極楽戦争 - End of End 著・富士見永人

 第三章「天道是非」

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 結論から言えば、ぼくと月野のふたりともあの地獄の肉体労働から解放された。ぼくの代わりに月野を解放するという話だったが、そこは青龍学院生徒会長であらせられる大和十三様の恩寵おんちょうによってめでたくダブル解放となる。なかなか太っ腹な対応だ。彼の言葉を借りるなら、敵ながら天晴あっぱれ。少なくとも、あの胡散臭うさんくさい帝のお坊ちゃんよりはマシ(……と、つい考えてしまうあたり、ぼくも現金な男だと思う)。
 ぼくと月野は今まで過ごした収容所をおさらばし、停戦派によるクーデターの決行まで青龍学院旧校舎の独房に収容されることとなった。さすがに捕虜という立場上いきなり解放とまではいかないし、校内の清掃や調理補助などといった雑用程度はやらされるが、あの新校舎建設現場の地獄の肉体労働に比べたら月とスッポン、天国と地獄であった。そして彼らのクーデターさえ成功すれば、ぼくらは晴れて自由の身。
 ……なんていう戯言ざれごとを真に受けるほど、ぼくは純真じゃない。
 数日前まで殺しあいをやっていた敵の言うことを、いきなり全面的に信用するなんてどうかしている。まずは建前上、クーデター参加の意志を表明しておき、あの地獄の肉体労働から解放されなければならなかった。あそこにいる限りぼくはいつ過労で死んでもおかしくないし、それは月野も同じこと。まずは体力を回復させ、来たる脱走の日(クーデターの日)に備える。校内で反乱が起これば、ほっといても捕虜の監視はおろそかになる。千載一遇のチャンス。
「以上が、作戦の概要だ。ご理解いただけたかな。わからないことがあったら、遠慮なく訊いてくれたまえ」
 選りすぐりの捕虜を集めた《懲罰室》で、青龍学院生徒会長・大和十三は、隣にいる赤月瑠璃とは対照的に明朗快活な声で、《任務》の説明にあたっていた。どうやらぼくだけではなく、月野と、その他にも何人かの捕虜を、大和十三は口説いていたらしい。その中に柏や世田がいなかったのがせめてもの救いだった。
 この《懲罰室》は、その名の通りできの悪い捕虜を調教したり、情報を引き出す拷問にかけるための部屋らしく、ぼくらのいた第二収容所の地下にある。地下だから被虐者の悲鳴が外にれにくく、それは作戦会議の声でも同じ。周囲を見渡すとのこぎりやら針の山やらペンチやら指の爪をはがすらしい器具やらが物々しく並んでおり、しかもそれらすべてに血痕が付いているという世にも恐ろしいホラー映画の一舞台のような薄気味悪い雰囲気をかもしだしていた。映画と違うのはにおいまである点で、少なくとも常人が長居できるような場所ではない(余談だが、嗅覚というのは五感の中で最も人間の精神をゆさぶる感覚らしい)。
 懲罰室の外には何人か見張りがいて、全員銃や刀で武装している。出口は狭いので、仮にこの場にいる全員で眼の前の大和十三と赤月瑠璃を殺して脱走を試みたところで失敗に終わるだろう。
 捕虜の中には大和十三に質問をする者はおらず、ただ沈黙するのみだった。作戦の最終目標は青龍学院の実権を握る校長とその側近の無力化、あるいは暗殺。彼らは筋金入りの《継戦派》で、戦場で白旗をあげた連中を何人も軍法会議にかけて殺しているらしい。ちなみに白虎学園には青龍学院の《降伏禁止令》のようなものはない。
「諸君。我々は本来、同じ国に生まれ、同じ民族の血が流れている同胞だ。戦を忌み嫌い、平和を望む同志でもある。この作戦が成功すれば、私は青龍学院を再編し、白虎学園に対して停戦を申し出るつもりだ。君たち捕虜の身柄も彼らに引き渡そう。むろん向こうに戻りたくないというなら無理強いはしない。我々青龍学院は新しい学友をいつでも歓迎するよ」
 作戦の説明が終わり、大和十三のありがたい演説を右から左へと聞き流しながら、ぼくはあるひとつの問題について思考していた。
 ここを無事に脱走できたとして、ぼくは白虎学園に戻るべきだろうか?
 学園ではぼくと夢葉が死んだ扱いになっているのか、もし生きていると考えられているとして、それは味方としてか、敵としてか。もともとぼくにはスパイ容疑がかけられていて、さらに反乱軍に投降したとなれば、よりスパイ疑惑は濃くなると考えるのが自然だ。なら、もういっそのこと学園には戻らず死んだことにしておき、けんさんと何とかしてコンタクトをとり、赤鳳隊せきほうたいに加入させてもらう方がいいのではないか。学園にとらわれた母が無事にアパートに戻ってさえいれば、ぼくが学園に残る理由はもうなくなる。ここ最近での学園生活を振り返ってみると、実にろくな思い出がない。麗那先輩に会えなくなってしまうのは残念だし、せっかく進学させてくれた母には申しわけないけれど。
