極楽戦争 - End of End

著・富士見永人
第二章「陥穽かんせい


13
 とりあえず、と、ぼくは無線機で司令部に連絡を取った。
「こちら円藤班。司令部、いま収容所の敷地内にまで来たのですが……」
『円藤班、聞こえるか。斥候部隊A班が標的を発見、D6地点で現在交戦中だ。ただちに現場へ向かいこれを援護、東陽夢葉嬢を救出せよ』
 司令部のオペレーターは有無を言わさず、淡々と命令内容を伝えるのみだった。標的というのは夢葉および一緒にいる反乱軍の連中のことで、夢葉はとりあえずは生きていたということになる。ぼくはひとまず安堵あんどした。
『聞こえなかったのか。円藤班。D6地点へ急行せよ』
「了解」
 崩落した収容所のことを聞こうか一瞬迷ったが、ぼくは黙って命令に従うことにした。司令部がぼくのような下っ端にそんなことをわざわざ説明するとも思えないし、斥候のA班と言えば響ちゃんのいる部隊だ。彼女の安否が気になるし、夢葉を奪還するチャンスなのだからさっさと向かうべきだった。

 斥候部隊はあくまで《標的》の発見と司令部への報告、および可能な範囲での足止めが主たる任務である。ので基本、戦力的にはぼくら潜入班より劣る。響ちゃんは戦闘能力もさることながら、隠密としての能力も優秀で、麗那先輩が潜入班に参加する今回の任務では斥候に回されていた。
 ぼくらが駆けつけた時、響ちゃんは《首刈り》赤月瑠璃と《殺し屋》蒼天音のふたりを相手に戦っていた。
 周囲には《元》斥候A班の班員たちの首なし死体が転がっており、響ちゃんも血にまみれてまっ赤に染まった右腕をかばいながら戦っていた。いや、それはもう戦いと呼べるものではなく、一方的な《狩り》だった。
「先へ行って。こいつは私が片づける」
 機械のように正確で迅速な攻撃をくり返していた蒼天音が、これまた感情を伴わない機械的な声で、赤月瑠璃にそう言った。赤月瑠璃は表情を変えず、無言で人形のようにただ頷いた。
 そして、赤月瑠璃の後ろには、夢葉がいた。
「夢葉!」
 ぼくは思わず、叫んだ。
 それでようやく夢葉はぼくらの到着に気づいたようだった。
 しかし気のせいだろうか。次に夢葉が浮かべた表情は、歓喜や安堵といったようなものではなく、何やら複雑そうな……あえてはっきり言ってしまえば、困惑したような顔だった。少なくとも、ぼくにはそう見えた。
「ぼくらが来たからには、もう安心だよ」
 そう言って、ぼくは響ちゃんに柔らかく微笑みかける。かっこいい決めゼリフを言っておき、戦闘で上昇している心拍を恋と勘違いさせるいわゆる《吊り橋効果》を狙ってみた。うん、我ながら完璧な作戦である。
「ありがとうございます、先輩。助かりました」
 夢葉とは対照的に、心底安堵したような満面の笑みを、響ちゃんは浮かべた。目尻にはうっすらと涙が浮かんでいた。守りたい、この笑顔。
 よく見てみると、首なし死体の数が合わないことにぼくは気づいた。斥候班の編成は四人だったはず。しかし、首なし死体の数は五。うちふたつは首以外に裂傷はなく、ところどころひしゃげていた。響ちゃんが撲殺した反乱軍の生徒の首を《首刈り》が斬ったということなのだろうか。仲間の首まで斬ってしまうとは恐れ入る。
 響ちゃんの後方に、腹から血を流してうずくまっている女の子がいた。もしかして響ちゃん、あのふたりを相手に他の隊員を守りながら戦っていたのだろうか。
「響ちゃん、彼女を連れて本隊の方まで行けるかい」と、ぼくは言った。いくら響ちゃんが手練とはいえ、腕の裂傷は決して浅くないし、後ろの女の子も早く手当しないと危ういように見えた。
「わかりました。先輩、どうかご無事で」
 響ちゃんは一礼すると、負傷した仲間を連れてぼくらの来た道を戻っていった。
「久しぶりだな、クソガキ。あんときゃ油断したが、今度はそうはいかねえぞ。こっちには切り札もある。寿と酉野の仇だ。ずたずたのボロ雑巾みてえに引き裂いて、生まれたことたっぷり後悔させてからぶっ殺してやんよ」
 おおよそ十代女子高生のものとは思えないチンピラヤクザのようなセリフを吐き、鈴子は腰のホルスターからナイフを引き抜いた。生身の右手ではなく義手の左手で。彼女の利き腕は元々左腕だったけれど、義手で戦って果たして大丈夫なのか。相手はそこらの雑魚生徒ではなく、あの《首刈り》だ。
「どこかでお会いしましたか」
 まったく動じることなくそう返されて鈴子は不愉快そうに唇を歪めたが、学園で乱闘したときのように取り乱すことはなかった。が、威勢のいい言葉とは裏腹に、鈴子の脚はかすかに震えていた。一度腕を切断されたトラウマを完全に克服したと思いきや、恐怖を悟られないように必死で去勢を張っているのだろう。いつもはそのへんの男子より男らしくても、鈴子はまだ十代の女の子なのだ。本当は怖くて逃げ出したいのかもしれない。ぼくが彼女を支えてやらなければならない。もう眼の前で友人を殺されるのはごめんだった。《首刈り》を殺せなくてもいい。鈴子を守り、夢葉を奪還して本隊との合流地点まで行ければそれでいい。やるしかない。

