極楽戦争 - End of End 著・富士見永人

 第五章「赤」

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 麗那先輩はぼくの突然の告白に動じることなく、満面の笑みで応えた。
「うん、知ってる。ありがと。うれしいよ」
 彼女のその返しが、ぼくの気持ちに応えるという希望的観測を完膚なきまでに打ち砕くものであるということは、彼女のことをずっと見てきたぼくには、わかった。
 わかっていて、あえて続けてぼくは言った。
「あなたはぼくにとって理想の女性であるとともに、こうありたい、こんなふうに生きてみたいという理想を体現した、憧れの人でした」
 麗那先輩は、今度は無言のまま、ぼくの話を聞いていた。
「でもね、麗那先輩。ぼくはこの戦いに、終止符を打ちたいんですよ。戦好きのあなたにとっては迷惑極まりないかもしれませんが、ぼくはね、自分も含めて、ぼくの大切な人たちが平穏に暮らせる世界がほしいんです。もしその実現のためにあなたを殺さなければいけないなら」
 黙ってぼくの言葉を聞いていた麗那先輩にはその先のセリフが予想できたのか、先ほどの天使のような無邪気な笑みとは異なり、ひどく嗜虐的で攻撃的な、例の悪魔のような笑みを、浮かべた。
「麗那先輩。あなたを殺す」
「ふふ、うふふふふ」
 待ってました、といわんばかりにその言葉を聞いた麗那先輩は、心底うれしそうに笑った。
「赤鳳隊に行ったんだね、縁人くん。……正直さ、退屈してたんだ。白虎学園での《日常》に。帝のお坊ちゃんがお金にものを言わせてどんどん軍備を強化して、気がつくと反乱軍のおいしそうな人はみんないなくなってて、せっかく眼をつけてた縁人くんも追い出されちゃって。しょうがないからまた玄人くんにでもちょっかい出そうと思ったら、いつの間にか退学しちゃってたし。それならいっそのこと反乱軍にでも寝返っちゃったほうがおもしろいんじゃないかと思って抜けてきたんだけど」
 相変わらず自由すぎる人だった。が、それでこそぼくの憧れた麗那先輩です。
「でも、こんな形で再会できるなんて、正直思ってなかった。ね、ねえ。わかる? 私いま、最高に興奮してるんだよ。縁人くん。こうして戦場で、敵として出会える日が来るなんて、ほんと、夢みたいだよ。幸せだよ」
 感極まったのか、麗那先輩の大薙刀はかたかたと小刻みに震え、その瞳は長年ほしがっていた玩具を買い与えられた子供のように、輝いていた。そんな麗那先輩の真性の戦闘狂ぶりを見て、乾さんと霧崎は、あきらかにドン引きしていた。
 ああ、よかった。いつもの麗那先輩だ。
 麗那先輩の平常運転を知っているぼくだけが、冷静でいられた。
「付きあってられないわ」
 嫌悪感むき出しの顔で、霧崎が機銃のトリガーを引いた。
 ぼくも乾さんも、同時にイングラムの引き金を引いた。
 たたたたた、と、一斉に奏でられる撃発音の三重奏トリオ。秒間二十発というすさまじいスピードで吐き出される九ミリパラベラム弾の大群が、麗那先輩とゆかいな仲間たちに襲いかかる。
「つまんなあい」
 麗那先輩は超人的な反射神経と機動力で、……校長のジャガーの陰に身を隠し、銃弾をしのいだ。
 これがフィクションなら、超人的な身体能力と反射神経で無数の銃弾を弾き返したり、秒間二十発×三の銃弾さえ隙間をうようにかわして迫り、ぼく以外のふたりを瞬殺して麗那先輩の最強無敵っぷりをあますところなく発揮する絶望的展開になるのであろうが、これはまごうことなき現実で、いくら麗那先輩が人間離れした超人だろうが、無理なものは無理なのである。だが、これだけの火力を前にしてまったく怯まず、最適な行動が取れるのはさすが百戦錬磨の強者(おそらく校長のジャガーの方が護衛のベンツよりも頑丈。そして校長をぼくらの突撃から守る意味もあると思う)。
