極楽戦争 - End of End

著・富士見永人
第二章「陥穽かんせい


 薄っすらと眼を開けると、ぼくは病室のパイプベッドの上にいた。
 ベッド周囲のカーテンが半分ほど開いており、そこから「整理整頓」と張り紙された(そして乱雑に散らかった)、見憶えのあるスチールデスクが覗いていた。江口先生の机。どうやらここは、白虎学園の保健室のようだ。
 ぼくはあの後、別働隊に飛鳥先輩を送り届けてからすぐに意識を失った……ようなのだが、がむしゃらに動いていたせいかあまりよく憶えていなかった。ぼくは、あれからどのくらい眠っていた? 壁かけ時計の針は七時半を示していた。窓の外が暗いので、午後だろう。今日は何曜日だ? 夢葉奪還作戦が決行されたのが金曜の夜だったから、土曜の夜か? それとも日曜?
 起きあがろうとしたものの、背中に鋭い痛みが走ってもだえ苦しんだ。痛みとともに先の戦いの記憶が蘇り、ぼくの全身は戦慄した。
 そう、いきなりボウガンで背中を撃たれて、それから……
 腹を切り裂かれて苦しみもがく飛鳥先輩、そして串刺しにされて首を切り落とされた酉野先生の最期が脳裏をよぎり、恐怖と哀しみと無力感が同時にぼくを襲い、また眼の奥が熱くなった。
 あれから、どうなった? 飛鳥先輩は助かったのか? 響ちゃんは無事に脱出できたのか?
 がらら、と、保健室の引き戸が開けられ、考えごとに集中していたぼくは、びくっと身をのけぞらせた。
「なんだ。起きてたのか」
 現れたのは、鈴子と響ちゃんだった。
「あ、眼が醒めたんですね。よかった」と、響ちゃんが言った。彼女はすねに包帯が巻かれている以外は、特に外傷はなさそうだった。ひとまず安心。
「そら、差し入れだ」
 鈴子が持っていたゴトー・ココノカドーのビニール袋の中から林檎りんごを取り出し、ぼくに向って放り投げた。
いてはくれないのかい」
「かじれ」
 予想通りの返答だった。彼女に林檎の皮剥きという家庭的スキルを期待したぼくが馬鹿でした。夢葉だったら喜んでやってくれ……いや、彼女もできないかな。お嬢様だし。
 鈴子の左腕には、パーティ会場で貴婦人がつけてそうな、肘までもある長い手袋が装着されており、その先端には失われたはずの左手があった。おそらく三星みほしから買った義手が届いたのだろう。もっとサイボーグのような無骨なものを想像していたのだけれど、手袋の上から見る限りでは普通の女性の腕だった。けっこう高いものなのかもしれない。ぼくは先日鈴子がスポンサーがどうのと言っていたのを思い出した。連中がただで鈴子に施しを与えるとは思えない、絶対に裏がある。大丈夫なのだろうか。
「義手か」
 ぼくがそう言うと、鈴子はうなずいて手袋を外した。中から出てきたのは肌色ではなく、無骨なグレーの義手だった。
「字を書いたり箸を使うのは厳しいが、強力磁石を内蔵してるからナイフや銃なら持てるぜ。これであたしも現場復帰だ。またよろしくな」
 ぼくは複雑な気分になった。寿や酉野先生の死を受けて間もないせいか、鈴子がこのまま戦場に復帰できなければ、いう淡い期待を心のどこかで抱いていたのだ。たしかに鈴子はお世辞にも座学の成績がいいとは言えないけど、そこは自分で言うのも何だが座学では二学年上位キーパーのぼくが見ることで何とかなると思うし、たとえ退学になっても生きてさえいればまた会える。
 けれど、死んでしまえばそこで終わりだ。
 鈴子だけが友達ではないけれど、鈴子という友達はひとりしかいないのだ。
 段々とぼくは腹が立ってきて、もらった林檎を乱暴にがりっと食いちぎった。ほのかに鉄の味が混ざっている感じがした。どうやら歯ぐきから出血したようだ。クソ、あのフリーポッターめ。余計なことしやがって。下北沢といい、眼鏡にはろくなやつがいない。偏見だが。
