極楽戦争 - End of End

著・富士見永人
第二章「陥穽かんせい


 ぱりん、という複数の音とともに、いきなり視界がブラックアウトした。
「縁人くん、走れ!」
 飛鳥先輩がそう叫ぶと、ぼくは背中の激痛に耐えながらとにかく走った。次の瞬間、石壁を金づちでたたいたようなかん高い音がいくつか聞こえてきた。あと少し走るのが遅れていたら、ぼくは《刺客》の手によってハチの巣にされ、絶命していたかもしれない。
 ……飛び道具か。
 ぼくは背中にそっと手を回した。背中から左肩にかけての僧帽筋そうぼうきんのあたりに何か固い棒のようなものが刺さっていた。発射音がしなかったので、おそらくボウガンか何かだろう。左腕が痛くて上がらなかったが、幸い急所は外れているようだ。
「お務めごくろうさまです」
 聞きおぼえのある声がした。いきなりあかりが消えたので眼がまだ慣れていなかったが、ぼくには声の主が誰かすぐにわかった。
 忘れもしない、あの印象的なまっ白い髪。
 寿を殺し、鈴子の左腕を奪った(ああ、ついでに田代も)、《首刈り》こと赤月瑠璃の、その姿を。はっきりとは見えなかったが、他にも何人かいるようだった。
 ぼくは腰に下げたトンファーを取りだした。左腕の握力はまだ残っていたものの、おそらく盾ぐらいにしかならないだろう。
「なるほど、待ちぶせか。前回同様、今回の任務もご多分にれず反乱軍には筒抜けだったというわけだ」痛みをこらえ、平静を装いながら僕は言った。
「そういうことになりますね」
 赤月瑠璃は相変わらずの無表情でうなずき、持っていた矢の装填されてないボウガンを投げすて、腰に差した二本の小太刀を抜いた。続けた。
「もう一方の班にも刺客を差し向けてます。あなたがたが東陽夢葉を奪還できる可能性はゼロです」
「ひい、ふう、みい」
 飛鳥先輩が敵を指さして人数を数えていた。まだぼくには辺りが暗くてよく見えなかったが、彼には見えているらしい。
「全部で五人か。縁人くん、下北沢くん。ひとりずつ任せてええか。《首刈り》と後の二匹はわいが何とかするさかい」飛鳥先輩は飄々ひょうひょうと、しかし大胆不敵に言った。赤月瑠璃以外の全員が顔をしかめた……気がした。
「ひとりでいいのかね。何なら怪我をしている彼の分をわたしが引き受けてもいいが」下北沢は自信ありげにそう言い、サーベルを抜いた。いけ好かないやつだが、片腕が思うように動かない今は、彼に頼るしかない。
 飛鳥先輩は鎖鎌を構えた。「できるんなら、そうしたってや」
「なるほど。《鎌蛇スネークサイズ》ですか」
 赤月瑠璃が飛鳥先輩を見てつぶやいた。《鎌蛇スネークサイズ》というのはおそらく飛鳥先輩の通り名だろう。白虎学園では聞かないが、青龍学院ではそう呼ばれ、要注意人物としてマークされているにちがいない。麗那先輩にも何か通り名があるのだろうか。《戦乙女ヴァルキリー》とかそういう名前だったらいいな。
「まあ重要な任務でしょうから、想定の範囲内です」
 赤月瑠璃は特に動揺した様子もなくそう言うと、自身の左脇にいた刺客ふたりに手で小さく合図を送った。それを受け、彼らは左右に散った。ようやく眼が暗闇に慣れてきたのか、日本刀を持った角刈りの短身の男と、サーベルを持ったポニーテールの長身の女だとわかった。
 ふたりは飛鳥先輩のもとへ向かうと思いきや、ぼくの方へ向かってきた。弱った獲物から順に始末。基本である。ぼくはトンファーを胸の前に構えようとした。が、やはり思うように左腕が動かない。
 心臓を貫かんと迫る、《ポニーテール》の銀色の刃。しかし未熟なのかなんなのか、やけに動きが緩慢だったので、ぼくは余裕で直前まで引きつけ、半身でかわし、そのまま《ポニーテール》の背中を軽く押してかした。彼女は派手に地面に飛びこんでいった。さらに《角刈り》の日本刀をトンファーで受け、腹を蹴りつけて距離をとる。
「ナイスアシストや」
 ふっとばした《角刈り》に、飛鳥先輩の鎖鎌がまるで蛇のように巻きつき、鎌が正確に胸の中央にずぶぶとめりこんだ。《角刈り》は「うっ」とうめき、そのまま血を吐き出して地に伏し、動かなくなった。
 ぼくはすぐに《ポニーテール》のサーベル使いに向きなおったが、彼女は地に伏したままだった。彼女の周りにいつの間にか血だまりができており、よく見ると首元に切り傷があった。
「なんや、余計な世話やったかいな」
