極楽戦争 - End of End

著・富士見永人
第五章「赤」


「あー痛かった。シートベルトしてなかったから思いきり頭ぶつけちゃったよ。もう」
 麗那先輩の美しいその顔から足元にかけて、赤い縦縞たてじま状のラインに彩られていた。出血量が多く彼女の足元にまで赤い染みを幾多にも作っていた。常人なら頭をぶつけたショックか、もしくは失血によって死んでいてもおかしくはないだろう。
 しかしそんな、どう見ても軽傷とは言いがたい状態でも、彼女はどこか面白そうに、力強く、あの嗜虐しぎゃく的な笑みを浮かべた。
「さすがの私も、あんな無茶苦茶なことされたら、無事じゃ済まないなあー。よくもやってくれたねえ。お礼にたっぷりかわいがってあげるよ」
「麗那……先輩……?」
 突然の邂逅かいこうに、ぼくは言葉を失っていた。
 なぜ、この人が、ここにいる?
 しかもよりにもよって、青龍学院の校長の護衛の車なんかに?
 麗那先輩はいつもの白虎学園のブレザー姿ではなかった。順当に行けば三月で学園を卒業しているはずなのだからそれ自体は不思議ではないが、問題は彼女が、青龍学院の制服である漆黒しっこくのセーラー服に身を包んでいることであった。以前ぼくとともに夢葉を連れ戻すために青龍学院に潜入したときもカムフラージュのために着ていったことがあったが、今回はそうではないだろう。
「あら、縁人くん?」
 軍用車の陰から覗くぼくの顔を見て、麗那先輩はぼくの存在に気づいた。
「ひさしぶりだね。元気にしてた? 白虎学園を追いだされてからぜんぜん音沙汰ないから、帝のお坊ちゃんの兵隊に殺されたんじゃないかって心配だったよ。でも、こうしてまた会えて、よかったわ」
「ぼくはできれば、もう貴女あなたと会いたくはなかったんですけどね」
 そうなればきっと、あなたと殺しあうことになるだろうから。
 麗那先輩は露骨に驚いたような顔をしてみせて、言った。
「えー。縁人くん、私のこと嫌いになっちゃったの? 私がなんか縁人くんに嫌われるようなこと、したかな?」
「好きだからこそ、えない。そういうこともあるんですよ」
 言っちゃった。我ながら気障きざったらしいセリフである。
「おい、縁人」
 乾さんが低い声でぼくに釘を刺した。彼の視線と表情だけで、言わんとしていることはわかった。これぞ以心伝心、阿吽あうんの呼吸。ちょっとちがうか。
 わかってますよ、乾さん。今は彼女はぼくたちの敵で、ぼくは彼女を殺さなければならない。そうしなければ、ぼくたちが死ぬのだから。
 初めて味わう、麗那先輩のむき出しの殺気。
 それは例えるなら、高熱を帯びた暴風のような、ものすごい《プレッシャー》だった。
 今まで何度か手合わせしたことはあったが、実戦でこうしてじかに対峙たいじするのは初めてだ。麗那先輩と今まで戦っていた連中は、こんな重圧の中で戦ってきたのか。
 こっちは機関銃とサブマシンガンで武装しているというのに、そんな火力差を前にまったく退かず、むしろその逆境をたのしんでいるかのようなその強さと狂人っぷりに、ぼくは恐怖した。
 麗那先輩は、ひっくり返った校長の車を指さして言った。
「おいでよ、縁人くん。校長の車は防弾仕様だから、マシンガンぐらいじゃ殺せないよ。もし校長を殺しに行くんなら、こっちにおいで。私たちを倒してから行きなさい」
 どこかのアニメの悪役が吐くようなセリフを言ってから、麗那先輩は愛用の大薙刀をひゅんひゅんと振りまわし、いつかあの《殺し屋》をしとめたときのように、大上段に構えた。
 その構えを見た瞬間、ぼくの体がびくっと硬直した。