「そういえば、飛鳥先輩は助かったのか? 知っていたら教えてくれ」
 響ちゃんは首を横に振った。
「彼は病院で危篤きとく状態だそうです。まだ意識が戻っていないとか」
「そう……」
 ぼくは項垂うなだれた。あれだけの深手を負ったのだ。すでに死んでいてもおかしくはなかった。
「あー、くそ。あのバカ店員、箸を入れ忘れやがったな」
 鈴子が江口先生の机の上にゴトー・ココノカドーで買ってきたらしい弁当を勝手に広げて、ぼやいていた。
「あ、私もですね」響ちゃんの分も忘れられていたらしい。
「なんか代用できそうなもんねーかな」
 鈴子が辺りを物色しはじめた。
「おいおい、勝手にあさるなよ」
 ぼくが制止すると、鈴子は「別に物盗りじゃねーよ。ちょっと使えそうなもん借りるだけだ」と、不服そうに言った。この手くせの悪さはスリ師の父親ゆずりだな、と、ぼくは思った。
「お?」
 江口先生の机の引き出しの中を物色したところで、鈴子が声をあげた。何か箸の代わりに代用できそうなものでも見つけたのかと思ったが、彼女が取り出したのはまったく別のものだった。
江口えぐっちゃん、こんなごついの持ってんのか」
 鈴子が引き出しの中から取り出したのは、女性用というよりは男性用の、護身用にしてはちょっと大きすぎる自動拳銃だった。
「学園内で反乱でも起こす気かね」
 手にとった銃を振りまわし、鈴子は冗談めかして言った。響ちゃんが「危ないですよ」と制止したが、安全装置はかかっているようだった。
 最終的に引き出しから出てきたピンセットを箸代わりに使い、弁当を食べることにしたようだ。響ちゃんは勝手に江口先生の道具を使用することに難色を示していたが、結局鈴子のごり押しで借りることにした。どこか申しわけなさそうな顔をしながら食べていた。ココノカドーの店員、許すまじ。
「あんたさ、実は今、スパイなんじゃないかって疑われてるよ」
 飯の最中さなかやぶから棒に鈴子がそんなことを言い出した。いきなりすぎたので、思わずぼくは「ふぁっ!?」と、頓狂とんきょうな声をあげてしまった。
『すでに証拠は捏造ねつぞうしてある』
 ぼくの脳裏に、下北沢の言葉が蘇った。
「ぼくじゃない。下北沢だ」
 当然、否定した。
「わかってる」
 鈴子はうなずいた。
「響ちゃんから話は聞いてるよ。あたしはあんたがスパイだなんて思っちゃいない。でも、学園の大部分、特に司令部はそう思っちゃいないってことだ」
 鈴子の言葉に、ぼくの口は開いたままふさがらなかった。
「私も羽柴さんに襲われたことを司令部に報告したんですけど、信じてはもらえていないみたいで……それどころか、私たちがグルになって羽柴さんと下北沢先輩に罪をなすりつけようとしてるんじゃないかって、疑ってるみたいなんです」
「ふざけてる!」
 ぼくは憤然ふんぜんと立ちあがり、叫んだ。
「もしかしたら、だけどさ」鈴子が険しい表情で言った。
「この銃も《万一》に備えて、てことで司令部から渡されたのかもしれない。江口っちゃんは味方って信じてえけどよ」
 ぼくは鈴子にうなずいて同意した。「油断は禁物ってことだな」
「そういうこった。要先輩もまだあんたを疑ってるみたいだから、気をつけな」
「まいったな」
「困りましたね」
 要玄人の脅威を身をもって体感したぼくと響ちゃんは、同時にため息をらした。先日の《拷問》が脳裏に蘇り、ぼくの全身にまた戦慄が走った。

「病室で大声はいかんぞオー。円藤くうん」

 突然、入口の方から野太い中年男性のような声がした。
 振り向くとそこにはいつの間にか、数人の生徒を引き連れた学生服に身を包んだ中年のオヤジがそびえ立っていた。
 
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