極楽戦争 - End of End 著・富士見永人

 第五章「赤」

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 それからさらに二ヶ月ほど経過した某日、鈴子の友人であった天曽根寿賀子あまぞねすがこが死んだ、という情報が入った。江口先生が死に、霧崎(三城美樹)が白虎学園を抜けたために新たな《協力者》が必要となり、霧崎がかつての旧友である天曽根に頼んでいたらしい。貧しい家の生まれである彼女とその家族を経済面で支援すると言って取引した、と、霧崎は平然と語っていた(もちろん資金を出すのは赤鳳隊だ)。
 戦争終結作戦はいまだ決行に移せておらず、極楽市の各地ではいまだ小規模な競りあいが頻発していた。ぼくは単なる一兵卒なので作戦の全容までは知らされていないが、赤月参謀がこっそり教えてくれた話によると、停戦交渉が事実上破綻している現状でこの戦を終わらせるには、指揮系統の崩壊、つまりは帝陽輝とその周辺の抹殺もしくは無力化以外に方法はないそうで、彼らの暗殺計画の下準備が水面下で進められている、らしい。そのためには白虎学園の内情を知らせ、さらに作戦遂行のための手助けにもなる協力者の存在が不可欠で、今までは天曽根がそれをやってくれていた。しかしぼくの知るかぎりでは彼女はおせじにも利口とは言えず、何らかのヘマをやらかして司令部の連中に消されたのだろう。
 乾さんは当然ぼくにも協力者になれそうな人材が白虎学園にいないか訊ねてきたが、あいにく人付きあいの苦手なぼくには鈴子以外の選択肢は用意されていなかった。神楽先輩や飛鳥先輩も友人と言えなくもなかったが、彼らとは戦場で一度背中を預けた程度の仲で、まだぼくは彼らについて何も知らない。そんな危険なことは頼めないし、彼らが果たして白虎学園に背いてぼくらに協力してくれるかどうかも未知数だ。
 霧崎は、次の協力者の候補として、鈴子の名を上げた。
「彼女ならきっとうまくやってくれるはずよ。ねえ、円藤?」
 ぼくにも同意を求めてきた。
 協力者として相応しいのは、ぼくら赤鳳隊の人間のように日本の内戦を終わらせたいと願っているのは当然として、信頼のおける人間。これに尽きる。鈴子を赤鳳隊の協力者として危険に晒すことには、もちろん抵抗はあった。しかし無事この戦を終わらせることさえできれば、すべては解決する。どのみち現状を変えねば、死と隣りあわせの毎日が永遠に繰り返されるだけなのだ。
 ぼくはただ、首を縦に振るしかなかった。

