極楽戦争 - End of End

著・富士見永人
第五章「赤」


 それからさらに一ヶ月が経過し、ぼくはようやく松葉杖を卒業し、任務に参加するための訓練に参加できるようになった。しかしまだ歩くのが精一杯で、飛んだり跳ねたりするなど夢のまた夢という状態であり、任務に参加したりすればあっという間に討ち死にすること間違いなしなので、乾さんから任務の参加は厳禁だと念を押されていた。
「センスねえな。全然進歩が見られねーぞ。ちゃんと神経使ってんのか」
 乾さんは厳しい口調で、ぼくを叱りつけた。
 ぼくが歩けるようになってから、乾さんはぼくを祖母江町の外れにある、人気のないつぶれた地下ボーリング場の跡地へ、よく連れて出かけた。地下だけに銃声が外に洩れる心配もなく、的を設置しただけで簡単な射撃訓練場のできあがりというわけである。
「利き腕じゃないんですから、無茶言わないでくださいよ。これでも全身全霊をこめて撃ってるんですから」
「撃てっつったんじゃねえ。的に当てろっつったんだ、俺は」
 そう。こないだの戦いで八坂から受けた傷が大きすぎて以前のように戦えなくなることも見越して、そして射撃能力の必要性をいやというほど味わったということもあって、ぼくは乾さんに射撃の訓練を受けていた。射撃の腕さえ良くなれば、近接戦闘ができなくても味方のサポートはできるようになる。怪我の後遺症があるからと言っていつまでもベッドの上でタダ飯を食わせてくれるほど赤鳳隊は甘くない。夢葉には医療というスキルがあるから黒川先生の助手として働くこともできるが、ぼくには無理だ。
 しかし白虎学園時代、あまりの射撃センスのなさに教官たちを辟易へきえきとさせたこのぼくが、心を入れかえて集中的に鍛えたからと言ってすぐに上達するかと言えば、そんなことはもちろんない。これはフィクションではなく、まごうことなき現実である。銃弾とてただではない。コストに見あった戦果も出せないぼくに、周囲の風当たりは厳しかった。赤鳳隊には白虎学園や青龍学院のようなスポンサーはおらず、ただでさえかつかつのはずの財政をどうやりくりしているのか不思議なほどであった。白虎学園ですら銃の使い手の多くは自前の銃を調達できる《上層》の生徒たちだけで、《下層》の生徒は銃や弾薬を購入する金がなく、際立ってセンスのある者にのみ、特別に軍が銃器を貸与していた。白虎学園よりはるかに財政事情が厳しい青龍学院は、そもそも銃の使い手自体がレアだった。今やこの日本という国そのものが貧困に陥りつつある。
「夢葉嬢の方がまだ上手いくらいだぞ。しゃんとしろ、しゃんと」
 そう、この射撃訓練はぼくだけでなく、夢葉や他の隊員も行っている。赤鳳隊では自前の銃がなくとも、入隊時にひとつだけ支給される。おおかた横流し品か、敵からかっぱらったものだろうが、とにかく今のぼくとしては射撃要員として戦線に復帰する唯一のチャンスだった。
「縁人さんは私よりもだいぶ遅く練習を始めたんですから、無理もないですよ。それに私、護身のためにということで昔から射撃は習っていたんです」
「甘やかすようなこと言うんじゃねえよ。こいつが隊に貢献できる道は、もうこれしか残されてねえんだ。死ぬ気でやって身につけてもらわなきゃ、泣きを見るのは縁人なんだぜ」
 夢葉がぼくを弁護するように言うと、乾さんはそれをたしなめた。夢葉も白虎学園でひととおりの射撃訓練は受けており、あまり上手いとは言えないが、一応銃を扱うことはできた。初陣の際、蒼天音に対して思うように撃てなかったのも、単に戦慣れしていなかっただけだろう。
 乾さんは赤鳳隊尾張支部で部隊長をやっているが、彼に人事権があるわけではない。隊員をスカウトする権限はあっても、上がぼくを放逐すると決めれば覆すことはできないのである。二ヶ月もの間、治療に専念していたとはいえ、ろくに隊に貢献することのないぼくをフォローし続けるのも限度がある。ぼくが赤鳳隊の一員としてみんなとともにこの戦を終わらせるためには、何が何でも射撃スキルを身につけなければならない。やればできるようになると信じて、やるしかない。
 弾薬もただではないので、限られた練習回数の中で成果を出さなければならなかった。しかしそれだけではおそらく射撃の才能のないぼくが正確無比の射撃を身につけることは困難なように思えた。エアガンでも買おうかと思ったが、あいにく金はなく、またこのスラム街にそんな玩具を売っている店もなかったので、木材とゴムチューブをどうにか加工して射撃練習用のボウガンを作り、段ボール製の的に当てる練習を、延々と繰り返した。飯を食う時間も、シャワーを浴びる時間も、トイレに行っている時間も、イメージトレーニングを繰り返した。
 そんな努力が報われたのか、さらに二ヶ月が経過する頃には、ぼくの射撃は隊の中でもそこそこ正確なものになっていた。リハビリ、基礎体力トレーニングも必死で行った甲斐あって、一般人並くらいには走れるようになった。これなら任務に出してもいい、いや出ろ、という乾さんのお墨付きをもらえたので、近いうちに出動するだろう。人間その気になれば意外と何とかなるもんだ。最後はやっぱ、やる気だね。

