極楽戦争 - End of End 著・富士見永人

 第五章「赤」

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 唐突に現れた漆黒しっこくの戦闘ロボの顔部分からプシュー、とガスが噴きだして後ろにスライドし、中から見憶えのある顔が現れた。
「ごきげんよう。赤鳳隊の皆さん」
 かつて某ファンタジー映画の主人公に酷似していたことから《フリー・ポッター》という渾名あだなで呼ばれていた男、白虎学園生徒会の一員にして《特権》のひとりだった三星みほしは、あろうことか機械の体を手に入れ、地上二・五メートルほどになったその高みから、ぼくらを見おろしていた。
「ジーザス。SF映画かよ。最近の科学技術やばくないか」
 乾さんが苦笑いを浮かべながら、言った。
「ああ、これですか。これは我が三星財閥がその最新のテクノロジーを結集して開発したパワードスーツ。その名も《排除する警察官エクセプト・パトロール》です」
「ぷっ。なーにそれ」
 三星が得意げに自慢の機械の体を披露していると、麗那先輩がそれを指さしてげらげら笑いだした。たしか彼の渾名の元となったファンタジー映画に、似たような名前の呪文があったような気がする。
「お前ら、尾行つけられてやがったな」乾さんがぼくと霧崎に言った。
「おかしいね。尾行の気配はなかったんだけれど」霧崎がそう返した。
「私の優秀な部下の働きのおかげですよ。ね、亜蓮あれんさん」
 三星が得意気に鈴子に同意を求めると、彼女は気まずそうに眼を背けた。
「彼女の義手には盗聴機能がしこんであったのです。つまり、あなたがたが彼女を手駒にしようとしていたことから何から、我々には全部わかっていたということですよ。長年見つからなかった赤鳳隊のアジトも、鈴子さんが《彼》に発信器をつけてくれたおかげで」
「余計なこと言うんじゃねえよ」
 ドスのきいた声で、鈴子が遮った。
「失礼。しかしこれから死ぬ彼らに話したところで、どうということはないでしょう。うけけけ」
 下卑げびた笑顔を浮かべて、三星はパワードスーツのごつい手で鈴子の肩をたたいた。
「そうかい。そういうことかい」
 今の三星の言葉で、ぼくはすべて把握した。おそらく、鈴子を《協力者》に仕立てあげようと交渉しに行ったあのとき、彼女がぼくに口づけをしたあの瞬間に、こっそりどこかに発信器をつけていたのだろう。彼女の父はプロのスリ師で、彼女自身も手癖の悪さには定評があった。ぼくはおろか霧崎の眼もあざむいてそんな芸当ができても不思議ではない。
 ぼくは友に裏切られたこと以上に、のぼせあがって仲間を窮地にさらした自分のまぬけさ加減に、激しい怒りを憶えた。
 三星がしたり顔で言った。
「すでに大勢の部隊がこのアジトの入口周辺で待機しています。あなたがたは、ここで我々によって滅ぼされるしかありません」
「降伏、てのはなしかよ」
 乾さんが肩をすくめて言うと、三星は人差し指を立てて、ちっちっち、と左右に振った。
「白虎学園司令部の命令はただひとつ。あなたがた赤鳳隊の殲滅せんめつです。あなたがたを仕留め、その首を白虎学園の偉大なる指導者にして新たなる学園長である帝くんに捧げれば、ぼくは彼に認めてもらえる。彼に、ふり向いてもらえるのです」
 三星はやや興奮気味に、うす気味悪い笑みを浮かべてそう語った。帝陽輝も去年三年生だったからてっきり学園を卒業して軍のお偉いさんにでもなってると思ったけど、どうやら学園長になっていたらしい。これで傀儡かいらい校長を通してではなく、直々に、堂々と学園を掌握することができるわけだ。彼による圧政はいっそう強まったことだろう。早々に抜けておいてよかったのかもしれない。
 そして三星はぼくの顔を指さして、鈴子に言った。
「さあ、亜蓮さん。裏切り者の円藤縁人を、あなたの手で仕留めるのです。これは白虎学園への忠誠を示すチャンスですよ」
 鈴子は無言のまま気まずそうに、うつむくのみだった。
「聞こえなかったのですか。裏切り者の円藤縁人を、あなたの手で殺しなさい。返事はどうしたのです。え」
「わ、わかったよ」
 三星がそう鈴子に詰め寄ると、彼女は迷うように顔をくもらせ、そして怯えたように、左の義手で背中のホルスターに差さっていたナイフを、抜いた。
「鈴子」
 ぼくが彼女の名を呼ぶと、鈴子は気まずそうにぼくを見て、口を開いた。
「あたしだってこんなことしたくねえよ。でもな、こうでもしなきゃ」
 悩む鈴子を尻眼に三星はまるで己の支配欲を満たした変態サディストのようにいやらしい笑みを浮かべ、勝ち誇ったように鈴子を見おろしていた。先日《協力者》の件を拒否したことといい、やはり彼女は司令部に何らかの弱みを握られているようだ。ぼくの母を人質にとったように、鈴子の家族の誰かが人質として囚えられているのかもしれない。
 まるで迷いを断ちきるように、鈴子は首を左右に振った。そしてぼくの眼をまっすぐ見据えてこう言った。
「いや。言い訳はしねえよ。縁人。許してくれとは言わねえ。あたしを恨んでもいい。こうして戦場で会っちまったのが運の尽きだ」
 何かを決意した鈴子のその眼には、わずかに涙がにじんでいた。
「おい、おまえら。聞け」
 乾さんがぼくたち全員にささやいた。
