問題学園

 時は令和二年二月。

 すっかり日も暮れ、その人里離れた場所ゆえか、夜空に浮かぶは天然のプラネタリウム。

 その下に黒くそびえる、古びた校舎。

 

 ここはとある雪国の山奥に存在する、全校生徒百人ほどの小さな学校。

 その名も、伊能いのう学園。

 今日は年に一度の祭典である体育祭が開催され、全校生徒が一丸となって団結し、盛りあがっていた。

 しかし、本当に盛りあがるのはその後、後夜祭だ。

 

「俺の魔球をくらえ」

 野球部のエースの大仁田翔平おおにたしょうへいが、雪玉を思いきり振りかぶり、渾身の一球を放つ。

 そのスピードは音速すら超越し、強烈なソニックブームを発生させ。

 敵陣営の氷の壁を木っ端微塵に打ち砕く。

「てめえこのバカ。死んだらどうすんだ」

 砕け散った氷の壁を即座に再構築しながら、氷室凍一ひむろとういちが吠えた。

「おい闇堂あんどう。ぼけーっと突っ立ってないで手伝え。心中してえのか」

 氷室の後ろで小柄な男子生徒、闇堂滅也あんどうめつやがひとり空を見つめている。

「漆黒の夜……鮮血の如きあかの望月が、血涙を流し慟哭どうこくしている――!!」

 月に向かって伸ばした手には、墨汁で解読不能の特殊な文字が書かれた包帯が幾重にも巻かれ、その左眼は眼帯によって覆い隠されていた。

 

 校庭の中央では、山のように積まれた丸太が業火に焼かれ。

 その傍らでひとりの女子生徒・焔村熱子ほむらあつこが酒瓶を片手にフラフラと踊り、ライターの火に口から酒――アルコール度数九十六度の最強酒スピリタス――をぶっかけ、しかし逆流した炎によって顔面に引火、死の炎舞ファイヤーダンスを踊っていた。

 その様子を見て、ゲラゲラ笑う女生徒数名。

 そんな惨状であるにもかかわらず、教師は止めるどころか「いいぞもっとやれー」と、煽ってすらいる。

 周囲には無数の酒瓶が転がり、彼らもすでにできあがっている様子だ。

「そういや新しい警備兵来ないっすね~。こいつらを二十四時間三百六十五日管理しろとか無理ゲーですよね~」

 新米教師の桜森龍二さくらもりりゅうじがぼやいた。

「あ~今に始まったことじゃね~よ」

 ベテラン教師の坂友金七さかともきんしちが、桜森の肩を叩き。

「生徒のため、お国の未来のために時間外も無償労働ボランティアしなさいとかいうキチ○イどもがまともに金なんか出すわけね~だろ。察しろ。そして飲め」

 彼の盃に、日本酒を注ぐ。

「へっへ~。あざま~す」

 そんな酒の席に、しかし。

「止めねーんだな。いつもの説教はどうしたんだよ。え」

 いつの間にか大仁田を氷づけにした氷室が、氷のように鋭く冷たい蒼き瞳で坂友を睨みつけ、挑発する。

 しかし坂友は。

「あ~。もういいんだよ。俺たちはもう定時できっちり仕事はやめることにしたんだ。だから、放課後は自由にしてていいゾ~」

 投げやりな態度で、そういった。

「そうかい。んじゃあそうさせてもらうぜ」

 

「おら~。酒だァ~。酒持ってこいやァ~」

 学校随一の巨漢、呑塀大五郎のんべいだいごろうは、空っぽになった焼酎の一升瓶を自慢気に見せびらかし。

「未成年飲酒なう」

 それを津井廃人ついはいとがスマートフォンのカメラで撮影し、匿名投稿型のSNS・ツイスターに投稿する。

「うへ~。早速バズってるんですけど~。ウケる~」

 興奮気味に画面を眺める津井に、氷室が駆け寄る。

「おいおい。何を見てるんだ、津井。その変なカードは何だ」

 氷室は津井の手にあるスマートフォンを不思議そうに眺め、訊ねた。

「ああ。こないだたまたま校庭に迷いこんできたヤツを殺して奪ったんだ」

 さらりと恐ろしいことを言ってのける津井に、しかし氷室は。

「へえ~。迷子なんて珍しいな」

 まるでそんなことはどうでもいいと言わんばかりに、興味ありげにスマホの画面を見つめていた。

 

