極楽戦争 - End of End 著・富士見永人

 第四章「捲土重来けんどちょうらい

   8

 その《声》を耳にした瞬間、反射的にぼくは拳銃を落としてしまった。安全装置の外れたコルトガバメント380オートは地面に激突した瞬間に、火を噴いた。
「ひいっ」
 赤月瑠璃の悲鳴が聴こえたが、彼らに被弾した様子はなかった。

『撃っちゃだめ!』

 ……そんな、聞き憶えのある女性の叫び声に、驚いてしまった。心臓が止まってしまうどころか口から飛びだしてしまうのでは、とさえ思った。
 江口先生の声だった。
 彼女は帝の後頭部に大型の自動拳銃、シグ・ザウエルP220を突きつけていた。
「銃を下ろして。帝くん。あなたのやってることは、人道に反しています」
「人道、ですか……戦を知らない保健医らしい考えですね」
「いいから銃を捨てなさい」
 江口先生は冷たい声でそう言い、銃の撃鉄を下ろした。
「わかりましたよ。江口先生」
 帝は、銃を床にそっと置くと、江口先生はゆっくり銃を下げ……
「江口先生!」
 彼女の背後に迫る八坂を見て、ぼくは思わず叫んだ。
 江口先生はぼくが叫ぶのとほぼ同時に振り向き、容赦なく銃の引き金を引いた。保健医とは思えぬ反射神経と動きだったが、相手は学園きっての武闘派・八坂金一。そして……

 まるで、できの悪いホラー漫画か何かの、ワンシーンのようだった。
 帝陽輝の右手の指が、五本全部なくなっていた。
 否、その《指》は、江口先生のお腹のあたりに、白衣の上から、根元のあたりまで、埋没していた。
 江口先生の眼が、大きく見開かれ、動きが止まった。
 ぼくの中の《時》も、一瞬、止まった。
 数刻して帝がその《指》を江口先生の腹から引き抜くと、その指先は、まるでホットドックでもむさぼり食べてケチャップにまみれた子供の手のように、まっ赤に染まっていた。
 以前、麗那先輩が地下通路のホームレスに対してやったあの《くちゃくちゃ》を、この上流階級の、戦場なんて経験したこともないようなお坊ちゃんが再現するなんて、誰が想像できる?
「円藤くん!」
 大和十三が、叫んだ。
 その声で、眼の前の現実離れした光景によってフリーズさせられていたぼくの頭が、ようやく再起動した。
 そうだ、今はとにかく、江口先生を助けるんだ!
 ぼくは、地面に落ちていたコルトガバメント380オートを拾い、大和と赤月に駆け寄り、彼らを拘束していた縄をひとまとめにして、発砲し、破壊した。
 ぼくひとりが行ったところで、死体がひとつ増えるだけ。
 それなら一か八か、彼らの行動に、賭けてやろうじゃないか。
 拘束を解いてここから出してやる。
 だからどうか、江口先生を助けてほしい。
 口頭で説明する暇もなく眼と行動で語るのみだったが、彼らは理解したように帝らに対して向き直った。
 手にした拳銃はすでに弾切れ。よってぼくら三人は、武装した彼らに素手で立ち向かわなければならなかった。
 しかし、こちらには青龍学院のナンバー1と2がついている。
 赤月は手負いにもかかわらず、眼にも止まらぬ速さで八坂の手下の坊主頭に接近し、彼の腰に差してあったアーミーナイフを奪うと、そのまま背後に回って彼の喉元に突き刺した。
 坊主頭は「ご」と一瞬だけ呻くと、ナイフで首を引き裂かれ、足元に赤黒い雨を降らせた。
「介錯、しました」
 淡々と、赤月は言った。
 それは寿と酉野先生を殺し、ぼくを追い詰めたあの恐ろしい《首刈り》その人だった。さっきまでの命乞いは何だったのか。やはり芝居だったのだろうか。
「ふふん。尻尾を出したな、謀反人め。やはりやつらとグルだったのか」
 八坂が嬉しそうに、腰に差した拳銃とナイフを抜いた。銃と刃物による、間合いを問わない攻防一体の戦闘スタイル。それは屋内の白兵戦でこそ、真価を発揮する。
「会長、これを」
 赤月が大和に刀を投げ渡した。彼女はいつの間にか八坂のもうひとりの部下である《金縁眼鏡》の首を切り裂き、その腰に下がっていた日本刀を奪っていた。
「そこの美しい女医さんを、こちらへ渡してもらおうか」
 大和は威圧するようにゆっくりと、その刀を抜いた。
 彼には《首刈り》や《人割り》、《殺し屋》のような通り名や目立った武勇伝こそないが、そんな猛者ぞろいの青龍学院で生徒会長を務めるだけの男だ。弱いはずがない。
 帝に当たることを危惧しているのか、八坂は銃を構えながら発砲せずにじりじりと間合いを詰めていく。
 ぼくは帝と、その脇にいる生徒会書記の丸井という、まん丸眼鏡にぼっちゃん刈りの出っ歯男と対峙していた。
 帝の手には、先ほど床に置いたはずの拳銃が戻っていた。
 対するぼくは、丸腰だった。
 近接戦闘者向けの《弾除け》の訓練は授業で何度もやったけれど、うまく避けられるとは言いがたい。正直、相手の力量次第だ。
 ……だから、君がサポートしてほしい。赤月瑠璃さん。
 そう、帝の背後には気配を殺した赤月瑠璃が、忍び寄っていた。
 帝が気づいて振り向いた頃には、彼女はぼっちゃん刈りの首をすでに半削ぎにしており、そのまま帝の首に狙いを定めて襲いかかっていた。
 帝の顔から、余裕が消えた。
「くっ」
 彼にも武術の心得があるのか、反射的に後ろへ飛ぶことでそのまま首を切り裂かれることは避けられたが、当然ぼくに向けていた意識のすべてを赤月に向けざるを得なかった。
 そんな千載一遇のチャンスを逃すぼくではない。
 帝に向かってぼくが突進すると彼はそれに気づき、ぎりぎりのところで避けようとした。
 するとぼくは、突然バランスを崩し、前へ倒れそうになった。
 すたん。
 いきなり眼の前に、まるで地面を縮めてきたかのようにして迫ってきたぼくを見て、帝の眼が大きく見開かれた。
 響ちゃん直伝・縮地しゅくち法。
 ぶっつけ本番にしちゃ上出来だった。
 そのまま逆突きの要領で渾身の掌底を、彼の鳩尾みぞおちめがけておみまいしてやった。
 白虎学園の支配者も、さすがにこれを防ぐことはできず、無様にふっとばされ地面を転げまわり、壁に衝突した。
 しかし当たりが浅かったのか、帝はすぐさま手に持った拳銃を発砲してきた。
 ぼくと赤月はすぐに壁の後ろに隠れたので、幸い被弾することはなかった。
 どすん、と、大きな音がして、八坂が帝のすぐ隣りにたたきつけられた。
 いつのまにか江口先生を肩に背負った大和が、ぼくらのそばに駆け寄ってきた。
「長居は無用だ。さっさとここを出るぞ」
 ぼくと赤月は無言でうなずき、射撃場を出た。
 

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