極楽戦争 - End of End

著・富士見永人
第六章「最終戦争」


 がきん。
 かん高い金属音が響きわたると、谷垣のレーザーがあさっての方向に逸れ、消えていった。
 赤月が一対の小太刀の片方を、谷垣に投げていた。
「見つけたぞオ。小猫ちゃん」
 谷垣の構えた光の死神が、今度は赤月に狙いを定めた。
 ぴぴー。
 放たれた高熱の白いラインが、遮蔽物の壁ごと赤月を追いこんでいく。あの兵器の前では射手に見つかってしまったらどこに隠れようと無意味だった。
 命の危機を感じたのか、赤月の人形のような顔が恐怖に歪んだ。
「赤月」
 ぼくはなかば反射的に落ちていた石を谷垣に投げた。
 憎悪をこめた投石は谷垣の顔面めがけてまっすぐに飛んだが、彼は大きく身をかがめ、回避した。結果レーザーは逸れ、赤月は助かった。
 ぱあん。
 乾いた音が響きわたり、ぼくは左脇腹に焼けるような痛みを感じた。
「う」
 ぼくの腹に出現した銃創じゅうそうから、じわじわと赤い染みが広がっていった。
「人の心配をしている場合かね」
 根津が冷たく言った。
「くそ」
 ぼくはなかば苦し紛れに左手に持ったシグ・ザウエルを連射したが、根津は壁の裏にすばやく身を隠した。
 それが狙いだ。
 いつのまにか根津の後ろに回りこんでいた霧崎が背後から彼を拘束し、ナイフで喉元を切り開いた。あっさりと。
「ひゅ」
 根津は微かに呻くとそのまま地面に膝をついて倒れ、しばらくじたばたともがき苦しみ、やがて動かなくなった。うつ伏せに倒れた彼の首を中心に赤茶けた染みが円状に広がっていった。
「おのれ。れ者どもが」
 激昂げっこうした谷垣が霧崎にレーザーを向けた。しかし彼女の延長線上には三星がいたため、発射を躊躇ためらった。
 赤月がその一瞬の隙を見逃さず、猛スピードで反対方向から間合いを詰める。鈍重なレーザー砲を反転させるよりも前に赤月は谷垣の眼前まで接近し、残った片方の小太刀でその首を刈るべく、斬りつけた。
「あひぃ」
 谷垣は恐怖に顔を引きらせ、砲台を放棄し、飛び退いた。逃げに徹したおかげで小太刀による断頭、および頸動脈へのダメージは避けられた。
 にやり。
 なかば反射的に自分の顔にいびつな笑みが浮かんだのがわかった。
 ぼくに背を向け、赤月に全神経を集中させていた今の谷垣は、ぼくにとって絶好のサンドバッグ以外の何物でもない。
 復讐は何も生まないとか、彼らにも家族がいるとか、そんなきれいごとはどうでもいい。今までさんざんこいつらに虐げられ、理不尽の数々に耐え続けてきた。
 いや、ぼくだけではない。酉野先生を侮辱した挙句さんざん使い倒した罪、母さんを人質にとった罪。神はぼくに復讐の機会を与えた。
 この機を逃してたまるものか。死ね、谷垣!
 さく。
 完全に無防備な谷垣の背中に、ぼくは両手でしっかりと握ったナイフを思いきり突きたてた。
 びくりと身をのけぞらせ、谷垣はゆっくりとこちらを向いた。その顔を恐怖と絶望に引きらせて。
 だが、これは地獄の始まりにすぎない。
 ぼくの全身全霊の憎悪をこめたナイフが、縦横無尽にぐりんぐりんと谷垣の脂肪につつまれた背中の上で暴れ回り、切り裂いていく。
 フロア中に響き渡る、谷垣の絶叫。
 そしておそらくはぼくのものと思われる、うわっはっはという狂気の笑い声。今のぼくは月野を引き裂いた終零路と同じ、悪魔のような形相ぎょうそうをしていることだろう。動機が何であれ、愉しんで人を殺そうとしているぼくも、あの《人割り》と何ら変わらないのかもしれない。
 激痛で暴れる彼を片腕で無理矢理押さえつける。谷垣は大柄な男だったが、すでに現場から退しりぞいて久しい中年のおっさんであり、兵士として現役のぼくが力で拘束することは可能だった。何とかね。
「死ねくそじじい」
 ぼくはいったんナイフを引き抜き、また別の場所に突き立てる。そしてふたたび引き抜いて、また別の場所へ、刺して、抜いて、刺して、抜いて、刺して、抜いて、刺して、抜いて、また刺した。
「いいねえ。いいねえ。縁人くん。その調子。その調子。あはははははは」
 ぼくの狂気が伝染したのか、麗那先輩のそんな声が聞こえてきた。頭のネジが何本か外れたような笑い方だった。
 パンクしたタイヤのように谷垣の全身から力が抜け、彼は地面に臥床し、赤褐色の血と臓物が、放射状に地面にまき散らされた。
 これで、ぼくのふたつめの復讐は完遂した。
 酉野先生。見ててくれましたか。あなたをさんざん侮辱した豚野郎に、天誅を下してやりましたよ。
 まあ恐らく彼女はこんな復讐は望んではいなかっただろうけれど。
「何か恨みでもあったの?」
 冷笑を浮かべた霧崎はぼくにそう訊いた。
「まあね」
 ぼくがどこかいびつな笑顔でそう応えると、彼女はさほど関心なさそうに「ふうん」とだけ言ってそれ以上は詮索しなかった。
 緊張の糸が解けたせいか、根津に撃たれた脇腹に激痛が走った。
 大丈夫だ。急所は外れている。
 応急処置さえすればまだ戦える。たぶん。
「大丈夫ですか」
 赤月がいつもの調子で谷垣の首を切断して言った。
「大丈夫さ」
 格好つけて傷口をぽんとひとたたき。なかば引きった笑顔で、ぼくは赤月にそう言った。激痛が走るような大きな傷も強靭な精神力で耐え続けているとだんだん慣れてきて平気になることは経験上知っている。脳内麻薬か何かが痛覚を遮断するのだろう。まったく人間の体というのはよくできている。
「そうでなければ困ります」
 赤月は相変わらずの無表情だったが、ぼくには彼女がかすかに笑っているように見えた。
「紅さん。私たちの任務は夢葉さんの救出と、帝陽輝および司令部の無力化です」
 赤月がいつもの抑揚のない声で、三星との交戦中の麗那先輩に向けて言った。ぼくには彼女の次のセリフが想像できた。
 つまり、任務達成のために四人全員で三星を倒す、と。
「あー。ごめんね。もうちょっとで片づけるから、そのへんでお茶でも飲んで休んでてよ」
 邪魔をするな。ぼくには麗那先輩がそう言っているように聞こえた。赤月もそう受け取ったのか、わずかに眉を寄せた。
「では、私たちだけで先に行きましょう」
 説得も介入も無駄だと悟ったのか、赤月はそっけなくそう言ってきびすを返し、階段へと向かう。
「誰が行かせるかよ」
 圧倒的な防御力を誇るパワードスーツを身にまとい安心しきっていたのか、眼の前にいる麗那先輩を無視して三星は赤月めがけてレーザー砲を構えた。
 ……それが、彼の命取りとなった。

