極楽戦争 - End of End 著・富士見永人

 第三章「天道是非」

   8

 ぼくは動揺のあまり熱暴走しそうな自分の頭を必死で冷やしながら、戦況を分析する。
 敵の数は今のところ四人。
 終零路、棍棒を担いだゴリラのような大男(こいつが月野を拘束している)、槍を持った短髪の女に、刀を持った長髪の男。返り血にまみれて赤く染まった彼らの姿は、まさしく悪魔そのものだった。他の女捕虜たちはもう皆殺しにされてしまったのだろうか。
「他人のために死ねるやつって、この世に本当にいるもんなのかね」
 仲間に拘束させた月野のあごを指先で軽く持ちあげ、終零路は唐突にそんなことを言いだした。
「円藤っつったか。以前にも世話になったよな。校内で噂になってるぜ、お前。あの東陽のお嬢さまを助けるために、ひとり逃げずに戦場に残って捕まったそうじゃねーか。もし本当なら大した勇気だ。他人のために命張るなんて、小説ならともかく、リアルじゃなかなかできるもんじゃねーよ」
 半信半疑、といった感じで、終零路は意地の悪い笑みを浮かべた。
「そりゃどうも」
 ぼくは動揺を悟られないよう笑みを絶やさなかったが、内心動揺しまくっていた。
「おれは知りてえんだ。本当にそんなことをする馬鹿がこの世にいるのか。だから選ばせてやる。そのまま逃げるか、この女を助けるか。つまり、てめーがこの場でおとなしく俺たちに捕まりゃ、この女は殺されねーで済む。てめーにも危害は加えねーよ。おとなしく降伏するならな。だが、ここでてめーが逃げれば」
 そのまま平然と、終零路は続きを述べる。
「この女は俺たちに切り刻まれながらファックされてお陀仏だぶつだ。どっちがいいか、てめーに決めさせてやんぜ。さあ、早く決めな。けけけけけ」
 この男はぼくの命を助けるつもりなどないだろう。さっき平然と女たちを切り刻んだその猟奇性を眼のあたりにすれば、小学生でもわかる嘘だ(ざあんねんでした。おまえだまされたんだよブワーカ。そこでおとなしくこの女が犯し殺される様を見ながらゆっくりくたばりな。けけけけけ。……と、いう具合に、ぼくが投降したが最期、悪魔のような笑みを浮かべて、終零路は月野を殺すだろう。そして、ぼくも殺される)。
 だが、どうする? 月野を見捨てて逃げるか?
 新しくできた戦友を、見殺しにして逃げるのか?
 何とかして、彼女を救う方法は、本当にないのか?
 そうぼくが思い悩んでいると、終零路がまた悪魔のような微笑を浮かべ、月野に耳打ちした。地声がでかいせいか、こっちにまで聞こえた。
「ほら、てめーも命ごいしろよ。てめーが生きるか死ぬかは、あの野郎にかかってんだぜ」
 一般向けの漫画や小説であれば、読者はここで月野がぼくに「逃げろ」と、我が身を顧みずに言うことを期待するだろう。しかし、あいにくここは現実の戦場である。
 たとえ軍人であっても、死ぬのは怖い。
 これは生物的な本能によるものだからどうしようもない。もし死が怖くない者がいるとすれば、そいつの頭がただおかしいというだけである。
「え、縁人さん。た、助け」
 案の定、月野はただ青い顔をして、ぼくに哀願していた。
 まあ、そんなもんさ。
 誰だって、死ぬのは怖い。仕方ないことだ。うん。
 ……しかし、一拍おいてから、月野は何かを決意したように、表情を一変させた。
「逃げてください」
 彼女の声は震えていたが、たしかにはっきりと、そう言った。
「ひゅー」終零路が頓狂とんきょうな声をあげた。
「泣かせるじゃねーか。愛する男を助けるために自分が犠牲になろうってのか。映画のヒロインみてえだな。きゃわいー」
 終零路は手に持った斬馬刀の切っ先を、月野の胸元に突きつけた。
「んじゃあ、おれ様はそんな健気なヒロインをぶっ殺す悪の魔王ってところか。で、眼の前のこいつはどうなのかな。姫を助ける勇者か、それとも尻尾をまいて逃げる、ただのゴミ虫か」
 女の子を人質にとる下衆にゴミ虫よばわりされるのは何だか心外だった。
 ここでもし月野がぼくの身をかえりみずに「助けて」と哀願しようものなら、ぼくは彼女を見捨てて逃げることができたかもしれない。
 けれど彼女は、そうしなかった。
 ぼくのために死のうとしてる戦友を見殺しにして逃げるなんて真似は、できそうにない。そんなことをしたらぼくは愛と勇気の小説・極楽戦争の主人公を降板させられてしまうだろう(そして次からは麗那先輩が主人公の『極楽戦争・麗那無双編』がスタートする。とても読みたい)。
 そう、死ぬのは誰だって怖い。
 しかし人間はいずれ死ぬのだ。
 友人を見殺しにして、悔やみながら生き永らえて何になる? そうやって自分を守りながら悔いを積み重ねてさいなまれながら生き続けたところで、年老いてからベッドの上で「どうせ死ぬなら、あのとき友を守って死ねばよかった」と悔やみながら死んでいく。そんな人生にいったい何の価値があるのだろう。
 あいにく運命がどんな姑息な手段でぼくを追いつめようとも、地獄の体験の連続で悟りを開いたぼくが道を誤ることはもうないのだ。
 そうさ、いつかやってくる人生最後の日が、たまたま今日だった。それだけのこと。
 がつ、という音を立て、ぼくの右手にあった鉄の塊は、地面に臥床がしょうする。
「うぇーい」
 正直、もうどうにでもなれ状態だった。
 ぼくは意味不明のかけ声をあげ、両手をあげて終零路に向かって歩みはじめた。
「ぎゃはははは。本当に来やがったよ。噂どーりの大バカ野郎だな」
 終零路が腹をかかえて大笑いしはじめた。
「こ、来ないで。この人は、どのみち私たちを殺すつもりです。あなただけでも、逃げて」
 月野はもはやパニック状態だった。ぼくが緊張のあまり気が狂ってしまったのだと思っているのかもしれない。実際、死への恐怖で頭がおかしくなっていたかもしれない。
「やめて。お願いだから、逃げて」
「ノープロブレム。アイムベリータフ」
 目尻から涙をぼろぼろ流しながら哀願する月野に対し、ぼくは茶化すようにへたくそな英語で返事をする。
 死ぬ間際くらい笑いながら逝こうじゃないか。
 グッバイ、マイフレンド。

「ざあんねんでした。おまえだまされたんだよブワーカ。そこでおとなしくこの女が犯し殺される様を見ながらゆっくりくたばりな。けけけけけ」

 何だか既視感のあるセリフを吐いて、終零路が月野に大して斬馬刀を構えた。
 

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