極楽戦争 - End of End

著・富士見永人
第三章「天道是非」


12
 あの《悪魔》が月野を切り刻む地獄の光景が、いつまでもぼくの脳裏に焼きついて離れない。思い出したくもないのに、何度も勝手にあのシーンが再生されてしまう。特に最後の、あの悲痛と苦悶くもんに満ちた《顔だけ》の月野の姿が、忘れようにも忘れられなかった。人間はあまりに辛い体験をすると脳の防衛機構が働いて記憶を消すというが、あれは嘘なんじゃないかと思う。だからこんな地獄のトラウマがいつまでもエンドレスループする。
「……のだが、君はどうするかね」
 大和十三の声が聞こえると、ぼくの意識はなかば強引に現実世界に引き戻された。
「何か」
 ひとりだけ軍用トラックの荷台に乗せられたぼくは、覇気のない声で運転席の大和十三に返事をした。
「我々はとりあえず祖母江そぼえ町の知人のところまで行くが、君はどうする? と、先ほどから聞いているのだが。大丈夫かね」
 行き先……か。
 そこでぼくはようやく思考力を取り戻し、考え始める。
 白虎学園に囚われた、母さんの行方について。
 そもそもぼくは白虎学園でどういう扱いになっているのだろうか? 任務中に戦死した? 行方不明となった? それとも敵側に投降した? あるいは……
 ぼくにはもともと青龍学院のスパイ疑惑がかかっていた。そして、ぼくの裏切りを予防するために、谷垣は母さんを人質にとったと言っていた(名目上は保護、ということだったが。なんて忌々いまいましいやつ)。
 つまり、もしぼくが青龍学院に投降した、ないし敵側に寝返ったと彼らが判断していた場合、母の身に危険が及ぶ可能性があった。一刻も早く、彼女の安否を確認したい。そのためにも……
「平和町でおろしてください。町の入口まででかまいません」と、ぼくは大和十三に告げた。
「ふむ。ちょうど通り道だな。いいだろう」
 まずは、平和町にある母のアパートへ行ってみよう。そこで彼女と再会できればこのうれいも晴れるし、今後どうするべきかも見えてくる。
 もし彼女がアパートにいなかった場合は……?
 考えたくも、なかった。
 そのときのことは、そのとき考えよう。今日はいろいろありすぎて、何だか気が変になりそうだった。
 それ以降ぼくらは特に話をすることもなく、青龍学院の敷地を出、日出川ひずがわを渡った。
 空を見あげれば、今のぼくの憂鬱ゆううつな気分を代弁するかのような曇天どんてんが空を支配しており、その下には母のいる極楽市のスラム・平和町があった。
「なんだ、あれは?」
 ぼくらは町の異変に気づいた。
 今にも降りだしそうな黒ずんだ雨雲に折り重なるように、黒い煙が町から立ちこめていたのだ。
「火事、でしょうか。平和町は治安が悪いと聞いているので、放火かもしれませんね」
 赤月瑠璃がいつもの抑揚のない調子でそう言った。
 なんだろう、胸騒ぎがする。
「ふむ」
 少し間を置いてから、大和十三は提案した。
「ひとまず近くまで行って、様子を見ようか。我々もひとつ確認しておきたいことができた。一人よりは三人の方が安全だろう」
「わかりました」
 ぼくは特に拒絶はしなかった。彼らはもう反乱軍をクビになったようなものだし、何かあったときの助けになるかもしれない。