「待ってください!」

 今まで沈黙を守っていた夢葉が口を開いた。場の全員の視線が夢葉に集まり、彼女は一瞬怯んだが、勇気を振りしぼったのか、やや震え気味の声で続けた。
「あの、せっかく助けにきていただいてこんなことを言うのはとても心苦しいのですが……あなたたちが戦う必要はありません。学園側に、私は戻るつもりはないと、そうお伝えください」
 場をしばらく静寂が支配した。まったく予想だにしていなかった夢葉のそんな言葉に、ぼくも鈴子も、麗那先輩ですら、言葉を失っていた。
「はあ?」
 最初に反応したのは、鈴子だった。まあ命がけで夢葉を救出しに来ておいてこんなことを言われては無理もない。
 もちろんぼくだって納得がいかないので、夢葉に直接訊くことにした。
「どういうことなんだ、夢葉。理由を話してくれないか? やつらに何か弱みを握られているのか? 脅されてるのか?」
 夢葉は首を横に振って言った。
「理由は……話すと長くなるので、ここでは言えません。が、この戦争を終わらせるため、とだけ申しておきます」
「ふうーん」
 麗那先輩が、夢葉を冷たい眼で見据えたまま、静かに笑う。
 まずい。この人の前で「戦争を終わらせる」は禁句だ。
「君、本気で言ってるの? じゃあ、東陽夢葉は白虎学園を裏切って反乱軍に寝返りましたってことでいいのかな」
「違います。あなた方は利用されているだけです。本来、政府軍と反乱軍が争う理由なんてないのです」
「理由? 何それ。楽しいことするのに、いちいち理由が必要なの?」
「た、楽しい……?」
 不敵に笑う麗那先輩を見て、夢葉はわけがわからずたじろいでいた。
 まずい。非常にまずい。
 いくら何でもこれは。
 まったく予想外の事態に思考が混乱している。
 このろくでもない状況を打開する斬新なアイデアを考えなければならない。彼女たちが殺しあいを始めるまでに。
「麗那先輩。待ってください。お願いします。ぼくが夢葉を」
「あんたらに戦う理由がなくても、こっちには大ありよ」
 ぼくの言葉を遮って、しばらく黙っていた《殺し屋》蒼天音がようやく口を開いた。長い前髪でよく見えなかったが、彼女の眼は、まるで親兄弟の仇でも見るかのような、そんな怨嗟えんさに満ちたものだった。
 蒼天音の、その針のように鋭利な視線の先には、いつもの嗜虐的な笑みを浮かべた麗那先輩がいた。この二人、過去に何か因縁のようなものでもあるのか。
「そうこなくっちゃ」
 麗那先輩が水を得た魚のように活き活きと、相棒である大振りの薙刀を構えて言った。彼女と同じ戦場で戦うのはこれが二度めだ(ちなみに一度めは麗那先輩と出会ったあの一年前の事件の一ヶ月後くらいに、大阪都の華園はなぞの競技場で軍学校および高等学校のラグビー全国大会決勝が開催され、日本帝国ラグビー協会会長であり日本帝国元宰相の林喜郎が出席、彼の防衛任務にぼくたちも参加した。政府軍の精鋭部隊と林元宰相の私兵たちが厳重に警備しており、ぼくらは研修のようなものだと聞かされてすっかり気が緩んでいた。そこを反乱軍の奇襲部隊に襲撃され会場は混乱、阿鼻叫喚の地獄絵図になる……と思いきや、麗那先輩がすでに超人級だったその戦闘能力をもって敵の一部隊を鎧袖一触がいしゅういっしょく、ぼくたち白虎学園防衛部隊は九死に一生を得た、ということがあった。もっとも、麗那先輩にとってはせいぜい一死に九生くらいのことだったかもしれないが)。
