極楽戦争 - End of End

著・富士見永人
第五章「赤」


「彼女はここで眠るあなたを、ずっと看病してくれてたんですよ」
 夢葉は微笑みながら、ぼくにそう言った。赤月を、あの《首刈り》を、まるで自分の友人を誇るかのような、そんな口ぶりで。
「君がそんなふうに彼女を語るなんてね。人質に取られて斬られたことを忘れたのかい」
 そう。夢葉奪還任務のときに追いつめられた赤月は自分が生き残るために夢葉を人質にとり、夢葉は麗那先輩に見放され、瀕死の重傷を負った。死んでいてもおかしくはない重傷だった。
 にもかかわらず、夢葉はそんな赤月を非難することはなく、むしろ弁護するように言う。
「あのとき、彼女はこっそり私に耳打ちしました。『一切危害を加えるつもりはありません』と。だから私も、おとなしくしていました。でも、あの……紅、さんが、ひ」
 あのときの悪夢が蘇ったのか、夢葉は短く声をらして、頭を抱えながら黙りこんでしまった。その眼尻からは涙が数粒こぼれ、彼女の華奢きゃしゃな体は眼に見えて震えていた。
「あっ。ごめん。いやなことを思い出させちゃったね」ぼくはあわてて彼女に謝罪した。彼女が受けたトラウマのことなどまったく考えずにうっかり口を滑らせてしまった。無神経にもほどがある。
「いいんです。元はと言えば、私が縁人さんたちの足を引っ張ったのが悪いんですから。見捨てられて斬られても文句は言えないです」
 夢葉は涙をぬぐい去り、ぼくの眼をふたたび見据えて言った。その眼からは以前の弱々しい彼女とは違う、意志の力のようなものが感じられた。彼女も修羅場をくぐり抜けて成長しているのかもしれない。
「私は、江口先生の遺志を継ぎます」
 唐突に夢葉は、そんなことを言った。
 江口先生は先日、あの憎き八坂が放った戦闘ヘリによる凶弾で車ごと爆破されて死んでしまった。赤月か大和あたりからその訃報ふほうを聞いたのだろうか、と、ぼくは推測した。ということは、ここは祖母江町の反乱軍の隠れアジトか何かで、ぼくたちはとりあえず白虎学園の追撃を逃れることができたということか。青龍学院の軍病院にいた夢葉も、たぶんあのクーデターのどさくさに紛れて反乱軍《停戦派》の部隊がうまく連れだしてくれたのだろう。
 夢葉はそのまま続けて、ぼくに語った。
「先生がこれから救うはずだった赤鳳隊の皆さんの命と、そしてこの戦によって傷つけられた人々を、私が救います」
 そう言った夢葉の瞳はまったくよどみがなく、澄みきっていた。本当に純粋な娘だ、と、ぼくは思った。深窓の鳥籠の中で大切に育てられてきたからではない。彼女自身もまた、勇気をふりしぼって戦場に出て、戦争の現実……誰もが生きるのに必死で、平気で他人をだまし、裏切り、そして殺す、地獄のような世界を見た上で、まだこんなことを言っているのだ。思ったよりもずっと芯の強い彼女の、そんな純粋さが、ぼくにはまぶしく映った。
 ……ちょっと待て。今、彼女のセリフの中に、
「赤鳳隊?」
 考え終える前に、ぼくは夢葉に聞き返していた。
「そうですよ。縁人さん。ここは祖母江町の赤鳳隊の秘密基地です。政府軍にも反乱軍にも祖母江町の人たちにもほとんど知られていないそうなので、安心してください。もう白虎学園の追手に襲われることもないでしょう。憶えてないかもしれませんが、縁人さんは瀕死の重傷を負った状態で、ここまで運ばれてきました。でも黒川先生が、私を救ってくださったように、縁人さんを救ってくださったのですよ。そして赤月さんは意識がずっと戻らず昏睡していた縁人さんを」
「わかった、もういい」
 ぼくは遮るように言った。夢葉は日頃はおとなしく口数も少ない方だが、いったんしゃべり出すと、相手にしゃべらせずそのまましゃべり続けるところがある。ましてここの、ぼくと夢葉以外誰もいない薄暗い牢獄のような部屋でずっと過ごしていたであろうことを考えると、久々にぼくという会話相手に再会できてうれしくなり、ほっとくと延々と永久機関のように話し続けるだろう。ぼくはまだ意識が朦朧もうろうとしていて一応まだ重体のはずで、彼女もまた麗那先輩にやられた傷が完治しておらず、反乱軍の拷問にでもあったのか、それともあのクーデターの際に負傷したのか、いくらか傷が増えているように見えた。
 夢葉は一瞬きょとん、とした顔をしてぼくを見つめたが、すぐにまた話題を変えて語りだした。
「江口先生は、私に医術の知識や技術だけでなく、人はどうあるべきかという《道》を指し示してくださった恩師でした」
「ぼくも先生の遺志を継ぐよ、夢葉。彼女は心の底からこの戦の終わりを望んでいた。ぼくは夢葉みたいに人を治すことはできないけれど、このろくでもないデスゲームを終わらせたいという気持ちは同じさ」
「それでは、お互い早く怪我を治して、動けるようにがんばらないといけませんね。どちらが先に怪我を治してここから出られるか、勝負ですよ、縁人さん。私が勝ったら、あなたの大好きなワイヤーラーメンをごちそうしていただきます」
「ふふん。酉野先生の地獄の特訓で鍛えられたこのぼくに勝てるかな。もしぼくが勝ったら、ワイヤーラーメン特盛チャーシューフルセットを、おごってもらうとしよう」
「あら、それだけでいいんですか? 何なら、その特盛セットを一年分ごちそうしてさしあげてもかまいませんが」
 それだけと言われてしまった。おのれ、ブルジョワめ。
「お願いします」ワイヤーラーメン特盛食べ放題という夢の生活の実現に、素直に頭を下げて懇願するぼく。貧乏人の宿命として、甘んじて受け入れよう。プライドでワイヤーラーメンは食えないのである。