 煙の出処でどころは、母のアパートからだった。

 ぼくの悪い予感は的中してしまった。
「あ……」
 絶望の淵に立たされ、すっかりぼくは放心してしまったのか、間が抜けたように口をあんぐりと開けて、立ちすくんでいた。
「これはひどいですね」と、赤月瑠璃がいつもの調子で淡々と言った。
 爆弾でも使ったのか、アパートの中央付近、母のいる二階から三階のあたりにかけてが大きく崩落し、炎に包まれていた。
 それだけではない、その崩落部分の周辺の壁が、バルカン砲かなんかで撃たれたかのように穴だらけになっていた。
 まるで戦争だった。
「やはりそうか」
 大和十三がひとりで勝手に納得していた。わけがわからない。語り手と読者を置いてけぼりにしないでください。
 しかし、だ。
 まだ母が死んだと決まったわけじゃない。今度は白虎学園に囚えられている方に望みを託すしかない。あきらめるにはまだ早いぞ円藤縁人、と、ぼくは自分自身にそう言い聞かせ、顔を張って気合を入れなおす。
「反乱軍がこんなところに何の用だ」
 ふいにドスのきいた男の声がした。
 逆立った短めの赤毛と、暗緑色あんりょくしょくのタンクトップからのぞく筋骨隆々きんこつりゅうりゅうとした肉体、そして何より印象的だったのは、大の大人が両手でやっと使いこなすような、象でも撃つのかと思わせるほど大ぶりの機関銃を、左右の腕にひとつずつ携えていたことだった。足元には、これまた人間ひとりまるまると入ってしまいそうな特大サイズのかばん。学生服こそ着ていなかったものの、胸には白虎学園の生徒であること示す虎のエンブレム。
 白虎学園の《人間兵器》と呼ばれる男、火馬力也ひばりきや
 ぼくはまだ直接会ったことはなかったが、噂程度には聞いていた。校内でも指折りの実力を誇る猛者もさぞろいの《帝一派》の中でも、頭抜けた破壊力を持つ戦の要。帝一派の連中は普段あまり前線には出てこないので(白虎学園が優勢の現状でみすみす自分の私兵を戦で失うような真似を、あの帝陽輝がするわけがない)、麗那先輩や要玄人、飛鳥先輩などのように戦で多くの武勲ぶくんをあげているわけではない。が、ひとたび戦場へ出ればその戦力は《一騎当千》の面々にもひけを取らないだろう。いや、一個小隊にも匹敵するというその圧倒的な火力は、ある面では《一騎当千》すら凌駕りょうがしているかもしれない。こんなときに、よりにもよって厄介なやつに遭遇してしまった。
 アパートを襲撃したのは間違いなくこいつだろう。
 母がまだ死んだと決まったわけではないが、ぼくは早くも彼に対する怒りで我を忘れそうになった。
「大和十三……それと、赤月瑠璃か。左の貴様は……知らんな。ただの雑魚か」
 火馬力也はぼくら三人を指さしてそう言った。よほど腕に自信があるのか、青龍学院のナンバー1と2を眼の前にしても、尊大とも言うべき態度で構えていた。現にあんな超火力の兵器を持っているのだから、真っ向からぶつかっても勝ち目は薄いだろう。
 問題なのは、白虎学園、それも帝一派の人間である《人間兵器》火馬力也に、大和十三や赤月瑠璃と行動を共にしているところを見られてしまった、ということだ。白虎学園に何ごともなかったかのように帰還して母の安否を確認するという、ぼくの今しがた思いついた計画が台なしである。幸いぼくが白虎学園でスパイ疑惑をかけられている円藤縁人容疑者(17)であることにはまだ気づいてないようだが……
 できることなら、彼にはここで消えていただきたい。母のアパートを破壊された復讐も兼ねて。
「ところがどっこい」
 大和十三がいきなり肩をすくめ、右半分が合衆国旗のように赤い縞模様になった顔で、しかしとても爽やかな笑顔で、おどけるように言った。続けた。
「我々はもう青龍学院の生徒ではないんだ。内乱を起こして追い出されてしまってね。今、ねぐらを探している最中なんだ」
 だから敵ではない、撃たないでくれよとでも言うのだろうか。敵である《人間兵器》が、そんな戯言を信じるとでも思っているのかな。隣の赤月瑠璃は相変わらずの無表情で何を考えているのかわからないし、ぼくはいったいどうすればいいんだろう。そんな大和十三の言葉に対して、火馬力也は淡々と返す。
