極楽戦争 - End of End

著・富士見永人
第六章「最終戦争」


 麗那先輩に殴られ、ものすごい勢いで壁にたたきつけられたぼくはそのまま反対側の壁までバウンドし、逆さまになっていた。
「何のつもりかなあ」
 麗那先輩の言葉はぼくに向けてのものではなく、赤月に向けてだった。
 赤月は麗那先輩の首もとに小太刀を突きつけていた。
「あなたこそ、どういうつもりですか」
 威圧的に見下ろす麗那先輩に臆することなく、赤月は反論した。
「あっ。ふたりとも」
 ぼくはあわてて立ちあがり、仲裁に入った。
「ぼくは大丈夫だから。ほら、このとーり」
 見せつけるようにぼくがフロントダブルバイセップスを決めると、赤月は小太刀を収め、ぼくの方へと視線を向けた。麗那先輩も同時にこちらを振り向いた。

 しかし、ふたりの視線を動かしたのは、まったく別の物だった。

「こっちです」と、赤月が叫んだ。
 直後、どぱらたたたた、というけたたましい音がフロア中に響きわたる。
 コンクリートの壁に無数のくぼみが刻まれ、床には石と薬莢やっきょうの雨が降り注ぐ。
 麗那先輩と赤月のふたりは帝ビルの最上階へといたる階段を一気に駆けあがり、最後尾のぼくは踊り場で伏せて階段室の入口へ向けてシグ・ザウエルの残弾をたたきこんだがすぐに弾が尽き、すぐに先ほどの弾丸の嵐がぼくに襲いかかってきた。
 ぼくはたまらず上へ逃走した。
 折り返し階段だったのが幸いし、被弾することはなかった。ふたりが逃げる時間も稼げた。充分だ。
 階段室から慎重に顔を出す。弾丸は飛んでこない。
 帝ビルの最上階はシンプルな造りで、正面におそらくは帝の部屋と思われる燦爛さんらんたる金の装飾付きの扉がひとつあるだけで、その周囲は開けた回廊になっていた。大きな窓ガラスの外には一層黒々とした雨雲に覆われた空があった。
 フロアでは銃声と、鋼鉄同士がぶつかりあう甲高かんだかい金属音が、絶えず響きわたっていた。
 そう、ここではすでに別の戦いが繰り広げられていた。
 白虎学園特務部・通称《御庭番》。
 リーダーの城金を筆頭として、同じく特務部の阿佐ヶ谷と雪野が、帝のおわす玉座の間を守る最後の砦として、立ちはだかっていた。さしずめ魔王様ご自慢の四天王ってとこか。ひとり足りないけど。
 麗那先輩は城金と、赤月は三節棍使いの阿佐ヶ谷と、それぞれ交戦していた。それを少し離れたところから銃の名手である雪野が援護している。
「なかなかやるじゃなーい。長髪イケメン」
 麗那先輩が嬉しそうに破顔した。
 そんな彼女とは対称的に城金はまったく表情を動かさず、ただその印象的な金色の長髪が、豪華なシャンデリアの光を浴びてきらびやかに輝いていた。
 表舞台で一騎当千の猛者として名を馳せた麗那先輩と異なり、主に裏仕事を担う《御庭番》城金の実力はまったくの未知数だったが、学園を牛耳る帝の支配の礎を担うような男だ。弱いはずがなかった。少なくとも、彼も一騎当千級の強者つわもの……
 がしゃん、と、重たい機械か何かが地面に落下する音が、階下から響いてきた。
 階段室の出口から、ひとりの筋骨隆々とした男が現れた。
 ぞわり、と、ぼくの背筋に悪寒が走る。
 その燃えるように逆立った印象的なあかい髪は、以前より長くなって重力の影響を受け四方八方に拡がっており、さしずめ花火のようだった。
 白虎学園の《人間兵器》・火馬力也ひばりきや
 通常の生徒とは異なり、彼は帝が高額の報酬で雇ったプロの軍人。かつてぼくが青龍学院で大和や赤月と一緒にクーデターを起こして脱出したとき、超火力兵器でぼくらを軍用車ごと制圧した怪物。
 火馬は背中に背負っていた大きな両刃の剣を、ゆっくりと抜いた。本人の身長ほどもあるそれは、まるで漫画やアニメに登場する架空の超兵器だった。あんなものを一撃でも受けたら、おそらく武器ごと体をまっぷたつにかち割られてしまうだろう。彼の白兵戦の実力は未知数だが、少なくともあの《人割り》終零路クラスの化物だと思っておいたほうがいい。
 麗那先輩も赤月も、《御庭番》相手で精一杯。
 ぼくが、この男を止めるしかない、か。
「どこかで見た顔だな。まあどうでもいい。殺すだけだ」
 火馬の眼はまるで虫けらでも見るように冷めきっていた。麗那先輩のように戦に快楽を見いだすわけでもなく、ぼくのことは敵ですらなく、これからたたきつぶす蚊のような存在とでも思っているのかもしれない。