 飛鳥先輩は相変わらずの軽い口調で、鎖鎌をひゅんひゅん振り回しながらそう言った。おそらく彼が電光石火の速技で《ポニーテール》の首を切り裂いていたのだろう。どうりで動きがおかしいと思った。一瞬でも手負いでふたりまとめて仕留めた俺TUEEEと思った自分が恥ずかしくなった。
「いえ。助かりました。ありがとうございます。あ、うしろ」
 飛鳥先輩のすぐ背後に、《首刈り》赤月瑠璃が迫っていた。飛鳥先輩はすばやく距離を取り、赤月瑠璃の小太刀二刀をかわした。
「あなたの実力を過小評価していたようです。私が全力でお相手いたします」
 と、言いながら、しっかり飛鳥先輩の背後から別の刺客(棍棒を持った無精ひげ面の大男)が狙っていた。しかしもちろん、そんな小細工が通用する飛鳥先輩ではない。
「うそつきは泥棒のはじまりやでぇ、ルリルリちゃん」
「その呼び名は嫌いです」
 赤月瑠璃と《無精ひげ》は、飛鳥先輩の鎖鎌が織りなす攻防一体の防御フィールドの前に、なかなか間合に入ることができないようだった。
 地下水路という狭く障害物も多い場所において、ロングレンジである飛鳥先輩の鎖鎌は決して有利とは言えない。並の使い手なら壁や天井に当ててしまうか、そうなることを恐れて遠距離からの攻撃を避けるだろうが、飛鳥先輩の鎖鎌はそんな常識をいともあっさりくつがえすほど自由自在、縦横無尽に通路内を舞い踊り、赤月瑠璃とゆかいな仲間たちを翻弄ほんろうしていた。
 まるで生き物。まるで《蛇》。
 水無月飛鳥と赤月瑠璃。技と技の攻防は、思わず息を呑むほど美しかった。芸術的と言っても過言ではなかった。不死身の怪物・要玄人と超人的な反射神経・身体能力を持つ麗那先輩の、純粋にしてシンプルな《闘争》とはまた違った、達人同士の洗練された技の二重奏デュエット
 だが、戦況は明らかに飛鳥先輩が押していた。
 残る敵は三人。赤月瑠璃ともうひとりの無精ひげ面の男は、飛鳥先輩の妙技の前に手も足も出せない。残るひとりは下北沢が引きつけており、こちらは膠着こうちゃく状態が続いているようだったが(彼の相手は両手に鉤爪を装備した、小柄な赤髪の女だった)、飛鳥先輩が赤月瑠璃さえ制圧してしまえば、こちらの勝ちも同然である。
 赤月瑠璃の表情に、わずかながら焦りの色が見えはじめていた。青龍学院の策士も、飛鳥先輩との圧倒的な実力差を前にどうやらなす術がないようである。
「私が彼の左側に回ります。すきを見て、彼の死角から攻撃を」
 赤月瑠璃が左側、《無精ひげ》が飛鳥先輩の右側(つまり彼の光を失った右眼の側)から、攻撃をしかけた。
「右は死角。……と思うやろ? 甘いで」
 ざくり。
 まさに神出鬼没だった。《無精ひげ》の頭上から突然鎖鎌の穂先が現れ、彼の右眼に根元までずっぽりと突き刺さった。飛鳥先輩はそのまま彼を蹴飛ばし、強引に鎖鎌を引きはがした。眼窩がんかから桃色のどろどろとした粘液をふき出しながら《無精ひげ》は「ひゅっ」とうめき、壁にたたきつけられ、数瞬ばたばたと痙攣けいれんし、それから生命活動を停止した。
「なんや。青龍学院の《首刈り》はこんなもんか? もっとわいを楽しませてくれへんかなぁ」
 ついに最後のひとりとなった赤月瑠璃を、飛鳥先輩は容赦なく攻め立てた。リーチの長い両切刀はこの地下水路内では不利と判断したのか彼女はリーチの短い二本の小太刀で応戦していたが、飛鳥先輩のふところになかなか入らせてもらえない様子だった。ただでさえ使い手の少ない鎖鎌の、ましてや白虎学園最強クラスの達人である飛鳥先輩の変幻自在の多角攻撃の前では、あの《首刈り》ですら赤子同然だというのか。
「逃げとるだけじゃ、わいは殺せへんでえ」
 鎖鎌の反対側についた分銅が、赤月瑠璃の左手側の小太刀に巻きついた。
「く」
 赤月瑠璃の顔色が、変わった。
「ルリルリちゃん、捕まーえた」
 相変わらずのおちゃらけた調子で、しかし確実に赤月瑠璃を追いつめていた。ぼくと寿が二人で戦って手も足も出なかった、あの《首刈り》を。これが《鎌蛇スネークサイズ》。白虎学園三強の一角、水無月飛鳥の実力なのか。
 ……しかし、事態は思わぬ方向へと動いた。

 ぼと。

 突然、飛鳥先輩の鎖鎌の鎖を握る右腕が、《外れ》た。
「なんや、こら」
 飛鳥先輩は、自分の消失した右腕の先を見つめ、顔をこわばらせた。
 ぼくは眼の前で起きたあまりの急展開に、脳の処理が追いついていなかった。
 何だ? 今、いったい、何が起きた?
 
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