極楽戦争 - End of End

著・富士見永人
第四章「捲土重来けんどちょうらい


12
 鬱蒼うっそうとした森のなかの市道を、一台の灰色のメルセデス・ベンツE430が、ものすごいスピードで駆けていく。ゆうに法定速度の倍以上のスピードで走るこの車の車窓からは、周囲の木々が弾丸のように前から後ろへ、飛び去っていく。カーブにさしかかるごとに見事なドリフトを決めるその車内では、慣性の法則により、右へ左へとひっきりなしに強烈なGがかかり、乗員たちを苦しめていた。
「いやーっほおおおう」
 乱暴にハンドルをきる大男・大和十三は、何かに取りかれたように興奮し、奇声をあげていた。
 重傷を負った江口先生を、ぼくと赤月で必死に支える。間違っても先生を扉やシートに衝突させてはならない。いつ死んでもおかしくないような重傷を負っているのだから。
 そんなぼくたちの苦労などおかまいなしに、テンションMAXでハンドルをきる運転席の狂人に軽く殺意すら湧いたが、もたもた運転していたら帝の私兵たちに追いつかれてしまう。そうなれば江口先生だけでなく、ここにいる全員殺されることになる。
「う」
 江口先生を支えていた赤月が突然小さくうめき、苦悶くもんに顔を歪めた。
 赤月の手を離れた江口先生の体が慣性で窓にぶつかりそうになり、あわててぼくが身をていして人間クッションとなることで、事なきを得る。
「おい、大丈夫か」
 ぼくがそう声をかけると、赤月は無言で首を盾に振った。寿や酉野先生を殺したあの《首刈り》にぼくがこんな言葉をかける日がくるとは。たたられても文句は言えまい。
「瑠璃くん、無理はするなよ。君はよくがんばった。今度は円藤くん、君の番だ」
 どの口が言うか、と、ぼくの中の殺意ゲージが一気に振りきれそうになったが、当然今は仲間割れをしている場合ではなかった。
「どこへ向かってるんです」
 頭を切りかえて、ぼくは感情を押し殺した仏頂面で大和にそう訊いた。
「今は白衣の天使と瑠璃くんの手当が最優先だ。祖母江そぼえ町に私の知りあいの闇医者がいる。そこまで連れていく」
 祖母江町は平和町にも匹敵するほど治安の悪いスラム街だが、それゆえに政府軍の支配下でなければ、反乱軍の支配下でもなく、完全な中立地帯、いや無法地帯だった。寿や鈴子の実家もこの町にある。赤鳳隊せきほうたいのメンバーが潜んでいるという噂もあるが、それならそれでけんさんのことを訊きだせるかもしれないし、むしろ都合がいい。今はスラム街のごろつきや赤鳳隊よりも、帝の私兵のほうが厄介だ。
「む、追手か」
 バックミラーを見て、大和が言った。
 某ナントカDのようなこの男の走りに鈍重な軍用車でついてくるとは敵もさるもの……と感心したが、それは完全に的外れな空想だった。

 ばたばたばたばたばた。

 と、いう轟音が聴こえ、一台のヘリコプターがこちらに接近してきていることに、ぼくはようやく気づいた。
『見つけたぞおー。円藤オー』
 聴き憶えのある声が、選挙カーの拡声器のような大音量で、辺りに響きわたった。それはあの憎き宿敵、八坂の声だった。
 ぼくらのベンツのすぐ上空を、まっ黒で巨大な塊が、飛行していた。
 しかもただのヘリではない。ミサイルや機銃をわんさか搭載した、戦闘ヘリだった。サイドミラー越しにそれを確認したぼくは、眼を丸くした。地下射撃場から追ってこないと思ったら、まさかこんなものに乗って負ってくるなんて!
「まいったな。まさかあんなものまで持ちだしてくるとは」
 あの大和でさえ、苦笑いを浮かべていた。
 ぱしゅっ、と、乾いた発射音の後で、ヘリからひとつの発光体が放たれた。
「つかまれ!」
 大和が叫ぶと、今までで一番大きな揺れが車内を襲い、一瞬の後、耳をつんざくような音と衝撃波が、ぼくらに体当たりしてきた。
 ヘリから放たれたミサイルが、大和の乗る運転席側のすぐ近くの路上に着弾し、まるで大型車でも突っこんできたようなすさまじい衝撃が車を大きく左へ傾かせた。唐突にぼくの脳裏で、あの《人間兵器》火馬力也に襲撃されたときの恐怖の映像が再生された。あのときもこんなふうに車内を転げまわったものだ。はは。ははははは。
「ぶつか」
 大和がそう言いかけたところで、それはやってきた。天地がひっくり返ったような、そんな感覚。ぼくと大和と愉快な仲間たちは、ラムネ瓶の中でおどるビー玉のように、車の中で縦横無尽に、飛びまわった。どっちが空でどっちが地面かわからない。どこに何があるか、自分がどこにいるかも、まったくわからない。
 すさまじい激突音が車内にも周囲にも響きわたっていたんだろうが、ぼくの鼓膜はとっくにおかしくなっていたのか、はたまた意識が半分飛んでしまったのか、がっしゃんからから、という小さい音が聴こえてきた。
 いくら軍で鍛えていると言っても、法定速度を大きく超えるようなスピードで事故を起こして無事で済むわけがない。そんな人類はあの不死の怪物・要玄人くらいのもので、ぼくらはくしゃくしゃになったベンツの中で、洗濯の完了した洗濯槽の衣類のようにばらばらぐしゃぐしゃになっていた。
「あ、が」
 ぼくは頭と、そして脇腹に激しい痛みを感じた。手で顔に触れてみると、血でまっ赤に染まっていた。肋骨も何本か折れてしまったかもしれない。
 他のみんなは、どうなった? 江口先生は? 無事なのか?
「江……」

 ぼくのすぐ横で、運転席と後部座席に体を挟まれた、江口先生の、無残な姿が、あった。

 頭部からか口内からなのか、それとも他の誰かのものなのか、出所不明の大量の赤い液体に染めあげられ、彼女の美人というよりはかわいい系の、天使のように愛らしい顔は、見る影もなくなっていた。
 彼女の生死を確認しようと思ったが、大木に激突して原型もとどめぬほどに変形トランスフォームした車内では、ろくに身動きすらとれない。
 唐突にぼくの手を、何者かが力強く掴んだ。
「生きてるか、円藤くん。いま助けるぞ」
 大和の声が、した。
「ぼくは大丈夫、です。ぼくのことより、江口先生を」
「いいから、出るんだ」
 ものすごい力で、ぼくは窓の外まで引きずりだされた。幸いどこも挟まれていなかったので、五体は満足だった。
「江口先生」
 きしむ全身にむちを打って、車内の江口先生を助けようとするぼくの腕を、大和が万力のような力で掴み、ぼくを引きずりながら、森の中へ向かって、走った。
 ばたばたばたばたばた。
 聴き憶えのあるヘリの爆音がぼくの脳に認識されると、ぼこぼこぼこというものすごい轟音とともに、スクラップと化したベンツに、無数の大きな穴が、開いた。
 ふいにぼくの嗅覚きゅうかくが何かを感知した。
 ガソリンの臭いだった。
「江……」
 ぼくが先生の名前を呼ぶ前につぶれたベンツは白い光に包まれ、ぼくと大和は、森の中へと、ふきとばされていった。
  
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