 蘇る惨劇さんげき。大口径のライフルで撃ちぬかれたような大穴を体のどまん中に開けられそのまま内臓をかき回され、無残な死を遂げた蒼天音の悲惨な末路。あまりに凄惨せいさんすぎて、敵ながら同情を禁じえないほど、それはぼくの脳裏にまるで呪いのように焼きついていた。病みあがりのぼくのスレンダー・ボディがあの一撃を受ければ、おそらく上半身と下半身が離別さよならするだろう。
 麗那先輩の、本気モード。
 あのときは速すぎてよく見えなかったが、あの大上段の構えからネコ科の猛獣のような瞬発力で急速に間合いを詰め、敵を串刺しにする、というよりは《はつる》のだろう。その人間離れした破壊力から、防御はまず不可能だと思っていい。《人割り》終零路の一撃のように、受け止めたが最期、武器ごと肉体を破壊し尽くされるのだ。しかもこっちは眼にも映らぬほどの速度で繰り出される。
「乾さん。霧崎さん。あの一撃を受けないでくださいね。死にます」
「見りゃわかる」
 彼女のやばさは乾さんも霧崎もわかっているようで、あくまで接近はせずにこのまま火力で押しきるつもりのようだった。
「私たちを忘れていただいては困りますね」
 変形した護衛のベンツから、もうひとり、学ラン姿の男子生徒が出てきた。長髪で背が高く、背中にたすき状に背負っていた一対の剣を、抜いた。日本刀というよりは西洋の片手剣で、あくまで日本の伝統と格調を重んじる青龍学院の生徒としては珍しく、構えも日本の剣術のそれではなく、西洋の、フェンシングを思わせるものだった。何だか品のよさそうな、どちらかと言えば白虎学園の上層だか特権階級にいるお坊ちゃん風の男だった。
「ミー、トゥー」
 さらにもうひとり、セーラー服姿の背の低い金髪の女子生徒が出てきて、腰に差した二ちょうの拳銃を抜いた。金髪と言っても顔立ちは完全に日本人で、脱色してパサパサになった、まるで冷やし中華に添えられる千切りの卵焼きのような髪を、黒いリボンでポニーテール状に縛っていた。今のセリフは英語のつもりだろうが完全に日本人のカタカナ英語で、見ているこっちが恥ずかしくなってしまった。たぶん洋楽好きのぼくの方がまだマシ。
「…………」
 そして最後に、どこかの野球少年の姉のようにベンツの影からこちらをちらりと伺っている、背の低い刈りあげ髪の小男がいた。姿がよく見えないので武器や能力は不明だが、おそらく飛び道具の使い手だろう。先ほどのライフルと思われる銃撃は、こいつの仕業かもしれない。
 ぼくは彼らのことは白虎学園の《ブラックリスト》で知っていた。長髪の男が板垣、金髪の女が町田、刈りあげの小男が世古口せこぐち。どいつも青龍学院で十指には入る猛者たちだ。青龍学院の最高権力者の護衛を任されるくらいなので当然といえば当然だろう(おそらく元白虎の麗那先輩が裏切って校長を殺しにかかったときの保険も兼ねている)。
「全員手練てだれだな」
「あまりお近づきにはなりたくないね。ふたつの意味で」
 乾さんも霧崎も彼らの実力は肌で感じて理解しているようだった。そう、うまく言葉には言い表せないが、歴戦の戦士はまとっているオーラが他の者とは違うのだ。麗那先輩ほどではないにせよ、他の三人からも相当のプレッシャーを感じる。このまま簡単にミッションコンプリートとは行かせてくれないようである。そうこなくてはエンターテイメントは成り立たない。

「最後のお別れになるかもしれないので、白状します。麗那先輩。あなたのことがずっと好きでした」

 やぶから棒にそんな告白をするぼくに、乾さんも霧崎もしばらく茫然ぼうぜんとしていて、何も言わなかった。
 あまりに意味不明のできごとを前にして思考を停止した人間というのは、こういう顔をするのかもしれない。
 
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