極楽戦争 - End of End

著・富士見永人
第二章「陥穽かんせい


12
 夢葉が反乱軍側に捕らえられている以上、こちらが変に攻撃を加えれば連中は夢葉を人質として使い、兵を退くよう求めてくるだろう。そうなる前に、大兵力の戦車部隊で一気に収容所の付近まで攻め入る。力ずくのごり押しで一か八かの夢葉救出……と見せかけておいて、ぼくら潜入班が電光石火のごとく攻め入り、夢葉を救出して脱出、あわよくばそのまま総攻撃をかけてつぶしてしまおうというのが今回の作戦だ。戦車部隊には帝重工が開発した長距離砲搭載の新型戦車を投入し、兵力も反乱軍の想定兵力の三倍以上を動員している。前回とは打って変わって、今回の任務はどうやら司令部も本気で夢葉を奪還するつもりのようだ。
 戦車部隊が収容所に攻撃をしかけた際に想定される反乱軍側のアクションは主にふたつ。ひとつめは、切り札である夢葉を安全な場所に避難させ、施設を放棄すること。ぼくらのような潜入部隊の襲撃に備えるという意味もある。戦車部隊が収容所を襲撃すれば、連中が夢葉の居所がこちらに知れ渡っていると判断してもおかしくない。もうひとつは収容所のガードを固めて籠城し、援軍が到着するまで粘ること。その場合はぼくら潜入班に作戦の成否が委ねられる。もしぼくらが失敗すれば、一か八かのごり押しとなるか、夢葉を人質にとられて撤退するかである。戦力で劣る反乱軍が切り札である夢葉をそう簡単に殺すとは思えないが、夢葉ひとりのためにこれほど大規模な作戦を展開する司令部なのだから、まともな交渉もできずに反乱軍の言いなりになるに違いない。反乱軍が施設の放棄を選択した場合、連中が夢葉を連れて逃げ出すであろうルートをいくつかにしぼって斥候班が配置されている(その中には響ちゃんも配属されている)。彼らが夢葉を連れた敵の部隊を見かけ、足止めをしつつ、戦車隊やぼくら潜入部隊に無線連絡を入れ、応援を呼ぶという作戦だ。
 戦車部隊による砲撃が始まり、ぼくらは夢葉のいる収容所付近の廃ビルの地下室から地上へと駆けあがった。途中で反乱軍の歩哨ほしょうと出くわしたものの、戦車部隊による急襲が予想以上の効果をもたらしたのか警備は手薄で、麗那先輩というジョーカー率いる我ら潜入部隊の敵ではなかった。
「さーんにーんめー」
 ずば抜けた戦闘能力を持ち齢十八にして幾多の修羅場を嬉々ききとしてくぐり抜けてきた麗那先輩にとって、彼らは敵ですらなかった。言うなれば、肉食動物に狩られる《獲物にく》。視線と銃口の角度から弾道を見抜き、体操のオリンピックメダリストも裸足で逃げ出す人類を超越した妖怪変化ようかいへんげのごとき動きで接近し、長大な薙刀を羽箒はねぼうきのように振り回す。彼女の《狩り》を見るのは初めてではないけれど、毎度人間はこんな動きができるものなのかと舌を巻いてしまう。実は麗那先輩がNASAで改造手術を受けたサイボーグだというジョークも、今なら信じられるような気がする。
「一瞬で血の海かよ。あれ、本当に人間か? 地獄からきた……あー、怪獣かなんかじゃねーの?」と、鈴子は恐れおののきながら言う。麗那先輩の戦いを初めて見た者の感想は、だいたいこんな感じである。
「めったなことを言うもんじゃないぞ、鈴子。麗那先輩は地獄耳だから、聞こえたら後で何をされるか……」
「ま、まじか」
 冗談半分で言ったつもりだったのだが、真に受けてしまったのか、鈴子は口をつぐんだ。
 こんな具合に麗那先輩が敵をほとんど狩り尽してしまったので、ぼくと鈴子は特にやることもなく、死屍累々ししるいるいとした戦場で平和な時を満喫していたのであった。正直、麗那先輩ひとりでも大丈夫だったんじゃないかと思うくらいだ。
「ほらほらー。縁人くんたちもちょっとは働いてよね。私ひとりでっちゃってるじゃない」
「お食事の邪魔をしてはいけないと思いまして」
 ぼくは軽く皮肉をこめたが、麗那先輩は冗談の通じる人だ。少なくともぼくが言う場合に限っては。
「もー。何それー。人を猛獣みたいに言わないでよねー。失礼しちゃうわ。ぷんぷん」
 麗那先輩は口をとがらせてねてみせたが、むろん本気にしちゃいない。何度でも言うが、この年齢相応の女の子らしさと超人的な戦闘能力のギャップこそが麗那先輩の魅力なのである!
「縁人くんの成長した姿を見届けに来たつもりだったんだけど、敵がいると何かこう、体が勝手に動くっていうか、スイッチが入っちゃうんだよねー」
 返り血を浴びて土留色どどめいろに染まったセーラー服姿で、平然とそんなことを言う。
「収容所の方から煙が出てるな。他の班が派手にやってんのか」
 鈴子が収容所の方を見て言った。あくまで今回の任務は潜入と救出であって、余計な戦闘は極力避けるべきなのだが、友納たちの班が敵に見つかって交戦になったのか、それとも他の部隊か、司令部から情報は何も入ってきてないので詳細はわからなかった。

