極楽戦争 - End of End

著・富士見永人
第二章「陥穽かんせい


 真ん中に立つ、穴のあいたテンガロンハットをかぶったひげ面の男が口を開いた(おそらくこいつがリーダーだろう)。
「お勤めご苦労さん。早いとこいけ好かねえ政府軍の連中をぶち殺して、戦争なんか終わらせてくれよ。まともに仕事もできねえし、食うものも満足に食えやしねえ。老人やガキどもに至っちゃ、栄養失調や病気でもう何人か死んじまった」
 彼らの中にはやせ細った子供たちもいた。極度の栄養失調で腕は枯れ木のように細くなっており、眼は死んだ魚のように濁っている。
 飛鳥先輩は例の朗らかな笑みを浮かべ、妙に優しい声でなだめるように言った。
「なあ。先を急いでるんや。あんたらの気持ちはわからんでもないが、こっちもどうしてもやらなあかんことがあんねん」
「通行料くらい恵んでくれたっていいだろう。こっちはそれで生きるか死ぬか決まるようなもんなんだ。あんたらに慈悲はないのか」
「ないんですか。下北沢先輩」
 ぼくがそう訊ねると、下北沢は露骨に嫌そうな顔をした。この場を一秒でも早く切り抜けるなら、おとなしく彼らに金を恵んだ方が利口だと思うのだけど。ぼくは彼らを納得させられるような金など持ちあわせていないが。
「今はてっとり早く金で解決しておいた方が。夢葉の救出のためにも」
 ぼくがさらに促すと、下北沢はさらに顔を歪め、舌打ちした。
「ふん。なぜ私が下層のゴミどもに施しを与えてやらねばならないのかね」
「あー」
 馬鹿正直なやつ、と、ぼくの心の底でぼやいた。彼らが政府軍をどれだけ憎んでいるかも知らずに。これでますます通行は困難になった。この男には大局が見えてないのか。
 下北沢はさらに続けて言った。「いいかね。君らがやっていることは政府軍に対する反逆行為なのだ。本来なら今すぐこの場で惨殺されても文句は言えんのだぞ。だが我々は先を急いでいる。今すぐ道を開けるなら今回は不問にしてやろう」
 地下の住人たちは露骨に顔を歪め、ぼくらに敵意の集中砲火をあびせた。「横暴だ」「権力を傘に着て図に乗りやがって」「誰が通してやるもんかよ」などと、次々に不服の声が上がっていく。
 しびれをきらした下北沢は、腰に下げたサーベルを抜いた。
「畜生ども。言ってわからんなら、体で教えてやるまでだ」
 ひひひ、と、狂気じみた笑みを浮かべ、サーベルの切っ先を地下の住民たちに向けた。彼は地下の住人たちを目障りなドブネズミ程度にしか考えてないのだろう。丸腰の彼らは尻込みし、モーセが割った海のごとく左右に分かれ、道を開けた。
「ふふん。最初から素直にそうすればよいのだ」得意げに、しかし下卑げびた顔つきで彼らを一瞥いちべつした。そしてサーベルをさやに収めようとし……

「危ない!」

 下北沢の背後に迫るひとつの影、鉄パイプを持った地下住人の男が迫っていた。ぼくはとっさに飛びこみ、鉄パイプ男の鳩尾みぞおちに思いきり前蹴りを叩きこんだ。鉄パイプ男は「ぐぉえ」とうめき、派手にふっとんで石造りの壁に衝突し、意識を失った。
「ふん、私が手を下すまでもなかったな」
 収めたサーベルを再び抜き、気絶した男に迫る下北沢。周囲の住民たちの表情が凍りついたのがはっきりわかった。「帝国政府にたてつく者には死あるのみだ」
 ぼくはさすがに止めに入ろうと一歩前へ踏み出し……
「その辺にしときや」
 その前に、飛鳥先輩が割って入った。
「貴様……」
 そこをどけ、と言わんばかりの鋭い目つきで飛鳥先輩をにらみつける下北沢。
「二度言わせんなや」そして、有無を言わさぬ飛鳥先輩の眼光。
 分が悪いと踏んだのか、下北沢は悪態つきながらもサーベルを収めた。
「こんなところで油売ってないでさっさと行きましょうよ。ぼくひとりで先行きますよ」
 ぼくがホームレス連中をほっぽって先へ行くと、彼らも再び歩みはじめた。ほんと、響ちゃんがいれば何兆倍もよかったのに。酉野先生らしくない編成ミスである。それとも谷垣とかそこらへんの司令部の連中が勝手に決めたのだろうか。
 暗闇の中に転々と灯る白熱灯をたよりに、僕らは先へと進んだ。地下の住人たちの絶望と怨嗟えんさに満ちた視線を背に。ぼくだって、さっさとこんな戦は終わらせたい。

「ここが入口ですかね」
 ぼくは赤茶色にびついた鉄製の扉を前にして言った。「そうだ」と、下北沢がうなずいた。この日出川ひづがわの地下水路には一部の政府関係者しか知らない抜け道がいくつもあり、今回はそこを通って目的地点まで行く手筈となっている。
 扉の持ち手の下には太い金属製のかんぬきが備え付けられており、そのさらに下には錆色の南京錠がぶら下がっていた。ぼくは持ってきた鍵を使って解錠した。錆びついて固いかと思いきや、意外とすんなり開いた。
 中の通路は人ひとり通るのがやっとという狭さで、天井に電球が備え付けられていたが切れていた。ぼくは持ってきた懐中電灯を灯し、先へ進んだ。ここを抜ければ、青龍学院敷地の下までいけるはずだ。さすがにここではホームレスに遭遇することはなく、ぼくらはそのまま進み、大きな通路に出た。先ほどの狭い抜け道とはちがい、格子で覆われた蛍光灯が辺りを照らしていたので、ぼくは懐中電灯の灯りを消し、鞄の中にしまった。水路を流れる水は透明で浅く、流れもゆるやかで、奥の方からちょろちょろと水の流れる音が響いていた。
 ぼくらが地下水路に入ってから三十分と少々、多少のいざこざはあったものの、時計の針はまだ九時四十分。作戦開始時刻は午後十時。陽動班が青龍学院周辺を爆破する音が合図となり、一気に夢葉のいる学舎まで攻めこむ手筈になっている。ここまでくれば待機ポイントである青龍学院の敷地内に通じる出口も眼と鼻の先だ。
「何や、あれ」
 飛鳥先輩が、通路の奥のほうを指さした。突きあたりに一本の梯子が、蛍光灯の灯りに照らされてうっすらと見える。おそらく青龍学院の敷地内に通じるそれの下端に、何か人影のようなものが見えた。
 そして、それが何かを認識した瞬間、ぼくらの全身に緊張が走った。
「死んでる……」
 それは、見憶えのある男の、死体だった。
 印象的な鷲鼻わしばな、今作戦の要、ガイド役を務めるはずだった酉野先生の後輩。両腕をロープで梯子に固定され吊るされており、額にある黒く丸い穴のようなものからアメリカ国旗を彷彿ほうふつとさせる何本もの赤いラインが伸びている。口径の大きな銃で撃たれたのか、よく見ると頭の後ろが半分なくなっていた。

「う」

 どす、と、土に木製の杭でも打ちつけたようなこもった音とともに、ぼくの背中に鋭い痛みが走った。
 
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