白金記 - Unify the World 著・富士見永人

 第十四話「失敗作」

 あれから星子せいこは借りてきた猫のように大人しくなり、暴力を振るった藍川あいかわにも謝罪し、和解した。白金機関の活動と、それにぼくが参加することに対しても異を唱えることはなくなったどころか、毎日ねぎらいの言葉をかけてくれるようになり、ぼくが鍛錬場に出かける前にあの爆弾おにぎりを作ってくれるようになった。
 実に二カ月にもわたる基礎鍛錬を終えると、今度は実戦を想定しての訓練や、ビル内にある白金学園大学部で全世界における地理や交通、言語や文化、風習に関しての講義も受けるようになった。
 現在ぼくは白金機関の同僚アルマの協力により、最新鋭のドローン兵器を用いた訓練を行っている。
「こら。もっと姿勢を低くせんか」
 御菩薩池みぞろげの怒号が飛んだ次の瞬間、ぼくの胸から鮮血が噴きだし、四散した。
 否。鮮血を模した、赤い塗料が。
 ぼくの周囲には、アルマの用意した大小さまざまな虫型のドローンが飛んでいた。その背中にはペイント弾の発射装置が搭載されており、ぼくはそれを回避して壁に設置された的を銃撃する、という訓練内容である。アルマとしても対人用ドローン開発のためのいいデータが取れるらしく、星や雲母の訓練にもよく機材を貸しているらしい。
 二時間以上も不休で動き回っていたため、ぼくの体力と集中力はとうとう限界に達し、世界は反転。ぼくの唇はリノリウムの床と濃厚な接吻せっぷんを交わした。
「あっ」
 心配そうなアルマの声が耳に入ってきた直後、ぼくにとどめを刺すようにドローンが大量の赤い塗料を射出、ぼくの全身を真っ赤に染めあげた。アルマはあわててタブレット端末を操作し、塗料の雨は止んだ。
「立つのだ。ヒデル。敵は休ませてくれぬ」死体に鞭を打つような御菩薩池の厳しい言葉が、ぼくに投げかけられた。
「彼はもう限界。休ませるべき。これ以上の継続は非効率」アルマがぼくをかばうように言った。
 御菩薩池はそんなアルマを無視して、懐から古びた自動拳銃ワルサーPPKを取りだし、撃鉄を起こし、アルマの胸もとへ向けた。
 アルマの体がびく、と震えた。
「では、君もヒデルもここで死ぬ」
 御菩薩池が引き金にかけた指に力を入れる直前に、ぼくはガス欠の車のように重たいその体に無理矢理後ろから蹴りを入れるようにして突進、しかし立ち上がることは叶わず、そのまま御菩薩池の足もとに全体重を乗せ、体当たりした。
 しかしそんな抵抗も虚しく、二十キロ以上ある体重差のせいもあってか、御菩薩池の体はまるで巨木のようにぼくの突撃を易々やすやすと跳ね返した。
 べちゃ、という湿った音とともにアルマが短い悲鳴をあげ、身をのけぞらせた。
 彼女の肩口が、赤く染まる。
 御菩薩池は意地悪そうに顔を歪め、ぼくを糾弾した。
「ほれ見たことか。人間死ぬ気になれば、死ぬまで動けるのだ。戦場では理不尽が当たり前。生き残るために必要なのは、まず何よりも、生きようとする意志、守り抜こうとする意志、最後の最後まで理不尽を跳ねのけ、あがき続ける、ガッツなのだ!」
「ここは戦場じゃない。ここで彼が死んだらすべて無意味。重大な損失。ヒヅルの意向に背く」
 アルマは震えるその体を盾にするようにして、床に無様に突っ伏したぼくをかばっていた。
 御菩薩池は鬼のような形相を崩すことなく、その銃を懐にしまった。
「ふん。まあいい。今日はここまでにしておいてやろう。だが、わしが敵だったら今ごろ君たち二人は死体だったという現実を、肝に銘じておけ」
 そう言い終えると、御菩薩池はきびすを返し、鍛錬室を後にした。
「大丈夫? ヒデル」
 アルマは床に突っ伏したままのぼくを指先でつつきながら、声をかけた。
大丈だいじょばない」
 ぼくは腹話術師が操る人形のように口だけをぱくぱくと動かした。
 先ほどは気合で無理矢理体を動かせたものの、本当に最後の力を振りしぼったせいか、もはや体が言うことをきかなかった。