「アジトの正面出口はやつの言うとおり封鎖されているだろう。だが、抜け道がないわけじゃねえ。ここでもたもた連中の相手をしてたら俺たちはおしまいだ。だから、《オペレーション・バルス》を決行する」
 その作戦名を耳にした瞬間、ぼくの全身に緊張が走った。
 乾さんは続けた。
「問題は夢葉嬢や黒川先生、それに縁人の母ちゃんだ」
 そう、このアジトには、あの日出川ひづがわの地下水路に通じる脱出ルートが複数ある。ここで彼らと戦えばそれこそジリ貧だ。よしんば勝てたとしても地上ではもっと多くの軍勢が待っているだろうし、劣勢だとわかれば彼らはさらなる増援を呼ぶだけだ。
 今、ぼくらのいるこの鍛錬場にはふたつの扉がある。ひとつは先ほど三星たちが爆破した地上へのルート。こちらは連中が塞いでいる。もうひとつは黒川先生と夢葉がいる医務室へのルートで、さらにその奥にはぼくの母さんのいる寝室がある。医務室の戸棚の裏に実は隠し通路があって、ここを抜けると日出川の地下水路に出るというのはあらかじめ乾さんから教わっていて隊員全員が知っている。この鍛錬場が夢葉たち非戦闘員のいる部屋よりも手前に位置していたことが不幸中の幸いだった。夢葉たちを守りながら戦うのはきついが、逃げるだけならまだ何とかできる。かもしれない。
「俺たちのことも忘れてもらっちゃ困るな」
 三星(パワードスーツ)の裏から、三人の人影。ぼくは三人全員に見憶えがあった。
 ひとりはぼくが白虎学園を追いだされた(そして江口先生があの八坂のクソ野郎に殺された)晩、響ちゃんとともにぼくたちを襲撃した白虎学園《御庭番》がひとり、ブリーチで脱色した髪にピアス、髑髏どくろのTシャツが印象的な三節棍の使い手・阿佐ヶ谷真太あさがやしんた
 そしてその隣にいる、季節外れのマフラー(今は八月だ)とポニーテール状にまとめた美しい亜麻色あまいろの髪、氷のように無機質で冷たい眼光が印象的な少女。名は雪野水奈ゆきのみな。ぼくとかつて同学年で、白虎学園では一、二を争うほどの銃の名手と評判だった。
 そしてその隣にいる、中性的な顔立ちと赤毛のおかっぱ頭が印象的な、サーベルを構えた少年。名は芦原健人あしはらけんと。ぼくよりも一年後輩の彼は、名門白虎学園に首席で入学した期待のホープとして有名だ。おそらく実力も相当のものだろう。
 どいつもこいつもかなりの手練てだれだ。
 乾さんがまた小声で告げた。
「おまえら四人で、あいつらを倒せなくてもいいから、何とか時間を稼いでくれ。その間に俺は《アレ》の準備を済ませてくる。霧崎は夢葉嬢たちの避難を頼む。準備ができ次第戻ってくる」
 ぼくらは全員うなずいた。
「私、あのグンダムもどきと戦ってみたいなあ」
 好奇心に眼を輝かせた麗那先輩がそう言った。
 人類最強VSモビルスーツ。そんなテロップがぼくの脳裏に浮かんだ。不謹慎にもわくわくしてしまった。この人と一緒なら、どんな絶望的な戦局でも乗りきれる。そういう気にさせてくれる。
「私があの三節棍使いとサーベル使いを止めます。三節棍は厄介な武器ですが、前回の戦闘で彼の武術は把握しています。会長、援護をお願いします」と、赤月が言った。
「いいだろう。あの銃使いには、君に指一本、いや銃弾一発たりとも触れさせない。円藤くんはあの金髪の不良娘を抑えてくれ」
 大和がそう言うと、ぼくはだまってうなずいた。どのみちぼくの殺害を命じられている以上、鈴子との戦いは避けられそうになかった。 
「さあ、あなた方はもはや、袋のねずみです。祈りなさい! ハレルヤ!」
 三星がごつい鋼鉄製の右腕を前に突きだすと同時に、鈴子が、阿佐ヶ谷が、芦原が、駈け出した。
「今だ」
 乾さんと霧崎が同時に雪野に向かって拳銃を乱射し、弾幕を張りながらすばやく隅にある医務室への扉に向かって駆けた。
 雪野は三星の背後に隠れ、そこから乾さんたちめがけて何発か放ったが、大和の援護射撃の甲斐もあってか、無事通路内に入りこむことができた。
「あなたがたのリーダーは敵前逃亡ですか。情けないですね。どのみち虫けら一匹逃がすつもりはありませんけれども」
 うぃーん、がしゃん、と、ベタな音を立てながら三星が前に出て言った。彼の顔面はふたたび某ナントカベイダーを彷彿ほうふつとさせるぶ厚い鋼鉄製のマスクに覆われていた。当然防弾だろう。
 こー。ほー。こー。ほー。
 彼のマスクから呼吸が洩れ出るような不気味な音が聞こえてきた。
 鈴子はすでにぼくの間合いの内側にまで迫っていた。
 ぼくはすばやく距離をとり、背中に交差状に差していた一対の小太刀を、抜いた。新しい小さなお師匠様より受け継いだ小太刀二刀流(もっとも赤月の本領は両切刀りょうぎりとうの方だろうが、武器自体がオーダーメイドなのと、その扱いの複雑さからか、教えてもらえなかった)。
 白虎学園にいた頃、鈴子とは何度も格闘教練の時間に手あわせしているので、彼女の動きは手にとるようにわかるつもりだ。彼女も充分に手練だけれど、それでも戦績はぼくの方が一枚上手だった。何より、向こうはナイフ一本。こっちは二本。
 がきーん、と、派手な金属音を響かせて、ぼくの小太刀は鈴子の無骨な灰色の義手によって止められた。
 そしてそのままぼくの小太刀の片方は彼女にへし折られてしまった。
 ばきんべきん。

