極楽戦争 - End of End 著・富士見永人

 第六章「最終戦争」

   2

「そこまでよ」
 見知らぬ女生徒を筆頭に、白虎学園の制服を着た生徒たちの集団が壁の向こう側から突然現れ、星野たちに銃を向けた。
「ありゃ。何だろ。仲間割れ?」
 眼を丸くした麗那先輩が言った。
 星野が流し眼で先頭の女生徒をにらみつけた。
「何のつもりでしょう。これは反逆行為ですよ。桐崎きりさきさん。そして東陽夢葉親衛隊の諸君」
 桐崎……霧崎?
 顔も髪型もぜんぜん違うが、彼女の、生きとし生ける者すべての命を奪うかのような闇色の眼光。それはまさしく、先日ぼくが戦慄せんりつした霧崎のそれと同じものだった。
「星野、だっけ。あんたは今の司令部に対して何の疑問もないの? 連中は同胞であるはずの東陽夢葉嬢を不当に拘束している」
 桐崎と呼ばれた女がそう言うと、彼女の背後のおそらくは夢葉親衛隊と思われる面々がそうだそうだと喚きはじめた。夢葉の生存は司令部と帝派の一部の人間だけが知っているはずだけれど、霧崎扮する桐崎が彼らを利用するためにばらしたのだろう。
「東陽さんはどこにいる」
「彼女を解放せよ」
「俺たちが忠誠を誓ったのは司令部の豚どもではない。夢葉さんだ」
 勇ましい親衛隊のおとこたちが喧々囂々けんけんごうごうとまくし立てる。まさに一触即発だった。
「ぐぽ」
 敵の注意が桐崎と夢葉親衛隊に向いた隙を突いて、麗那先輩が連中のひとりの腹を素手で突き破っていた。彼女の驚異的な指の力は、並程度の人体ならたやすく突き破ってしまう。そのまま麗那先輩は地下水路のホームレスにそうしたように、男子生徒の腹をくちゃくちゃとこねくり回した。彼のぽかんと開いた口から赤い滝が流れ、地面を染めあげた。
 ぱあんぱぱぱぱぱあん。
 それを引き金に阿鼻叫喚あびきょうかんの撃ちあいが始まり、あちこちに血飛沫しぶきや肉片が飛散した。地獄絵図とはまさにこういうことを言うのだろう。
 赤月が服の中に隠していた予備のナイフで眼前の生徒ふたりの頸動脈を切断し、奪命した。
 ぼくは地面に捨てたAKを拾って反撃を試みた。
 どすどすどすどすどすどすどす。
 しかし超高速で突進してきた巨体の女生徒・千代野にぼくは抱きかかえられ、持ちあげられてしまった。
 そしてそのまま、千代野は自らの体ごとぼくを押しつぶすように地面にねじ伏せた。
「うっ」
 あまりの耐えがたい重圧にぼくは意識を失いかけたが、あこがれの麗那先輩の眼の前でぶざまな姿は見せられまいと必死に耐えた。両腕をふさがれたぼくはわらにもすがる思いで千代野の前髪に噛みつき、引っぱった。
「あでで、いででででで」
 千代野のぼくを抱きかかえる腕に、すさまじい力が込められる。
 みしみしめきめき。
 全身の骨がきしみ、激痛にぼくはふたたび気絶しそうになったが、何とか耐えた。少し小便をちびってしまった。
 とす、と、千代野の蟀谷こめかみに挿入される、銀色の何か。千代野の背後から接近した赤月が、千代野にナイフを突きたてていた。
「くぎゅ」と呻き、千代野の眼がぐるんと真上を向いた。彼女の両腕の力が抜け、ぼくは自由になった。ぼくが赤月に命を救われたのは、これが何回めだろう。
「死ね。反逆者」
 帝派の生徒のひとりが、ぼくと赤月に向けてマシンガンを発砲してきた。
 ぼくたちはとっさに千代野の巨体を盾にして難を逃れた。ぶ厚い脂肪と筋肉に覆われた彼女の肉体は、拳銃弾程度なら何とか耐えられた。
 そして改めてぼくは地面に落ちていたAKを拾いあげ、千代野の屍体したいの陰から帝派の兵士たちを撃ちまくった。
 体に無数の赤い穴を開けてふっとんでいく、かつての仲間たち。
 だが、今ぼくは白虎学園の生徒ではない。そして人間慣れるものなのか、生身の人間に対して刃物を突きたて、引き金を引く行為に何の躊躇ためらいも抱かなくなっていた。
