極楽戦争 - End of End 著・富士見永人

 第六章「最終戦争」

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 ばりばり。
 ぼくのブルゾンの胸から下が根こそぎ持っていかれ、引き締まった美しい腹筋が丸出しになった。
 切っ先にひっかかったというよりは、弾丸のように回転しながら突き出された刃にずたずたに切り裂かれた、といった印象だった。
 麗那先輩の猫のように愛らしく大きな眼が、さらに大きく見開かれた。
 そう、お腹丸出しにこそされたものの、ぼくは麗那先輩の必殺の一撃をかわすことに、成功したのだ(もしかしたら生存者第一号かもしれない)。
 そして、がら空きになった、麗那先輩の背中。
 よろしい。これは戦争だ。
 いくら相手が愛しの麗那先輩だからといって……否、麗那先輩だからこそ、ここで情けをかけるのは、死の苦痛を与えるよりもおぞましい、魂の陵辱である。
 ぼくは両手に握りしめた小太刀の片方を、麗那先輩の背中めがけて、振りおろした。

 ざくり。

 飛散するあか
 手応えは、あった。
「痛っ」
 麗那先輩の顔が一瞬だけ苦悶に歪むと、彼女はそのまま身をひるがえし、ぼくの腹を蹴りとばして、距離をとった。
「痛たたたた」
 麗那先輩の背中は制服ごと大きく裂け、無傷であったはずのその美しい肌には、ぼくが引いたあかい一筋のラインが、あった。
「背中を斬られるなんて、初めてだよ。縁人くうーん」
 決して浅くはない傷を負わされてなお、彼女は心の底からうれしそうに、笑った。
「本当にすごいよ。縁人くん。一体どうしちゃったの? 裏切られて怒りのあまりスーパーガイア人にでもなっちゃった?」
「あんなに何度も見せられれば、避けるくらい何とかできますよ。ぼくだってね」
 構えをとってから何が繰り出されるかわかっていれば、あとはタイミングの問題だ。このへんは銃弾避けの技術の応用で、何度も見ていれば回避すること自体は不可能ではない。いくら麗那先輩でも弾丸より速く動ける道理はない。
 だけど、避けただけだ。
 千載一遇のチャンスだったにもかかわらず、ぼくはあれほど隙だらけだった麗那先輩に、あの程度の傷しか、負わせられなかったのである。
 わざわざ漫画か何かの悪役みたいに大きく構えをとって予告せず、鍔迫つばぜり合いの直後にいきなりあの突きを繰り出されれば、わかっていても体が追いつかないだろう。
 ぼくと麗那先輩との間には、まだ天と地ほどの差が、ある。
「本当に強くなったね。縁人くん。でもね。君はまだ伸びる。この短期間で、君は自分で思っている以上に、成長してるんだよ」
 麗那先輩は大薙刀を下げたまま、ゆっくりと、ぼくに歩み寄ってきた。
 そして、ぼくに向けて、手を差し出した。
「私と一緒に来てよ。縁人くん。私に君を殺させないで。もっともっと、これからも、私を楽しませて。お姉さんを、燃えさせてよ。ねえ。いいアイデアでしょ。あんなルリルリみたいに、仕事のこと以外何にも考えてないようなつまんないやつと一緒に死ぬなんて、ナンセンスだよ。ねえ。私と一緒に、きよう?」
 麗那先輩のその誘いを聞いて、ぼくの心がまったく揺らがなかったと言えば、嘘になる。
 ぼくが戦を止めたいと決心したのは他でもない、ぼく自身がまず幸せになるためだった。そりゃ、家族や友人たち(大部分はすでに死んでしまったが)のことも大事だけれど、それは彼らの幸せがぼく自身の幸せに直結するからだ。
 二年以上憧れ続けてきた麗那先輩に初めて認められ、彼女と共に歩む人生もいいと思った。
 だけど……
 母さんや乾さん、鈴子や寿、響ちゃん、月野、酉野先生や江口先生の顔が次々と浮かんできて、踏みとどまった。
 ぼくの大切な人たちを、この戦争が、奪ったのだ。
 もうこんな想いはたくさんだ。ぼくがここですべてをふいにしてしまえば、同じ悲劇が、これから先も繰り返されることになってしまう。
 ぼくは言葉の代わりに、ふたつの刃で返事をした。
 麗那先輩はぼくが動き出したのを見てから反応し、とっさに距離をおいたが、微妙に間にあわなかったのか、差しだした右てのひらに浅い傷を負った。
「ふうん。それが返事、なんだね。残念」
 麗那先輩の顔から、笑みが消えた。
「ほんと、残念だなあ」
 これまで麗那先輩がぼくに手心を加えていたわけではないだろうが、彼女の攻撃は今まで以上に激しさを増した。ぼくに反撃の機会を与えないのはもちろん、ぼくが彼女の動きを先読みして応じようとすると、持ち前の反射神経と身体能力と手数で強引に先回りしようとしてくる。いくら銃口の角度から弾道が読めようが、相手が機関銃では無意味である。
 ぼくにはただ、麗那先輩の攻撃を受け、かわすことしかできず、やがてそれすらも難しくなって徐々に後退、窓際にまで追いつめられた。外側はバルコニーになっており、背中に当たった取手をひねると、観音開きのその窓はあっさりと開いた。
 風とともに無数の水の弾丸が、ぼくの全身を濡らしていく。外ではすでに強い雨が降り出していた。
「さっきまでの勢いはどうしちゃったのかなあ。縁人くうん。あの小動物みたいに、逃げるんだ? 囚われのお姫さまを眼の前にして、我が身かわいさのあまり、逃げるんだ?」
 麗那先輩はバルコニーの外までは追って来なかった。ただ無表情のままぼくを上眼でめまわし、低い声で責めるように、そのまま続けた。
「そんなの、私の知ってる縁人くんじゃない。私が好きだった縁人くんはね、自分の大事な何かのために、たとえ劣勢だろうと、命がけで敵に牙を突き立てようとしてくる《戦士》だった。でも、どうしても逃げたいっていうなら、あえて止めないよ。あの小動物と一緒に、世界の隅っこに隠れて、一生震え続けていればいい。でも、そのときはお姫さまは生きたまま切り刻まれて、無残な死を迎えることになるよ。当たり前だよね。この残酷な世界で、弱者は何をされても文句は言えない。ねえ、帝くん」
 そう。帝だ。
 彼は今、どうなっている。
 彼はまだ、赤月と戦い続けているのか。
 あの《首刈り》相手に、まだ持ちこたえられているのか。
 すでに戦いが始まってから五分近く経っているが、赤月の加勢は……
「瑠璃さん」
 唐突に夢葉の悲鳴が、ぼくの鼓膜にたたきつけられた。
 そして、もうひとつの戦いで起きた《異変》に、ぼくは気づいた。

 両腕を失った赤月が、帝の足下で、血の海に沈んでいた。
 

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