 ぎぎぎ、と、この部屋にある唯一の扉がきしみを立てて開いた。

「縁人」
 聴き憶えのある女性の声。
 思わず扉の方を向くと、そこには行方不明となっていたはずの、ぼくの母が、立っていた。
「母さん」
 予想だにしなかった突然の再会に、ぼくは数瞬阿呆あほうのように茫然ぼうぜんと眼をまん丸く見開いていた。
 母は早足でぼくに歩み寄ると、すぐさまぼくを抱きしめた。
「よかった、無事で」
 母の震えた涙声に呼応するように、ぼくの眼尻から涙がこぼれ落ちた。
「こっちのセリフだよ。母さん」
 もうだめかもしれない、と、心のどこかで絶望していた。
 平和町であの《人間兵器》が母の住むアパートを破壊したとき、最悪の可能性を考えずにはいられなかった。それでもあきらめずに一縷いちるの望みに賭けて探し続けたが、結局見つからなかった。
 でも最終的にこうして、無事に再会することができた。
 この、悪魔が牛耳ぎゅうじる地獄のような世界で、永遠の眠りについてしまったと思われる神が、ようやく眼を醒ました。そんな感じだった。もともと神など露ほども信じていなかったぼくだけれど、永遠に叶わないと思っていた今回の奇跡の再会を果たせた今、そう思えた。
 ぼくたちに感化された夢葉が、同じように眼尻に涙を浮かべながら、微笑んでいた。彼女が両親と再会できる日は果たして来るのか。
「よう、縁人。久しぶりだな。よく眠れたか?」
 扉の開きっぱなしになっていた入口に、いつの間にかけんさんが立っていた。
 犬井乾一いぬいけんいち。任務中に死んだことになっているかつての白虎学園生で、赤鳳隊の一員として平和町で素性を隠して暮らしていた、ぼくにとっての兄貴分のような男で、以前ぼくは彼に「赤鳳隊に入らないか」とよく誘われていた。ごろつきだらけの平和町で母さんが暮らしていけたのも、乾さんという護衛がついていたおかげで、彼に対しては本当に頭が上がらない。
「ひどい夢を見ました」
 ぼくがそう返すと、乾さんは「かっかっか。ざまあ」と、ぼくをおちょくるように笑ったが、特に腹は立たなかった。要するに、そういう冗談が言いあえる関係なのだ、ぼくと乾さんは。
「話は聞いたぜ。帝のボンボンにひどいめに遭わされたらしいな」乾さんがそう言った。
「ええ。もうぼくは学園じゃお尋ね者でしょうね」
「だろうな。で、これからどうすんだ? 縁人」
 答えがわかっていて、敢えて質問している。そんな感じ。
「ぼくはこの戦を止めたい。赤鳳隊に入りますよ。いや、入れてください」
「その答え、待ってたぜ。長いことな」
 乾さんはにかっと笑ってそう言い、カーキ色のジャケットの胸ポケットに手を突っこむ。中から、赤い鳳凰ほうおうかたどった小さなバッジを取りだし、それをぼくに渡した。
「入隊おめでとう。赤鳳隊へようこそ、縁人」
  
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