「紅……麗那」
 交差する視線と視線。蒼天音の見る者すべて凍りつかせる氷のような視線と、麗那先輩のすべてを焼きつくす炎のような視線。
「あら。ひさしぶりだねえ、天音ちゃん。元気してたあ?」
 鋭い視線を浴びせる蒼天音に対し、表情を一変させて飄々ひょうひょうと笑いかける麗那先輩。
「今日は運がいい。……おまえだけは、私の手で殺したかった」
 蒼天音が腰に差した刀を抜いて麗那先輩に向けると、麗那先輩は心底うれしそうに、いつもの《例の笑み》を返した。狩るに値する《獲物》を見つけたときの、おそらくは麗那先輩が人生で最も活き活きとする時間。
「あいつは私が殺す。手を出すな」
 赤月瑠璃を横眼で見やり、釘を刺すように蒼天音はそう言った。
「天音さん。我々の任務は、あくまでも東陽夢葉の防衛です」
 何だかこっちが夢葉をさらいに来た悪者のような言い回しだった。赤月瑠璃はそのまま続けた。
「しかし、今のあなたにそう言ったところで素直に従ってもらえるとは思ってません。ので、必ず勝ってください。できれば余裕を持って。形勢次第では割って入ります」
 鈴子が露骨に舌打ちし、「このチビ、あたしらのことなんて眼中にないってか」と、ぼやいた。
 蒼天音は無言でうなずくと、麗那先輩に対して構えた。
「というわけで、縁人くんたちも邪魔しないでね。邪魔したら絶交だから」
「見くびってもらっては困りますね。ぼくがそんな無粋な真似をするはずがないでしょう。ぼくらの方で《首刈り》を引きつけておきますので、安心してバトルを楽しんでください」
 もちろん、万にひとつ麗那先輩が蒼天音に追いつめられ、殺されそうになっていたら、ぼくは例え麗那先輩に嫌われようが(そして死の危険を冒そうが)、助けに入るつもりだ。
「ありがと。好きだよ、縁人くん」
 そう言って麗那先輩はぼくに軽く投げキスをした。からかわれているのだとわかっていてもどぎまぎしてしまう自分が恥ずかしい。もっと余裕のある大人の男になりたい。ぼくを男にしてください。麗那先輩。
「二人がかりなら私に勝てると?」
 赤月瑠璃は腰に差した二本の小太刀を抜き、柄尻同士を連結させて瞬時に両切刀りょうぎりとうを組みあげた。おそらく小太刀二刀ではなく、こちらの両切刀こそが彼女の本気モードだろう。そのリーチの長さ故、地下水路での飛鳥先輩との戦いでは使用を控えたようだが。
「やめてください! こんな戦いは無意味です!」
 夢葉が叫んで制止したが、ぼく以外の四人は完全にる気満々のようだった。ぼくだって、できれば夢葉を連れてさっさと帰りたい。寿や酉野先生を殺した《首刈り》は憎いけれど、彼女を殺したところでふたりが戻ってくるわけでもない。でも連中が夢葉をこっちに渡さない以上、戦わなければならない。ぼくらが《首刈り》と《殺し屋》を引きつけているうちに逃げてくれればいいんだけど、この様子だとそれは期待できないだろう。くそ、反乱軍は一体どんな手を使って夢葉を洗脳しやがったんだ!
 
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