極楽戦争 - End of End 著・富士見永人

 第三章「天道是非」

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 あれから、夢葉はどうなった?
 反乱軍の医療施設で手当すると赤月瑠璃は言ったが、要玄人じゃあるまいし、夢葉があの深手で生き残れる可能性は決して高くない。
 麗那先輩は、結局司令部に夢葉の訃報ふほうを伝えたのだろうか? 伝えたとして、司令部はそれを鵜呑みにしたのか? 彼らは夢葉が収容所から連れだされていたところまでは知っていた。もし夢葉が死んだと司令部が判断した場合、司令部は報復攻撃に出るのだろうか?
 今ぼくは白虎学園でどういう扱いとなっているのだろう。死んだことになっているのか、それとも行方不明という扱いなのか。あるいは捕虜として捕まったことが知られているのか。考えられる最悪の状況は、ぼくがスパイとして反乱軍側に寝返ったんじゃないかと考えられていること。その場合、母の身が気がかりだ。こんなところでのんびりしている場合じゃない。何とか脱走する方法を考えなければならない。
「おら、新入り! ぼさっとすんな、きびきび動け!」
 現場監督の怒声がぼくの思考に割りこみ、ぼくの意識は作業に戻った。
 反乱軍管轄の軍学校である青龍学院では学舎の老朽化が進んでて、今の学舎を放棄して現在建設中の新校舎に移るらしい。話によると鉄筋コンクリート製の耐震、耐火、耐衝撃、断熱、高気密、メンテナンスフリーという帝ビルにもひけをとらぬ豪華最新建築なのだとか(ただし伝統ある瓦屋根の、江戸時代の城のような外観らしい)。
 今、ぼくは反乱軍の捕虜として、その新校舎の建設現場で一日十二時間以上馬車馬のごとくこき使われていた。周囲には銃や剣で武装した警備兵が点在しており、ぼくらの反逆や逃亡を阻んでいる。そしてぼくら捕虜は、五人で一組の班を組まされていた。これは班のひとりが逃亡したり反逆しようものなら、連帯責任で残りの四人も処罰されるという江戸時代の《五人組》制をそのまま真似たような大変ろくでもない制度であり、捕虜間でも互いを監視しあっていた。
 内戦が泥沼化した現在の日本帝国では、少年徴兵制の導入により軍に人材を奪われ、社会全般の労働力、特にインフラ整備全般における若手人材の不足が深刻化しており、軍の落ちこぼれや軍規に背いた者、あるいはぼくらのような捕虜を使ってそれを何とか補っているという有様だった。その労働環境は言うまでもなく劣悪そのもので、休息も食事も満足に与えられず、過労と栄養失調で命を落とす者も少なからずいる。ぼくはまだ始めて数日程度だったにもかかわらず、日に日に体が重くなり、いたんでいくのがわかった。懸命に働き、あるいは看守にびて気に入られた者は、軍施設の洗濯や掃除といった比較的肉体の負担が軽い部署に回されることもあり、必死でおべっかを言ったり、看守に代わって反抗的な捕虜をしつけたり、中には犬や豚の物まねまでしているのもいた。いくら楽になりたくても、そんな真似をするのはぼくには耐えられそうになかった。
 がらがらがっしゃん、と、建築用の鋼材を落とす音が響きわたり、音のした方角を見てみると、ぼくの所属する三班の紅一点である月野が地に伏していた。捕虜であっても通常は建設現場に女性が派遣されることはないのだが、炊事や清掃といった女性の仕事は競争率が激しくすでに飽和状態であり、そしてこちらの建設現場の人手不足が深刻なせいもあるためか、身長百七十五センチと女性の中ではかなり大柄(ぼくよりも大きい)な彼女にお鉢が回ってきたというわけだ。
