極楽戦争 - End of End 著・富士見永人

 第四章「捲土重来けんどちょうらい

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 冷たい石造りの大時代な牢、その鉄格子の向こう側の隅で、赤月瑠璃はまるで生きる気力を失ったひきこもりの少女のように、地べたに座りこんでいた。
 そんな彼女を鈴子が指さしながらわらう。
「なんてざまだ。まるで死にかけのババアだな、おい」
 それでようやく赤月瑠璃はぼくらの存在に気づいたのか、顔だけをこちらに向けた。鈴子には「この人知らないや」とでも言うようにすぐ眼をそらし、ぼくの様子を伺っているようだった。助けを期待しているのかもしれないが、そんなことを期待されても無理なものは無理だし、彼女とは利害の一致から一度共闘しただけで、仲間扱いされても正直困る。
「私は、殺されるのですか」
 若干震えた声で、赤月瑠璃はそう訊ねた。たぶんぼくに訊いたのだと思うが、ぼくよりも先に、彼女をいじめるように意地の悪そうな笑みを浮かべた鈴子が、口を開いた。
「さあな。でも、少なくとも情報を引き出すための拷問はやるだろうな。まあ、嫌なら素直に情報を渡しなさいってこった。もっとも用済みになれば殺されるかもしれねーけど」
 赤月瑠璃はそれ以上何も語らず、ただ不安そうに身震いする。
 心底鬱陶うっとうしい、といった風に、鈴子の顔から笑みが失われていく。
「何びびったふりしてんだよ。うさんくせー芝居だな」鈴子は呆れた様子でそう言った。
「白虎学園で私がどういう勇士として扱われているかは知りませんが、青龍学院では一部の人々の間で《卑怯者》とか《臆病者》呼ばわりされていますよ。恥ずかしい話ですが」
 まるで自信を喪失しているかのように赤月瑠璃は眼をそむけ、そう返した。とても青龍学院元副会長、泣く子もだまる《一騎当千》《首刈り》とは思えぬ弱々しさだった。これじゃまるで、悪の組織か何かに囚われた小説のヒロインか何かのようだ。
「いや。恥じることなんかねーさ。死ぬのは誰だって怖いもんだ」
 今度は皮肉っぽく嘲笑あざわらう鈴子。
 赤月瑠璃は、体育座りのような要領で膝を抱きかかえた。もともと体が小さいことも手伝って、水泳の時間にずる休みして見学してる夏の小学生女子のように見えなくもなかった。可愛らしいと思えなくもない。スカートの合間からわずかにパンティが見えているが、これも彼女の作戦なのかな。ぼくを籠絡ろうらくして脱獄に協力させようという腹か。それとも、夢葉の影が薄くなりつつある今、ヒロインの座を狙っているのか。
「あなたがたは、何のために戦っているんですか?」
 藪から棒に、赤月瑠璃はぼくらにそう訊ねた。予想だにしていなかった彼女のその問いに、思わずぼくは「なんだって?」と、聞き返した。
 鈴子が、呆れたように肩をすくめて言った。「人の首を切り落とすのが趣味のやつに、んなことを聞かれるとは夢にも思わなかったぜ」
「あれは介錯、武士の情けです」
「ぶははは」
 笑いのツボに入ったのか、鈴子は心底おかしそうに笑い転げた。真顔でそんな時代錯誤なことを言われて、ぼくも思わずふきだしてしまった。
「おかしいですか? もう助からないとわかってる人間の首を切り落として、苦痛から解放することが?」
 赤月瑠璃は相変わらず人形のように無表情だったが、口調にどことなく怒気がこもっているような気がした。
 鈴子がすかさず反論する。
「ものは言いようだな。大義だの善意だのを振りかざす連中にろくなやつはいねーよ。そういう連中は、てめーらの行為が正しい、善いもんだと信じて疑わねーから、どんな残酷なことだってやる。てめーみてーにな」
「私だって人殺しです。自分が善人というつもりもありません。私がああしているのは、自分が生存不能の重傷を負ったときには、敵味方を問わずひと思いに楽にしてほしいと思っているからです。ただ私の価値観に従って行動しているにすぎません」
 火がついたのか、赤月瑠璃はだんだんと多弁になってきた。必要なこと以外は口にしない、人形のように寡黙な娘と思っていたのだけど。案外饒舌じょうぜつなのかもしれない。