 いいだろう。有史以来、人類を最も多く殺してきた生物は蚊であるという事実を思い知らせてあげよう。
 根拠のない謎の自信が湧き出てきた。
 現在のぼくの手持ちの武器は、一対のナイフとトンファーである。
 江口先生の形見のシグ・ザウエルは、すでに残弾が切れて使えない。さっきのガトリングガンを使わず、あえて白兵戦に挑むのは火馬の傲慢さ故か、それとも《ご主人様》への配慮か……
 火馬力也は見た目からして終零路のようなパワーファイターである。終零路はぼくのコンクリートブロックを粉砕する蹴りを受けてもびくともしなかったが、たぶんトンファーを使ってもあまり結果は変わらなかったと思われる。そんな彼でも赤月に切り刻まれていったように、刃物を無効化できる人間など存在しない(防刃チョッキでも着ていれば話は別だが)。
 ぼくは腰に差していたナイフを二本抜き、両手に装備した。
「そんな武器で大丈夫か」
 火馬は眉根をつりあげ、こちらをあざけるように見おろして言った。
「オールOK」
 可能な限り流暢りゅうちょうな発音になるよう意識してぼくはそう言い、親指を立ててウィンクした。
 米軍属の火馬は無反応のまま大剣を上段に構え、ぼくに飛びかかってきた。
 受け切れない。ぼくの本能がそう告げた。
 彼の一撃を受けたが最後、ぼくは終零路に《分割》された田代のように、人としての原型を失い絶命する。
 火馬は十キロはありそうな肉厚の大剣をまるで脇差しのように俊敏に振るった。荒れ狂う巨大な刃を前に、ぼくはただひたすら避けに徹するしかなかった。攻撃範囲も広く防御も不可。うかつに飛びこめば、ぼくの体はいとも簡単に引きちぎられるだろう。
 ぱあん、と、乾いた音が響き、同時にぼくの左腕に焼けるような激痛が走った。純白の唐草模様の壁紙を、ぼくの血液が無造作に赤く染めあげた。
 雪野が、火馬から離れた隙を狙ってぼくを撃ったのだ。
 前門の虎、後門の狼。
 近寄れば斬りかれ、離れれば撃たれる。
 くそ。八方塞がりだ。
「余計なことはするな。カス」
 火馬が雪野をにらみつけて威嚇いかくした。
 雪野は一瞬眼を見開くと、すぐに不服そうに「ふん」と火馬をにらみ返した。そしてすぐ阿佐ヶ谷と戦う赤月に狙いを定めた。
 オーケー。その傲慢な余裕が命取りになるということを教えてあげよう。火馬くん。
 さて、どうやってあの大剣を突破するか。
 考えているうちに火馬が切りかかってきたので、ぼくは反射的に後ろへ飛び退き、壁を背に立った。そして、間一髪で火馬の攻撃をかわした。
 火馬の大剣はコンクリートの壁にめりこみ、その勢いを止めた。
 反撃のチャンス、と思いきや、火馬の両腕がぼこんと大きく膨れあがり、がりがりとやかましい音を立てて彼の大剣は壁を大きく削りとってふたたび自由の身になった。
 ゴリラか。この男は。
「小賢しい猿が」と、火馬は吐き捨てるように言った。
 パワーもスピードも経験も、ぼくは火馬よりも圧倒的に劣っている。ぼくが彼に勝つ方法があるとすれば、それは《策》しかなかった。本来武術とは弱者が強者に対抗するために作られたものだ。
 幸い火馬はぼくをこれから踏みつぶすありんこ程度にしか見ていない。慢心しきっている。そこに付けこんでやるぞ。このマウンテンゴリラ。
 雪野に撃たれた左腕が熱い。脈打つようにぼくの赤い中身が外へ逃げていくのを感じる。しかしまだ動く。こんなもの軽傷の部類だ、戦場では。
 ぱあんぱん、と、ふたたび撃発音が二度響き、ぼくの意識は一瞬阿佐ヶ谷と交戦中の赤月に向けられた。
 赤月の制服の肩部分が裂け、そこから彼女の中身が流れ落ち、地面に赤い水玉を描いていた。
 阿佐ヶ谷は近接戦闘のスペシャリスト、雪野は射撃のスペシャリストとして白虎学園ではそれぞれ有名で、さらに互いの欠点を補った息の合ったコンビネーションは、演習で常に高評価を出し続けてきた。それゆえ彼らは二人で同じ任務をこなすことが多く、そして常に結果を出し続けてきた。
 いくら赤月が接近戦において一騎当千級の実力を誇る達人であっても、遠近すべてにおいて隙のない彼らのコンビネーションを単独で破るのは困難であろう。事実、彼女は雪野に気をとられ阿佐ヶ谷の三節棍を防ぐばかりで、なかなか攻撃に転じることができなかった。どんな達人でも攻撃に転じる瞬間には必ず隙が生じるもので、そこをピンポイントで狙われれば防ぐことは難しい。