 板垣と町田も同じく校長車の陰に身を隠し、町田はお得意の二丁拳銃でぼくらに反撃してきた。被弾を避けるためにぼくらも軍用車の陰に身を隠したが、火力ではこちらが圧倒的に上回っており、向こうに反撃の間を与えなかった。時おり護衛車の陰から町田の拳銃のものとはまたちがった、たーん、というライフルを思わせる撃発音が響いてきた。おそらく世古口の武器によるものだろう。
 しかし銃という兵器の性質上、どこかで弾を補給しなければ、いずれ弾切れとなる。もたもたしていれば敵の応援部隊がやってくるかもしれない。一秒でも早く車の中の青龍学院校長を殺し、この場を離脱しなければならない。
「わかってるでしょ? このままだらだら銃撃戦なんか続けても意味ないよ。もたもたしてたら校長が呼んだ増援部隊が来るから。銃なんか捨てて、堂々と斬りあおうよ。その方がお互い疲れないし、楽しいじゃない。ねえ?」
 残弾を気にして徐々にこちらの射撃回数が減ってきたのを見越して、麗那先輩が防弾車の陰から提案した。
「たしかに拉致らちがあかねえ。やつの言うとおり時間をかければこっちが不利だ。あくまで俺たちの目的は青龍学院校長の抹殺だ」と、乾さんが向こうに聞こえない程度の小声でぼくたちに言った。そして、さらにこんなことを言った。
「軍用車ごと向こうに突っこむぞ。弾幕を張りつつ、全員車に乗りこむんだ。いいか」
「どのみち、そうするしかないんでしょ。なら、やるだけよ」
 霧崎が同意し、ぼくもただ黙ってうなずいた。
「いくぜ」と、乾さんが先陣を切って飛びだし、イングラムの残弾を一斉にばらまいた。
 ぼくらと霧崎もそれに続いて同じように弾幕を張りながら車に乗りこんだ。
 相手に反撃の暇を与えることなく、全員軍用車に搭乗することに無事成功した。
「シートベルト忘れんなよ。しっかり捕まってろ」
 乾さんがそう言うと、ぼくは大あわててシートにすえつけられたシートベルトを装着し、天井のハンドグリップをつかんだ。
 かんかん、がつん、という音とともにフロントガラスに銃弾がめりこむ。しかし軍用車なので当然防弾仕様で、蜘蛛くもの巣状の亀裂こそ入ったものの、こちらまで弾は届かない。東陽財閥様々であった。やはり世の中は金である。
 急加速する車体。
 速度が上がるにつれ、ぼくの心拍数も増していく。
 軍用車とはいえ、全速力であの頑丈そうな防弾車に突っこむのだから、無事でいられる保証はない。
 たてつづけにフロントガラスに銃弾がめりこんだがすぐに止み、おそらくは町田のものと思われる「くそったれ」という叫び声が聞こえた。
 どんがらがっしゃん。
 漫画の擬音みたいな音とともに、車内全体がぼくたちに向かって壮絶な体当たりを敢行しようとばかりに襲いかかる。が、シートベルトをしていたおかげで、車内で人間パチンコになるのだけは避けられた。
「シートベルトは大事だぜ。よい子のみんなはめんどくさがらずに、ちゃんとつけるんだぞ」
 乾さんが交通課の警官のようなことを言った。よい子のみんなって、一体誰に向かって言ってるのだろう。
 ぼくらの軍用車にはシートベルトだけでなくエアバッグも完備されており、全員無傷で済んだ。ぼくと大和と赤月の三人で青龍学院を脱走したときに盗んだ反乱軍の旧式軍用車にはそんなものはついてなかった。もしついてたら、あの《人間兵器》相手でもそう遅れをとることはなかっただろう。やっぱり世の中、金である。
 軍用車が校長のジャガーに衝突してから数秒して、どかーんというすさまじい炸裂音がぼくの鼓膜に痛恨の一撃を与えた。おそらくジャガーのガソリンに引火したのだろう。もしかしたらぼくの鼓膜は破れたかもしれない。