 彼女はもう一度問う。「あなたがたはどうなんですか。お金や地位、あるいは名声のために戦う俗人ですか。それとも、ただ軍の言うなりになって敵を殺すだけの人形ですか」
 彼女に人形呼ばわりされるのは滑稽こっけいだったが、今度はぼくが笑いをふき出すことなく返した。
「そういう君は、どうなんだ? まさか反乱軍の『日本の真の独立のため』なんていうくだらないジョークを真に受けてるわけじゃないだろうね」
 皮肉たっぷりに言ってやったつもりだが、赤月瑠璃は真顔で「違います」と否定した。続けた。
「革命軍……いえ、反乱軍に、本当に現政権をひっくり返せるだけの能力があると思いますか? 最新鋭の装備で武装した帝の軍が本気になれば、いつでも青龍学院を殲滅せんめつすることができるのです。あえてそうしないのは、この戦が終わってしまうと、彼の一族の企業グループが利益を得られなくなってしまう。武器や兵器、薬品、医療施設、インフラ整備、などなど、この戦によって発生する国内の膨大な軍需を、彼らのグループが独占しています。笑いが止まらないでしょうね。私たちは、彼のてのひらの上でもてあそばれているだけの闘犬です」
 そういえば、前に保健室で江口先生が言っていた。戦争で大儲けしている連中がいる、と。実際これだけ内戦の規模が大きくなってるんだから、武器会社や製薬会社はボロ儲けだろう。
 鈴子が言った。
「何を言い出すのかと思ったら陰謀論か。いかにもありそうな話だが、それがどうしたってんだ? 反乱軍にでも寝返って、一緒に帝を倒しましょうってか? この状況でんなこと言っても、ただの苦しまぎれの嘘にしか聞こえねーぞ」
 鈴子の、あの猛禽もうきん類のような眼でにらみつけられ、赤月瑠璃は物怖ものおじしたように眼をそらし、ふたたびぼくの方を見た。助けを求めているようにも見えたが、当然そんな三文芝居にひっかかるぼくではない。彼女は戦となれば、ぼくと鈴子のふたりがかりでようやく戦いが成立するほどの猛者で、寿や酉野先生の首を刈りおとした死神である。
 そんな彼女を突きはなすように、今度はぼくの方から切りだした。
「正直さ。ぼくにとっては誰が日本のトップになろうが、どうでもいいんだよ。自分たちの生活がよくなればそれでいい。白虎学園に入ったのも、ただ単に戦況を見て、政府軍の方が優勢だと判断しただけさ」
 赤月瑠璃の眉毛がぴくりと動いた。表情はほとんど変化しなかったものの、若干侮蔑の色あいをその声にこめて、彼女は言った。「強者の味方、というわけですか」
 ぼくは負けじと挑発的な口調で言った。「悪いかい? そうやって戦況を見極めてしたたかに動いてきたから、今でもこうして生きていられるのさ。これから殺される君とちがってね。赤月瑠璃さん」
「自分たちさえ生き延びれば、それでいいということですか。そのためなら他人はどうなってもかまわないと、そう言うのですか」
 今度の彼女の口調は、ますます露骨にぼくを非難するものだった。そんな彼女に対し、ぼくは特に悪びれる様子もなく、「そうだよ」と、あっさり肯定する。
 むろんぼくとて、できることならこんな不毛な戦は早く終わってほしいと願う平和主義者だ。本当だよ。けれど、その大義のために自分の命を犠牲にできるかと聞かれれば、答えはノーだった。犠牲もなしに得られるほど平和というものは安くはないし、それはどうしようもなく険しく、極めて成功率の低い玉砕の道である。国家という名の最強の暴力装置を打ち倒し、革命を成功させた例というのは歴史上に数えるほどしかなく、その栄光の影には何十倍、あるいは何百倍もの失敗と犠牲が潜んでいる。
 そしてどんなに気高い理想を掲げていても、反乱軍を抜けて無職の自由戦士になったとしても、彼女はぼくにとって大切な友達や恩師を殺した憎き仇敵で、分かりあえる日が来るなどということは未来永劫ありえない。少なくとも、ぼくはそう考えている。
「嘘ですね」
 赤月瑠璃はぼくの眼をまっすぐ見て、言った。
