極楽戦争 - End of End 著・富士見永人

 第四章「捲土重来けんどちょうらい

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 鈴子が密かに持ちこんだ拳銃は口径こそ小さかったものの、それでも小柄な赤月瑠璃を殺傷するには充分な破壊力を有しており、案の定、地面に座りこんでいた赤月瑠璃は体をくの字に折り曲げ、後ろにふきとばされて壁に激突した。そしてそのままずるずると崩れ落ち、頭だけを起こした状態で地面に仰向けに横たわった。
「おい、貴様ら、何やってるんだ!」
 看守の怒号が聞こえたときには、彼女の手に握られていた小ぶりの二二口径のデリンジャーは今、無造作に地面の上に臥床していた。同じく地面に(鈴子を押し倒して)寝そべっているぼく。とっさの判断で鈴子を止めようとしたものの、間一髪間に合わず、凶弾は放たれてしまった。
 赤月瑠璃の方をちらと見てみると、彼女は右脇腹のあたりを押さえて苦しそうに顔を歪め、がたがたと震えている様子だった。おそらくそこに弾が命中していたのだろう。
 鈴子とともに看守に取り押さえられたぼくは、またふたたび独房送りにされるはめになってしまった。

 翌日、ぼくはすぐに釈放された。どうやらぼくが鈴子を止めようとしたことを看守が証言したらしい。そして当然のことながら鈴子は出られず、上が処分を決定するまであのろくでもない独房で毎日を過ごすことになるだろう。もともと敵とはいえ、情報源でもある青龍学院の元副会長様を、司令部の許可なく、ましてや私怨で殺そうとしたのだから。またひとつ、悩みの種が増えた。
 しかし、いくら寿の仇とはいえ、そして自分の右腕を奪った張本人とはいえ、鈴子があそこまで見境のない行動に出たのは予想外だった。面会の前と後では、捕虜に余計な物を渡したり、あるいは受けとったりできないように、簡単ではあるが一応ボディチェックが行われるので、鈴子があんなものを持ちこんでいるということ自体が驚きだった。ブレザーの中にうまく仕込んでいたのか(そういえば、あのときの鈴子の胸はいつもよりひとまわり大きかったような気がする)。学園の《狂犬》らしいんだか、あるいはらしくないんだか、完全な計画的犯行である。
 後日、ぼくは鈴子との面会を求めた。会って直接、あの凶行に及んだ理由を聞きたかった。もちろん自分の腕を奪い、親友や恩師を殺したあの《首刈り》が憎かったからだろうが、それでも彼女の口から、彼女の本音を、より詳細に直接、聞いておきたかったのだ。しかしあんなことがあった直後でいきなり面会の許可が出るはずもなかった。しばらく様子を見るしかない。鈴子と同じクラスの、仲のいい女子連中と連絡先を交換して情報を共有する約束を交わしておいた。いざというときに協力してもらうためにも。
 赤月瑠璃に関しては、どうなったかはわからない。生きているとしてもそう軽くない傷を負っているはずだが、いくら情報源とはいえ、上位互換である大和十三がいる以上、貴重な軍病院のリソースを割いてまで司令部が彼女を治療するかはわからなかった。しかし、彼女が生きようが死のうが、ぼくにとっては些末なことだ。

 その後ぼくは、まず母の行方を探るために関係筋をいろいろと当たることにした。まず司令部まで赴き、谷垣を訊ねた。ぼくのような一兵卒がいきなり訪問したところで普通は門前払いなのだけれど、死んだと聞かされていたぼくが生きていたので彼らとしても一度呼びだして事情を聞きだしたいと考えていたようだった。ぼくは彼らの質問に対し、麗那先輩や鈴子が報告したフィクションを元に、あることないこと交えて適当にごまかしておいた。谷垣に母のことについて尋ねると、彼は数瞬おいて思いだしたように(まるでぼくの母のことなどすっかり忘れていた、とでもいうように)、ぼくの問いに答えた。いわく、他の生徒たちから不平の声が上がっていて、ぼくの母だけ学園側で保護するわけにもいかず、またスラムにいる白虎学園生徒の家族全員を保護するわけにもいかないとかなんとか。なんだかはぐらかされた感じで、ぼくはそれを聞いてただだまっていたけれど、実は母を人質にとったという谷垣のあの言葉は、ぼくに釘を刺すための単なるブラフだったんじゃないか、という疑惑がぼくの中で浮かんた。やつなら充分やりかねない。
 それから、平和町で母を住むアパートを破壊し、ぼくらを襲ったあの《人間兵器》火馬力也を訪ねようかと思ったが、鈴子いわく彼はもともとこの国の人間ではなく米軍の所属で、帝からの莫大な報酬とひきかえに彼の元で動く傭兵らしい。言うなればこの学園の訓練中の軍学生とはちがう、プロの軍人である。どうりで装備や戦闘能力がおかしいと思った。まあ、たぶん彼に母のことを訊いたところで知らんと一蹴されるのがオチだろう。
 そのさらに数日後、日曜の昼間にぼくは学園を出て平和町の破壊された母のアパートを訪れた。かろうじて原型を留めていたものの、ところどころ崩落していて倒壊するのも時間の問題だと思われた。中に住んでいた住人は次々に避難し、おそらくは最後であろう住人に母のことについて訊いたところ、そもそも面識すらないという(まあスラムのアパートの人間関係なんてそんなもの)。周辺にいた、物乞いではない平和町の《住人》たちにも母のことを訊いて回ったが、結局、手がかりは何も得られなかった。
 唯一の身内である母の生存が絶望的になってきて、ぼくは途方に暮れていた。よしんば生きていたとして、再会の可能性があるとすれば、母のほうからここ白虎学園を訪ねてくるか、平和町に行ったときにばったり偶然再会できるか。どちらも可能性は低いが、今はそれを信じて行動するしかなかった。平和町へ行こう。平和町に行けば、乾さんと再会できる可能性もある。彼なら母について何か知っているかもしれないし、もしかしたら一緒にいるかもしれない。ひとまず母のことに関しては、毎週休日に平和町までおもむくとして……
 残りの問題は夢葉だ。
 夢葉がまだ青龍学院の軍病院で生きているという事実を、司令部はまだ知らない。ぼくはそのことについて、報告をするべきだろうか。そうすれば、司令部はまた、夢葉救出のための作戦を立てるかもしれない。ただ、そうするとひとつ問題があって、「東陽夢葉、青龍学院にてすでに死亡」という嘘の報告をした麗那先輩と鈴子が偽証罪やら反逆罪やらで処罰される危険性がある。麗那先輩は今までの貢献と、貴重な戦力でもあることから大目に見てもらえるかもしれないが、鈴子はそうもいかないだろう。しかしぼくがこのまま口をつぐんでいれば、夢葉は白虎学園では死んだままということになってしまい、彼女を青龍学院の《継戦派》から救う有効な手立てがなくなってしまう。こうなったら、ぼくが白虎学園を抜けて、《赤》にでも転がりこんで助けだすか? 唯一の接点である乾さんが行方不明だというのに?
 まさに八方ふさがりだった。ぼくひとりで青龍学院に潜入して夢葉を助けにいったところで、百パーセント殺される。
 彼女のことは、もうあきらめるしかないのだろうか?

「ちゃおー。縁人くうーん」

 ぼくが途方に暮れていると、唐突に、何だか頭の軽そうなソプラノ・ボイスが響きわたった。
 声のした方向に眼をやると、大きな既視感のある一本杉の枝の、その上に、麗那先輩が鎮座ちんざしていた。
 

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