「非常識ですわ」

 学級委員長であり、新聞委員でもある増田古見子ますだこみこが、ヒステリックな声をあげた。

「ききき教師ともあろう方々がっ。よりにもよってここ、こんな乱痴気らんちき騒ぎに加担するなんて……! 問題にしてやります。新聞に投書してやりますわ。そうすれば、あなたたち全員、逮捕待ったなし――」

「まあまあ姉ちゃん。今日は無礼講なんだからよ~。こっち来て一緒に飲もうぜ。なア」

 坂友は一瞬で増田の背後に回りこみ、拘束。

 力ずくで酒の席へ座らせる。

「私はコンパニオンじゃありませんっ。あっ。ちょっと。胸を触らないでっ」

 

 だがしかし、増田が新聞投書する前に。

「警察だ! 貴様ら未成年者飲酒禁止法違反で全員逮捕する!」

 数人の警察官が、どこからか現れた。

 おそらく津井が流したツイスターの呟きを見て、居場所を特定した誰かが警察に通報したのだろう。

「む……! 闇の使徒の気配……!」

 ずっと月を眺めながら呆けていた闇堂の右眼がくわっと見開かれ。

 その右手に幾重にも巻かれし包帯を、解き放つ。

 

暗黒邪龍殺波ダーク・ドラゴン・ウェーブ――」

 

 闇堂の右手に宿りし邪龍の波動が、警官隊に襲いかかる――!!

「うわあああ」

 警官のひとりが、漆黒の邪龍に丸呑みされてしまった!

「な、仲川なかがわァー!!」

 邪龍から辛うじて逃れた警官、巡査長である量津りょうつは、後輩の最期を眼にして絶叫した。

「一体何なんだ、こいつらは!」

「……聞いたことがある」

 警官隊の隊長、巡査部長である王原おうはらが、顎に手をあてて語り始めた。

「あくまで陰謀論と言われていたんだが……日本政府は軍事的独立を果たすために人里離れた山奥の秘密研究所で生物兵器を開発していたらしい。そして実験台として孤児院から身寄りのいない子供を徴集し、人体実験を繰り返していたと。噂では経費削減のために山奥の廃校を再利用したとか何とか」

「ま、まさか、それがこの伊能いのう学園だって言うんですか!? そういえば、ここに来る前に城壁みたいにごつい壁を乗り越えましたけど、そんなまさか――」

「そう。俺たちは知らず知らずのうちに、地獄へ足を踏み入れちまったってわけさ」

「馬鹿な――!? そんな危ないヤツらがいるなら、何で警備がこんなガバガバなんですか! うっかり誰か入ったりしたら」

「それも予算削減の一環だろう。城壁にある求人の張り紙を見なかったか?」

 王原に言われ、量津は思い出す。

『警備兵募集! 時給八二〇円。社員寮完備、契約社員。やりがいのある、アットホームな職場です!』などと書かれた求人を。

 おそらくこんな山奥で胡散臭い施設の警備兵など誰もやりたがらなかったのだろう。

「何てことだ! 危機管理能力がなさすぎる! 政府は何を考えているんだ!」

 量津はヒステリックに叫ぶ。

「とにかくこうしちゃいられない。部長、応援を」

 部下に言われるまでもなく、王原は無線機をとって署長に連絡しはじめていた。

「もしもし。こちら伊能市警察署の巡査部長、王原おうはらです。仲川巡査がられました! 相手はよくわからない黒い龍を操る化物です。このままじゃ全滅する。大至急応援を!」

 だが、署長の返事はそっけないものだった。

「こんな夜中にわけのわからないことを言ってるんじゃない。ただちに署まで戻ってくるように。王原くん、君は疲れているんだ。休暇を与えるから家族と温泉旅行にでも――」

「ファッ○オフ!」

 大原部長は電話を地面に叩きつけ、破壊した。そして――

「うわあああ、部長――!」

 そうしている間にも、今度は量津が闇堂の邪龍に、あっけなく飲みこまれてしまった……!