 あれ?

「悪いが、以前のあたしじゃないんだ」
 ぼくはとっさにもう一本の小太刀で鈴子の足を狙った。
 ……と見せかけて、彼女の鳩尾みぞおちめがけて、鉄板入りの軍用ブーツで蹴りをおみまいした。
 しかし鈴子は若干背を丸めただけで、眉ひとつ動かさなかった。
「あれ?」
 手応えはたしかに、あった。
 自分で言うのもなんだが、ぼくの蹴りはそんなに軽くない。まして軍用ブーツ付きともなればその威力はハンマー以上、女性が生身でまともに受ければ肋骨は粉砕され、内臓がつぶれていてもおかしくはない。
 ぼくの鼻腔びくうに甘い、葡萄ぶどうのような香りが漂ってきた。
 鈴子をよく観察してみると、妙に呼吸が浅くて、早い。瞳孔も開いている。
 麻薬クスリか。
 白虎学園では麻薬の使用は禁止されているが、平和町や祖母江町のようなスラム街に行けば入手自体はたやすい。生きるか死ぬかの戦いで恐怖感をまぎらわせるため、あるいは一時的に戦闘能力を高めるために使用する生徒はいる。痛覚を麻痺させる類のものもあると効く。鈴子のこの変貌ぶりからして、かなり強力な薬を使用しているのだろう。強い薬は、それだけ身体にかかる負担も大きい。
 だが、今はそんなことを考えている場合じゃない。無事にこの場を切り抜け、できれば全員無事に、ここから逃げることだけを考えるんだ。
 

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