極楽戦争 - End of End 著・富士見永人

 第三章「天道是非」

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 息のつまる収容所を抜け、赤月瑠璃とゆかいな仲間たち数人に囲まれて、ぼくは青龍学院のすぐ近くにある黒川病院(事実上反乱軍の軍病院)へと護送された。
 古い鉄筋コンクリート製ながら設備は最新、そして院長である黒川雀一郎くろかわじゃんいちろうが全国的にも優れた名医であり、戦力で劣る青龍学院がつぶされずに白虎学園と戦えているのは彼の功績にるところが大きいのではないか、という噂もある。
 ぼくと夢葉は、最上階である七階の病室にて再会した。夢葉は敵軍の人間であるにも関わらず、最上階の個室というかなり手厚い待遇を受けていた。東陽家の威光は政府軍反乱軍問わず有効なのだろうか。
「縁人さん」
 麗那先輩によってばっさり斬られた腹部には、極太の包帯が着物の帯のように幾重いくえにも巻かれており、左腕にはこれまた極太のギプスのようなものが巻かれていた。
 夢葉はぼくの顔にできたあざに眼をやり、心底申しわけなさそうにうつむきがちに顔をそらした。あわせる顔がない。そんな感じ。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい。私が足手まといになったばかりに、こんな」
 感極まったのか、夢葉の眼から涙がぼろぼろとこぼれおちた。
「顔を上げてくれ、夢葉。ぼくはあの場に残ったことは後悔してないし、謝られるようなことをされた憶えもない。もうこれ以上、友人を見殺しにするのは嫌だった。それよりも、無事に生きててくれて、うれしいよ」
「このご恩は一生忘れません」
 涙声でそう言うと、夢葉は無事だった右腕で眼を覆い、嗚咽おえつまじりに号泣しだした。
「それより夢葉。可能なら教えてくれないか。白虎学園に戻れない理由わけを」
 そう、もし夢葉との再会が叶ったら、こればかりは確認しておきたかった。しかしここは敵地のどまん中で、ぼくは捕虜。夢葉が真実を話せる状況でないことはわかっている。あまり期待はできないが。
「そのことに関しては、私から話そう」
 ふいに入り口の方から若い男性の声が聞こえ、振り向くとそこには二メートル近い長身、七三分けに四角い黒縁眼鏡、学生というより大手企業のエリートサラリーマンのような外見をした大男が、学ラン姿でぼくの眼の前に現れた。腰には立派な装飾が施された高価たかそうな刀。
「なんですか。あなたは」
 感動の再会シーンに無粋な横槍を入れた男に対し、ぼくは不快感むき出しの顔で訊ねた。
「私の名は大和十三やまとじゅうぞう。青龍学院で生徒会長を務めている者だ。円藤縁人くん。君の話は夢葉くんと瑠璃くんから聞いている。敵ながら天晴あっぱれ。我が身をかえりみず夢葉くんの命を救うため、たったひとり敵地に残った君の勇気に青龍学院生徒会一同、心から敬意を表する」
 そう言って、大和十三と名乗った男は、ぼくに手をさしのべた。握手を求めている。拒否しても特にメリットはなく、また握手というのはある程度相手の力量がわかるともいうので、ぼくは素直に応じることにした。彼の手はとても大きくて分厚く、ただ者じゃない感じが伝わってきた。
「そりゃどうも。で、どんな口説き文句で夢葉を洗脳したんです」
 敵に囲まれている状況だというのに空気を読まずにとげとげしい発言をするあたり、またぼくの悪い癖発動。しかしこればかりは性分なのでどうしようもない。大和十三は豪快にうわっはっはと笑い、続けて言った。
「君は本当におもしろい男だね。敵軍でなければ今すぐにでも友達になりたいくらいだ」
「質問の答えになってないですね」
 ぼくが傲岸不遜ごうがんふそんな態度をとり続けていると、大和十三の隣にいる赤月瑠璃の眉がぴくりと動いた。ような気がした。