「量津ー!」

 警官隊最後のひとりとなった王原は、思考する。

 どうする……応援も期待できない以上、このままでは無駄死にだ。

 本官には妻と子供がいる。

 こんなところで死ぬわけには――

 

「いよ~う。見ねえ顔だな~新入りか? 今日は無礼講だァ~。こっち来て一緒に呑もうや~」

 坂友が、王原の眼の前に迫る。

 その肌はいつの間にか緑色に変化し。

 額からは三本の角が生え。

 人間とは思えぬ黄金の瞳の中心で、爬虫類の如く縦長の瞳孔が、王原を見つめていた。

 坂友の手には、すでに半分近く飲まれた一升瓶の日本酒。

 それを見て、王原は半ばパニック状態で叫ぶ。

「き、貴様ら、あの生徒バケモノどもを管理するのが任務だろう! それがこんなところで酔いつぶれやがって、それでも国家公務員――」

「アアン!?」

 王原の言葉を遮り、坂友は彼の鳩尾みぞおちに強烈なボディ・ブローを叩きこんだ!

「かはッ――」

 王原は胃が破裂したかのような苦痛に襲われ、夕食で食べたカツ丼をすべて吐き出した……

「俺たち教師だって人間だァ――! それをこんなド田舎に閉じこめやがって。おかげで女房と子供にもろくに会えねえ~。休暇が欲しいと言や『お国のために奉仕しろ』のひと言で却下しやがる。放課後ぐれえ酔いつぶれて何が悪いんだよォ!!」

「くそ……よくもやりやがったな化物……!!」

 王原は激昂して坂友に向かって拳銃ニューナンブを数発発射した。

 警官が下手に市民に向けて発砲すれば始末書を書かれるのが常だが、殺されるよりマシ。それに相手は人間を超越した化物だ!

 だが生物兵器の集団を相手に三十八口径の拳銃一丁で戦えるはずもなく――人類最後の砦であった王原部長はあっさり闇堂の邪龍に飲みこまれ、討ち死にした。

 

「すっげ~バズってんだけど~。ウケる」

 津井がSNSに放った投稿は、こうしている間にも凄まじい勢いで拡散し。

 この伊能学園の存在は、もはや完全に世間に知れ渡ってしまった……!

 教師たちの制御から解き放たれた生徒たちの中には、城壁を超えて外の世界に出ていく者もいた。

 だが何年もの間「聖職だから」とサービス残業休日出勤を繰り返してきた教師たちはもはや疲れ果て、命がけで生徒たちを追いかける気にはなれなかったのだ……

 やっと事態の深刻さに政府が気づいた時には、すでに手遅れ。

 外に出た生徒たちは、今まで抑圧され続けてきた反動が出たせいか、町中でやりたい放題。

 盗み、殺し、そして好みの異性を見つけては犯し、日本社会は事実上の無法地帯と化した。

 というのも、生物兵器として開発された彼らの繁殖能力はすさまじく。

 特に女性の個体は一日で百人もの子供を産み、しかも成長速度も人類とは比較にならないため、人造人間たちは爆発的に増え続け。

 もはや政府の手には負えない存在と化してしまったのだ……!

 

 だが驚異の武力と繁殖能力で日本を実効支配した人造人間たちは、意外な行動に出た。

 彼らはブラック企業を暴力で滅ぼし、政府を武力で制圧し、日本の金権政治に終止符を打った。

 その結果労基法は徹底され、人造人間の強力な繁殖能力で少子化問題も一挙解決。

 

 日本はかつての栄華を取り戻し、世界一の経済大国として返り咲いたのであった……!

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