極楽戦争 - End of End

著・富士見永人
第五章「赤」


 突然の、麗那先輩の赤鳳隊入隊志願。
 ぼくにとってはこの上ない僥倖ぎょうこうだったが……
「そりゃもちろん大歓迎ですが、ぼくは単なる下っ端なので、麗那先輩の入隊を認める権利なんてないんです」
「えー」
 ぶー、と、容姿と戦闘能力に似合わぬ可愛らしい仕草をする麗那先輩を見て、ぼくの心はふたたびときめいた。
「乾さん、どうでしょう。見てのとおり、彼女の実力は折り紙つきです。万年兵力不足の赤鳳隊にとって百人、いや千人力、いや不可説不可説転人力になってくれるはずです」
 ぼくは乾さんに交渉してみることにした。
 普通に考えれば、麗那先輩のような戦闘狂を隊に迎えるというのはリスキーだ。忠誠心もなければ信念もなく、ただ眼の前の快楽を追い求めるだけの彼女が、気分ひとつで味方に危害を及ぼす可能性は十分にある。しかしそこは惚れた男の弱みというか、いまだ消えぬ麗那先輩への恋慕れんぼ憧憬どうけいの情が、ぼくを盲目にしていたのかもしれない。
 乾さんはしばらく考えこんでいた。眼の前で彼女の圧倒的な殺意を見せつけられ、さすがに二つ返事でOKとは言えない。そんな感じだった。彼女のような戦闘狂を部隊に加えて大丈夫なのか、と、隊員全員の命を預かる部隊長として慎重になるのは当然のことだ。
「まあ、ダメならこのままバトル継続ってことになるね。私ひとりで君たち全員相手に勝てるかどうかはわからないけど、最低でも三人は道連れにするよ」
 全員殺す宣言だった。
 麗那先輩が折れた血まみれの大薙刀をぶおんと一閃すると、こびりついていた板垣の血や肉片が、赤い霧となって宙に舞った。というか、折れた薙刀で板垣の腹にトンネルを開通させたのか、この人は。
 ぼくら全員が沈黙していると、麗那先輩の顔から笑みが消え、折れた大薙刀をふたたび大上段に構えた。
「私はどっちでもいいよ。さっさと決めて。グズは嫌い」
 麗那先輩が低い声でいら立ちを隠さずにそう言った。
 殺気を感じとった乾さんが若干くたびれた様子でため息をつき、手に持ったイングラムをおろした。
「いいだろう。お前の仮入隊を認める。ただし途中で妙な真似をしたら容赦しねえからな」
 いくらマシンガンで武装しているとはいえ、相手は人間離れした身体能力で剣林弾雨けんりんだんうをくぐり抜け続けてきた猛者だ。このまま戦い続ければ、隊員の誰かは犠牲になると考えたのだろう。あるいは、ぼくの苛烈猛烈熱烈激烈な推薦も一役買っていたかもしれない。
 乾さんの言葉を聞いた麗那先輩の顔に今度は無邪気な笑みが浮かび、構えを解いた。
「オッケー。私は紅麗那。よろしくね。えーっと」
「犬井乾一だ。一応ここの部隊長をやってる。が、お前を正式に採用する権限を俺は持ってねえ。赤鳳隊に正式採用されるかどうかは、これからのお前の働き次第だ」
 差しだされた麗那先輩の手を、乾さんはぎゅっと握りしめた。
 こうして、赤鳳隊に新たな仲間が加わることとなった。