 しかし、いくら体が大きくても所詮は女の細腕。ゆうに五十キロを超す鋼材の束をひとりで抱えて持っていくなど無理がある。月野は痛そうに肩を押さえつつ、半べそかきながらばらまいた資材をまとめはじめた。先ほどまで彼女の長い黒髪を束ねていたボロボロのゴムバンドが転倒のショックで切れたのか、乱れ髪が顔にかかってまるでホラー映画に出てくるサダなんとかさんを想起させ、何ともいえない不気味さをかもしだしている。が、そんなことはどうでもいい。さっさと資材をまとめて持っていかないと、看守にどやされるどころか、最悪ぼくら三班全員むち打ち刑となる。
「大丈夫?」
 ぼくは心配になって彼女のもとへ駆けつけようとしたが、その前に、どす、という鈍い音を立てて月野の腹に黒い安全靴がめりこんだ。
「てめえ、たらたら動いてんじゃねえよ! おれら全員しばかれんだろうが」
 月野を蹴り飛ばしたのは、同じ三班のかしわという男だった。彼は脱色しすぎてパサパサになった銀髪を全方位に逆立たせ、マントヒヒのごとくえた。腹を蹴られた月野は苦しそうに腹を押さえて悶絶もんぜつしていた。
「いいからさっさと立てよ! 立って作業しろってんだよ!」
 そのまま暴行を加えかねなかったので、ぼくは作業を中断して割って入った。
「今は仲間内でもめてる場合じゃないだろう。協力して早く作業を……」
 ぼくがなだめにかかると、柏は全方位に逆立ったパンキッシュな髪をさらに逆立たせ(まさに怒髪天を突く)、反論した。
「新入りのくせに生意気だぞ、おまえ。こいつはいつもこうやって途中でずる休みしておれたちに仕事を押しつけやがるんだ。女だから少しくらい手を抜いても許されるとか思ったら大間違いだぜ。今は男女平等の世の中なんだからな。そろそろお仕置きが必要だと思ってた。てめーはさっさと自分の作業に戻れよ」
「戻れよ」と、柏の背後からウェーブのかかったヤキソバのような茶髪を左右にセンター分けした中背の男が復唱した。この男も同じ三班。名前は世田せた。薬でもやっているのか、常に眼が虚ろでよくぶつぶつと何かつぶやいている。三班の中で一番強そうな柏に付き従うコバンザメのような小物で、正直相手にする必要はない。
 その世田のさらに後方に眼をやると、同じく三班の野村という二メートル近くある大柄な坊ちゃん刈りの男が、ひとり黙々と砂袋を運んでいた。一見寡黙で強そうだが、ガタイに反して気は小さく、柏が髪を全方位に逆立たせて怒鳴るとすぐにべそをかいて謝る。
「ぼくが彼女を手伝う。自分の仕事もきっちりこなす。それで文句はないだろう」
 らちがあかなかったので、ここは男らしく彼女の分までがんばることにした。惜しむらくはここに麗那先輩や響ちゃんがいないことである。彼女らにぼくの男らしさを見せたかった。もし無事に脱走できたら、せめてもの恩返しとして月野にぼくの武勇伝を語ってもらおう。
「け。かっこつけやがって」
 ぺ、と地面につばを吐きすて、柏は自分の作業に戻った。
「ありがとう、円藤くん。ごめんね」
 土まみれになった泣き顔で月野はゆっくり立ちあがり、ぼくに言った。
「気にしないで。それより、女の子は笑顔が一番だよ。辛いときこそ笑うんだ」
 そう言いつつ、ぼくはそっと彼女の涙を手で拭う。すると月野は心なしか、軽く微笑んだように見えた。いつも泣いてばかりいる彼女だが、笑うととても可愛らしい。背はぼくより高いけれど、年齢(ぼくと同じ十七歳)の割に幼く見える童顔と印象的な垂れ眼が、麗那先輩や響ちゃんとはまた違う、一種の癒し系とも言える魅力をかもしていた。それにしても、本当にいつからぼくはこんな気障きざなキャラになったんだろう。柏あたりが心底鬱陶うっとうしそうにまた唾を吐いたが、あいにく彼にどう思われようが知ったこっちゃない。
 

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