極楽戦争 - End of End 著・富士見永人

 第二章「陥穽かんせい

   15

 串刺し。まさに串刺しだった。
 地面に咲き乱れる土留色どどめいろの花。
「ぐぶ」
 ……蒼天音の口から赤い飛沫しぶきが飛散し、麗那先輩の顔を血みどろに染めた。
 麗那先輩の大薙刀が、蒼天音の背中から生えていた。
 どんな力で刺したらそうなるのか、蒼天音の腹部にはまるで大口径のライフルで撃ちぬかれたような大穴が開いており、そこから麗那先輩の相棒の大薙刀が、切っ先からつばにいたるまで、飛びだしていた。蒼天音の赤黒い血肉で染まったそれは、深紅しんく薔薇ばらか何かのように見えなくもなかった。
 麗那先輩は胸を刀で刺されながらも、いつもの嗜虐的な笑みを浮かべ、瀕死の蒼天音をただ、見つめていた。こっちはどうやら刺さり方が浅かったらしい。
「危ないところだったよ。でも、私の勝ち」
 そう言って麗那先輩は、まるでミキサーか何かでひっかき回すかのように大薙刀をねじり回し、蒼天音の腹の中をぐちゃぐちゃにかき回した。彼女たちの足元に先ほど以上の赤い集中豪雨が降り注ぎ、瞬時に血の池を作った。蒼天音の色白の顔が、さらに青白くなっていく。ゾンビかモンスターにでも惨殺ざんさつされる出来の悪いホラー映画のヒロインを見ているようで、ぼくは少し気分が悪くなった。
「楽しい戦いだったよ。ありがとね。ばいばい」
 そう言って麗那先輩が大薙刀を《回収》すると同時に、蒼天音は地面にくずおれた。
 見る者すべてを呪い殺しそうな、世にも恐ろしい形相で、びくびくと痙攣けいれんしながら。
「介錯します」
 次の瞬間、蒼天音の頭部が、その怨嗟えんさに満ちた表情を保ったまま、まるでマネキン人形か何かのように、《外れ》た。
 ちょうどぼくらと間合をとっていた赤月瑠璃が、蒼天音のところまで読んで字のごとく飛んでいき両切刀を一閃、蒼天音の首から上を切断したのだ、と理解するのに、ぼくは数瞬を要した。
「何だ、あのガキ。仲間の首まで切り落としやがった」
 奇々怪々ききかいかいな《首刈り》の行動を見て、鈴子は明らかに引いていた。
「味方の首まで切っちゃうなんて、よほど首ちょんぱが好きなんだね、君。変態なの?」
 例の笑みを浮かべたまま、赤月瑠璃に近寄っていく麗那先輩。蒼天音に刺された胸から血が流れ出していたが、大した出血量ではなかった。せいぜい図画工作の授業で誤って彫刻刀を手に刺してしまったという程度。
 勝敗は、決した。
 いくら《首刈り》といえど、ぼくと鈴子と麗那先輩の三人を同時に相手できるはずもない。
「次は、君がお姉さんを楽しませてくれるのかなあ?」
 麗那先輩が迫り、赤月瑠璃は無表情のまま、しかし体は正直なのか、気圧けおされたように後退あとじさっていく。何だか絡繰からくり人形みたいで滑稽だった。
「や、やめてください。もういいでしょう」
 夢葉が赤月瑠璃をかばうようにして、ふたりの間に割って入った。
 麗那先輩の顔から、笑みが消えた。
「君さ。いったいどっちの味方なの」
 麗那先輩の声は低く、とても冷たい感じがした。
「わ……」麗那先輩に気圧され震えながらも、夢葉は「私が学園に帰れば、それでいいのでしょう」と、たしかにそう言った。
「あっそ」
 麗那先輩は心底つまんなさそうに、そっぽを向いた。
 しかし夢葉は一体どうしてしまったのだろう。これじゃ、本当にぼくらが夢葉をさらいに来た悪党みたいじゃないか。
「麗那先輩。ぼくらの任務は、夢葉を連れ戻すことですよ」
 ぼくですら、今の麗那先輩に物申すのは勇気の要ることだった。しかし夢葉に触発されたのか、言った。麗那先輩が蒼天音を倒したことで、ぼくらはすっかり勝った気になっていた。
 ……それが、仇となった。