 麗那先輩は大薙刀を振りまわし、かつての仲間たちを複数の肉片へと変えていった。敵味方がこれだけ密集して入り乱れていると、味方を避けて敵だけを選別して撃つというのは難しくなる。立場上ぼくは赤鳳隊の人間なので夢葉親衛隊の面子も含めて撃てるので圧倒的に有利だった。もちろん霧崎だけは避けたが。
 数分後、そこにはバケツをひっくり返したような血だまりの数々と、挽肉ひきにくと化した少年少女たちの姿があった。立っていたのはぼくと赤月と麗那先輩と桐崎の四人のみ。夢葉親衛隊の面々はほとんど星野たちとの同士討ちでたおれ、中にはぼくや桐崎が殺した生徒もいた。
「霧崎、だよね」
「ぴんぽぉーん」
 ぼくが確認すると、桐崎は顔から特殊メイクのマスクをばりばりとはがし、霧崎になった。
「非常階段からいくよ」
 霧崎は敵の屍からマシンガンを強奪し、ぼくらに先んじて走りだした。エレベーターには秋月大和がしかけた爆弾がある。
 そのまま非常階段を駆けあがっていると、上から白虎学園の生徒が何人か撃ってきたが、遮蔽物しゃへいぶつだらけのここではまったく当たらず、逆にぼくと赤月の発射したAKのライフル弾が非常階段の薄い鉄板敷の床を何発か貫いて彼らを絶命させた。
 しかし調子に乗って射殺しすぎたのか、AKの残弾がとうとう切れてしまい、ぼくは予備に持ってきたシグ・ザウエルを抜いた。
「四十三階だったか。夢葉がいるのは」ぼくは霧崎に聞いた。
「移動してなければね」と、霧崎は返した。
 ぼくたち赤鳳隊の第一目標は帝たちの殲滅せんめつではなく夢葉の救出で、それはこの作戦の要でもある。夢葉を見殺しにして帝たちを倒せば、ひとまず極楽市での戦いを終わらせることはできるかもしれない。が、夢葉が死ねば東陽家からの資金援助は当然絶たれる。戦いは極楽市だけで起こっているわけではないのでそちらの方がダメージが大きい。仲間である夢葉を見捨てるべきでないのは言うまでもない。
 非常階段を延々と上っていくと、途中で爆破され破壊された入口を見つけた。おそらく乾さんたちの班が侵入する際にふきとばしたのだろう。壁を見ると「41」という数字。
 ぼくたちは待ちぶせに注意し、慎重に中に入った。
 周囲はロビーに負けず劣らずの屍山血河しざんけつがで、体に無数の穴を空けた者、爆弾でふきとばされて人間としての原型をとどめていない者などさまざまで、さしずめ死体の博物館という様相をなしていた。帝ビルはたしか四十五階建てで、今や学園長となった帝陽輝は最上階の自室でのんびり高みの見物と決めこんでいるにちがいない。
 上からは相変わらずドンパチやりあう音が響きわたっている。乾さんたちが夢葉を見つけたという連絡は、まだ入っていない。
「夢葉さんを探しつつ、上へ進みましょう」と、赤月が言い、全員が同意した。
 襲撃に注意しながら、フロア内を進んでいく。
「た、助け」
 ふと、近くの部屋から女生徒の声が聴こえてきた。
「う」
 ぼくが覗きこんでみると、そこはフロアよりもさらに濃い、せかえるような血のにおいで満ちた、拷問用の部屋だった。周囲を見わたせば鋸やナイフ、鎖、むちから怪しげな木馬や棘だらけの銅像など、とにかく趣味の悪い拷問道具がこれでもかというほどあった。かつてぼくが青龍学院で捕虜として捕らえられていたときも似たような部屋に連れていかれたが、こちらも負けず劣らずという感じで、政府軍にも頭のおかしな拷問好きの人間失格が存在するのだな、と辟易へきえきした。
 そして……
 ぼくらの眼の前で、ひとりの少女が、無惨にも四肢を失った姿で、血の海に横たわっていた。

「夢葉さん」

 赤月が悲鳴に近い声を洩らした。
 

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