 がきーん。

 すさまじい金属音が軍用車の車内全体に響きわたると同時に、運転席側の窓ガラスに大きな亀裂が入った。
「あぶねえ」
 間一髪で窓から生えてきた《刃》をかわした乾さんの顔色は、まっ青だった。見憶えのある、大きく肉厚のその大薙刀の刃は、軍用車の防弾ガラスをもたやすく貫いていた。
「少しちびったじゃねーか」
 苦笑いを浮かべながら、乾さんは窓ガラスから生えたその刃に、アーミーブーツでおもいきり横から蹴りをおみまいした。
 さすがに麗那先輩と激戦をくぐり抜けてきた愛用の大薙刀も、横から鉄板入りのブーツで蹴られてはひとたまりもなく、ばきーんという破砕音とともに根こそぎへし折れてしまった。
「あー!」
 麗那先輩の絶叫が聞こえてきた。
 続けて、乾さんがドアを蹴り開ける。いつの間に外に出たのか、ぼくの隣の席にいた霧崎の姿はもうなかった。ぼくは慎重に扉を開けて外に出、もうほとんど弾の残っていないイングラムを構えたが、町田や世古口による狙撃はなかった。
「あーあ。死んじゃった。校長」
 スクラップと化し、炎に包まれた青龍学院の最高指導者の車を見て、心底どうでもいい、という口調で麗那先輩がそう言った。
 もともと彼女は反乱軍に忠誠を誓ったわけではなく、ただより戦を楽しめそうな側についただけなのだ。
「任務失敗、かあ。校長が死んだことが学校側に知れたら、私たちもただじゃすまないね。どうする? 降参する?」
 完全に戦意を失った町田が、覇気の抜けたような顔でそう言った。

 ごとり。

 重たい金属製の砲丸か何かが落下したような音が聴こえ、ぼくは眼の前で起きた《惨劇さんげき》に眼を丸くした。
 町田の頭が胴体と離別さよならし、地面をボーリングの球のように、ごろごろと転がっていた。
「私たちに降伏はありません。あるのは前進のみ。降伏とはすなわち裏切り。そして裏切り者には死を。それが誇り高き青龍学院の掟です」
 町田の首を切り落とした板垣は、けがらわしいとでも言うようにその血染めの剣を一閃した。赤い霧と化した町田の鮮血が宙に舞って地面に吸いこまれていった。
「あなたはどうしますか。世古口」
 板垣ににらみつけられた世古口は、ただ怯えて首を縦に振った。スナイパーライフルの使い手である彼があそこまで接近を許した板垣と殺しあえば、結果は素人が見ても明らかだった。
 そして板垣が次にその冷たい視線を向けた先は、麗那先輩だった。
「なあに」
 麗那先輩の顔から笑みが消え、ふたりは睨みあった。
「ぐへ」
 世古口のものと思われるうめき声が聞こえ、振り向くといつの間にか気配を殺して忍びよった霧崎がナイフで世古口の喉を切り裂いていた。これで敵は飛び道具の使い手を失い、戦況はぼくたちに大きく有利となった。
「紅麗那。もしあなたが《革命軍》に忠誠を誓った戦士なら、私とともに彼らをたおすのです。たとえ刺しちがえてでもね。さもなくば、抗命罪であなたを処罰しなければなりません」
「忠誠? 何それ。ばかじゃないの? 犬じゃあるま」
 そう言った次の瞬間、麗那先輩の首もとを板垣の刀が一閃していた。
 ……そして、板垣の腹に、サッカーボールほどの大きさの、トンネルが開通していた。
「ぐほ」
 体の前後から大量の血と臓物をまき散らした後、板垣は血の海に沈んだ。
 ぼくの脳裏にあの《殺し屋》蒼天音の凄絶な最期が蘇り、胃の中のものが食道あたりにまで逆流してきた。
「なんだ。仲間割れか?」
 なかば戸惑った様子で乾さんが言った。
「はー、白けた。せっかく盛りあがってたのに。この犬のせいで」
 麗那先輩は、すでに帰らぬ人となった板垣を見おろし、吐き捨てるように言った。
 そして相変わらずイングラムの銃口を向けるぼくたちに微塵も臆することなく、こんな提案をした。

「ねえ、縁人くん。今度は私、そっちに行きたいな。赤鳳隊に入りたい。縁人くんと戦ってみるのも面白そうだったけど、なんか怪我の後遺症が残ってるみたいだし、また縁人くんが戦えるようになるまで、お姉さんがそばで守ってあげるよ。ね。いいアイデアでしょ?」

 まさかの入隊志願だった。
 

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