 しかしそこまで考えて、ぼくはいったん思考をやめた。まず脱走に専念するべきだ。こいつらはぼくらを利用して殺すことなど何とも思ってない。何せぼくらは青龍学院の人間を何人も殺している敵だ。ぼくが大和十三なら、言葉巧みに《解放》という餌をちらつかせ、使い捨ての駒として操るだろう。根拠はないが、こういう時は常に最悪を想定して動くべきだ。
 作戦内容をまとめると、今作戦の鍵となるのはぼくら捕虜だ。今回この《作戦会議室》には、ぼくと月野を含め、十二人の捕虜が呼ばれている(ここに来てしばらくしてから、ぼくは彼らが全員異なる班の捕虜だということに気づいた)。まず《停戦派》の工作員が看守の食事に遅効性の毒を盛り、行動不能にする。そしてぼくらが他の班員全員に一斉に逃げるよう先導し、青龍学院全体の眼をひきつけるおとり役になる。班の中でひとりでも単独で逃げ出そうとする者がいれば《五人組・死の掟》により残された者たちには厳罰が待っているが、全員で逃げ出すなら文句を言うやつはいないだろう。この機会を逃せば、今後彼らが解放される可能性は低い。彼らもこんなところで奴隷として一生を終えたくはないはずだ。
 そして生徒たちがぼくら捕虜に気をとられている隙に、大和十三や赤月瑠璃の率いる《停戦派》の実行部隊が《継戦派》の虚を突いて無力化、もしくは抹殺する。集団脱走するぼくら捕虜には当然その場で殺されるリスクはあるが、もともと命がけで脱走してやろうと考えていた連中は少なくなかったし、彼らは腐っても軍学校の生徒だ。
 ぼくの任務は、月野と一緒に雑用係として働かされている女性捕虜らを先導し、集団脱走へと導くこと。建設現場の屈強な男連中に比べると少々心もとないが、そのぶん看守らの眼も甘い。
 大和十三は付け加える。
「繰り返すが、我々は君たちを信頼して、今作戦内容を明かしている。君たちの脱走成功のためにも、ここで話した内容は関係者以外には絶対に口外しないように徹底してほしい。それと自分ひとりだけが助かろう、などとは思わないことだ。どのみち明日ここは戦場になるし、我々とて裏切り者に対しては容赦できない」
 密告したら殺す。抜け駆けしたら殺す。
 ぼくの脳内でそんな副音声が再生された。さんざん取り澄ました態度をとっていても、ぼくらは捕虜で、彼らの道具でしかない。《降伏禁止令》で縛られた青龍学院の生徒以下の処遇。この場で降りると言っても、血の粛清しゅくせいが待っているだけだろう。彼らの作戦を知ってしまった以上、もう逃げることはできない。
 彼らがぼくら捕虜を囮として利用しようと考えていることは明らかだが、現時点で彼らを出し抜く有効策はなかった。誰の手も借りずに敵地のどまん中から単独で脱走することは不可能だろう。他の捕虜連中と一緒に必死こいて逃げる方がまだ可能性があるように思えた。
 残念ながら、弱い者には犠牲になってもらうしかないだろう。誰かを守りながら逃げる余裕はない。自分の身を最優先に考えなければ、脱走は失敗に終わり、語り部であるぼくは殺され、小説・極楽戦争は打切となる。
「我々はクーデターの成功、君たちは脱走。利害は一致している。共に手を取りあって戦おう。話は以上だ。それぞれの持ち場に戻りたまえ」
 ぞろぞろと他の捕虜が退室していき、教室に残った捕虜はぼくと月野のふたりだけになった。
 月野はぼくの隣の席に座っていたが、不安なのか何なのか、ぼくの手を握ってきた。彼女の手は、かすかに震えていた。
「どうした? 何か質問でもあるのかね」
 大和十三がぼくらに問う。
「あ、あの。私たち、本当に助かるんでしょうか?」
 月野の視線は大和十三のぶ厚い黒縁眼鏡、その向こう側にある彼の瞳に向けられていたが、その質問はぼくに向けられていたように思えた。眼の前にいる連中はしょせん敵で、その彼らにそんな質問をする意味がない。
 大丈夫だよ。ぼくが何とかしてみせる。
 そう月野に告げるかのように、ぼくは彼女の手を握りかえした。彼女の手の震えがこころなしか、和らいだ。ような気がした。
 数瞬置いて、大和十三は言った。「それはわからない。正直我々も今回の作戦は命がけだ。だから君たちも相応のリスクは覚悟してほしい。その上で、自分の可能性を信じて戦ってくれ。私から言えるのはそれだけだ」
「そうですか」月野は平静を装い、淡々と返事を返した。
 それを大和十三は肯定と捉えたのか、「共にがんばろう」とだけ言った。
 

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