極楽戦争 - End of End 著・富士見永人

 第二章「陥穽かんせい

   10

 作戦の決行は翌日の金曜日だった。集合場所は祖母江そぼえ町の地下水路、ただし当然前回とは別のルートを使用する。隠密部隊による調査の結果、夢葉は学生寮からセキュリティの強固な捕虜の収容所へと送られたらしい。前回頓挫とんざしているとはいえ、一度ぼくたち潜入部隊が送られているので当然の処置だろう。前回のような潜入作戦では救出できないと判断したのか、今回は政府軍の戦車部隊を用いた大規模な陽動攻撃で敵を撹乱かくらんするという大博奕ばくちをしかける予定である。物量作戦での総攻撃と思いこませ、敵の注意がそちらに向いている隙に潜入班が裏から忍びこんで夢葉を奪還し、状況次第ではそのまま潰してしまおうという極めて大胆な作戦だ。失敗すれば夢葉は死ぬかもしれない。以前帝が麗那先輩に言っていた全面戦争というのはこの任務のことだったのだろうか?
 ぼくは今作戦の中でも極めてリスクと責任の大きい潜入部隊に配属されている。今朝、寮のぼくの部屋に正式に《赤紙》が届いていた。潜入班のメンバーは、ぼくと鈴子、それと鈴子の友人でありぼくのクラスメイトでもある三城美姫みきみき天曽根寿賀子あまぞねすがこ、要組ナンバー2の友納、そして……
「私が参加するからには、成功率は百パーセント。夢葉ちゃん連れ戻して、縁人くんに着せられた濡れ衣も、びりびり破り捨ててあげるよ」
 麗那先輩が同じ潜入班に参加すると聞いてぼくの心の内なる氷河期は消し飛び、春がやってきたのであった。地獄の底でお釈迦しゃか様の垂らした蜘蛛くもの糸を見たカンダタもこんな気持ちだったにちがいない、と、不謹慎にもそんなことを考えてしまっていた。いかん、浮かれている場合じゃない。今回の任務は一か八かの、夢葉の生き死にを懸けた戦いだ。失敗は許されない。司令部に捕らえられた母もどうなるかわからない。
 しかし、ぼくにはどういうわけか、この作戦が失敗するようには思えなかった。根拠はないが、麗那先輩が参加するというだけで何となくそんなふうに思えてしまうのだ。彼女の存在そのものが、ぼくの、あるいは部隊全体の士気を昂揚こうようさせる。そんな気さえする。
「というわけでよろしくね、リーダーさん。まあ、大船に乗ったつもりで気楽にいこうよ」
 麗那先輩は明朗快活に笑い、ぼくの背中をばんばん叩いた。谷垣にやられた傷が痛んだが、そこはぼくも男。想い人の前で醜態をさらすわけにはいかず、涙眼になりつつもぐっとこらえてみせた。そう、今回の潜入部隊の隊長、つまり責任者はぼくである。普通に考えたらぼくより実力も経験も勝る麗那先輩か友納が適任だけど、今朝送られてきた赤紙にははっきりと『潜入部隊隊長・円藤縁人』と書いてあった。通常この白虎学園では、部隊長というのは戦場での経験が豊富な政府軍の兵士か、学園の教官が取る。今まで積極的に生徒たちを率いてきた酉野先生が死に、学園の人手不足もいよいよ深刻になってきたらしい。まして今回のこの極めて危険かつ責任重大な作戦の要である潜入部隊の指揮など誰もやりたがらないので、ぼくに押しつけたというところか。それとも単なる谷垣の嫌がらせなのか(ちなみに戦車部隊も含めた全体の指揮は、政府軍の将官である鈴木次郎とかいう某野球選手の弟のような名前の男がとっている)。
 作戦指示書と地下通路のマップを何度も見て作戦のビジョンを固めた甲斐もあり、ぼくらの班は問題なく待機ポイントに向かって進んでいた。戦車部隊も交えた総攻撃が始まるのは夜の十時。政府軍が攻めこんでくれば、当然反乱軍は夢葉を人質として使ってくるだろう。だからぼくらには時間はあまり与えられているとは言えない。敵の注意が総攻撃にいってる隙に、一気に攻めこんで夢葉を救出しなければならない。反乱軍との交戦はたぶん避けられないだろう。麗那先輩は大喜びだろうが。
「待ちな。おたくら、反乱軍の学生だろ」
 ぼくらの前に、地下通路の住人たちとおぼしき連中が二、三十人ほど立ちふさがった。またこいつらか、と、ぼくはうんざりした。ちなみに今ぼくらは敵の眼を撹乱かくらんするために、青龍学院の学生服に身を包んでいる。ぼくや友納は学ラン、麗那先輩とその他女性陣はセーラー服姿である。麗那先輩のセーラー服姿はとても新鮮でした。
「だったら何ですかね。また通行料ですか。先を急いでるんですけど」
 前置きがめんどくさいので、ぼくは単刀直入に切り出した。あいにく今ここにお金持ちのお坊っちゃまお嬢様はいないのだが。
