白金記 - Unify the World 著・富士見永人

 第十六話「黒獅子組」

 あれから二週間が過ぎ、ぼくはさらに二度、つまり計三回、鷹条宮美たかじょうみやびの軟禁されたマンションへの潜入に成功していた。二回めは部屋にいる護衛が二人、三回めは三人になっており、誰かがやられたら他の誰かがすぐにでも警備会社に通報できるようにしていたのだろうが、アルマの虫型ドローンを使って事前に情報を知っていたぼくの敵ではなく、遠距離から麻酔銃の連射で瞬殺した。いつの時代も情報を制する者が勝利するのである。彼女と連絡をとる手段は、実質潜入しての直接会話しかなかった。携帯電話や手紙は予想どおり護衛によって監視されており、ぼくと彼女のやりとりは即座に父である鷹条総理に報告されてしまう。そうなると彼女は軟禁程度では済まなくなるだろう。
 とはいえ、初回から何か進展があったわけでもなかった。鷹条宮美は、迷っているようだった。ぼくが信用に値する人間かどうか、本当に自分に父を止められるのか。自分に協力した週刊文冬ぶんとうをたたきつぶされ、こんなところに軟禁されて、父を恐れている様子もあった。そんな彼女に協力をお願いするのは若干気も引けるが、あくまで任務と割りきるしかない。三度の侵入で得られた成果は、彼女と他愛たあいもない世間話、雑談を交わしたことだけだ(互いを知ることで彼女のガードを下げるという狙いもあったが)。
 鷹条宮美は天下のお嬢様学校である東陽とうよう女学院に通う高校二年生。星子せいこおなどしだ。ずっと女子校だったためか、厳格な親もとで育ったせいなのか、今まで男性と交際したことはなく、歳の近い異性と話すとどぎまぎしてしまうという。牡丹一華アネモネのごとく清楚せいそ、しかしどこかはかなげで、現在の境遇も相まって正に薄幸はっこうの美少女という心証であった。総理の娘というだけあって政治や社会に関する見識も豊富で、社会かくあるべしとヒヅル姉さんばりに理想を説き、何より貧しい生まれの子供たちや老人、障害者相手のボランティアに積極的だった。正しく清廉潔白せいれんけっぱくを絵に描いたような娘で、目的のためなら手段を選ばず国民よりも私益を優先する父の姿勢を軽蔑しており、これ以上彼が罪を重ねないよう告発しようと考えていたが、案の定返り討ちにされ、自宅に軟禁されることになったというわけだ。他にも彼女はかなりのSFおたくで棚には古今東西のSF映画のDVDや小説がぎっしりと並んでおり、彼女のSF談義に付きあわされたこともあった。軟禁されて護衛たちとはろくに会話もできず、話相手に飢えていたせいもあって彼女はだんだんと水を得た魚のように早口でまくし立てるように語り、そして謎に包まれたぼくのことに関してもあれこれと詮索せんさくしてくるようになっていった。
「私と同い年の妹さんがいらっしゃるのね」
「ああ。君とは対照的な感じだけど、根はまっすぐでいい娘さ。機会があったら紹介するよ」
「なぜこの仕事を?」
「妹や君のような善良な人々が安心して暮らせる世界を作りたい。それだけだよ」
「おもしろい方ですね。その星さんという方」
「うん。彼は非常に面白いよ。人情味あふれる熱血漢だが、ちょっと間抜けなところがあってね。女装した男性を口説いたり、アダルトサイトのワンクリック詐欺さぎにひっかかったり、可愛いもの好きの同僚の女性の気を引くために似合いもしない兎耳うさみみカチューシャを買ってきてうさぎの真似をしてどん引きされたり、いつもぼくや同僚たちを笑わせてくれる貴重な存在だ」
 ぼくの話に聞き入っているうちに宮美の警戒心は次第に薄れ、笑顔を見せてくれるようになった。
 だが当然いつまでもそんな真似をあの鷹条総理が許すはずもなく、とうとう宮美は渋谷のマンションから連れだされ、総理が懇意こんいにしている関東を中心とする広域暴力団・黒獅子くろじし組の組長宅に軟禁されることとなり、警備がせいぜい十名以下だった高級マンションに比べて潜入のハードルは格段に上がってしまった。
 しかし日本中に網を張っている白金機関の優秀なエージェントとその協力者たちの手にかかれば、日本全国どこに彼女を隠そうがすぐにわかる。そして居所さえわかってしまえば、あとはアルマの虫型ドローンを飛ばして建物の内部構造、標的や警備の配置と動き、人の出入りなど潜入に必要なすべての情報を把握し、彼女を連れだすための策を練るだけ。
 アルマのドローンが送ってきた映像を参考に、ぼくたちは白金タワーの会議室で作戦を立てていた。
 雲母きらら頓狂とんきょうな声で言った。「うわあ。さっすが日本四大暴力団のひとつだけあるね。拳銃だけじゃなくてUZIやAK、RPGまで持ってるよ。敵の数はざっと六十人前後。これ、ヒデくんひとりじゃちょっと荷が重いかも」
「いや。やりませんよ。ひとりじゃ。ぼくはジェームズ・ボンドじゃない」
「大丈夫。ヒデルは私が守る」タブレット端末を操作しながら、アルマが静かに言った。以前の人見知りはどこへ行ったのか、その言葉は自信に満ちあふれ、とても頼もしかった。
「万一に備えて、ティキちゃんも呼んだ方がいいかも」雲母が提案した。
「賛成だね。今回ばかりはドンパチなしとはいかないかもしれない」ぼくは首肯しゅこうして言った。
 組長宅には、ぼくたちの侵入を予期してか、夜間であっても見張りの組員が巡回しており、宮美の幽閉されている客間までには最低でも三人以上の見張りを無力化しなければならないようだった。組員の武装は多くがせいぜいトカレフやマカロフといった自動拳銃だが、ひとたび騒ぎになればUZIサブマシンガンAKアサルトライフルで武装した応援もけつけ、ぼくひとりの脱出はともかく、宮美の連れ出しは極めて困難になる。
 だが潜入工作の達人である御菩薩池みぞろげより受け継いだスキルとアルマの虫型ドローンがあれば、花車かしゃな優男も一人軍隊と化し八面六臂はちめんろっぴの大活躍である。

