極楽戦争 - End of End

著・富士見永人
第三章「天道是非」


 何のために戦う、か。
 正直ぼくは、この問いに対する明確な回答を持っていない。ぼくは麗那先輩のように戦いを求める人間ではないし、帝のようにおそらくは戦争で儲けようと考えているわけでもない。けんさんのように戦を終わらせたいという想いはあれど、結局は強者である政府軍に加担して戦っている時点で矛盾している。
「この戦を終わらせたいとは、思わないか?」
 ぼくが口をつぐんでいると、大和十三が先手を打った。
「まあ、そうですね」ぼくは否定しなかった。
「私も同じ考えだ」大和十三は同意した。
「でも、白虎の連中の間でも厭戦えんせんムードはありますよ。それでも、大きな流れには逆らえない。それは自分の生活の破壊、ひいては死を招く自殺行為だから」
「君は自分の生活のために戦っているのかね」
 やや非難するような口調で、大和十三は問いただしてきたので、ぼくは「悪いですか?」と返答する。特に悪びれる様子もなく、飄々ひょうひょうと、それが当然であると言わんばかりに。
「この何でもありの地獄で、軍の要職以外にまともな仕事があれば教えてほしいですね。それとも、あの地下道にいるホームレスのように、汚いボロ布をまとって物乞いでもしろってんですか。ぼくはごめんですね」
 辺りを数瞬、沈黙が支配した。
 夢葉は聞いているかな。ぼくの本音を聞いたとして彼女がどう思うのか。少し興味がある。
 大和十三は真剣な表情で言った。「なら、世の中を変えてしまえばいい」
「そのためにあんたらは戦っていて、このクソみたいな現状があるんでしょうよ」
 こいつも政府軍や反乱軍の《お上》、あの机上の理想論ばかりほざいてる脳みそお花畑のチンパンジー連中と同じか。そう思ってぼくは心底彼を嫌悪し、苛立いらだちを隠さずに言った。状況と立場もわきまえず、つい感情が先走って本音が口をついて出たという感じだ。
「あなた、自分の立場が」
 赤月瑠璃が珍しく不快感をあらわにしてぼくに詰め寄ろうとしたところを、大和十三が手で制止した。いつも人形みたいな彼女でもこんな顔をするんだな。あこがれの生徒会長さまの理想を踏みにじられて悔しいのかい。
「私もな、実を言うと軍を辞めて天文学者になりたい」
 唐突に、大和十三は破顔はがんし、そう言った。
 彼の屈託のない爽やかすぎるスマイルと予想外の一言に、ぼくはどう返したらいいかわからなかった。
「しかしもちろん、君が先刻言ったとおり、今の日本帝国の惨状で《本物》の学者になるのは不可能だろう。政府の間抜けどもの御用聞き学者の椅子ならないこともないが、私がやりたいのはそんなつまらないことではない。アメリカや西側諸国に渡ることも考えた。しかし、家族や友人たちのいるこの母国を捨てて逃げることは私にはできなかった」
 大和十三は、赤月瑠璃の肩をぽんとたたいた。
「瑠璃くん。君の夢は、たしか小説家になることだったな」
「なぜここでそれを言うのです」
 赤月瑠璃は心なしか、少し恥ずかしそうに眼を窓の方に向けた。
「何を恥じることがあるんだ。立派な夢じゃないか。芥川や太宰を超える文豪になるんだろう。志の高い部下を持って私も鼻が高いよ」
「話をらさないでくれませんか」
 せっかく談笑しているところにぼくが水を差すと、大和十三はふたたび真顔に戻り、重厚な黒縁眼鏡のずれをふたたび指でくいと整える。
「逸らしてなどいない。君に、我々も普通の人々と同じように夢を持ち、血の通っている人間だということを認識してほしいのだ。君にもやりたいことのひとつやふたつ、あるだろう。そのためにこの戦を終わらせたい。そうじゃないのか? 我々は、本当は同じ志を持った同志なのではないかね。なぜ我々が殺しあわなくてはならない? 答えは簡単だ。殺しあわざるを得ない状況に、追いやられているからだよ」
「帝一族の陰謀だとでも言いたいんですか」
「よくわかってるじゃないか。さすが私の見こんだ男だ」
 大和十三は、ぼくの背中を豪快にばんばんとたたいた。そして「正確には、帝一族とゆかいな仲間たち、かな」と、付け加えた。
 陰謀論、か。