 そして五月の半ば。ぼくが赤鳳隊に入隊してから実に半年近く経った頃、ようやく初の任務が与えられた。白虎学園の三年生だった麗那先輩は、普通なら三月の時点でもう卒業しているはずだ。彼女は果たして無事に卒業できたのだろうか。卒業後の進路は、やはり政府軍の兵士なのだろうか。神楽先輩や飛鳥先輩も、政府軍の兵士になったのだろうか。要玄人は卒業できたのだろうか。そうだとして、学園内で唯一帝派に対抗できる可能性のあった《要組》は解散したのか。それとも後輩の誰かが引き継いだのだろうか。帝陽輝は政府軍のお偉いさんか、それとも父親と同じ政治家になっているのか。彼らの進路は、今のぼくには知る由もない。麗那先輩と再会することもないだろう。再会したところで今度は敵同士なので、できればもう会いたくない。いや、会いたいけど。
 ぼくに与えられた赤鳳隊での初任務は、青龍学院に残った《継戦派》の無力化だった。当然ぼくひとりで任務にあたるわけではなく、他の仲間たちと共闘するわけだが、作戦の規模が規模なので人出が足りないらしく、ぼくにまで白羽の矢が立ったというわけだ。
 半年前、つまりぼくが赤鳳隊に入隊したころに白虎学園に全面戦争をしかけられたおかげで、青龍学院は甚大な損害を負っている。ここにぼくら赤鳳隊が全力で襲いかかり、青龍学院の《継戦派》をつぶして、目的を同じくする《停戦派》の連中、つまり大和や赤月のかつての仲間たちを、赤鳳隊の傘下に収めてしまおうという戦略だ。
 赤月の話によると、青龍学院では未だに校長をはじめとする《継戦派》が幅をきかせているらしく、彼女のかつての仲間たちは戦をやめたいにもかかわらず、戦わされているということ。青龍学院には白虎学園にはない《降伏禁止令》という悪魔のような校則があり、なかばなげやりになっている者、自爆特攻を命じられているような者もいると聞く。
「準備は整った。これ以上、意に反する戦いを強いられている我々の仲間を、放っておくわけにはいかない。すまないが、みんなの力を貸してほしい」
「私からもお願いします」
 大和と赤月はそう言うと、乾さんをはじめ赤鳳隊の面々に向けて、深く頭を下げた。
「もちろんだぜ。この戦を止めたいって思ってるやつは、みんな俺たち赤鳳隊の仲間さ。そいつらがまさに殺されかけてるっていうなら、助けに入らない理由はねえよ」
 うまくいきゃこっちの勢力も増えるしな、と、乾さんはつけ加えた。戦で消耗しきっているとは言え、まだ青龍学院はぼくたち赤鳳隊祖母江支部のゆうに十倍以上の兵力を持ち、今回の任務では作戦を遂行するための戦力が不足しているので、他の部隊の力も借りる。
 青龍学院にいる生徒が《継戦派》なのか《停戦派》なのかがわかるのは今のところ大和と赤月のみで、彼らはそれぞれ別々の部隊で指揮をとる。《継戦派》をつぶすと言っても、ごく一部の首脳陣を無力化もしくは抹殺するだけで、それさえ済めば大和いわく多くの生徒たちは《停戦派》に転がりこむ、らしい。もともと血気盛んだった連中も、全面的な戦争状態が長く続けば(しかもそれが負け戦ときたら)厭戦ムードが出てきてもおかしくはなかった。
 ぼくは一応走れる程度にまで回復したものの、今回の任務では射撃による後方支援を任されることとなった。近接戦闘では以前のような強力な打撃は使えないため、赤月に短刀術を少し習っておいた。が、彼女の腕前には遠く及ばず、あくまで敵に接近されてしまったときや、狭い場所で銃が使えない状況下での最終手段といった感じだ。奇しくもあの八坂と同じような戦闘スタイルとなってしまった。なんたる皮肉。
 この任務が成功して《継戦派》の首脳である青龍学院現校長と教頭や側近たちを排除したら、次は《停戦派》の筆頭であり教頭に次いで青龍学院ナンバー3でもある三学年主任の和泉いずみという女性教師が校長の座につき、青龍学院は事実上の赤鳳隊の同盟軍と化す、というシナリオだ。これが実現すれば、長いこと尾張県極楽市をむしばんできた《極楽戦争》の終結も見えてくる。
 今回の任務の準備段階で青龍学院にいる協力者のひとりであり、大和と赤月の旧友がでもある生徒が犠牲になったようで、彼らは何が何でも任務を達成させたいと考えているようだった。もちろんぼくとしてもこの任務を成功させたいが、自分や乾さんら赤鳳隊の仲間の命を犠牲にしてまでかと言えばそうではない。もし万が一失敗して自分や仲間の身に危険が及べば、撤退も考えている。おそらく乾さんも同じことを考えているはずだ。
 
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