 少し間を置いてから、大和十三はその重厚そうな黒縁の眼鏡を、人差し指でくいっと持ちあげて位置を正し、そして言った。
「誰しも、心の底ではこの不毛で悲惨な戦を終わらせたいと願っている。私も、瑠璃くんも、そこにいる東陽夢葉嬢も。そして、君も。そうだろう?」
「まあ、そうですね」
 しかし誰しも、というのは語弊ごへいがある。少なくとも麗那先輩はこの戦を楽しんでいるし、永遠にこの戦乱の世が続けばいいと思っている。もし仮にこの戦が終わったとしたら、麗那先輩はどうするのだろうか。自分で戦を起こすのか、それとも戦を求めてどこかの国に旅立つのか。その時ぼくは、彼女について行くのだろうか。
「夢葉くんはこちらへ来るべくして来た。我々革命軍の理想は、本来は現在の政権を奪い、西側諸国からの支配を脱却し、この国を真の独立へと導くこと。だが我々が不屈の精神で戦い続けた結果、内戦は長期化し、この国をむしばんでいった。町往く人々から笑顔は消え、年端も行かぬ少年少女をも戦火に巻きこんだ。そして戦況は今もなお、政府軍が優勢。我々は遅すぎたのだ。このまま戦を続けて、民をさらなる窮地に追いこむことを、我々は望まない。我々が望んでいるのは、停戦だ」
「まるでぼくらが一方的にケンカをふっかけてるような言い草ですね」
「半分はそうだな」
 大和十三の眼は、その重厚な黒縁眼鏡の奥から、しっかりとぼくの眼を見据えていた。
「我々革命軍も一枚岩ではない。我が青龍学院にも継戦を望む者たちはいる。彼らは刺し違えてでも、国民を犠牲にしてでも、この国を真の独立へと導くべきだという。日本の将来の繁栄と、志半ばで散っていった者たちの死に報いるためにも、この国に真の自由と太平を築いてやるのだ、と。そして、この学園の意思決定を行っている連中のほとんどがこういう《継戦派》だ」
「けど、何だかんだ言って結局あんたらも政府軍と戦ってますよね。志はちがってもやってることは同じだ。ぼくらにとっては、《反乱軍》に継戦派も停戦派もないですよ」
「そうだ。しかし、それは君とて同じだろう」
「そうですね」
 ぼくは淡々と返答する。
「だからこそ、我々はこの茶番に終止符を打つために、行動を起こすことにした。夢葉くんをこちらへ招いたのはその布石だ。私のプランを話したら、彼女は喜んで協力すると言ってくれた」
 ぼくは思った。夢葉は疑うことを知らないのか、と。いくら戦を止めたいとはいえ、白虎学園の特権階級である自分に敵が何か話を持ちだしてくれば、裏があると考えるのが普通だろう。
「私は帝陽輝みかどはるきの本当の狙いを知っています」
 夢葉が付け加えた。
「彼とは幼い頃から交流がありましたので。彼がどんな人間で、何を考えて行動しているのかも、だいたいわかります。いつも学園の生徒たちに向けている表の顔とはまったく別の、う」
 傷が痛んだのか、夢葉は着物の帯のようにぶ厚く巻かれた包帯の上から腹をおさえ、悶絶もんぜつしだした。
「もういい、君は休んでいたまえ。私が彼に説明する」
「ごめんなさい。少し休みます。縁人さん……お願いします。今は、彼らの話を聞いてほしい。あとで詳しく私の方からも経緯いきさつを話します」
「わかったよ。いいから、君は休んでて」
 ぼくがそう言うと、夢葉は苦しそうに頷き、ふたたび眼を閉じる。
 本当は敵の大将の言動など信じる気は微塵みじんもない。だが、それは白虎学園の支配者である帝陽輝も同じこと。ぼくが心の底から信頼している人間は、母とごく少数の友人たちのみ。信じるというのは逆に言えば、考えることを放棄するということだ。夢葉には申しわけないが、たとえ同じ志を持っていたとしても、出会って間もない、しかも敵サイドの人間をいきなり信用するのは、やはり浅慮せんりょとしか言いようがない。やはり彼女は戦を知らないお嬢さまだ。
「円藤くん。君は、何のために戦う?」
 大和十三は、ぼくに問う。
 

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