極楽戦争 - End of End 著・富士見永人

 第六章「最終戦争」

   8

「とうとう私たちだけになっちゃったね」
 意地の悪そうな笑みを浮かべた麗那先輩が、城金にそう言った。
「でも心配しなくてもいいよ。あの子たちに邪魔はさせない。君は余計なことは考えないで、私との戦いに集中すればいい。もし私に勝てたら、全員おとなしく引き返してあげるよ」
 麗那先輩の奔放ほんぽう極まりない言動に、赤月が顔をしかめて「また勝手なことを」と、小声でぼやいた。
 城金は無言のまま微動だにせず、床に転がった三つの首なし死体を一瞥いちべつすると、今まで片手で持っていた刀を両手で握り、かすみの構えをとった。
「そうこなくっちゃ」
 麗那先輩の顔にいつもの獰猛どうもうな笑みが浮かび、彼女はそのまま構えることもなく、大薙刀を振りまわしながら城金に飛びかかった。
 あの長大な大薙刀の間合いに臆することなく城金も前に出、麗那先輩の一撃を刀で受け止めた。かん高い金属音とともに火花が散った。
 どん、と、城金が麗那先輩の腹に蹴りを入れようとしたが、麗那先輩は同時に後ろへ飛び、衝撃を逃す。
 そして麗那先輩の着地を狙ってほとんど無音で背後へ回りこんだ城金が、その背中を斬りつけようとしたが、直前に大薙刀の柄でなされた。
 麗那先輩の強みは、身体能力の高さよりも、図抜けた反射神経のよさと、格闘センスにある。
 城金の戦い方は赤月に負けず劣らずトリッキーだが、相手の攻撃を見てから対処できる麗那先輩には通用しない。
 無論、彼とて一騎当千と呼ばれる猛者たちと比べても遜色ない実力を持っている。ぼくが戦ったところで勝ち眼はなかっただろう。
 だが相手は、あの麗那先輩だ。
 いつどこで襲われるかわからない日常での不意打ちなら、暗殺を生業としている城金にも勝機はあっただろう。しかし今回の戦いのような、逃げようのない拠点防衛戦においては、麗那先輩という怪物に単騎で勝てる人間は存在しない。少なくとも今の白虎学園においては。
「いいねえ。いいねえ。やっぱり戦はこうでなきゃ」
 麗那先輩も城金も、未だ大きな傷という傷は負っていなかった。
 しかし、明らかに麗那先輩が押していた。
 麗那先輩を相手にこれほどの間無傷でいられるというだけで、《御庭番》隊長の城金霧也の実力が一級品であるという証左なのだ。
 城金の動きは、長年のたゆまぬ武術鍛錬を感じさせた。流麗でありながら一切の無駄がなく、完成されている。才能のある人間が、優れた師の下で何年、あるいは何十年とかけて徹底的に無駄をこそぎ落とされ、ようやくたどり着く、その境地。
 だが武術というのは相手が同じ人間で、同じく武術を用いてくることを想定して創られ、これまで進歩してきたもの。
 武に精通していればいるほど、麗那先輩の化け物じみた、《武術離れ》した身のこなしと太刀筋に翻弄されてしまう。彼女の動きは武術にとって完全に想定外、いわば猛獣を相手にしているようなものだ(レディに対して失礼な物言いではあるが)。
 そして麗那先輩の人間離れした反射神経は、相手が城金ほどの達人でさえ、攻撃が繰りだされてからの回避を、可能にしていた。
 それでも虚を狙うことで回避を遅らせること自体は、不可能ではない。事実そうやって城金は麗那先輩の首……付近の襟元えりもとを切り裂いた。
「その刀、毒が塗ってあるね」
 間一髪だったにもかかわらず、麗那先輩は笑顔を絶やさなかった。
 城金は言葉を発さなかった。冷徹な合理主義者である彼は、討伐対象と話す必要はない、とでも考えているのだろう。
「面白い。面白いよ。君。やっぱり戦いは、こっちが負けて死ぬリスクがないと、つまんない」
 麗那先輩は深く腰を落とし、大薙刀を上段に構えた。
 あの突きだ。
 あの蒼天音やサイボーグ三星を葬った、あの必殺の突きだ。
「その技は知っている」
 城金は淡々とそう言った。白虎学園にいた頃のぼくや麗那先輩のデータも、そして青龍学院の《ブラックリスト》の連中のデータも、すべて彼の頭の中に入っているのだろう。
 麗那先輩のあの突きがいくら速くて強力でも、事前に知られてしまってはあの城金には通用しないのではないか。そんな一抹いちまつの不安が、ぼくの脳裏をよぎった。
 しかし、麗那先輩は構えを解かなかった。
「オッケー。じゃ、避けてごらんよ」
 怯むどころか嬉しそうに顔をほころばせ、麗那先輩の大腿部だいたいぶが大きくふくらんだ。
 そして、彼女はぼくの視界から一瞬だけ、その姿を消した。
 勝負は一瞬でついた。