 住人たちの群れの中央にいた、リーダー格らしい長身不精ひげの茶髪男が言った。
「別に通行料なんてケチなこと言うつもりはねえよ。けど、俺らはおたくらの勝手な喧嘩に巻きこまれてこんなとこで生活させられてるんだ。何か恵んでくれてもいいだろ」
 結局同じことじゃないか、と、ぼくは思った。
「うぜえ」
 面倒くさそうにため息をついた友納が一歩前に出た。暴力団の組員のような強面こわもての彼が迫って睨みをきかせただけで、ホームレスたちは怯んだ。そして友納がさらに何か言おうとしたところで……
「人のせいにしないでほしいなあ。君たちがこんなドブくさい穴蔵でネズミみたいに暮らしてるのは、ぜんぶ君たちのせいだよ」
 麗那先輩が、さらに前に出てさえぎるようにアトミック・ボムを投下した。ホームレスたちの顔が明らかにこわばっていくのがわかった。まったく、この人は……
「だってそうでしょ? 政府軍にも反乱軍にもつかず、自分たちで戦いもせず、ただ逃げ続けてるだけ。平和主義と言えば聞こえはいいけどさ、世の中を変えるのは結局力なんだよ。いつの時代でも正義は強者が決める。そして権利は戦って勝ち取るもの。逃げる者に権利なんてない。ただ一方的に奪われるだけ。だから今ここで君たちがドブネズミのように生きているのも、また必然なんだよ」
 麗那先輩の顔にはあのいつもの嗜虐しぎゃく的な笑みはなく、心底興味なさそうに路傍ろぼうの石ころを見つめるような、そんな冷めた眼をしていた。それもそのはず、彼女があの笑みを浮かべるのは、狩るに値する《獲物》に出会った時なのだから。彼らは彼女にとって獲物ですらなく、どうでもいい存在なのだろう。
「だからさ。欲しいものがあるなら、力ずくで奪わなきゃ。ただ欲しい欲しいって子供みたいに駄々だだこねたところで誰も何もくれないよ。欲しいものがあるなら戦って手に入れろ、負け犬ども」
 麗那先輩の演説(否、挑発)に、ホームレス一同言葉を失っていた。戦略的に考えるなら人数は向こうの方が圧倒的に多いのだから、ここは余計なことは言わずに彼らをなだめ、道をゆずってもらった方が得策なんだろうが、麗那先輩にそんな提案をしたところで聞き入れるはずもない。ぼくが隊長面して命令したところで、ぼくに彼女を操るなんてことは到底できやしないのである。ライオンを連れて散歩に行くようなものだ。
「で、どうするの? 私たち任務があるからさ、今すぐそこ通してほしいんだけど。もし通してくれないっていうんなら、踏みつぶしていくまでだよ」
「なめんなよ。数はこっちの方が圧倒的に多いんだぜ。ど、どうせこのままじゃ食いっぱぐれて死ぬんだし、お、おまえら殺して身ぐるみはがすぐらいなんとも」
 どつ、と、地面に杭でも打ちつけたような鈍い音が聞こえた。
「宣戦布告、とみなしていいんだよね。それ」
 よく見ると、麗那先輩の右手の指がホームレスリーダーの脇腹に《挿入》されていた。彼女はそのまま、まるで米研ぎでもするかのような手つきでホームレスリーダーの肋骨をごりごりぐしゃぐしゃといじくり回す。
 ばきべきぼきばき。
 薄気味悪い不協和音を奏でて彼の肋骨が木っ端微塵となり、ミキサーにでもかけられたかのごとくひっかき回されていくのがわかった。そして麗那先輩が手を引き抜くと、彼のでこぼこになった脇腹に空いた弾痕のような丸い《穴》から、デミグラスソースを思わせるどろどろした液体がこぼれ落ち、地を赤黒く染めた。
「あ、か、か、か」
 声にならない声を上げ、あまりのショックにホームレスリーダーは失禁、そして失神して地に伏した。
「あは。ワンナーウト」
 場違いに高く軽やかな声でそうつぶやいた麗那先輩は、赤黒い肉片でべとべとになった右手をホームレス連中に威嚇いかくするかのように見せつけた。
「次に《くちゃくちゃ》されたいのは誰かなあ?」
 薄眼で連中をめまわし、悪魔のようにいびつな微笑を浮かべる麗那先輩は正直怖すぎた。彼女が味方で本当によかったと思う。ぼくがホームレスの側にいたら、いの一番に逃げ出すか、小便垂れ流して命乞いするかのどちらかである。
「ば、ばけもの」
「悪魔ァ」
 当然彼らに戦意など残っていようはずもなく、地に沈みデミグラスソースにまみれた彼を担ぎ、一目散に立ち去っていった。彼は果たして助かるのか、ぼくにはわからない。
「相変わらず人間とは思えねえ女だな。あれのどこがいいんだ?」
 ひきつった顔をした鈴子が、ぼくの耳元でささやいた。
 

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