 麗那先輩はまだ城金に傷ひとつ負わせていなかった。しかしそれはお互いさまで、激しい斬りあいが繰り広げられていたにもかかわらず、彼らは互いにまだひと太刀も浴びせていなかった。
 と、いうよりは、麗那先輩が一方的に暖簾のれんに腕押ししているような様相だった。
 城金はあの麗那先輩と戦いながら、指揮官として戦場全体の様子を伺っているようだった。この膠着こうちゃく状態を打開するにはどこに戦力を集中すればいいのかと考えているのかもしれない。何せ向こうには雪野という遊撃手がいる。
 ぼくが城金なら、雪野にまずぼくを攻撃させるだろう。火馬相手に劣勢のぼくを瞬殺すれば火馬と雪野の両方がフリーとなり、あとは赤月に火馬をぶつけて三人で仕留めればいい。そして最後に麗那先輩を四人全員で仕留める。完璧だ。
 だがそう思いどおりにいかないのが戦場というもので、火馬は城金の指揮下で動く気はないようで、あくまでぼくとの直接対決に拘泥こうでいしている。ぼくのような格下相手に他人の手を借りるのは、彼のプライドが許さないのかもしれない。
 城金が雪野にちらと視線を送った。雪野は黙って頷き、阿佐ヶ谷と交戦中の赤月に狙いを絞ったようだった。
「よそ見をしてる余裕があるのか」
 火馬が冷たくささやき、ぼくを縦に両断すべくその巨大な鉄塊を振りおろした。
 急いで半身になり、その一撃を躱すぼく。一撃必殺の刃がぼくの頭髪を数十本ほど切断した。
 重力の力を得て加速したその巨大質量の刀剣は、ぼくの頭ではなく大理石の地面を穿うがち、深くめりこんでしまった。
 罠だよ。馬鹿め。
 ぼくは火馬のがら空きになったその脇腹に、小太刀の片方を、突き立てた。
 がきいん。
 だが火馬は眉ひとつ動かさず右腕の甲でぼくの小太刀を弾き飛ばしてしまった。おそらく手袋の中に鉄甲でも仕込んであるのだろう。
「罠のつもりか。浅知恵のカスが」
 ぼくは本能的な危険を感じ、全速力で火馬から離れた。
 次の瞬間、彼は片手であの超重武器を、地面から強引にひっぺがし(どんな馬鹿力だ)、天井に向けて、いでいた。ぼくを殺すはずだったその凶刃は、代わりに天井から吊るされていたシャンデリアに衝突し、地面に落下させた。細かい硝子がらす片が四方八方に飛散し、他の照明の光を反射してちらちらと輝いていた。
「往生際の悪い。どのみち死ぬんだから、楽に死ねばいいだろう」
 ぶんぶんぶん。
 片手であの巨大な剣を、まるでヌンチャクのように、ぶんぶんぶん。
 あの《人割り》と力比べしたらどっちが勝つだろう。
 ぼくは状況もわきまえず暢気のんきにそんなことを考えていた。追いつめられているにもかかわらず、ぼくの頭は存外冷静だった。何度も死線をくぐり抜けて頭がどうかしてしまったのかもしれない。
 彼我の力量差は大きい。ちょっとやそっとの隙を突いた程度では、彼はたおせない。
 周りのありとあらゆるもの、何でも利用しろ。どんな手でも使え。
 ぼくは火馬から眼を離さずに、視野に入るすべてのものに、刮目する。
「何をほうけている。とうとう死ぬ気になったのか」
 マウンテンゴリラのような豪腕で大剣をぶんぶん振るいながら、彼は威圧するようにぼくを見下してそう言った。
「死ね」
 彼は振りまわした大剣の勢いそのままに、ぼくの上半身と下半身を分割するべく、横にいだ。
 ぼくは後ろへ跳び、間一髪で火馬の剣を躱した。
 ぱあん。
 不意に雪野の拳銃の撃発音が聴こえ、ぼくの背中に激痛が走った。
 雪野から意識を放していたわけではなかった。
 彼女自身に火馬を援護する気がなくても、城金の指示でいつぼくの背中を狙ってくるかわからないからだ。
 ただ、ぼくには火馬の攻撃をかわして雪野の銃撃を避けるだけの能力がなかった、というだけのこと。
「ち。余計なことを」
 火馬が不快そうに舌打ちをして、大剣を切っ先をぼくの胸元へ向け、構えた。
「まあいい。とりあえず死ね」
 このままぼくを串刺しにするつもりだ。彼は。

 ぶすり。

 銀色の刃が、肉を刺し貫いていく。
「うぶっ」
 グロテスクな赤い液体が、スプリンクラーのごとく口から射出された。
 
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