極楽戦争 - End of End 著・富士見永人

 第六章「最終戦争」

   12

「だめえ」
 夢葉の悲鳴がこだまする中、帝はかまわず引き金を引いた。
 ぱあん。ぱあん。
 だが足下の赤月に気を取られていたせいか、帝の放った弾丸はあさっての方向へ。
 弾避けをするまでもない。
 ぼくはそのまままっすぐ全速力で帝のもとへ駈走かけはしる。
 しかし……
「誰か忘れてないかなあ? 縁人くうん」
 背後から聴こえてきたそのあかき死神の無慈悲なささやきに、ぼくの全身はびくりと、硬直した。
 だめだ。間にあわない。
 帝のサーベルは、赤月の心臓に突き立てられ……

 どががががが。

 削岩機のような轟音とともに、帝の体が宙を舞った。彼は「うむ」と呻き、そのまま地面を転げ回った。
「ヒロインの危機に颯爽と登場。主役は遅れて登場するものである」
 聞き憶えのある凛とした声。
「会長」
 赤月が消え入りそうな声で、つぶやいた。帝の剣は赤月の体を刺し貫く前に持ち主とともにふっとんでいったため、彼女は無事だった。すでに瀕死の重傷を負っていたが、その顔にはわずかに安堵あんどの色が浮かんでいた。
 ぼくの肩を軽くぽんとたたき、大和は言った。
「グッジョブ。円藤くん。君が時間を稼いでくれたおかげで間に合った」
 てっきり乾さんとともに三星たちに殺されてしまったとばかり思っていたのだけれど、こんな土壇場でおいしいところをかっさらっていくあたり何者かの作為を感じる。
 満身創痍まんしんそうい。そう言っていいほどに、大和の身体は傷だらけだった。彼の全身は無数の切り傷や銃創による出血で血にまみれていた。そんな状態でもまるで万全であるかのように威風堂々とした彼の姿は、かつて白虎学園で《不死の怪物》としておそれられた要玄人を彷彿とさせた。
 そしてそんな瀕死の重傷を負いながらも、大和はどこの武器庫から盗んできたのか、左右の腕に分隊支援火器M60機関銃をひとつずつ持っていた。その重量と威力のため、並の兵士では両腕での立射すら難しいそれを、彼は片腕で撃つというのだろうか。
「私が来たからにはもう安心だ。若人わこうどたちよ」
 大和はそう言って、帝と麗那先輩の双方にそれぞれM60を向け、引き金を引いた。
「YEEEEAAAAHHAAAHHHHHHHHH」
 まるでダックハントでも楽しむかのように、彼は眼をかっと見開き、奇声をあげて七・六二ミリ弾のシャワーを発射した。
「く」
 体に無数の穴を開けていたはずの帝は、何ごともなかったかのようにすばやく立ちあがり、玉座の後方にある扉へと駈けこんだ。よく見ると彼が倒れていた場所には血痕が見当たらなかった。おそらく防弾チョッキでも着込んでいたのだろう。
「やはり生きておったか」
 そのまま大和は右足を引きずりながら、よろよろと赤月のところまで歩いていく。
「赤月」
 ぼくは血の海に沈んだ赤月のところまで歩みよった。
 ひどかった。
 青ざめた顔でがくがくと震えながら、血の海の中を這いずり、ぼくを助けてくれた、赤月。
 まだかすかに意識が残っているようだったが、出血がひどい。まずは彼女の手当が優先だ。いつ死んでもおかしくない状態だった。
「縁人さん。私に任せてください」と、夢葉が叫んだ。
 そう。彼女はまだ見習いとはいえ、医療の講義を受け、あの名医・黒川先生の助手をしていたこともあるくらいだ。応急手当くらいできるだろう。
「瑠璃さん。いま助けます」
 夢葉は急いで赤月の傍へ駈け寄ると、自分の着ていた制服を脱いでびりびりと裂き、赤月の失われた両腕に巻きつけた。
「縁人さん。瑠璃さんのことは私に任せて、陽輝さんを追ってください。この戦いを終わらせてください。私たちのことなら大丈夫。瑠璃さんは私が必ず助けます」
 先ほどの震えはどこへ行ったのか、落ちつきはらった口調で、夢葉はそう言った。彼女の眼差しからは、赤月を何が何でも生還させるという強い意志が感じられた。
 そんな夢葉に対し、ぼくはただうなずいた。「わかった」
「だーれか、忘れてないかなあ?」
 麗那先輩の場違いに陽気な声が聞こえてきた。
 その人間卒業級の身体能力で剣林弾雨屍山血河けんりんだんうしざんけつがを幾度なくくぐり抜けてきた彼女には、M60機関銃のフルオート射撃すら通用しないというのか。
「君こそ、誰か忘れていないかね」
 大和がまだ両腕に保持したM60を、麗那先輩に威嚇いかくするように向けた。いくら麗那先輩が超人でも、二挺の機関銃に太刀打ちできるのだろうか。
「彼女のことは私に任せて、君は帝陽輝を追いたまえ。正直この体で鬼ごっこはしんどいのだ」
「わかりました。ふたりのことは頼みましたよ」
 大和が麗那先輩に向けてふたたびM60で弾幕を張ると同時に、ぼくは帝が逃げこんだ裏口に向かって駈けだした。

