場に来いっつって、びびらせて尻込みさせてやりたかったんだ。本当に来るとは思わなかった。けど、あたしも引き下がれなくてさ」
「鈴子のそういう本音をストレートにぶつけてくるところは、ぼくは嫌いじゃない。でも、夢葉はちょっと世間知らずなところはあるけど、悪いやつじゃないよ。戦いはてんでだめだけど、医療の道で人を助けようとしてる。特権や上層の連中にありがちな、人を見下してるような感じもないしね。特権だとか、上層だとか下層だとか、そんなものがあるから変な軋轢あつれきが生まれるんだ。そういった壁を一切とっぱらって、ただのひとりの人間として見てみればいいのに」
「あー。難しい話はよくわかんねえ」鈴子は頭をかきながら言った。
「階級とか肩書きに、大した意味なんかないってことさ」
「まあ、そりゃそうだな」
「それにね。ぼくは鈴子と夢葉は、案外親友になれるんじゃないかと思ってるよ。鈴子みたいに裏表のないやつに対しては、夢葉も本音をぶつけてくるだろ。ちょっとヒステリックなところはあるけど、本心を隠して取りつくろって、おほほ笑いして語尾にざますとか付ける上流階級のステレオタイプお嬢さまとはちがう」
 鈴子は破顔一笑した。「どんなお嬢さまだよ。漫画の読みすぎだろ」
「そうやって本音をぶつけあうから、本当の友達になれるのさ。うわつらだけのれあいとはちがうね」
「なんか縁人、急におっさん臭くなったよな。妙に達観してるっつーか」
 ぼくは苦笑して言った。「こう見えても苦労人でね」
「そりゃ、お互い様だ」
「座学の方もがんばれよ。留年するぞ」持参した教科書をサイドテーブルに置いた。鈴子の苦手な数学。露骨に嫌そうな顔をされたが、折りこみ済みである。残念だったな!
「んじゃ、そろそろ行くよ。ワイヤーラーメンが食べられなくなってしまう」
 そう言って三〇二号室を出ようとすると、「縁人」と鈴子に呼び止められた。
「なんつうかさ、ありがとな。いろいろと」
「退院したら、ワイヤーラーメンおごれよな」
 鈴子は、にかっと笑い、右手の親指を立ててウインクした。「いいぜ。特盛チャーシュー付きのフルセット(千二百円)でごちそうしてやるよ」
 注・ワイヤーラーメン特盛チャーシューフルセットとは、貧乏な一兵卒のぼくにはせいぜい一カ月に一度くらいしか食べられない、この世で一番美味い人類史上最高のめん類である。
「まじですか」ぼくは眼を輝かせた。たぶん二万ルクスくらい。
「だから、生きて帰って来いよな。絶対に」
 ぼくは何も言わず背を向け、先ほどのように親指を立てた。
 

BACK <<    >> NEXT
 

Copyright (C) Enin (Eito Fujimi) 2006-2016 All Rights Reserved.
http://enin-world.sakura.ne.jp/