「何やってんの。ちょっと」

 麗那先輩のいつもの強者の笑みは消え、その静かで低い声からは、ありったけの怒気がこめられていた。
 城金の胸元から、細身の銀色の刃が突きだし、すぐに姿を消す。
 宙を舞う、赤い霧。
 心臓を貫かれた城金は眼を大きく見開き、そのまま糸の切れた人形のように地面に崩れ落ち、二度と動くことはなかった。
 ……城金の背後から現れた赤月が、血に染まった両切刀をくるんとひと回しして血糊ちのりを振りはらい、言った。
「私たちには時間がありません。彼が人質として使えない以上、早急に始末するべきです」
「邪魔しないでって言ったよね。何でわかんないのかな。ねえ。ねえねえねえ」
 麗那先輩が青筋を立てながらずんずんと赤月に詰め寄っていった。
 まずい。お楽しみを奪われて完全に怒りで我を忘れている。
「な。何ですか」
 麗那先輩が歩を進めた分だけ、赤月が交代していく。
 敵地の最奥部で繰り広げられる、謎の鬼ごっこ。
「麗那先輩。どうか怒りを鎮めてください。敵地のどまん中です。ここ」
 もっとも敵が来ようが、今の彼女にとってはむしろウェルカムなんだろうけれど。
 ぼくが恐る恐る麗那先輩の肩をつかむと、彼女はその手を振りはらうこともなく、歩みを止めた。
「ふん。まあいいわ。ようやくラスボスの前まで来たわけだし。さっさと行こ。縁人くん」
 突然ころりと態度を変えた麗那先輩は、ぼくの手をわしづかみにして最終ラスボスである帝陽輝の待つ玉座の間へと歩を進めていく。あまりに激しいその変わり身に、ぼくはなんだか拍子抜けしてしまった。これからどんな血の惨劇が起こるか、想像するだけで恐ろしい。そして一瞬だけ赤月を鋭い眼でにらみつけると、「後で憶えとけよ。ルリルリ」と、冷たい声で言った。赤月は任務のために城金を抹殺したにすぎないのに、理不尽だ。

 金の装飾が施された贅沢極まりない観音扉には特にトラップもなく、施錠もされていなかった。強者の余裕ゆえか。それとも罠に誘っているのか。あるいは、城金たちに絶大な信頼をよせていたのか。
 扉を抜けると、そこは別世界だった。
 壁には全面的に金の装飾や壁画、天井には豪華なシャンデリアや天井画、大理石の敷きつめられた床の上にはこれまた精緻せいち刺繍ししゅうの施された絨毯じゅうたん、そしてその脇には金色の、おそらくは偉人や英雄たちの彫像が列をなしていた。一体どれだけ金を注ぎこめばこんな部屋ができあがるのか、慎みなど露ほども知らぬ、テレビでも見たことのないようなゴージャスの極み。そんな学園長室というよりは王室のような部屋を訪れ、ぼくは敵地にいることすらも忘れ、茫然ぼうぜんとしていた。ぼくとたったひとつかふたつしか歳の変わらぬ男が、こんな別世界に住んでいるのか。
 ぱちぱちぱち、と、ひとり手をたたく音が、した。
 この白虎学園の現学園長にして支配者・帝陽輝が、部屋の最奥部で、これまた金の彫刻が施された特注の椅子に足を組んで座り、手をたたいていた。
「気をつけてください」
 赤月が言った。帝陽輝のあまりの無防備さに警戒している様子だった。
 先ほどまで不機嫌の極みだった麗那先輩はすっかり笑顔を取り戻し、これから与えられるであろう最終試練にわくわくどきどきが止まらないようだった。
「縁人さん。瑠璃さん」
 帝陽輝の横で、彼ほどではないにせよ豪華な装飾の施された椅子に、夢葉が座っていた。その腕にはまた無駄に豪華な、金の手枷がはめられていた。
「夢葉」
「夢葉さん」
 ぼくと赤月が同時に叫んだ。
「なるほど。人質というわけですか。卑怯者」
 赤月が怒りで顔をしかめ、帝を責めるように言った。
「いや」
 帝陽輝は肩をすくめ、ゆっくり、そして優雅に立ちあがった。
「何の真似だ」
 ぼくは鋭い声で帝に訊ねた。

