極楽戦争 - End of End 著・富士見永人

 第二章「陥穽かんせい

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「なーんか拍子抜け。てっきり《殺し屋》とか《首刈り》に会えると思ってこっち来たのになあ」
 心底つまんなさそうに唇をとがらせて、麗那先輩はぼやいた。あれから作戦は首尾よく進み、特に反乱軍の連中に出くわすこともなく、ぼくらは青龍学院敷地内の指定ポイントに到達した。ここで以前と同じように三人三人のA班B班に別れ、ふたつのルートから奇襲をかける作戦だ(地上への出入口は狭く、出口で敵が待ちぶせしている可能性もある)。それにしても麗那先輩の言うとおり、一度めの夢葉救出作戦からもう十日あまり過ぎているとは言え、歩哨ほしょうのひとりとも出くわさないなんて防御がゆるすぎるんじゃないだろうか。内通者の下北沢や羽柴が死んだから? あっさりしすぎていてかえって警戒してしまう。
 すぐ手前に夢葉のいる収容所の裏庭へと通じる梯子はしごがあった。ぼくの率いるA班はここで待機、そして友納が率いるB班はもう少し奥の方にある、収容所の裏側に通じる出口へと向かう手筈となっていた。麗那先輩は残念ながらB班で、任務が終わるまでここでしばしのお別れとなる。これは司令部の采配で、ぼくに決定権はなかった。酉野先生のようなベテランの指揮官ならいざ知らず、ぼくみたいなド素人が偉ぶってパーティ編成の変更を申し出たところで一蹴されるのがオチだ。特に友納あたりから「何えばってんだてめえ。隊長だからって調子こいてんじゃねえぞ」とか反発されることは必至である(というか、された)。短い恋のひとときであった。麗那先輩は何とも思ってないだろうけれど。
 本来ぼくのA班のメンバーは鈴子とその友人の三城だったけれど、しかしここで予想外の申し出があった。
「ねえねえ。私、縁人くんの班がいいなあ。一緒に連れてってよ」
 何ですと?
 麗那先輩からの不意打ちに、ぼくの頭は桃色有頂天となった。
「いきなり何言ってんだ。こっちの班はどうすんだよ」
 当然B班を仕切る友納が反論する。麗那先輩がこっちに来たら、向こうは友納と天曽根だけになってしまう。友納は学園の上位に名を連ねる実力者だし、天曽根も決して弱くはないが、たったふたりで敵地に潜入するのは心許こころもとない。
「別にいいでしょ。どのみち夢葉ちゃんは連れ戻すんだから。縁人くんの班の……ええと、名前何だっけ、君たちふたりのどっちかB班にいってよ。せっかく一緒の任務に参加するんだし、縁人くんの頼もしいとこ、お姉さんに見せてほしいなあ」
 鈴子が納得いかなさそうに眉をひそめ、「はあ?」と声をらした。先ほどの《くちゃくちゃ》を見せつけられてもなお怯まず堂々と不満は不満と言ってしまうあたり学園の狂犬と呼ばれる彼女らしいけど、場の空気は凍りつき、一同に緊張が走る。
「文句あるの?」
 麗那先輩が面白そうに例の嗜虐的な笑顔で眼を細めて鈴子を見据えると、鈴子の顔がこわばった。さすがにあんな万国びっくりショーを見せられた後では無理もない。
『円藤班、どうした。状況を報告せよ』
 司令部のオペレーターから通信が入ったので、ぼくは「問題ありません。予定通りB2地点で待機します」と報告。今回の作戦は戦車部隊との連携が肝なので、全体を統制する作戦本部が置かれ、部隊長のぼくが定期的に状況を報告しなければならない。
「いいよ。あたしがそっち行くよ」
 危険を察知したのか、空気を読んだ三城が助け舟を出した。ぼくから彼女にお願いしようと思ったのだけれど、手間が省けた。クラスではあまり話したことがなかったけれど、けっこういいやつなのかもしれない。麗那先輩も自分の要求が通るならどうでもいいやという感じに、鈴子に向けた敵意を解除したようだった。こうして世界は平和になった。
「決まりだね。ねえ、いいでしょ? 友納くん」
 麗那先輩はにこりと満面の笑みを友納に向けたが、彼がもし断ればその表情は先ほどの鈴子のときのように嗜虐的なものに変わるであろうことは明々白々。友納はめんどくさそうにため息をついて、「好きにしろ」と言った。
 潜入班は二手に別れ、ぼくらA班(鈴子、麗那先輩、そしてぼく)は戦車部隊の総攻撃が開始される時間までその場で待機することとなった。