「そうなのか。まあ、俺の《標的》はここにはいなかったようだし、別にお前らのことなんてどうでもいいんだ。そのまま車を捨ててどっかへ行くなら、見逃してやってもいい」
 完全に上からの物言いだった。
 ぼくらの乗ってきた軍用トラックには、青龍学院の生徒たちをなぎはらった強力な機銃が装備されている。あれさえ使えば、火力面でも《人間兵器》に遅れをとることはない。だからそれを捨てて逃げるなら許してあげるよ、と、彼は言っている。
「そうかね。我々としても、さんざん追いかけまわされて正直うんざりしていたところだ。無用な戦闘は避けたい」
 大和十三はそう言いつつ、こっそり赤月瑠璃の背中を指先で何度か突っついていた。何かの合図だろうか。
「なんて言うと思ったか、この間抜けがアー!」
 下衆げす顔、そう呼ぶにふさわしい下品な笑みをいきなり浮かべ、大和と赤月は同時に軍用トラックに乗りこんだ。
 どががががががががが。
 直後、先ほどさんざん耳にした削岩機のような機銃の轟音ごうおんが、今度は複数、響きわたった。
「出すぞ、円藤くん! さっさと乗りこみたまえ!」
 大和がそう叫ぶと、あわてて伏せたぼくは、無様に必死に、身を低くして軍用トラックの荷台に向かって駆け、中へ乗りこんだ。《人間兵器》の放った銃弾がこっちにも飛んできたのか、軍用トラックの装甲にぶちあたって、がぎぎぎぎぎ、と、耳をふさぎたくなるようなけたたましい音を立てた。
「そうら、突撃だ。ひゃっはー」
 先ほどまでの紳士的な態度とはまったく別の、いたずら好きの子供のような、しかし無邪気といえば語弊ごへいのある悪そうな笑みを、大和は浮かべていた。どうやら車に乗りこむと人が変わるらしい、この男は。
 アクセルをべた踏みし、トラックは急加速する。ぼくは慣性の法則によって荷台の上を転げまわり、今度は助手席に乗った赤月瑠璃が、《人間兵器》に向かって機銃で弾幕を張る。青龍学院の軍備は全体的に白虎学園のものと比べて旧式だが、それでもしっかりした装甲は備えており、火馬力也の銃弾が中まで飛びこんでくることはなかった。ぼくらは完全に彼から逃れた気になり、有頂天になっていた。
 しかし、そうは問屋がおろさない。
 ダンプカーか何かと衝突したかのような、すさまじい衝撃が、ぼくらを襲った。
 ふたたびぼくは慣性の法則によって、今度は荷台の壁へ天井へ、縦横無尽に転げまわる。まるでジェットコースターか何かに乗っているような感覚で車内の天地が二転三転、そしてすぐまた、ひときわ大きな衝撃が、ぼくらを襲った。
 どんがらがっしゃーん、と、古い漫画のような派手な音を立て、いきなりトラックの内壁がぼくにぶつかってきた。というより、慣性の法則によってぼくがトラックの内壁に激突した。
 もう何がなんだかわからなかった。
「まるで虫けらだな」
 横転した軍用車から芋虫のように這いずり出てきたぼくらを見おろし、《人間兵器》火馬力也は言った。
 彼の右腕には、いつのまにか大型のロケットランチャーが装備されていた。おそらくあの大きな鞄の中に入っていたのだろう。
 そして彼は、もう片方の腕に装備された、先ほどの機関銃の片割れを、大和十三に向けていた。
 だめだ、勝てない。火力がちがいすぎる。
 これが《人間兵器》の実力か。
 大和十三はそんな火馬力也を、今度は顔面全体を赤い縞模様に染めて、ただ静かに見あげていた。腕の中には、気を失った赤月瑠璃。
「いやはや。返す言葉もないな。君の言うとおりだ」
 大和はふたたび爽やかな笑みを浮かべて、そう言った。しかしその笑顔には先ほどとはちがう、どこかあきらめにも似た、哀愁あいしゅうのようなものが漂っていた。
 大和十三は、静かに言った。
「降参するよ。私はどうなっても構わないから、二人の命は助けてやってくれないか」
 
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