「久しぶりだな、縁人。美樹も一緒だったのか」
 翌日。ここで待ってれば向こうから来るよ、と、霧崎に言われ、ぼくは彼女とともに、白虎学園敷地の近くの林の中で、鈴子を待っていた。霧崎の予言どおりに、鈴子はやってきた。
 ぼくが白虎学園を抜けてから、すでに九ヶ月が経過していた。鈴子は髪が少し伸びていた以外は特に変わった様子はなかった。最後に会ったのはたしか、一緒に学園の独房にいた赤月をからかいに行ったときか。あの後、鈴子は捕虜に対する殺人未遂罪で独房にぶちこまれていた。
「元気そうで何よりだ。正直うれしいよ。こうして再会できるなんて思ってなかったからな。で、話って一体何だ? わかってるとは思うが、あんたは今じゃ学園のお尋ね者だ。あまり長くここにいない方がいいぜ」
「わかってる。時間はとらせない。ぼくと会ってることがバレたら鈴子もただじゃ済まないだろう。実は今日は君にひとつ頼みがあって、来たんだ」
 ぼくたちは事の顛末てんまつを手短に話した。あれから生き延びて赤鳳隊に入ったこと、ぼくらがこの戦を終わらせるために今まで動いてきたこと、鈴子の協力を得るためにここに来たこと。鈴子もスラム街の生まれで、生きるために白虎学園の門をたたいた身。麗那先輩のように戦が好きなわけでもなければ、帝のようにこの戦でひと儲けしようと企んでいるわけでもない。戦が終わって束の間の平和が訪れるなら、反対する理由はないだろう。そして彼女は義に厚いところがあるので、友達であるぼくが真摯しんしに頼めば快く了承してくれるだろう。
 そう、思っていた。
「悪い、縁人。協力はできない。今日会ったことがバレるだけでもやばいんだ。勘弁してくれ」
 鈴子は申しわけなさそうにぼくから眼をそらして、そう言った。彼女の答えはノーだった。
「無茶なことを言ってるのはわかってる。それを承知で頼んでるんだ。最悪、鈴子も白虎学園を抜けて赤鳳隊に来たらいい。ぼくが何とかして乾さん……隊長を、絶対に説得する。ぼくたちみたいな貧乏人がこのまま白虎学園にいたってろくなことにはならない。そんなこと鈴子だってわかっているだろう? このろくでもない戦を終わらせたい。そう思わないか?」
 鈴子はこころなしか、焦っているように見えた。そりゃ白虎学園の裏切り者であるぼくや霧崎(三城美樹)と会っているんだから、誰かに見られていないか不安なのはわかる。しかし豪胆な彼女にしては、ちょっとびびりすぎじゃないか?
「そりゃそうだ。あの赤毛の化物じゃあるまいし、誰が好き好んでこんな茶番に付きあうかってんだ」
「なら」
 だが鈴子は、肩に乗っているぼくの手を振りはらった。
「あたしだって、あんたの助けになりたい。でもな、それは」
 ためらうように、鈴子は言葉をみこんだ。
「何だよ。連中に何か、弱みでも握られてるのか? 鈴子」
「……とにかく、悪いがあんたらには協力できない。今日会ったのは、久しぶりに顔が見たいと思ったからだ。それだけさ」
 これまでだまっていた霧崎が、口を開いた。
「あんたん家、ビンボーでしょ。何なら私が隊長に、学費と生活費を援助するように頼んであげるけど」
 ぺっ、と、鈴子が霧崎の顔につばを吐きかけた。正確にはとっさに顔の前に出された、霧崎の手のひらに。
 ドスのきいた低い声で、威嚇いかくするように、鈴子が霧崎に言った。
「てめえ。二度とあたしの前に現れんじゃねえ。ぶっ殺されたくなかったらな。寿賀子すがこのこともそうやって利用したんだろ」
 場を数瞬、沈黙が支配した。
 鈴子と霧崎の間に、熱く冷たい敵意むき出しの視線の応酬が、見てとれた。彼女らはかつて本当に友達だったのだろうか。
「縁人。あんたに会うのも今日で最後だ。だから」
 鈴子はぼくにそっと歩み寄ると、……ぼくの唇に、静かにキスをした。
「鈴子」
 突然の出来事にぼくは内心動揺していたが、必死で冷静さを失うまいと、取りつくろった。そのことだけで頭がいっぱいだった。
「あんたのことが好きだった。本当だよ。だから、もう会えない。会いたくない」
 鈴子はぼくから離れ、そして淋しげに、背を向けた。
「じゃあな。縁人。元気でな」
 最後にそう言って、鈴子は学生寮に戻って歩いていった。
「はあ。彼女なら落とせると思ってたんだけどね。残念」
 霧崎がぼくの横で露骨にため息をついた。彼女はずっと利用するためだけに、鈴子の友達を演じ続けていたのだろうか。

