白金記 - Unify the World 著・富士見永人

 第十七話「地獄谷」

「く」
 突如左大腿だいたいを撃ち抜かれたぼくはその場でくずおれ、苦悶くもんに顔を歪めた。
「あっ」宮美の顔が恐怖に引きった。
 が、意外にも彼女は決して悲鳴をあげたりすることはなく、すかさずかがみ、ぼくに肩を貸し、そしてきょろきょろと周囲を索敵した。
「だ、大丈夫ですか」
「かすりきずさ」女の子の手前、ぼくは無理矢理強がった。
「見いつけたあ」
 屋敷の中から、黒獅子組の構成員とは一風変わった、ひとりの黒髪の青年が姿を現した。中心に髑髏どくろの描かれたパンク風なVネックのカットソーにダメージジーンズ、というカジュアルな出立いでたちで、狂人のようにかっと見開かれた四白眼とその中心で燃えたぎあかい瞳が、長い漆黒の前髪の奥でぎらぎらと輝いていた。
 彼の右手にはバナナのように湾曲した弾倉が印象的な旧ソ連製のAKMSカービン銃が握られ、その銃口からうっすらと上がった硝煙しょうえんが、月明りを浴びて青白い筋を宙に描いている。
『あっ。む、村正むらまさ
 無線機の向こうからアルマが叫んだ。
「友達かい」ぼくはアルマに訊いた。
『ち、ちがう。あいつは地獄谷村正じごくだにむらまさ。ヒヅルを殺そうとして追い出された謀反人むほんにん。《ブラックリスト》にも載ってる』
「ああ。そういえばいたね。そんな人」
 以前読んだ《ブラックリスト》の記憶を引き出す。ヘリオスや他の組織の間諜スパイとして白金グループに潜りこみ、諜報活動や姉さんの暗殺を試みた人間は過去に何人かいたが、彼、地獄谷村正は、白金学園大学部において高い知能と超人的な運動神経をあわせ持つ万能の天才として白金機関にスカウトされ、主に秘密工作や暗殺といった暗部の仕事を任されていた。が、彼は極めて独善的で、自分の理想とする世界に不要な人間、特に破落戸ごろつきや犯罪者といった連中を人間失格スクラップと称して大量に虐殺していたことが発覚。ぼくが白金機関に入る一年ほど前、ヒヅル姉さん自らの手で粛清しゅくせいするはずだったのだが、逆に返り討ちにして逃走。二人の護衛が死に、一人が重体、そして姉さんが腕に全治二週間の傷を負い、《地獄谷の反乱》として白金グループの闇の歴史に刻まれるに至ったのであった。その後の彼の行方は一切不明。リストに載っていた写真は真ん中分けの長髪だったが、今はぼさぼさの短髪で、まるで別人のような雰囲気だった。
「今となってはヤクザの用心棒、か。それとも」
「あー。勘違いすんな。俺は今回助っ人としてここに派遣されただけだ。ここの破落戸ごろつきどもとは何の関係もねえ」
 地獄谷はかぶりを振り、ぼくの台詞を遮って言った。そして狂気すら感じさせる大きく見開かれたその眼でぼくをめ回し、裂けたように大きな悪魔の如き口の口角を吊りあげ、哄笑こうしょうした。
「てめえ。あのババアに似てやがるな。白金のクソババアに。もやしのようにまっちろくてほそっけえ。……《人工全能》か。だがせいぜい頭がよくて体力があるだけの、人間にすぎねえ。こうやって銃で撃てばぶっ壊れるのは、俺たち人間とおんなじだ。ああ、言っとくが、今のはわざと足を狙ってやったんだぜ。一発であっさり死なれちゃ俺としてもつまんねえからなア」
『ヒデル。いま助ける』
 アルマが無線機越しにそう言った直後、屋敷内に潜んでいた蜂やゴキブリといった攻撃用のドローンが一斉に地獄谷目がけて飛びこんできた。
 対する地獄谷は、ポケットの中から小型のリモコンのような端末を取り出すと、屋敷の中へ向け、何かのボタンを押した。

 ばたばたばた。かちゃかちゃかちゃ。

 アルマの虫ドローンが、あっけなく、ひとつ残らず、地上に落下した。
『あっ。な、なんで』アルマが困惑したように声をらした。
「ぎゃははは。こいつはすげえ。《姉御》の言ったとおりの超兵器だぜ。ゴキジェットなんざ眼じゃねえ。もし効かなかったら今ごろ俺様死んでたぜえ。笑いが止まんねえー。ぶひゃひゃひゃ」
 地獄谷は狂ったように笑い続けていた。
 そして先ほどの銃声と彼の馬鹿笑いのせいで屋敷内の組員たちが眼醒めざめ、トカレフマカロフAKと物々ものものしい装備で庭へとおどり出てきた。
「どうしたアルマ。何が起きた」ぼくは幾分鋭い声でアルマに訊ねた。
『あっ。あっ。わわ、わからない。いきなりコントロールできなくなって。こんなことは初めて。や、屋敷内の虫も全部やられた。に、逃げて。ヒデル。逃げて逃げて逃げて』
「ドローンガンって知ってるかあ? ドローン用の電波を打ち消す妨害電波を飛ばして操縦不能にする新兵器だ。今使ったのは屋敷全体のドローンを無力化できるちと特殊なやつでな。俺が造らせた」
 地獄谷は得意げに語り、そして……
 ぼくの頭に、AKMSの銃口を向けた。
「このままてめえをぶっ殺してやってもいい。が、俺も鬼じゃねえ。俺の雇い主は、てめえの腕を買ってる。ヘリオスに忠誠を誓うなら、生かしてやってもいいとよ」
いやだと言ったら?」ぼくは上眼で地獄谷を睨みつけ、言った。
「聞くまでもねえだろ」地獄谷はAKMSの引金に指をかけて言った。
「やめてください。私が戻ればいいんでしょう」宮美が叫んだ。
 だが、地獄谷はそんな宮美の訴えを一笑、そして一蹴した。「馬鹿かてめえは。戦場で敵に銃を向けた以上、生殺与奪せいさつよだつの決定権は勝者にある。つまりここでは俺が法律だ」
 地獄谷はぼくに視線を戻し、最後通牒さいごつうちょうを言い渡した。
「三つ数える。その間に選べ。俺と来るか、それとも死ぬか」
 勝ち誇ったような笑みとともに開始される、死へのカウントダウン。
「いーち、にーい……」
 ぼくはただただ、無念を噛みしめていた。
 くそ。どうする。
 どのみち死ぬのなら、せめて玉砕覚悟でこの男を道連れにしてやろうか。
 

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