「私には、あなたがそんな冷徹な人間には到底見えません。お友達の仇である私が憎いので、あえて嘘を言っているのでしょう。あなたは家族や友人を大切にできる心優しい人間のはずです。どうかその優しさを、ほんの少しでも、世の中の、他の人たちにも向けてほしい。この通り、お願いします」
 赤月瑠璃は、ぼくを見据えたままで冷たいコンクリートの床に正座し、そのまま額を地面に押しあてた。漢字三文字で表すと「土下座」。彼女が優れた役者なのか、それとも単に生真面目な憂国の士なのか、ぼくには判別がつかなかった。次々に表出する彼女の意外な顔を見て、何だかここで死んでしまうのは惜しい気もしてきたけれど、リスクを冒して助けてやる気は当然ない。
「なに、こいつ。ちょーうけんだけど。とうとう頭おかしくなっちまったのかな、ぎゃはははは」
 鈴子の女の子らしからぬ下品な笑い声が牢全体に響きわたり、守衛室の方から「うるさいぞ、静かにしろ!」というお叱りの声が聞こえてきた。
「ごめんね。意味がわからない。それで君は、敵であるぼくに、いったい何を求めているんだ?」
 時間の無駄、と思いつつも、彼女がどう泳ぐのか気になり、ぼくはつい興味本位で訊いてしまう。今のぼくは鈴子と同様、愛と勇気の小説・極楽戦争の主人公らしからぬ嫌味ったらしい嘲笑ちょうしょうを浮かべているにちがいない。
 そんなぼくらの嘲笑にめげず、赤月瑠璃は健気にも真顔で答えた。
「私たちは、この戦を終わらせたいだけです。そのためにも、私はともかく、会長……いえ、大和さんの力が必要なのです。彼はこんなところで死んでいい人間ではありません。今の日本にとって、彼は必要不可欠な存在です。……本来敵軍であるあなたにこんなことを頼むのはおかしなことですが、私はもう革命軍の人間ではありません。だから、青龍学院生徒会副会長としてではなく、ひとりの赤月瑠璃として、お願いします。どうか、この国の未来のために、彼だけでも助けてください」
「ひゅー。てめーの男のために頭をさげる私ちゃんきゃわいー、ってか。どこの小説のヒロインだよ。え。あたしらが、んな健気オーラにころっとだまされるような間抜けに見えるってのか。見くびられたもんだな。おい」
 完全に悪の三下キャラのような下衆げす顔で、鈴子は意地悪くそう言った。たぶんぼくもいま同じような顔をしているだろう。悪の兵士A・B。
 それでも、赤月瑠璃はまだあきらめずに食い下がる。
「あなたたちだって、戦がこのまま続くことを望んでいるわけではないでしょう。私たちは立場は違えど、目的は……」
「ざけんな」
 口上を続ける赤月瑠璃を、鈴子が一喝した。
 そして見せつけるように腕にはめた長い手袋を外すと、無骨なグレーの義手が露わになった。
 赤月瑠璃の顔が、はっきりとこわばった。ぎょっとした、と言ってもいい。彼女はようやく鈴子のことを思い出したのかもしれない。
「てめーがあたしらに頼みごとなんかできる立場だと思ってんのか。この腕見ろよ。てめーにぶった切られたせいで、こんなにかっこいい腕になっちまったんだぜ。……寿や酉野をぶっ殺した張本人のくせしやがって。馬鹿も休み休み言いやがれってんだ、くそがきが!」
 鈴子の顔からは、先ほどまで浮かんでいた下卑げびた笑みはすでに消え失せており、怒り心頭、その眼は猛禽というより不動明王のそれだった。
「ちょっとからかってやるだけのつもりだったけど、気が変わったぜ」
 唐突に鈴子は、大きく開いたブレザーの胸元に、手を入れた。
 その胸元から出てきた物体を眼にした瞬間、赤月瑠璃の表情は凍りついた。
 拳銃だった。
「おい、鈴子。おまえそんなもの一体どうやって……」
 狼狽うろたえるぼくを無視して、鈴子は口元に引きったようないびつな笑みを浮かべて言った。
「ざあんねんでしたあ。てめーの望みは永久にかなわねー。なぜなら、てめーは今、ここで死ぬからなア! きゃっきゃっきゃ」
「よせ!」
 ぼくが鈴子を押さえにかかるよりも先に、鈴子は引き金を引いた。
 ぱんっ、と、乾いた音が、独房内に響きわたった。
 

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