 アジトに戻って鈴子との交渉が失敗したことを伝えると、乾さんはふたたび意気消沈として大きなため息をついた。彼は夢葉にも協力者になってくれそうな人間がいるかどうか訊ねたが、夢葉曰く心当たりはなかったらしい。どいつもこいつも信用できないとか。ぼくら下層の生徒にとって、上層や特権の連中は表面おもてづらばかりよくて腹の中じゃ何を考えているかわからない曲者くせものばかりという印象だったが、夢葉にとってもそれは同じだったようだ。
「何なら白虎学園にもう一度潜入して誰かひとり殺してなり済ましてもいいよ。私、変装も得意だから」
 さらりと霧崎はそんな提案を出した。彼女はそういった潜入工作のプロで、平和町に来る以前には政府軍系と反乱軍系の学校の間を行き来する二重スパイをやっていたらしい。そしてここに来てからは赤鳳隊のスパイ・三城美樹として潜入し、白虎学園内部における工作活動の多くをこなしていた。
「でもさ」と、霧崎は間を置いてから人差し指と親指で輪を作り、「以前よりも潜入のハードルは上がるから。それなりの報酬サラリーはもらうよ」と、付け加えた。
「あなたは何のためにここにいるんですか」
 赤月が霧崎に対してそう問うと、乾さんが間に入って言った。
「まあ落ち着けよ。もちろんいいぜ。わざわざ危険な役を請け負うってんだ。それなりの対価は用意する。お前らにも、必要なら上乗せ金は払うさ。ここにはいろんなやつがいるからな。一線を引いて、ビジネスライクな関係でいたけりゃそれもまたよし。……でもな、いざってとき、それは自分にも返ってくるってことを忘れんなよ。もしお前がドジって捕まっても、俺たちはレスキュー料なしには動かねえぞ」
 乾さんは厳しい口調でそう言った。
「結構。こう見えても私はプロでね。自分の仕事の責任くらい自分で取る。ベタベタした馴れあい、足の引っぱりあいはまっぴらよ。上乗せ料金は……そうね、五十パーセントってところかな。どうする? 隊長どの」
「足もと見てんじゃねえよ。多くても三十あたりが妥当だろう。ただでさえお前には高い金出してんだ。もう少しまけろ。嫌なら他のクライアントを探せ」
「ふうん……いいんだ、それで」
 霧崎は眼を細め、不気味に歪んだ笑みを浮かべて乾さんをめ回した。その顔からは爬虫類、とりわけ蛇の群れにでも遭遇したような嫌悪感と恐怖を、感じさせられた。
「仕方ないね。……四十五」
 乾さんが動かないと悟ったのか、霧崎は値引き交渉に応じることにしたらしい。
「四十くれてやる。これ以上は絶対まけねーぞ」
「ふん……まあいいわ、それで」
 不承不承、という感じで霧崎は同意した。どうやら交渉が成立したらしい。それにしても、霧崎は白虎学園の誰を殺してなりすますつもりなのだろう。こういう願いは不謹慎かもしれないが、彼女の犠牲者がぼくの友人知人でないことを祈るばかりである。
「ん」
 霧崎が扉の前で何かに感づいたように、声を出した。
「どうした?」と、乾さんが訊いた。

「敵襲だよ」

 霧崎が淡々とそう言った次の瞬間には、ぼく以外の全員が一斉に、瞬時に動いた。
 ぼくがあわてて柱の後ろに身を隠すと同時に、耳をつんざくような破裂音とともに、作戦会議室の出口の扉が消し飛んだ。
 入口に向け、全員で一斉に拳銃を発射した。
 きんきんきんきん。
 思わず耳をふさぎたくなるような不快な金属音とともに、無数の黄色い火花が煙の中で散っていた。金属製の防弾シールドでも持っているのか。
 だが、ちがった。
 煙の中から出てきた《それ》は、ぼくらの想像の斜め上をいく代物だった。
「なんだあれ」
 ぼくは心底驚いた。
 吃驚仰天びっくりぎょうてんした、と言っていい。
 ぼくらが眼にしたのは、現代の最先端技術を結集してついに現実のものとなった……

 そう、人型の戦闘ロボットだった。
 

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