 今のぼくに居住区の自室まで戻る力はなく、アルマの細腕でぼくを連れていくことなど論外。ぼくはアルマの呼んできた警備隊の男に連れられ、鍛錬室の奥にあるベンチの上にだらしなく横たわった。彼女はどこからか毛布を持ってきて、ぼくにかけてくれた。この白金タワーに来てからもう四ヶ月。今は十一月上旬で、空調などに頼っていては極地での任務など到底耐えられぬと御菩薩池の方針であえてエアコンを切ってあった鍛錬室は、訓練を終えるとかなり肌寒く感じた。
 ぼくはアルマに言った。「ごめんね。肩、痛かっただろう。服も汚してしまったね」
 ペイント弾と言っても至近距離から発射されるとエアガンで撃たれるくらいには痛い。事実ぼくはさっきの虫型ドローンの一斉射撃で体のあちこちが鞭かなんかでひっぱたかれたようにひりひりと痛んでいた。
「気にしないでほしい。ちょっとひりひりするだけだし、服なんてヒヅルに言えばいくらでも買ってくれる」
 アルマはぼくから眼をそらすようにメロンパンをその小さな手と口で栗鼠リスのように可愛らしくかじりながら、そう返答した。心なしかその白い頬にうっすらと赤みがさしていたように見えた。
「君も《人工全能》なのかい。アルマ」
 しばらく沈黙した後、ぼくはかねてから疑問に思っていたことをアルマに訊いてみた。彼女の肌と髪は、ぼくやヒヅル姉さんと同じく、透き通るように白かった。この人間離れした純白こそぼくたち《人工全能》の証なのだとぼくは考えていた。
 しかし、彼女の答えはぼくの予想と異なっていた。
「ちがう。私は《失敗作》。誕生と同時に《処分》されるはずだった成り損ない。でも、ヒヅルが助けてくれた。危険を承知で、所長にかけあってくれた。ヒヅルは私の命の恩人。だから何があっても私はヒヅルの味方。ヒヅルのためにできることは何でもする」
 そう語るアルマの眼からは、普段のおろおろした人見知りからは想像もできない、ぶれない芯の強さが感じられた。
 それにしても《失敗作》だとか《処分》だとか、人を人とも思わぬその非道に、ぼくはひどい憤りを感じた。父さんと母さんも、アルマのような《失敗作》とやらを、まるで保健所で犬猫を屠殺とさつするように、《処分》していたのだろうか。それに何の疑念も抱かなかったのか。良心の呵責かしゃくは、なかったのか。
 もともと機材の貸し出しやテストのために来ていたアルマだったが、この日を境に他の訓練時にもちょくちょく顔を出してはぼくに差入れを持ってきたり、訓練後に一緒にご飯を食べに行ったりするようになった。人工全能開発研究所にいた頃の話、そしてぼくが生まれて間もない頃に起きた、秘密結社ヘリオスの暗殺部隊による研究所の襲撃事件。当時十歳だったアルマは、ヒヅル姉さんや他の仲間たちとともに必死で逃げてきた、と、震えながら語った。ぼくは当時せいぜい一歳の赤子だったから、彼女はぼくより九つ上の二十八歳前後ということになるが、どう見ても中学生か、せいぜい高校生くらいの子供にしか見えなかった。《人工全能》の研究はまだ発展途上で、その上当時の研究所長や研究者たちのほとんどがヘリオスの暗殺部隊に殺されてしまったため、ぼくらの寿命や体質といった多くのことは謎に包まれている、ということだった。わかっているのは遺伝子操作によって知能が著しく高かったり、身体能力がずば抜けていたり、ゴリラのような怪力だったり、特に美容に金や労力をかけているわけでもないのに一流のモデルのような美男美女だったりする、ということくらい。なお、アルマは知能こそ高かったものの、身体能力が著しく低く、コミュニケーション能力にも障害が認められたので《失敗作》という扱いだったらしい。話してみれば、ちょっと変わっているけれど、仲間想いの優しくて純粋な娘だというのに、残酷な話である。
 

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