「全員速やかに撤収してください。さもなければ、この場で東陽夢葉の首を落とします」

 一瞬だった。
 赤月瑠璃が夢葉を拘束し、その首に小太刀を当てていた。
 まさに電光石火の早業はやわざ、あの麗那先輩ですら止めることはできなかった……というより、止めようともしなかったように、ぼくには見えた。
 しかし、まずいことになった。収容所が爆撃(誤爆?)されたことで政府軍が夢葉を見捨てたかもしれない、と赤月瑠璃が思いこんでいるなら、反乱軍にとってもはや夢葉は用済みだ。否、そうでなくとも己の保身のために赤月瑠璃がこの場で夢葉を殺す可能性もある。
 どうする。夢葉の安全のために、ここは一旦退却し、次の機会を待つべきなのか。しかしその場合、学園で人質に取られている母はどうなる。
 一体ぼくは、どうしたらいい?
「ふーん」
 麗那先輩は心底どうでもよさそうな顔で言った。
「殺したければ殺せばいいんじゃない? 次の瞬間、さっきの娘みたいにふたりまとめて串刺しにして、おなかぐっちゃぐちゃにかき回してあげるから」
 そう言って麗那先輩は、威圧するように薙刀の先端の大きな刃を、赤月瑠璃に向けた。
「私がそんな脅迫に応じるとでも」
「思ってるよ。君、さっきからびくびく小動物みたいに怯えてるし」
 赤月瑠璃の眉根がぴくりと小さく動いたのを、ぼくは見逃さなかった。
 麗那先輩はさらに続ける。
「気が変わった。『東陽夢葉、青龍学院にてすでに死亡』ってことにしよっか。縁人くんと鈴子ちゃんさえ口をつぐんでてくれれば、証拠も証人もいない。私に人質は通用しない。自分の身ひとつ守れない人間なんて、戦場じゃ生きてる資格ないよ」
「麗那先輩」
 ぼくの呼びかけを無視し、麗那先輩は夢葉の眼をまっすぐ見据えて、言った。
「あとさ。君も一応軍人の端くれなら、『私にかまわず彼女を殺してー』とか言えないのかなあ? 自分さえ助かれば、私たち一兵卒の命はどうなってもいいと思ってるの? 正直、今の私たちにとって君は、邪魔なお荷物以外の何物でもないよ」
 麗那先輩の発言に、ぼくも夢葉も、そして赤月瑠璃さえも、言葉を失っていた。彼女は赤月瑠璃をふたたび例の笑顔で見据え、続けた。
「私に人質が通用しないってことは、わかってもらえたかな。せっかくこうして戦場で巡り会えたんだしさ。人質なんてつまらないことしてないで、ね? 一緒に楽しもう? ね? ね?」
 美味しそうな獲物ごちそうを前に興奮してよだれを垂らす猫科の猛獣。……ぼくの眼には、今の麗那先輩がそう映っていた。
「あなたは狂ってます」
 終始人形のように淡々としていた赤月瑠璃の声色が心なしか震えはじめ、怯えている様子が伝わってきた。
「そうかなあ。人類史は戦いの歴史ってくらい今まで人間たちが争い続けてきたのは、何だかんだで戦いが好きだからじゃないの? 好きでもないのに戦ってきたの、なーんで?」
 麗那先輩はかん高い声で高笑いし、赤月瑠璃はそんな麗那先輩を前に動揺を隠そうと取りつくろってはいたようだが、まれているのは明らかだった。
 まずい。このままだと夢葉が殺される。
 この場をうまく切り抜けるにはどうしたらいい?
「ま、待ってください。麗那先輩。ここは、ぼくに任せてくれませんか」
 まずは挙手。考えるのはそれから。
「へえ」
 麗那先輩は興味深そうに、ぼくに向けてまたあの《例の笑み》を浮かべた。
「どうするの? 縁人くんが彼女を助けてあげるの?」
 ぼくは数秒考え、「やってみます」と返答した。正直有効策は何もないけれど、今はやるしかなかった。
「オッケー。いいよ。三十秒だけ待ってあげる」
 せめて三分間待ってほしかった。どこかの天空城の王様よりも厳しい麗那先輩。
 時間がない。とにかく、交渉してみるしか……
 ダメ元で、ぼくは赤月瑠璃に言ってみる。
「夢葉を放してくれないか。そうしたら、おとなしく帰る。君の命も保証する。このままだと、夢葉も君も死ぬ。でも、君が協力してくれさえすれば、夢葉も君も助かる」
 我ながら交渉が下手くそだな、と思った。いくら急ごしらえとはいえ、ぼくが赤月瑠璃の立場だったらまず信じないだろう。
「それを私に信じろ、と? 敵であるあなたが」
 予想どおりの反応だった。が、これならどうか。 「この通りだ。頼む」
 低姿勢のベストオブベスト、土下座。しかし、油断したとはいえ、友人や恩師の仇に頭を下げるしかない自分が心底情けなくて、眼から涙がにじみ出てきた。
「縁人さん」
 夢葉が心底申しわけなさそうな声でぼくの名を呼んだ。
「そんなことをされても、私は……」
 赤月瑠璃はぼくの行動が予想外だったのか、戸惑っている様子だった。麗那先輩が本気で夢葉ごと自分を殺そうとしていると感じ取ったのか、ぼくの提案に乗るべきか迷っていたのかもしれない。
「ブブー。時間切れー」
 麗那先輩が大きな欠伸あくびをして言った。
「時間のムダだったね。これ以上は待てない。自分の身も守れない弱虫は、さっさと死ね」
 そう冷たく言い放ち、夢葉ようする赤月瑠璃に向かって、麗那先輩は足を踏みだした。
 麗那先輩は本当にやる気だ! 彼女を止めなくては!
「麗那先輩!」
 ぼくは考えることをやめ、ほとんど脊髄せきずい反射的に突っこんだ。
「縁人くん、邪魔」
 がつん、と、胸板にバットか何かで殴られたような衝撃を感じ、ぼくはそのまま弾き飛ばされた。ぼくに靴の裏を向けた麗那先輩が、夢葉が、赤月瑠璃が、周囲の風景ごと遠ざかっていく。
「夢……」