 帝がどこへ向かったのかは、だいたい想像がつく。このビルの屋上にはヘリポートがあり、そこからヘリで逃げるつもりだろう。事実彼が逃げこんだ玉座の裏の通路には、屋上に通ずると思われる階段があるのみだった。
 大和の乱入で形勢逆転して気が緩んだのか、根津や雪野に撃たれた傷に激痛が走った。
 これが正真正銘の、最終戦争。
 ぼくが帝を倒すしかない。
 歯を食いしばり、全力で階段を駈けあがる。
 そしてその先にある鉄製の扉を一気に……と、はやる気持ちを押さえ、慎重に開ける。彼は銃を持っている。ぼくの追跡を予想して撃ってくるかもしれない。
 扉を開け、飛びこんできたのは弾丸の雨……ではなく、ただの雨だった。
 空がまっ白に閃光する。
 ぼくの真正面に、彼はいた。
 ただ突っ立って空を眺めているだけで、ぼくが扉の外へ出ても何もしてこない。
 脱出用に停めてあると思っていたヘリは、そこにはなかった。
「逃げないのか?」
 ぼくは彼、帝陽輝にそう訊ねた。
「なぜ逃げる必要があるのかね」 
 帝はそう返答し、サーベルを抜いた。
 逃げ場がなくて腹をくくったのか。いや、まさかこの男に限ってそんなことはないだろう。日本を代表する大財閥の御曹司だ。家に電話して私設の軍隊(一個師団クラス)がやってくるのを、ここで下々の戦を見おろしながら悠々と待っているにちがいない。
 帝は豪奢ごうしゃな装飾の悪趣味なサーベルをひゅんひゅんと振りまわしながら、こう言った。
「大和十三の乱入は予想外だったが、彼は私の麗那くんが速やかに排除してくれるだろう。そして君は、この私自らの手によって抹殺される。勝敗はすでに決している」
 誰の麗那くんだって? と、頭に上った熱き血潮ちしおを必死で冷却し、ぼくは両手に握った小太刀を構えた。
「大した自惚うぬぼれだな。その油断がお前の命取りだよ。戦知らずのお坊ちゃん」
 ぼくの挑発に眉ひとつ動かさず、帝はサーベルを構えることもなく、無防備の体勢のままでぼくに歩み寄ってきた。
「私がただのリッチマンではないということを、君は身をもって知るだろう。さあ、恐れおののけ。平民の下郎よ」
 轟音と共に、ふたたび空が白く閃光し、帝は宙高く飛びあがった。
 

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