 がきーん。

 ものすごい金属音が響きわたり、三星の数百キロはありそうな鋼鉄の体が、宙を舞った。
 そのまま彼の体は勢いを失うことなく窓ガラスにたたきつけられる。
 いくら高層ビルの強化ガラスといえども、数百キロもの鉄塊がぶつかればただのガラスと何ら変わりはない。
 いとも簡単に、砕け散る。
「ああああ」
 絶叫とともに、三星は二百メートル下の地面に吸いこまれていく。
 数秒後、かしゃん、という小さな破砕音が聴こえた。
 いくら最新鋭のパワードスーツといえど、四十三階からの紐なしバンジーで生き残ることは不可能だろう。
 あの《殺し屋》蒼天音を仕留めた時のように、麗那先輩は大きく腰を落とし、大薙刀をまっすぐに突きたてていた。
 何の変哲へんてつもないただの突きも、麗那先輩の人間離れした全身のバネが繰りだすことで必殺の一撃となる。
 ぼくには何が起きたのかよくわからなかった。眼の錯覚か、ぼくの視界から一瞬麗那先輩の姿が消えたように思えた。
「ふー。おまたせ」
 息をついて大きく伸びをしながら、麗那先輩はぼくらに手を振っていた。
 あまりの光景にぼくも赤月も霧崎でさえも、言葉を失っていた。
 
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