 そして次の瞬間ぼくが見たものは、麗那先輩によって斬られた、夢葉の姿だった。

「く。この人でなし」
 夢葉を盾にして麗那先輩から逃れた赤月瑠璃は、捨て台詞を吐いて林の中へと逃走した。
「あーあ。逃げられちゃった。縁人くんが邪魔するから」
 獲物を逃した麗那先輩は、心底不満そうだった。
「夢葉! 大丈夫か!」
 ぼくは地面に横たわる夢葉に必死で呼びかけた。
 ひどかった。
 夢葉は、右の腹部から左上腕にかけて大きく切り裂かれ、腕は完全に切断されて無造作に転がっていた。意識はまだ残っているようだったが、眼はうつろで、ホットドッグでも丸かじりしたように赤く染まった口をぱくぱく動かし、何かしゃべろうとしていた。
「だめだ、しゃべるな! いま助けてやるから!」
 とりあえず制服を脱いで夢葉の傷口に直接押しあて、血が流れ出るのを阻止しようとしたが、傷口が大きすぎるのか、血の水たまりが夢葉の周囲にじわじわと広がってきた。
 畜生、このままじゃ、夢葉が死んでしまう!
「縁人くん、帰ろ。鈴子ちゃんも。その娘もう助からないよ。もたもたしてると囲まれるよ」
 麗那先輩は、淡々と言い放った。
「ほら、いくよ」
 付きあってられない、と言わんばかりに、麗那先輩はさっさと行ってしまった。
 だが、ぼくがここを離れるわけにはいかなかった。
 離れれば、夢葉は間違いなく死ぬ。
 ぼくが圧迫止血をやめれば、今すぐにでも夢葉の体中の血が地面を赤く染めあげ、彼女は失血死するだろう。そもそも外傷性ショックで死んでないのがおかしいくらいだ。
 もう眼の前で友人が死ぬのを見るのはごめんだった。ましてや、自分ができることをやらずに見殺しにするのは、もっと嫌だった。
 いいだろう、人間はいずれ死ぬ。
 これ以上、友人を見殺しにして悔いを積み重ねるくらいなら、ここで潔く散ってやるのも悪くない。
 夢葉がぼくの方を見て、青白い顔で震えながら首をかすかに横に振った。
 彼女の眼尻から涙がこぼれ落ちた。
 助けを求めているのか、逃げろと言っているのか、それはわからない。
 来た道の反対側、つまり青龍学院の方角から、軍用車の音が聞こえてきた。それも複数。おそらく反乱軍側の増援だろう。逃げた赤月瑠璃が呼んだのかもしれない。
「何やってんだよ、縁人! 敵が来るぞ! もうあきらめろ!」
 鈴子が血相変えて叫び、ぼくの腕をつかんで強引に引っぱろうとした。
 けれど、ぼくはそんな鈴子の手を、振りはらった。
「鈴子は帰れ」
「何言って……」
 そう言いかけたところで敵の軍用車が見えたのか、鈴子は「くそ!」と叫び、来た道に向って逃走した。
 そうだ。それでいい。
 鈴子にとって、夢葉は友達でも何でもない。
 ぼくのつまらない自己満足のために、一緒に死ぬことはない。
 ぼくが死ねば、学園は用済みになった母を解放するだろう。
 反乱軍のものと思われるごつい軍用車三台が到着し、中から銃で武装した学生たち十数人が、ぼくと夢葉を取り囲むようにして立ちふさがった。
 彼らは総出でぼくに向けて銃を構えた。
 あの銃口から吐き出される鉛弾が、ぼくを殺すのか。
 ぼくを殺す代わりに、夢葉を救ってほしいと頼んだら、彼らは聞き入れるだろうか。

「待ってください」

 聞き覚えのある、機械のように抑揚に乏しい声が聞こえてきた。
 赤月瑠璃だった。
 銃を構えた生徒たちの中から現れた彼女は、ぼくにこう告げた。
「両手を上げて、東陽夢葉をこちらへ渡してください。軍医のところまで連れていきます。助かるかどうかはわかりませんが、最善は尽くします」
 ………………
 ぼくは一瞬考えたが、おとなしく彼女の命令に従うことにした。
 このままぼくがこうしていたところで、夢葉が助からないのは明らかだった。
 予め手配していたのか、夢葉は数人の生徒たちの手で担架たんかに乗せられ、軍用車で先に運ばれていった。
 赤月瑠璃は、両手を上げてフリーズしたぼくを見据えて言った。
「あなたはどうしますか。おとなしく降伏するなら、命は保証しましょう」
 ぼくに選択の余地はなかった。
「降伏する」
 

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