 この手の話は白虎学園でもときどき聞いていたし、けんさんも江口先生も同じようなことを言っていた。たしかに戦争が長引くことで兵器産業や医療関係、インフラ整備などの戦争特需は生まれ、グループ傘下にそれらの企業を持つ彼ら財閥は潤うだろう。しかし、根拠は何もない。戦乱の世ではこの手の憶測はよく流れるが、証拠がなければ彼らを糾弾することはできないし、仮にあったとして、何がどうなるというのだろう。帝グループはこの国の中枢を牛耳っていて、彼らに反乱軍が挑んだ結果、今の地獄があるんじゃないのか。
 この地獄から逃れる唯一の方法は、こんな国はさっさと捨ててどこかの国に逃げることだ。密航の手段はないこともないし、現にそれで日本を捨てて外国へ移住する《脱日者》と呼ばれる人々もいる。当然ながら不法出国で、彼らは国を捨てた《非国民》と罵られ、見つかり次第強制送還、国家反逆罪でよくて終身刑、悪くなくても死刑となる。実にハイリスクなギャンブルだが、この国に留まっていたって戦で命を落とすかもしれないし、結局は同じことだ。
 出口の見えない話にぼくはうんざりしつつあったが、大和十三はかまわず続けた。
「私はこの戦を止めるために、これからこの青龍学院でクーデターを起こすつもりだ。この戦争を推進する連中を一掃し、白虎学園に対して停戦交渉を持ちかける。それでこの国の戦争が終わるわけではないが、この極楽市に束の間の平和は訪れよう。あまり知られていないが、地域規模で秘密裏に停戦協定を結んでいる学校や自治体は存在する。この限定的な停戦が全国に波及すれば、この国をむしばむ内戦にも終止符を打てるだろう。問題は青龍学院において我々のような《停戦派》はごく少数派であるということだ。特に校長や教師連中の大部分はいわゆる《継戦派》で、彼らが《降伏禁止令》などといった非人道的な校則を生徒に押しつけている。彼らはただ黙って従えと言うばかりで、話しあいの通用する相手ではない。戦いは避けられないだろう。人手はいくらあっても足りないくらいだ。もし、君に戦を止めたいという気持ちがあるならば」
「……何の真似ですか」
 大和十三は、捕虜であるぼくに向けて頭を下げていた。
「君に、我々に協力してほしい。革命軍に寝返れ、とまでは言わない。もちろんそうしたいなら歓迎するがね。瑠璃くんから聞いたのだが、腕の方もなかなか立つそうじゃないか。ぜひとも今回の作戦に、君の力を貸してほしい。人手が必要なのだ。我々の手で、まずはこの町に平和を築きあげてみないか?」
 ぼくは、思った。なるほど、夢葉もこんな感じで口説いたんだな。終わりの見えない地獄が続いてほとんどのやつが戦にうんざりしている中、「戦を終わらせる」というのは、敵を自軍に引きこみ利用するには最も適した口説き文句だ。万能と言ってもいい。麗那先輩のような一部の例外はともかく。
 ここでぼくには、「NO」という選択肢は用意されていないと考えていいだろう。今ぼくは反乱軍の捕虜で、唯一のパイプ役とも言える夢葉は彼らにべったり。断ればぼくは、彼らの目論見もくろみを知った以上、難癖つけられて殺されるかもしれない。そうでなくとも、一生あのゴミ溜めで奴隷のように生きることを強いられるだろう。
「わかりましたよ。どのみちぼくに選択権はないんでしょう」
 ぼくは投げやり気味に言った。
 だが、これに対する大和の回答は、ぼくの予想とは異なっていた。
「そんなことはない。断っても何も懲罰はないし、口封じに君を殺すこともない。そんなことをすれば、また夢葉くんのご機嫌を損ねてしまうからね。もっとも、参加するならば強制労働は私の権限で免除……までは難しいが、楽な部署へと転属させてあげよう。無駄に体力をすり減らされては困るからね。それに、やる気のない者について来られても迷惑だ。もし君が中途半端な気持ちなら、はっきりここで断ってくれ」
「なるほど。よくわかりました。その話に乗りましょう。その代わりに条件というか、ひとつ頼んでもいいですかね」
 相変わらずのぼくの態度に赤月瑠璃がまた顔をしかめたが、大和十三はかまわず「言ってみたまえ」と返した。
「ぼくの代わりに、友人ひとりの肉体労働を免除してやってくれませんかね。ぼくが今あそこからいなくなると、彼女が大変なことになるので」
 それを聞くやいなや、大和十三はまたうわっはっはと豪快に笑い、そしてぼくの背中をばんばんたたいて言った。
「いいだろう。その望み、叶えてやる」
 
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