 二〇一三年十月二十二日深夜零時。作戦決行のとき
 広域暴力団黒獅子組組長・黒獅子龍馬くろじしりょうまの組長宅は年季を感じさせる武家造ぶけづくりの大きな屋敷だった。ぼくは歩哨ほしょうたちの間隙かんげきを突いて塀を乗り越え庭へと侵入、東側の濡縁ぬれえんの下を蜥蜴とかげのように素早くって進み、予め決めておいた人気のない位置の窓に、麻酔銃に仕込んだ小型レーザーで小さな穴を開け、鍵をこじ開けて侵入した。窓には警報機の類は仕掛けられておらず、ぼくは誰にも気づかれることなく屋敷への侵入に成功した。虫型ドローンを通して屋敷全体を監視しているアルマから送られてくる情報を頼りに、警備のいない場所を臨機応変に進行し、どうしても排除しなければならない見張りは麻酔銃とドローンを使って素早く無力化、気絶した組員は縁の下や倉庫に隠し、ぼくは着実に奥へと歩を進めていく。文章にすると簡単そうに見えるが、これら一連の動作をほぼ無音で迅速に行うのは極めて難しく、熟練の技術と経験、勘が必要になってくる。
 耳に仕込んだ無線機からアルマが語りかけた。『上出来。ヒデル。標的は変わらず寝室にて入眠中。部屋の前の廊下には拳銃で武装した組員が巡回してる。気をつけて。念のため《》と《はち》の小隊を待機させておく』
 ぼくは声は出さず、背後を飛び交うカメラ付きのゴキブリドローンに向けて親指を立てた。
 今回の作戦も宮美を起こしてぼくたちと共に来る意思があるか否かの確認を行う。それはあくまで任意同行という体裁ていさいのためもあるが、いくら彼女が華奢きゃしゃな少女(推定体重四十五、六キロ)であろうと、麻酔で気絶した人間ひとりを抱えてこのだだっ広い屋敷を脱出するのは骨が折れるという事情もあった。それに彼女を無理矢理連れ帰ったところで、彼女に白金機関に協力する意思がなければそれこそ骨折り損のくたびれ儲けだった。
 だが、今回ばかりは宮美がぼくの誘いを断らないという確信があった。というのも、カメラ付きのドローンで屋敷を観察していてわかったのだが、どうも組長の息子が彼女にしつこく求愛しているようで、その度に彼女はどう贔屓ひいきめに見てもいやそうに拒んでいた。さらには鷹条総理の娘という重要人物を預かっているという重圧からか、それとも彼女をみすみすぼくたちにさらわれてしまったら組織の面子めんつ丸潰れだからか、おそらくは両方だろうが、宮美は屋敷の一番奥にある来賓らいひん室から出ることはなく、何か用があれば組員が代行するという徹底ぶりだった。荒くれ者の組員たちとは談話することもなく、風呂と食事とトイレ以外はほぼ来賓室で勉強したり本を読んで過ごすという引きこもりのような生活を強いられ、気が滅入めいっている様子だった。
 アルマのドローンに頼るまでもなく、ぼくは麻酔銃で廊下を歩いていた組員を眠らせ、宮美の眠っている寝室の扉の前まで辿り着いた。扉には鍵がかかっていたが、単純構造のディスクシリンダー錠で、ピッキングで簡単にこじ開けることができた。
「誰」
 鍵を開けた音で起きてしまったのか、部屋の中から宮美の声が聞こえてきた。
 ぼくはそっと扉を開け、しい、と、口もとに人差し指を当てて宮美に沈黙を求めた。
 宮美は黙って首を縦に振った。どうやら警戒してはいないようだった。
 時間がないので、ぼくは単刀直入に訊く。
「来るかい」
 彼女の耳もとで、ぼくがささやくと、彼女はその質問を予想していたようで、即決と言わんばかりに首を縦に二回振った。
 無線機からアルマの声が聞こえた。『ヒデル。組員がひとり廊下を歩いてる。東側のトイレに入った。気をつけて』
 ぼくは小声でアルマに訊き返した。「西側の通路には誰かいるかい」
 アルマは即座に返答した。『出口付近にUZIマシンガンを持った組員がふたり。《蚊》で眠らせる?』
「いや。大丈夫。東側から行く」と、ぼくは返した。
 麻酔銃にせよ、ドローンの麻酔針を使うにせよ、無闇やたらと眠らせてしまえば地面に倒れこんだ時の音で侵入がばれてしまう恐れがある。あくまで静粛せいしゅくに、ぼくが気絶した組員を即座に支え、目立たないところへ運ばなければならなかった。
 宮美は当然無音歩行術の訓練など受けているはずもなく、床のはりの上を歩くという習慣もないため、時おり床がきしむ音が鳴り響き、その度に緊張が走る。が、夜間で警備も少なく、組員たちの多くは寝静まっており、トイレに起きて出歩く組員の存在も、屋敷全体を監視しているアルマが教えてくれる。作戦は当初の予定どおり順調に進み、ぼくたちは屋敷東側の廊下の窓から庭へ抜け、裏門から屋敷を後にする、はずだった。が。

 たーん、という炸裂さくれつ音とともに、突然ぼくの左脚に、激痛が走った。
 

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