 しかし、収容所に近づくにつれ、ぼくらは《異変》に気づいた。

「おいおい。ずいぶん派手にやったもんだな。東陽のお姫様は大丈夫かよ」
 鈴子が驚いた様子で言った。
 現在ぼくらは夢葉がいる(はずの)収容所の手前までやってきたが、戦車部隊の砲撃がこっちの方まで届いてきたのか、ところどころ崩落していて侵入は容易だった。帝重工が開発した長射程の新兵器が投入されるという話は事前に聞いていたけれど、夢葉のいる収容所を直接爆撃するという話は聞いてない。そんなことをしたら彼女の身が危ないのはもちろんのこと、潜入部隊であるぼくらも巻きこまれる。あるいは戦車部隊や新兵器による爆撃ではなくて、別の隊の仕業なのだろうか? 上層の連中の中には、大砲や機関銃といった重火器の扱いに特化した、《人間兵器》の異名を持つ男がいるという噂を聞いたことがある。
 壁の内側には、さらに凄惨な地獄絵図が広がっていた。
 爆撃によって完全に変わった地形。
 ほとんど全壊して瓦礫の山と化した、《元収容所》。
 そして、人間としての原型を留めていない、反乱軍の兵士たちなのか政府軍の捕虜なのかもわからない身元不明の死体の山。
「いくら何でも予想外すぎるだろ、これ。ロボコップかターミネーターでも来たのかよ」
 驚きを通りこしてほうけていた鈴子が、ついに口を開いた。続けて「どうすんだよ、縁人」と訊ねた。
「夢葉はもうここにはいないかもしれない。誰が何のつもりでここまでやったのかはわからないけど、もし彼女がこんなところにいたら……」
 話しながら最悪の結末を想像してしまい、ぼくはぎょっとして思考と会話を一時中断し、そして……
「生きてるとは思えない」
 と、やや震えた感じの声でセリフを締めくくった。
「今回の仕事は姫様の奪還だろ。姫様がくたばった可能性より、生きてる可能性の方を考えるべきだ。あたしらは」と鈴子が言った。
「そうだね。で、どうするの? 隊長の縁人くん」
 麗那先輩にそう訊ねられ、ぼくはしばらく考えこんだ。麗那先輩は戦闘能力は折紙つきだが、戦術を立案したり状況に応じて臨機応変に行動するといったものは苦手で、酉野先生のような優れた指揮官が動かしてこそ真価を発揮できる。つまり今は麗那先輩を活かすも殺すもぼく次第というわけだ。斥候班からの連絡がない以上、作戦書通りにいくならこのまま《元収容所》の中から夢葉を探すべきなのだろうが、夢葉を生きて連れ戻せる可能性は低く、建物の崩壊に巻きこまれる危険性もある。
 あの人なら……酉野先生なら、こういう時どうするだろうか?
 
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