極楽戦争 - End of End

著・富士見永人
第五章「赤」


 赤鳳隊が今まで水面下で何をしていたのか。正式に赤鳳隊の一員となったぼくに、乾さんはすべてを語った。赤鳳隊が反乱軍とつながっている可能性をかつて酉野先生は示唆していたが、それはその通りで、青龍学院の《停戦派》のトップである大和や赤月は乾さんと以前から情報を交換していた、ということだった。青龍学院で大和たちがクーデターを起こしたときも赤鳳隊が絡んでいて、結果的にクーデターは失敗に終わったものの、混乱に乗じて夢葉を軍病院から奪還していた。
 そして何と、江口先生は赤鳳隊に情報を横流ししていたスパイだったらしい。
 そんな素振りはまったく見せなかったし、噂などもまったくなかったので、いきなりそんなことを聞かされてぼくは吃驚仰天びっくりぎょうてんした。しかし考えてみれば、江口先生はこの戦を終わらせたいと常に願っていた。戦争を推し進める政府軍(正確には帝をはじめとする《特権》の連中)や反乱軍よりも、本来は赤鳳隊寄りの人間なのだ。八坂らが保健室に来て赤月の引き渡しを要求した後、赤月を連れだしてそのまま赤鳳隊に《亡命》することまで考えていたらしい。
 反乱軍のスパイだと思っていた三城も、実は赤鳳隊のスパイで、本名は霧崎幽美きりさきゆみという。隠密活動のプロで、白虎学園に潜んで江口先生同様情報を横流ししていた挙句、何人か生徒を殺している。鈴子の友達というのも演技だったのだろうか。もしそうだとしたら、鈴子が殺されなくて本当によかった。だが三城改め霧崎は、敵対していたとはいえ、響ちゃんを殺した張本人だ。そんなやつと行動を共にしなければならないのはいささか納得がいかなかったが、この戦を終わらせたいという利害が一致している以上、その実現のためには協力しあわなくてはならない。……そう、あの《首刈り》も。
 大和と赤月は、赤鳳隊にすでに入隊していた。元々赤鳳隊の《協力者》としてスパイまがいのことをやっていてさらにクーデターまで起こしておいて今さらという感じだが、この地下の病室で昏睡していたぼくよりも早く入隊しているので、一応先輩ということになる(なお赤月は青龍学院の二年生だったが、歳はぼくよりひとつ上の十八歳で、大和と同い年とのこと。あんな小学生みたいな姿形なりをしておいて、年上だというのか)。
 ぼくはこの地下の病室で十日以上も生死の境をさまよっていたようで、その間に色々と事態は動いていた。
 驚いたのは、白虎学園が青龍学院に対して全面戦争をしかけていたということ。
 青龍学院側では夢葉は行方不明ということになっているが、事を有利に進めたい青龍の《継戦派》首脳たちはそれを否定。夢葉は青龍学院内で生きていて、今も拷問を受けていると主張している。一方の白虎学園側では、ぼくや麗那先輩の狂言のせいで夢葉は青龍学院ですでに死亡しているということになっており、今回の宣戦布告は夢葉の殺害に対する報復戦争、という名目らしい。つまり……
「私が生きているということが白虎学園の全生徒に知れ渡れば、彼らは戦いの大義を見失います」と、夢葉が言った。
 瀕死の重傷を負ったぼくも夢葉もまだベッドからい出ることすらままならず、この薄暗い地下の病室が今の赤鳳隊祖母江町支部の、事実上の作戦会議室となっていた。
「だけど、もし君が生きていることが帝に知れたら、君は殺される」
 ぼくがそう言うと、夢葉は特に動じる様子もなく、「そうでしょうね」と頷いた。それから、「彼はそういう人ですから。今回の戦争も自分たちの利益のために、私の死を利用したのでしょう」と、淡々と語った。
 先日帝が地下射撃場でぼくに大和と赤月の殺害を命じたときに、彼は夢葉の死について少し触れたが、特に心を痛めているという様子はなかった(心を痛めているという演技を披露した)。夢葉が帝と婚約していたという話を以前聞いたが、夢葉曰くそれは親同士が勝手に決めたことで、本人たちの間に特に愛情のようなものはなさそうだった。良家にありがちな、家同士が《お近づき》になるための政略結婚だったのだろう。そう思うと、普通の家の生まれでよかったとさえ思えてくる。
「彼も彼の父君も、そうやって今の繁栄を築いてきたのでしょう。恥ずかしい話ですが、東陽家もそれは同じです」
 うつむきながら、そう語る夢葉。何も知らない箱入り娘と思っていたけれど、そうでもないのかもしれない。
 帝家も東陽家も、グループ傘下に兵器産業や医療産業、インフラ産業など数多くの企業を従えていて、戦が長引けば長引くほど戦争特需によって利益が出る。戦に駆りだされるのはあくまでもぼくらのような《下層》の下っ端で、《特権》連中やそれに与する連中が戦いに加わるのは彼らに危害が及ぶ場合のみ。戦力面では依然として白虎学園が青龍学院を大きく上回っており、出来レースの全面戦争で国と大多数の《下層》はボロボロに引き裂かれる一方で、彼ら《特権》はみるみる肥え太っていく。