 周囲は静寂に包まれた。辺りに《住民》の気配はなく、ただ地下水の流れる音だけが、慎ましやかに聞こえてくる。
「ねえねえ、ところで君、縁人くんの何なの? 彼女とか?」
 沈黙も束の間、唐突に麗那先輩は鈴子にそう訊ねた。
 不意をつかれたのか、鈴子は「は?」と、わけわからなさそうに眼を見ひらいた。そして、首を横に振った。
「そんなんじゃねえし。つか、あんたが縁人の女じゃねえのかよ」
 麗那先輩と付きあってると思われていたのか、ぼく。
「うーん。彼女っていうより、お姉さん? 何だろう。縁人くんは恋人っていうより弟みたいな感じかなあ。よくわかんないや」
 麗那先輩は首をかしげて返答した。口の端に指を当てる仕草が何だか可愛らしかった。そう、最強無敵の実力と、時おり見せる年頃の女の子らしい可愛げのある仕草(狙ってるのか素なのかはよくわからない)とのギャップが、麗那先輩を麗那先輩たらしめている最大の魅力なのである。それにしても、ぼくが男として見られてないことはわかっていたし、彼女を満足させられる実力もない故その資格がないことも重々承知していたけれど、実際に本人にそう言われるとさすがにショックである。麗那先輩は裏表がない人だからなおのこと。ぼくに要玄人ほどの力があったら、麗那先輩はぼくを男として、恋人として受け入れてくれるのだろうか。まあ色気より食い気ならぬ殺気の麗那先輩がたとえ恋人を作ったとしても、殺伐とした毎日を送らされるであろうことは太陽を見るよりも明らか。こないだの要玄人との《死合》が延々と繰り返されるような感じなのだろう、多分。愛し合うより相死合いたい。なんちって。
「……今はまだ、って感じなのかなあ? これからもっともっと、縁人くんはおいしそうになる気がするんだよね。何でかはわからないけど、そんな気がする。女の勘ってやつ?」
 あはは、と、無邪気に朗らかな笑顔で笑う麗那先輩。ぼくの心の中を表現するならば、突然降り注いだ集中豪雨が止み、雲の切れ目から天空のカーテンのような日ざしとその下に美しい虹がかかっているという感じだろうか。よかった。ぼくのこれからの成長次第では、まだチャンスはあるということ。今は、これでいい。ぼくは自分や大切な人を守れるようになるため、そして麗那先輩を振り向かせるために強くなるのだから。
 鈴子が眉間に皺をよせて反論した。
「縁人は食い物じゃねえよ。あんまちょっかい出して困らせんなよ。こいつ、あんたに惚れてんだから」
「いいよ。わかった。じゃあこれから、縁人くんには金輪際こんりんざい近づかないことにするね」
「えっ」
 麗那先輩の予想外の回答に、ぼくは脊髄せきずい反射的に声を出した。動揺のあまり声が裏返ってしまっていた。
「あははは。縁人くんやっぱり面白いねー。冗談だよ、冗談」
 意地悪そうな笑みを浮かべる麗那先輩。果たしてぼくが《面白そうな弟分》の壁を乗りこえて麗那先輩の彼氏になれるときはくるのだろうか。それは、作者のみぞ知る。
「だから、そういうのが……」
 鈴子が口をとがらせて抗議しようとしたところで、麗那先輩は間にいるぼくを乗りこえて無言で鈴子に顔を近づけた。
「な、なんだよ」
「本当に《そんなんじゃない》のかなあ?」
「はあ?」
 今度はからかいの対象を鈴子に向けたらしく、麗那先輩はまた意地の悪い小悪魔的な微笑を浮かべて鈴子に言った。
「さっきの子もさ、君を気遣って向こうの班に行ってくれたんじゃないのかなあ」
「意味わかんねえし。縁人はただの友達、だし」
 そっけなさそうにそっぽを向く鈴子。麗那先輩はそれ以上何も言わず、ただ面白そうにニヤニヤして鈴子を眺めていた。戦い以外で他人に関心を示すことのない麗那先輩にしては珍しいことだった。鈴子はてっきり寿のことが好きなのだとばかり思っていたのだけれど、違うのだろうか。

 そんな非日常の中での日常のやりとりも束の間、外では戦車部隊の砲撃とおぼしき爆発音が聞こえ、衝撃がこちらの地下水路まで伝わってきた。
「さて、ゲーム開始の時間だね。縁人くんのかっこいいとこ、お姉さんに見せてね」
 そう言って麗那先輩は二メートルを超える大薙刀を携え、また朗らかな笑みを浮かべるのであった。
 

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