極楽戦争 - End of End

著・富士見永人
第六章「最終戦争」


11
「赤月」
 ぼくは思わず叫んだ。
 無惨だった。
 がくがくと震えながら、遠くに転がっている自分の両腕を茫然ぼうぜんと見つめる赤月。いつも無表情で人形のようだった彼女が、今や絶体絶命の危機に瀕し恐慌状態だった。
 何があった?
 以前帝陽輝と対峙したときから、彼にある程度武の心得があることは知っていた。彼が武術に関してまるいっきり素人なら、もともと軍の兵士だった江口先生を素手で殺したり、赤月の攻撃を凌いだりできるはずはない。
 しかし、戦場で一騎当千の猛者として名を馳せていた《首刈り》赤月瑠璃の両腕を切り落とすなんて芸当は、それこそ麗那先輩のような人間卒業レベルでもないかぎり、不可能だ。
「危ないところだったよ。君がもし万全の状態だったなら、今ごろたおれていたのは私の方だったかもしれないね」
 帝は茫然と地に伏した赤月の喉元に、血に染まったサーベルの先端を突きつけていた。
 赤月の、雪野に撃たれた肩も決して軽傷とは言えなかったが、それよりも脇腹に大きな黒い染みのようなものがあることに、ぼくは初めて気づいた。おそらく谷垣のレーザーを受けたときのものだろう。彼女は大丈夫だと言っていたが、本当はぼく以上に深い傷を負って戦っていたのかもしれない。
 それは、ともかく。 
 恐れていた最悪の事態が、現実となってしまった。
 赤月はもう戦えない。
 ぼくひとりで麗那先輩と帝陽輝を倒すのか?
 どうやって?
「さて。死んでもらおうか。小さな戦士よ」
 帝陽輝がサーベルを振りあげた。
「もうやめてください。陽輝さん。彼女はもう戦えません。どうか命だけは」
 部屋の隅でただ戦いの行方を見守るしかなかった夢葉が帝と赤月の間に割って入り、赤月をかばうようにその身を覆い被せていた。
 帝はすでに勝利を確信したのか、余裕綽々とした態度で夢葉に笑いかけた。
「ここは戦場だよ。夢葉くん。殺すか殺されるか。そういう場所だ。もし君が彼女をかばうというのなら、君も敵とみなし、この場で処刑することになる」
 夢葉の体がびく、と震えた。
 このままだと、夢葉も赤月も殺されてしまう。
 ぼくは、どうしたらいい?
 ここでふたりを見捨ててあきらめずに抵抗したところで、ふたりとも殺されて全滅するのは眼に見えている。
 それでも任務のために、大義に殉じて、死ぬべきなのか?
 それで何かが変わるのか?

「ま、待て。待って、ください」

 咄嗟とっさに、ぼくはそう叫んでいた。
「あーらら」
 麗那先輩がなかば呆れたように冷めた眼で、ぼくを見おろした。
 ぼくは地面にひざまずき、武器を床に置いていたのだった。
「勝負はつきました。ぼくたちの負けです。武器を捨てて投降します。ぼくと彼女の命だけは、助けてください。お願いします」
「縁人さん」
 夢葉は涙をぼろぼろこぼしながら「ごめんなさい。ごめんなさい」と、何度も繰り返していた。
 赤月は夢葉に抱かれたまま、今にも閉じそうなその眼で、ぼくを見ている。
 助けてほしいのか。
 それとも「自分たちに構うな」ということなのか。
 彼女が何を訴えているのか、ぼくにはわからなかった。
 赤月の失われた両腕から、彼女の生命が流れ出してゆく。もたもたしていたら赤月は死んでしまう。
「ふむ」
 帝は振りあげたサーベルを、ゆっくり下ろした。

 そして、腰に下げた拳銃を抜き、ぼくへ向けた。

「私は君たちに、大切な友人や部下たちを殺されてしまった。今さら降伏しようなどというのは、いささか虫がよすぎるのではないかね」
 帝は表情を変えず、冷ややかな視線をこちらへと向けた。
「そうでもしなきゃ、ぼくたちが殺されてました。お願いです。慈悲を。憐れみを」
 もはやプライドもへったくれもない。生き残るために、ぼくは無様に哀願し続けた。
 そんなぼくの情けない姿を見て、麗那先輩がひどく顔をしかめたのがわかった。敵に屈するくらいなら、戦士として、男として、潔く戦って死ねとでも思っているのかもしれない。
 貴女の期待に応えられなくてごめんなさい。麗那先輩。
 でも、死んだら全てが終わってしまう。
 生き延びさえすれば、ごくわずかかもしれないが、可能性は残る。
「お願いです。もうやめてください。陽輝さん。武器を捨てて降伏した人を」
 涙をぼろぼろ流しながら喚く夢葉を遮って、帝は言った。
「殺すのは人道に反する、というのかね。彼らは生かしておくには危険すぎると、私は今回の戦いで学んだよ。正直ここまで追いつめられるとは思っていなかった。私の《帝国》にとって彼らは危険因子だ。生かしておけばまた反乱を企て、多くの血が流れることになる。平和のためなら、私はあえて虐殺者の汚名を着よう」
 帝はぼくに視線を戻し、銃の撃鉄をがちりと下ろした。
 彼に慈悲など期待するだけ無駄か。わかっていたけれども。
「最後に何か言い残すことはあるかな。円藤縁人くん」
 ちくしょう。
 どのみち死ぬのなら、せめて最後に玉砕覚悟でやつに一矢報いてやろうか。
 ぼくは、銃口を向ける帝に向かって、中指を突き立てた。
 鈴子が教えてくれた、下品なハンドサイン。
「FUCK YOU」
 何か可笑おかしかったのか、麗那先輩が「ぶふ」と噴き出し笑いをした。
 帝は表情を変えることなく、「では、さようなら」と、最後の一句を告げた。
 そして直後、彼の顔に、動揺が走った。
「何」

 そう、赤月が、前腕を失ったその両腕で、帝の足にしがみついていた。

「逃げて」
 たしかに赤月はそう言った。
「死にぞこないが」
 帝はぼくに銃口を向けたまま、反対の手に握られていたサーベルを、ふたたび振りあげた。
「やめろ」

 なかば反射的に、ぼくの足は帝に向かって、全力で駆けだしていた。
 
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