 夢葉の死が今回の全面戦争の大義として利用されているなら、白虎学園、いや帝一派にとっては夢葉を生かしておくのはデメリットでしかない。夢葉が生きていると分かれば、当然連中は夢葉を消しにくる。
「夢葉さんを危険に晒すことなく、夢葉さんの無事を白虎学園の全生徒に、わかりやすく証明できればいいんですが」
 入隊早々、赤鳳隊祖母江町支部の参謀となった赤月が、抑揚のない声で淡々と言った。
「私の心配なら要りません。私ひとりの命と引き換えにこの戦を止められるなら、喜んでこの身を捧げます」
「その提案は受け入れられません。却下です」
 夢葉の提案に対し、赤月はわずかに眉根を寄せ、やや強めの口調でそう言った。先ほど夢葉が赤月を友人のように語ったように、彼女たちの間にはいつの間にか友情が芽生えているようだった。
「同意見だね。君は自分が死んでもいいのかもしれないが、ぼくは嫌だ。断固反対する。何のためにぼくは命がけで君を助けたんだ? 二度とそんな提案は口にしないでほしい」ぼくは不快感を隠さずに言った。
「そういうことだ、お嬢さん。そんなのは俺たちのやり方じゃない。いま俺らがすべきなのは、安直に仲間を捨て駒にすることじゃない。そんなのは政府軍や反乱軍のお偉いさんがただけで充分だ。どうやったら誰も死なずに目的を達成できるか。頭を使おうぜ」
 乾さんがそう付け加えると、夢葉は不服そうに眉を寄せ、黙りこんでしまった。
 長いこと沈黙を貫いていた大和がようやく口を開いた。
「夢葉くんの生存が仮に白虎学園の全学生に知れたとしても、戦が終わるとは思えないな。夢葉くんが白虎学園でどういう存在だったかは知らないが、一体どれほどの生徒が本気で夢葉くんの仇討ちなどという動機で戦っているというのかね。多くの生徒は上官が戦えと言うから戦っているだけだろう。軍学生が上の命令に背くというのは、そう簡単なことじゃない。上に逆らうのも軍を脱退するのも、どっちにしても命がけだ。よしんば成功したところでその後の暮らしの保証などない。貧困家庭が増える中、多額の借金と引き換えに白虎学園や青龍学院に入学した者も少なくない。司令部の嘘を暴いてみせたというだけで、本当に彼らは司令部の命令に背くだろうか?」
 そのとおりだった。ぼくもかつては自分の将来や母の生活のために白虎学園の忠実な兵士として、実績を上げるために悪戦苦闘していた身だ。《下層》の連中は皆そうだ。理想や綺麗事を言う余裕なんかどこにもなくて、ただ自分や家族の暮らしを守ることで精いっぱい。だから誰も帝の傀儡かいらい司令部に逆らえない。それは破滅を意味するから。彼らに服従して任務をこなすよりも、彼らに反逆するリスクの方が圧倒的に大きいのである。
「戦を止めることはできなくても、生徒たちの士気を下げる効果はあるでしょう。白虎学園の生徒の多くが帝陽輝の忠犬とは思えません」と、赤月が言った。
「だろうな。白虎の大部分は自分の将来や家族を食わせるために厭々いやいや戦わされてる貧乏人どもだ。少なくとも俺がいた頃はそうだった。今もそうなんだろ。なあ、縁人」
 乾さんがまるで思い出したくもないとでも言うように嫌悪感むき出しの顔でぼくにそう言い、ぼくは頷いた。「以前よりひどくなってるくらいですよ」と、付け加えた。
「私は皆さんの力になりたいです」と、夢葉がうつむきがちに言った。
「いま私がここでこうして生きていられるのは皆さんのおかげなのに、皆さんを危険に晒したり、足をひっぱり続けてきた挙句、ベットの上で穀潰ごくつぶしのように生き続けるなんて、私は」しゃべっているうちにだんだんと涙声になり、とうとう彼女は両の手で顔を覆い隠して、泣き出してしまった。
 そんな彼女の肩に赤月が手を置き、「友達を助けるのに見返りが必要ですか」と言うと、夢葉は赤月に抱きついてしばらく号泣し続けた。赤月は相変わらず無表情だったが、戸惑っていたのか視線がなんだか不安定だった。
「泣くなよ。嬢ちゃんにはひとつ仕事を用意してある。嬢ちゃんにしかできねえことだ。むしろこの仕事がうまくいくかどうかで、俺たちが今後どう動くべきか変わってくる。重要な役割だ。頼むぜ」
 乾さんは夢葉の背中をばしっとたたいて、そう言った。力が入りすぎたのか、体重の軽い夢葉と赤月のふたりまとめてバランスを崩してベッドに倒れこんでしまった。傷に障ったのか夢葉が悶絶もんぜつし、赤月が非難するように、しかしいつもの無表情で、乾さんをじっと見つめた。
 乾さんは「わ、悪い」と言って、頭を掻きながら謝罪した。
「何でもやります」
 起きあがりながらそう言った夢葉の眼は真剣そのもので、得体のしれない迫力が備わっていた。
  
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