 帝陽輝は、両手を上げていた。

「まいった。降伏する。そう言っているのだよ」
 少しも怯む様子はなく、むしろ余裕綽々しゃくしゃくとした態度で、彼はそう言った。そのまま続けた。
「まさか、火馬くんや《御庭番》までもがやられるとは、思っていなかった。完敗だ。知ってのとおり、私に君たち三人を倒せるだけの力はない。素直に東陽さんを解放するから、命だけは助けてくれないかな」
 玉座の上で威厳たっぷりだった白虎学園学園長・帝陽輝は、意外にも腰に下げていた豪奢ごうしゃな刀と拳銃を投げ捨て、白旗をあげていた。
「こうなったらもう、この戦もおしまいだ。戦の司令塔である私がこうして君たち赤鳳隊に屈服してしまっては、戦を続けることなどできるわけもない。何もかも、これでおしまい」
 相変わらず芝居がかった仕草で、帝はしゃべり続けた。完全に追いつめられたはずなのにどこか余裕綽々としたその態度が、ぼくには心底不可解だった。
 あまりにも、簡単すぎないか?
 彼はしょせん戦の現場を知らないお坊ちゃんで、ぼくたちを前に尻ごみしたと?
 強者ぞろいの白虎学園を三年以上に渡って支配してきたこいつが?
 赤月も帝の真意が読めず、ただ無言で何かを考えていた。
「何それ」
 麗那先輩が心底不服そうに言った。
「せっかくラストステージまで来たと思ったのに、魔王があっさり降参とか。そんなんで納得できると思ってんの。ここでほら、全長十八メートルのモビルスーツが出てくるとか、巨大な空中要塞が現れるとか、そういう予想を裏切るハードな展開はないの。おかしいでしょ。ねえ。ねえねえねえ」
 麗那先輩は可愛らしく口を尖らせ、手足をじたばたさせて駄々をこねていた。まるで子供だ。
「では、夢葉さんをこちらへ引き渡してください。帝陽輝。あなたがここまで連れてきなさい」
 そんな麗那先輩のことはおかまいなしに、赤月が両切刀の刃を帝に向けた臨戦態勢のまま、そう提言した。何かの罠かもしれない、と、彼女はまだ疑っているようだった。
「わかったよ」
 帝は丸腰のまま隣の夢葉のもとまで歩み寄り、両腕にはめられた金色の枷を解いた。ひとつひとつの仕草がいちいち優雅で余裕があり、とてもこれから捕虜になる人間の所作とは思えない。
「ゲームの時間は終わりのようですね。プリンセス」
 拘束を解かれた夢葉は不満そうに帝を見あげ、差しのべられた帝の手をぺしとはたき、ひとりでこちらへとやってきた。
 対人トラップの存在の可能性も捨てきれてなかったぼくは冷や冷やしながら見ていたが、特に何も起こることなく、夢葉はぼくたちの眼の前までたどり着いた。
「皆さん。この度はご迷惑をおかけしました。助けていただいて、本当にありがとうございます」
 そう言って、律儀にも夢葉は深々と頭を下げた。
「友達を助けるのは当然です」
 赤月が淡々とそう言うと、夢葉は彼女に抱きつき、涙をぼろぼろとこぼしながら「ありがとう。瑠璃さん。ありがとう」と号泣しはじめた。
 照れくさそうに顔を背け、そして赤月は壇上の帝に対して言った。
「あなたもです。帝陽輝。そのまま両手を上げて降りてきなさい」
「わかった」
 帝は観念したように両手を上げ、ゆっくりと階段を降りてきた。
 本当に諦めたのか、この男は?
 いや。小説じゃあるまいし、悪党の最後なんて案外こんなものかも。
 そのまま背中に両切刀を突きつけられ、帝は出口へ向かって歩きだした。
「ねえ、帝くん。本気で降参する気なの」
 麗那先輩の顔は先ほど拗ねた子供のそれではなく冷ややかで、心の底から彼を軽蔑しているようだった。
 帝は麗那先輩に力なく笑い、こう言った。
「私はね、悔いているのだよ。紅さん。君を満足させられるような仕事を与えてやれなかったことを。だから君は、更なる戦の刺激を求めて反乱軍へと移ってしまった。そうではないかな?」
「そだよ」
 麗那先輩の口角が再び持ちあげられた。しかし眼は笑っていなかった。
「おお。何ということだ。すべては私の不徳のいたすところ。この帝陽輝、一生の不覚。我が人生始まって以来の大失態であると認めざるをえまい。悔やんでも悔やみきれない。もし人生をやり直すことができるのならば、貴女あなたを失うという愚行は二度と繰り返さないであろうに」
 大げさな身振りで芝居がかった調子で、帝はしゃべり続ける。麗那先輩はそんな帝を、ただ興味もないと言わんばかりに冷めた眼で見つめていた。
「私語は慎んで、早く行きなさい」
 赤月が両切刀の先端を帝にぐいと押しつけると、帝は驚いたように身をのけぞらせ、前へと歩きだした。
 ぼくはただただ、力なく笑い、こう言った。
「やっぱ、そうなるよなあ」

 そして、赤月の背中を、思い切り蹴飛ばした。

「わ」
 帝を警戒することに集中していたであろう赤月は、完全に虚を突かれたのか、受け身すらとれずに派手に地面を転げまわった。
 

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