 ぼくらの班が校長の暗殺したのとほぼ同時に、大和や赤月ようする別働隊が、青龍学院ナンバー3の和泉と《停戦派》の力を借りて、教頭をはじめとする学院内部の《継戦派》の主要メンバーの抹殺および無力化に成功した。そして予定どおりに停戦派の筆頭である(と同時に赤鳳隊の《協力者》でもある)和泉が青龍学院の暫定校長に就任し、青龍学院は事実上赤鳳隊の同盟軍となった。
 乾さんの言っていた赤鳳隊の謎のスポンサーのおかげか、旧式のポンコツばかりだった青龍学院の兵器が次々と一新され、白虎学園との戦力差は少しずつ縮んでいった。
 白虎学園側に停戦交渉を持っていくには、停戦することが向こうにとって利益になると思わせなければならない。一番確実なのはこちらも武力を増強して、これ以上戦えばあちらもただでは済まないと思わせることだ。今までの戦いは帝と特権連中のてのひらの上で踊らされていただけの出来レースであり、何もしなければ、青龍学院の連中と現場で戦っている白虎学園の《下層》の生徒たちにとっては生かさず殺さずの緩やかな地獄が、このまま永遠に繰り返されることになる。結局のところ、今まで人類の歴史を変えてきたのは力なのだ。勝者こそが歴史を作り出す。アメリカをはじめとする西側諸国に民主制という夢のような制度が成り立っているのは、彼らが戦ってその権利を勝ちとったからに他ならない。
 ぼくらは、勝ち取る。この国で、平和に、自由に生きる権利を。
 赤鳳隊がバックについて一ヶ月もすると、青龍学院では明らかに戦死者が減っていた。装備強化のおかげでもあるだろうが、白虎学園が慎重になったのか、以前よりも攻撃をしかける頻度自体が減っているようだった。
 今こそ停戦交渉をするとき、と、青龍学院を代表して和泉が何度か白虎学園に書簡や特使を通して話を持ちかけた。が、あくまで白虎学園側はそれを退けた。白虎学園司令部、ことに帝陽輝にとっては、あくまで戦争こそがビジネスなのだろう。
「できれば話しあいで解決したかったがな。やつらに戦争をやめる意思はないらしい」
 乾さんがため息をついて、そう言った。
 祖母江町の地下アジトで普段どおり訓練に明け暮れていたぼくは、その知らせを聞いて肩を落とした。そりゃ戦って解決するよりも、戦わずに解決する方がいいに決まっている。孫氏の兵法書にもそう書いてあった、たしか。
「隙ありーぃ」
 陽気で可愛らしいソプラノボイスと同時に、ぼくの腹をまるで爆弾が炸裂したかのような衝撃が襲った。
「ぐぷ」
 胃酸が逆流して食道から口腔にかけてを焼きはらい、大気中に放出された。
「だめだよ。試合の最中によそ見しちゃ。戦場だったらこれで五十二回死んでるよ、縁人くうん」
「す。すびばせっ。うげえ」
 涙眼で口から第二波を地面にまき散らしながら、ぼくは地面に沈んでいった。あまりのショックでしばらく体が動きそうになかった。
 麗那先輩が赤鳳隊に入ってから、ぼくはほぼ毎日、彼女のサンドバッグになっていた。理由は彼女がそう望んだから……ではなく、ぼくがマゾだから……でもなく、射撃のみならず接近戦に関しても以前と同じか、それ以上の強さを手に入れたいと思ったからだ。現に先の校長討伐任務では、青龍の連中が仲間割れしてくれたからよかったものの、あのまま乱戦になっていたら、乾さんや霧崎はともかく、ぼくは連中の誰かに殺されていたかもしれなかった。射撃の腕は必要だが、やはりそれだけでは複雑化した現代の戦場を生き抜くのは難しい。
 接近戦にいたってはぼくが知る中では最強無敵の麗那先輩に鍛えてもらえば、八木師匠のところにいたときのように情け容赦のない指導で毎日ボロ雑巾のようになりながらも彼女の強さの核心に迫り、ぼくも彼女ほどとまではいかずとも、それに近い強さは得られるかもしれない。そう思った。
 しかしここ一ヶ月ほどそれを続けても、麗那先輩の強さの核心どころか、その片鱗すら掴めたとは言いがたかった。ざるで水をすくっているようなかんじ。
「あなたの指導は乱暴すぎです」
 いつもの無表情で、しかしどこかとげのある口調で、赤月が麗那先輩にそう言った。
「たしかにあなたは強いです。おそらく、ここの誰よりも。でもトレーナーにはまるで向いてません」
「ちょっと何言ってるかわかんない。私、ただ縁人くんに頼まれて毎日組手の相手してただけだよ。教え方なんてわかるわけないじゃん。人に教えたことなんてないんだから」
 口をかわいらしくとがらせてねたように麗那先輩は反論した。
「そうだよ、赤月。ぼくが彼女に頼んだんだ。だから」
「このまま彼女のサンドバッグを続けたところで、円藤さんが強くなれるとは思えません」
 麗那先輩を弁護するぼくを遮って、赤月がそう言った。直球だった。
「あなたの動きは素直すぎます。彼女のような超人ならどうにでもなるでしょうが、あなたのような、えと」
 うまい言い回しが思いつかないのか、赤月は一瞬口ごもった。そういえば彼女は以前、小説家になりたいと言っていた。ウィットに富んだ比喩でも考えているのだろうか。
「円藤さんのような坦々たんたんたる方は、《技》を磨くべきです。本来武術とは、弱者が強者に対抗するために考えられたものです。私が何も考えずにただ円藤さんと殴りあっても絶対に勝てませんが、武器をとり、《技》を用いれば話は別です」
 坦々たる、が何を意味しているのかぼくにはわからなかったが、才能のない凡人、ということを遠まわしに述べているのは何となくわかった。ぼくに配慮したのか、より文学的な言い回しにしたかったのかはわからないが、麗那先輩もたぶんそんな難しい日本語は知らない。相手に伝わらない言葉では本末転倒である。
 麗那先輩は赤月をびしっと指さして反論した。
「じゃあルリルリが教えてあげればいいじゃん。文句があるなら君が縁人くんを強くしてあげなよ」
「あー。俺もそれがいいと思うぜ。ライオンの戦い方を教わっても人間はライオンにはなれないんだよ。縁人」
 事の顛末てんまつを見届けていた乾さんがついに口を開いた。
「ちょっと何それー。人を猛獣か何かみたいに。失礼しちゃうわ。ぷんすか」
 興がめた、とでも言うように麗那先輩は鍛錬場から出ていってしまった。
 辺りをしばらく、静寂が支配した。
 赤月と眼が合った。
 彼女は相変わらずの無表情で、しばらく無言でぼくのことをじっと見つめていたが、やがて「よろしくお願いします」と、ぼくにペコリと頭を下げた。
「あ、こちらこそ」
 つられてぼくもつい、新しい小さなお師匠様に頭を下げた。
 
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